第十五章:圧倒的な実力差と、明かされる真の顔
15-1 苦渋の決断と、絶対的な実力者たちの介入
リルムントに到着した夜。
僕たちは宿屋の一室に集まり、夕食の粗末な塩茹で豆とシチューを囲みながら、いよいよ明日ラグリマへ帰還した後の行動について話し合いを持っていた。
だが、誰の匙も進んでいない。冷え切った部屋の空気は、鉛のように重かった。
「……本当に、国を出るしかねえのか」
木の匙を弄びながら、ガラムが重苦しい声を絞り出した。その太い指先は、微かに震えている。
「俺たちの育った孤児院があるんだぞ。親父代わりの院長や、あそこにいるガキどもを置き去りにして、俺たちだけ逃げるなんて……そんな薄情な真似、できるわけがねえだろうが」
「ガラムの言う通りよ。でも……」
リィンが俯いたまま、絞り出すように言葉を繋いだ。彼女は膝の上で両手を白くなるほど強く握りしめている。
「このまま国に留まれば、キースだけじゃなく私たちも確実に捕まるか、殺されるわ。それに……私たちがここにいる限り、連中は私たちを縛り付けるために、絶対に孤児院の子供たちを人質にする……っ!」
「……」
シノも痛ましげに顔を伏せ、沈黙した。
逃げれば、故郷である孤児院を永遠に捨てることになる。
だが残れば、自分たちだけでなく孤児院そのものを巻き込んで、国という巨大な力にすり潰される。
彼らにとって、それはどちらを選んでも心が壊れる、あまりにも残酷な二択だった。
彼らの迷いと、故郷や仲間を想う純粋な感情。
かつての僕であれば、「迷っている暇があるなら、孤児院を諦めて最も生き残る確率の高い道を選べ」と冷徹に切り捨てていただろう。だが、今の僕には、絶望的な状況で苦しむ彼らを無機質な天秤にかけて計算することなど、もはやできなかった。
「……焦る必要はない。最終的な結論を出すのは、明日のラグリマ到着後でいい」
僕は努めて平坦な声でそう告げ、話し合いを打ち切った。
だが、僕の思考はすでに一つの明確な答えを導き出していた。
(この過剰な力の根本的な原因は、僕だ。僕という異常な存在が彼らと行動を共にしている限り、彼らも、孤児院も、絶対に国の追及から逃れられない。……ならば、取るべき道は一つだ)
彼らを致命的な危険から切り離し、標的を僕一人に集中させる。
そのために、僕は心の中で、ある決断を下した。
翌朝。
薄暗い雲が空を覆う中、出発の準備を終えたガラムたちは、宿の一階で僕を待っていた。だが、いつまで経っても僕が部屋から降りてこないことに不審を抱き、三人は連れ立って二階の僕の部屋へと足を運んだ。
「キース? おい、そろそろ出発の時間だぞ」
ガラムが木の扉を何度かノックするが、中からは何の応答もない。
普段の僕の行動からは考えられない不自然な静寂。嫌な予感に駆られたガラムが扉の取っ手に手をかけると、施錠されていない扉がギシリと嫌な音を立てて開いた。
「キース、入るぞ……って、おい」
部屋の中はもぬけの殻だった。
わずかに持ち込んでいた荷物は全て消え失せ、少しだけ開いた窓からは冷たい朝の風が吹き込んでいる。
そして、誰もいない綺麗に整えられたベッドの上には、一枚の羊皮紙がぽつんと残されていた。
ガラムが急いで歩み寄り、その羊皮紙を手に取る。リィンとシノも背後から息を呑んでそれを覗き込んだ。
『これまでありがとう。君たちとの旅は、悪くないものだった。孤児院の皆によろしく』
そこには、ただ簡潔に、三人に向けた短い別れの言葉だけが記されていたのだ。
時間は少し遡り、深夜。
三人が寝静まったのを見計らい、僕は羊皮紙を残して一人で宿を抜け出し、元来た街道をガルドンの街へ向けて逆行していた。
もし追手が存在し、僕たちを監視しているならば、仲間から離れて単独行動を取った僕に対し、必ず何らかの接触を図ってくるはずだ。彼らを巻き込まないためには、僕自身が囮となって敵を誘き出すしかなかった。
二時間ほど歩き続け、東の空がわずかに白み始めた頃。
冷たい朝靄が立ち込める街道の真ん中に、一人の男が立ちはだかっていた。爆発の跡地で生き残っていた、双短剣の男――コンラッドだ。
「……俺に何か用だったか?」
コンラッドが感情のない声で尋ねる。
「やはり、追跡者がいましたか」
僕が静かに答えると、コンラッドはゆっくりと懐から双短剣を抜き放った。
「お前に交渉の余地は無い。抵抗せず投降しろ」
「残念ながら、それはお断りします」
「……では、多少痛めつけてでも連行する」
言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
コンラッドの姿が、物理的な法則を無視したかのような速度でブレた。
(……え?)
僕の思考がその動きを認識するよりも早く、凄まじい衝撃が左腕を襲った。
鮮血が空中に舞う。
「ぐっ……!」
(早すぎる! 相手の動きが全く見えなかった。まさか、これほどの実力差があったとは……!)
痛みに顔を歪めながら後退する僕に対し、コンラッドは冷酷に言い放つ。
「前回の戦闘でお前の戦闘能力は把握済みだ。今回は様子見などせず、全力でいかせて貰う」
次の瞬間、コンラッドのもう一本の短剣が僕の右肩へと迫っていた。
僕は咄嗟に空気を極限まで圧縮した『エアシールド』を展開する。しかし、コンラッドはまるでその防御壁が見えていたかのように、短剣の軌道を強引に捻り、鋭い蹴りへと攻撃を変化させた。
「がはっ……!」
腹部にめり込む重い一撃。肺の中の空気が全て吐き出され、僕は後方へと無様に吹き飛ばされた。地面を数メートルほど転がり、泥まみれになりながらどうにか立ち上がる。
「同じ手が何度も通用すると思うなよ?」
コンラッドが嘲るように距離を詰める。
(間違いない。こいつの身体能力は、Bランクのバルガスすら遥かに凌駕している。……恐らく、そう何度もチャンスは無い。次で勝負に出る)
「手足の一本や二本は覚悟しろよ」
コンラッドが地を蹴り、再び神速の踏み込みで僕の懐へと飛び込んできた。
狙いは僕の左腕。僕は防御を完全に捨て、コンラッドに向かって自分から突進した。
刃が肉を断ち切り、骨を砕く嫌な感触。
僕の左腕が、肘の少し上から完全に斬り飛ばされ、宙を舞った。
「ウィンド・シア!!」
左腕を失った激痛と引き換えに得た、絶対の死角からの超至近距離。僕は残された右腕を突き出し、全魔力を限界まで圧縮した真空の刃を解き放った。
僕の捨て身の特攻に、コンラッドの目に初めて驚愕の色が浮かんだ。
回避すら許されない至近距離からの不可視の一撃が、彼の腹部を容赦なく両断する。
「くそっ! まさか、そこまでの覚悟だったとはな……」
コンラッドの身体は上下に分断され、大量の血を吐き出しながら地面に崩れ落ちた。そして、二度と動かなくなった。
「……はぁ、はぁっ……。何とか、上手くいったか……」
激痛に視界が明滅する中、僕は急いでアイテムボックスから下級回復ポーションを取り出し、切断された左腕の傷口に直接振りかけた。肉が泡立ち、無理やり止血が行われる。
今回、僕は二つの賭けに出た。
一つは、死の危機に瀕した際、固有スキル『魔法創造』が自己防衛のために未知の魔法を自動発動させる可能性。しかし、これは不発に終わった。恐らく、無系統魔法に関する理解と練度が全く足りていなかったからだろう。
そしてもう一つが、左腕を囮にした超至近距離でのカウンターだ。自分の命と引き換えになる可能性も高い、絶対に避けたい戦法だったが、これ以外に格上の相手を倒す手段はなかった。
僕は宙に落ちていた自分の左腕を拾い上げ、アイテムボックスへと収納した。
(襲撃者の追手は倒せた。だが、これで終わりとは限らない。このままガラムたちと合流せず、僕がどこかへ姿を消した方が、彼らは安全だろう……)
次に向かうべき場所を考えようとした時だった。
ふと、猛烈な違和感が背筋を駆け上がった。
「……奴の死体が、消えてるっ!」
慌てて周囲を見回した僕の視界に、信じられない光景が飛び込んできた。
先ほど真っ二つに両断したはずの男が、何事もなかったかのように、無傷で前方に立っていたのだ。
「なかなか良い攻撃だったぜ。まさか、分身体が消されるとは思っていなかった」
「……分身体、だと!?」
「そんなに驚くほどのスキルでも無いと思うが……随分経験が浅い冒険者だな」
僕は全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
左腕を犠牲にして放った、僕の持てる最大火力の奇襲。それが、ただの分身を一つ消しただけに過ぎなかったという絶望的な事実。自分が対峙している相手が、理不尽なまでの化け物だということを完全に悟った。
「さて、さっきの攻撃に免じて、大人しく投降する事を許してやるよ。腕も一本無くしているし、勝てないのは判っただろう? それに今、投降するなら、お前の仲間は見逃してやっても良いぞ?」
コンラッドが余裕の笑みを浮かべて提案してくる。
(どう足掻いても、勝てる相手じゃない。交渉の材料もこちらには無い……。完全に詰みの状況だ)
「別に殺すつもりはねえし、場合によっては好待遇で迎えられるかもしれないぜ?」
(確かに、殺される可能性は低いだろう。だが、好待遇かどうかは相手のさじ加減だ。……国に連行されれば、恐らく自由を奪われ、生きた魔法の道具として永遠に働かされ続ける人生になる)
一生働かずに済むように、この力を秘匿し、極限まで計算を重ねてきたはずだった。それが、まさか究極の奴隷として酷使される結末を迎えるなんて。
「さあ、どうする? 俺も気は長い方じゃねえ。さっさと回答してもらおうか」
(一生、自由を奪われて働き続けるくらいなら……もう一つの選択肢を取るっ!)
「回答しよう。答えはこれだっ!」
僕は右手に、最悪の切り札である『爆裂結晶』を出現させた。
「……やはり、お前が持っていたか。で、どうするんだ? この距離なら確かに俺を倒す事は出来るが、お前も確実に死ぬぞ?」
「一生働き続けるくらいなら、今ここでお前を道連れに死を選ぶ!」
僕は起爆のためのキーワードを唱え、残された全ての魔力を結晶へと注入しようとした。
だが、その瞬間。
周囲の空気が、ゼリーのように重く固まったのを感じた。
「な……っ!?」
目の前のコンラッドが驚愕に目を見開き、何かを叫ぼうとしていたが、その顔は彫像のように完全に静止していた。
僕自身も意識はあるのに、指一本動かすことができず、声すら発せられない。魔法の起動も強制的に停止させられていた。
そんな異常な空間の中、背後からゆっくりと近づいてくる足音が響いた。
「やれやれ。もう少し知恵が回ると思ったが、私の買い被りだったかな?」
現れた人物は、僕の右手からいとも簡単に爆裂結晶を奪い取ると、それをまじまじと観察し始めた。
「ほう、これは遥か昔に王都襲撃で使われた爆裂結晶なのかい? まさか現存するとは」
(この声は、まさか……。だが、何故こんなところにいる?)
「さて、そろそろ魔法の効果も切れる頃だろう。そちらの男は……ふむ、コンラッドというのか。ブルームバーグ帝国、第七騎士団に所属。……レベルは80。なるほど、キースが手も足も出ない訳だ」
その人物が呟いた瞬間、停止していた時間が一気に動き出したような感覚を覚えた。
「チィッ!!」
コンラッドは一瞬で十メートル以上距離を取り、双短剣を構えて無言のまま最大の警戒態勢に入った。
僕は震える身体で振り返り、そこに立つ人物の名を呼んだ。
「ギルドマスター……。何故、あなたがここに? それに、以前と見た目が違うようですが……」
いつもの受付の奥にいる飄々とした姿ではなく、そこには圧倒的な魔力を纏い、威厳に満ちた装束を身に纏ったアルタリアが立っていた。
「その質問に答える前に、まずは仕事を片付けよう」
そう言うなり、アルタリアは空間から見事な装飾の施された杖を取り出し、遥か後方にいるコンラッドへ向けて魔法を放った。
「ソーン・ドリアス」
コンラッドの足元の地面が爆発し、無数の鋭い茨の蔓が生き物のように伸びて彼に絡みつこうとする。
コンラッドの姿が一瞬で消え、遥か上空へと跳躍してそれを躱したように見えた。だが、アルタリアは既に杖を天へと向けていた。
「ニードル・レイン」
空中に逃げたコンラッドへ向けて、矢のように鋭く硬化した植物の枝が、文字通り土砂降りの雨となって降り注ぐ。
「チッ!」
空中で身を捩り、短剣で雨を弾きながら何とか無傷で着地したコンラッド。だが、その着地の瞬間を、アルタリアの魔法は完璧に待っていた。
「コキュートス」
いかなる予兆もなく。
コンラッドの身体は、抵抗する間も逃げる隙も与えられず、瞬時に絶対零度の巨大な氷柱の中に完全に閉じ込められてしまった。
「……嘘だろ」
僕は驚愕を隠せなかった。
僕が左腕を犠牲にしても届かなかった、レベル80の化け物。それを、アルタリアは一歩も動くことなく、文字通り一方的に蹂躙してしまったのだ。
杖を下ろし、アルタリアは静かに僕へと向き直った。
「さて、私がここにいる理由を説明しようか。原因は、中立地帯で発生したあの大規模な爆発にある」
「……」
「私はその調査をする為に、ガルドン周辺を探る事にしたんだよ」
「調査の為に、ガルドンに向かう途中だったという事でしょうか?」
僕が尋ねると、アルタリアは首を振った。
「いや。私は目が良くてね。爆発が起きた翌日には、既に君たちが怪しいというのは突き止めていたんだ」
僕は反射的に全身を強張らせ、油断なく距離を取ろうとした。
この異常な強さ。そして、爆発の翌日に僕たちを特定するほどの情報網。恐らくアルタリアは、アステリア王国側の暗部に属する人間なのではないか。
僕の明らかな緊張と警戒を見て、アルタリアは「くくっ」と喉を鳴らして笑った。
「ああ、君はどうやら、私が国の暗部にでも所属していると思っているようだが……それは勘違いだ」
アルタリアは目を細め、底知れない凄みを漂わせて告げた。
「私は百年以上前から、この国の東部方面の軍事責任者を務めているのだよ」
15-2 秘密の看破と、逃れられぬ国家の鎖
「私は百年以上前から、この国の東部方面の軍事責任者を務めているのだよ」
アルタリアの口から語られた事実に、僕は全身の血が凍りつくような錯覚を覚えた。
ただのギルドマスターではなく、国家の軍部そのもの。僕が最も恐れていた「国という巨大な力」が、初めから目の前に立ち塞がっていたのだ。
「さて。まずは君のその腕を治すとしよう。切断された腕は、君のその不思議な魔法で隠し持っているのだろう?」
アルタリアの鋭い指摘に、僕は息を呑んだ。
逆らう余地などない。僕は『アイテムボックス』を展開し、保管してあった自身の左腕と、下級回復ポーションを取り出した。
アルタリアは僕の傷口に切断面を合わせると、見事な杖の先を向けた。眩いほどの治癒の光と、僕のポーションの薬効が強制的に結びつき、失われたはずの左腕が、筋肉や神経の奥底から完全に繋がり直していく。
痛みに顔を歪める僕を見下ろしながら、アルタリアは静かに問い詰めた。
「何もない空間から物を取り出し、過去の遺物である爆裂結晶すら創り出す。……キース。君の持つその魔法について、全て説明してもらうぞ」
強烈な威圧感に晒されながらも、僕は頭の中で猛烈に思考を回転させた。ここで全てを正直に話せば、間違いなく一生国に利用される。
僕は顔を伏せ、少しだけ嘘を混ぜて口を開いた。
「……古代遺跡で手に入れた、空間を繋ぐ魔道具です。爆裂結晶も、その空間の中に偶然残されていたものを引き出しただけで……僕自身が魔法で創り出したわけでは――」
「――下らない嘘を吐くな」
ぞわりと、背筋に冷たいものが走った。
顔を上げると、アルタリアの瞳が人外の証である強烈な金色に輝いていた。対象の魂の揺らぎすら見透かすような、魔眼に近い威圧。
アルタリアは杖の切っ先を、僕の喉元にピタリと突きつけた。
「君の魔力の動きはすべて見えている。魔道具などに頼った気配は微塵もなかった。……次は無いぞ、キース。改めて、正確な説明を要求する」
冷酷な殺気を伴うその言葉に、僕は完全に誤魔化しきれないことを悟った。
深く息を吐き出し、観念して口を開く。
「……無から有を生み出す、『物質創造』と『魔法創造』という二つのスキルです。そして、その力で手に入れた無系統魔法の『アイテムボックス』と『魔法錬金』……」
僕は、スキルブックから得た力と、素材の組成を強制的に結びつけて魔道具すら創り出す仕組みを全て正直に白状した。
説明を聞き終えたアルタリアは、静かに杖を下ろし、ひどく冷たい声で宣告した。
「なるほど。君の持つその魔法と、爆弾を創り出す知識は、国にとってあまりにも危険であり、同時に魅力的だ。……キース、今日から私の直属として軍に入ってもらう。断るなら、意思を奪う『隷属の魔道具』を使うか、君の大切な仲間たちを地下牢に繋ぎ、君が死ぬまで国の為に魔法を造り続けるよう命令するだけだ」
それは、僕がどんなに足掻いても逃れられない、完全な自由の剥奪の宣告だった。
15-3 命懸けの交渉と、仲間との永遠の別離
圧倒的な実力差と、揺るぎない国家の権力。
だが、このまま黙って飼い殺されるわけにはいかない。僕は額に冷や汗を滲ませながらも、アルタリアの理性に訴えかけるための交渉を始めた。
「……確かに、隷属の魔道具を使えば僕は便利な道具になるでしょう。ですが、僕の真の価値は、その力を使って『どんな魔法を新しく創り出すか』『状況をどう覆すか』という、僕自身の思考にあります。意思を奪われた時点で僕の思考は止まり、王国が得られる利益は今ある爆裂結晶止まりになる。それはあまりにも勿体ないはずだ」
僕の必死の反論に対し、アルタリアは欠片も表情を変えず、冷たく言い放った。
「爆裂結晶を量産出来るのであれば、それ以外の要素は些事に過ぎない」
「――本当にそうでしょうか?」
僕はアルタリアの目を真っ直ぐに見据え、一歩だけ前に出た。
「あの爆裂結晶は確かに強力ですが、味方すら巻き込む無差別な広域魔法です。戦線が入り乱れる実際の戦争で、あんなものを乱発すれば自軍にも甚大な被害が出ます。それに、帝国はキメラのような未知の合成魔獣を投入してきている。単調な火力だけで押し切れるほど、単純な戦いにはならないはずだ」
アルタリアの金色の瞳が、微かに細められた。
「敵の未知の戦術に対し、その場で物理的な法則を応用し、最適な対抗策をノーコストで即座に創り出せる頭脳。……ただの爆弾の量産工場より、自ら考え国に新たな力を提供する協力者の方が、遥かに価値があるはずです」
アルタリアは無言のまま、僕の提案を値踏みするように見つめていた。
(……この男の思考、規格外の魔法。そして、あの一連のスキル……)
アルタリアの内心では、国軍の責任者としての立場とは別に、彼個人の長年の目的についての思惑が巡っていた。
(間違いない。このキースという少年は、私が長年探し求めてきた『ゼノス・テラ』に繋がる重要な鍵だ。ここで意思を奪い、ただの人形にしてしまえば、ゼノス・テラの深淵に至る道が完全に閉ざされる可能性がある)
アルタリアにとって、目の前の少年は単なる兵器以上の価値を秘めていた。無理に鎖で繋ぐよりも、監視下に置きつつ自由に行動させた方が、より確実な結果をもたらすだろうと結論付けた。
「……面白い。君の命を懸けた理屈に免じて、取引をしてやろう」
アルタリアの言葉に、僕は安堵の息を漏らしそうになった。だが、続く言葉が僕を絶望の淵へと突き落とした。
「ただし、君の提案には一つ修正を加える。……君には、ここで死んでもらう」
「……え?」
「表向き、君は帝国側の暗部と相打ちになって命を落としたことにする。君はガラムたちとは完全に別れ、身分を偽り、別の場所で冒険者として活動しろ。もちろん、私の監視の下でな」
「な……っ!」
仲間との永遠の別離。それは、僕にとって最も受け入れがたい条件だった。
「どういう意味ですか!? なぜ彼らと引き離す必要がある!」
「簡単なことだ。君が彼らと一緒にいれば、いずれ必ず国の他の連中や、帝国の目にとまる。そうなれば君は本当の意味で自由を失う。……それに、何より彼ら自身が危険だ」
アルタリアは杖の先で、凍りついたコンラッドを指し示した。
「君が私に従う代わりに、ガラムたちや孤児院の安全は、私が国の権限をもって完全に保証しよう。誰も彼らには手出しさせない。……君が彼らを真の仲間だと思っているなら、どちらを選ぶべきか分かるはずだ」
僕の喉の奥で、声にならない呻きが漏れた。
孤児院と、彼らの命の保証。それこそが、僕が最も求めていたものだった。だがその代償が、彼らと二度と会えなくなることだなんて。
(……彼らを巻き込まないためには、これしかないのか)
僕は血の滲むほど強く唇を噛み締め、ゆっくりと、首を縦に振った。
15-4 迫り来る大戦の影と、新たな戦いの始まり
僕の承諾を見届けたアルタリアは、絶対零度の氷柱に閉じ込められたコンラッドへ視線を向けた。
「彼は帝国の第七騎士団に属する重要な手駒だ。帝国の情報をすべて吐き出させる必要がある」
アルタリアが杖を軽く振るうと、空間が大きく歪み、氷漬けのコンラッドはその歪みの中へ吸い込まれるようにして完全に消え去った。
「……今のは、どこへ送ったんですか?」
「王都の地下深くにある、情報の引き出しを専門とする機関へ直接送ったのさ。彼らなら、どんなに口の硬い相手からでも、帝国の内情を隅々まで吐き出させるだろう」
僕は背筋が冷たくなるのを感じながら、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「……ギルドマスター。一つ教えてください。あのキメラ……僕はてっきり、どこかの施設から失敗作が逃げ出しただけだと思っていました。でも、あれほど腕の立つ追手を差し向けてまで隠したかった、あの合成魔獣の真の正体は何なんですか」
アルタリアは夜明けの空を見上げながら、重々しく告げた。
「あれはただの魔物ではない。帝国が極秘裏に開発を進めている軍事兵器だよ。そして、我々が掴んでいる情報によれば、彼らが目指している最終形態は……『人と魔獣の合成』により、明確な意思を持った究極の殺戮兵器を作り出すことだ」
「人と魔獣の、合成……」
そのおぞましい計画の全貌に、僕は絶句した。
「ああ。今回の件は、その性能を実際の冒険者や魔物と戦わせて測るための、意図的な試験だ。……帝国は今、着々と戦力を蓄えている。我々の予測では、数年の内に必ずこの王国へと大規模な侵攻を開始するだろう」
その言葉に、僕は足元が崩れ落ちるような衝撃を受けた。
「キース。数年後に始まるその大戦には、君にも参加してもらう事になるだろう」
「……!」
「それまでの間に、今のひよっこ状態から抜け出し、せめてコンラッド程度の相手なら一人で倒せるように強くなっておくことだ。……私との約束を果たすためにもな」
絶対的な実力者からの、有無を言わせぬ修練の命令。
「私が用意した新しい身分証と指示は、後ほど影の者を通じて渡す。……せいぜい、私を楽しませる働きを期待しているよ、キース」
言い残し、アルタリアの姿は霧のように空間に溶けて消えた。
冷たい風が吹き抜ける街道に、僕は一人取り残された。
空は完全に白み始め、朝陽が僕の顔を照らしている。
ガラムたちのもとへは、もう戻れない。
そして、他国への逃げ場も失われた。
(……なら、どうする)
僕の脳内で、新たな思考が猛烈な勢いで回転を始めた。
(一生働かずに生きる平穏を手に入れるためには、ただ逃げ回るだけでは駄目だ。この迫り来る大戦争という巨大な厄災すらも、アルタリアとの繋がりや自分自身の力を利用して、徹底的に逆手に取ってやる)
仲間と別れる悲しみと絶望を無理やり胸の奥底に封じ込め、僕は昇る朝日を見つめながら、究極の目的を達成するための新たな戦いの始まりを、深く心に刻み込んだ。




