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第十三章:国境の街ガルドン到着と、待機時間の有効活用

13-1. 秘密の共有と、平穏な道程


夜が更け、パチパチとはぜる焚き火の音が静かな森に響く。

 僕が自身の固有スキル『物質創造』と『魔法創造』、そして過去の所有者たちが辿った悲惨な末路について語り終えると、シノは焚き火の炎を見つめたまま、しばらくの間、静かに沈黙していた。


「……信じて、もらえるだろうか」


僕がぽつりとこぼすと、シノはゆっくりと顔を上げ、その大きな瞳で僕を真っ直ぐに見つめ返した。


「信じる。……キースが嘘をついてないこと、わかるから」


彼女の言葉には、一切の迷いがなかった。国家や軍に利用され、使い潰されるという途方もない危険を抱えた秘密。それを打ち明けられたにもかかわらず、彼女は僕を恐れることも、拒絶することもしなかった。


「……ありがとう、シノ。君に話してよかった」


僕が素直な礼を口にすると、シノは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らし、自らの杖をぎゅっと抱きしめた。


「絶対に、誰にも言わない。……私と、キースだけの秘密」

「いや。この護衛依頼が無事に終わってラグリマの街に帰還したら、僕の口から直接、ガラムとリィンにもすべてを打ち明けるつもりだ」


僕の決断に、シノは驚いたように目を丸くした。


「彼らにも、知る権利がある。僕という爆弾を抱えたままパーティーを続けるかどうか、彼ら自身に判断してもらう必要があるからね」


僕がそう言うと、シノはどこか安心したように、そしてとても嬉しそうにこくりと頷いた。


「……うん。ガラムもリィンも、絶対にわかってくれる」


やがて見張りの交代の時間となり、テントから目を擦りながらガラムとリィンが出てきた。

 僕とシノは彼らに見張りを引き継ぎ、朝まで仮眠を取るためにテントへと潜り込む。誰にも言えなかった重い秘密を一つ打ち明けたせいか、その夜の僕は、不思議とこれまでになく深く、穏やかな眠りにつくことができた。


翌朝、商隊は予定通りにガルドンへ向けて出発した。

 前日の夕方にジャイアント・ベアを討伐したことで周囲の魔物が警戒したのか、あるいは僕が夜の間に焚き続けていた『魔物除けの香』の残り香が機能したのか、三日目の道中は魔物に襲われることもなく極めて順調に進んだ。

 夕方に差し掛かり、予定通りの場所で三日目の野営を行ったが、ここでも何事も起きることはなく、平穏な夜が過ぎ去っていった。


13-2. ガルドン到着と、休日の返上


四日目の夕方手前。

 僕たちを乗せた商隊の馬車は、ついに目的地の国境沿いの街『ガルドン』の門をくぐった。


高い石壁と頑丈な防衛設備に囲まれたガルドンの街は、ラグリマに負けず劣らずの活気に満ちていた。国境沿いという立地柄、他国からの商人や傭兵、冒険者たちが入り乱れ、大通りには見たこともない珍しい品々が並んでいる。


「おおーっ! さすが国境の街だ、活気がちげえな!」

「見てガラム、あそこの屋台! すごくいい匂いがするわ!」


馬車の御者台で、ガラムとリィンが完全に観光客の顔になってはしゃいでいた。

 商隊の責任者であるハンスが、指定された大きな商館の前に馬車を止め、安堵の息を吐きながら僕たちを振り返る。


「道中は本当に助かりました、キースさん。皆さんの護衛がなければ、あの熊に出くわした時点で私たちはかなりの損失を被っていましたよ。……さて、ここで帰りの荷の積み込みと商談を行うため、三日間ほどこの街で待機となります。皆さんはその間、街の宿でゆっくり羽を伸ばして休んでいてください」


ハンスの言葉に、ガラムが「よっしゃあ!」と拳を突き上げた。


「聞いたかお前ら! 三日間の休みだ! 昼からこの街の美味い酒が飲めるぞ!」

「私は国境の街の珍しい服や食べ物をゆっくり見て回りたいわ! シノも一緒に行きましょう!」

「……うん。楽しみ」


完全に「休日を満喫する気満々」で浮き足立っている三人。

 しかし、僕は冷徹に彼らの甘い幻想を打ち砕いた。


「三日間の待機、つまり『非稼働時間』が発生するということだな。これは明確な機会損失だ。時間を無駄にしないために、今からこのガルドンのギルドへ向かい、滞在中にこなせる依頼を受注する」


「……は?」


ガラムの顔から笑顔が消え去り、リィンが信じられないものを見るような目で僕を凝視した。


「嘘だろ、キース!? ずっと馬車に揺られて、野営までして辿り着いたんだぞ! 少しは休ませてくれよ!」

「そうよ! 観光くらいさせてくれたっていいじゃない!」


あからさまに嫌そうな顔をして抗議する二人に対し、僕は極めて論理的な正論で封殺した。


「僕のCランクへの昇格を最短で目指すという計画に、君たちは同意したはずだ。三日間も遊んで暮らす余裕は、僕たちの計画表には存在しない。さあ、行くぞ」


「鬼! 悪魔! 血も涙もない冷血漢!」


文句を叫ぶリィンとガラムの首根っこを掴むような勢いで、僕は有無を言わさず、休む気満々の三人をガルドンの冒険者ギルドへと連行していくのだった。


13-3. 無難な依頼の選択と、充実した物資の確認


ガルドンの冒険者ギルドは、国境の街らしく血の気の多そうな荒くれ者たちで賑わっていた。

 僕たちは依頼の張り出された掲示板を前に、滞在期間中にこなせる仕事の選定に入った。


「キース、どうせやるならあの『オーガの討伐』とかどうだ? Cランク依頼だし、稼ぎも良いぜ」


乗り気になったガラムが物騒な依頼書を指差すが、僕は即座に却下した。


「却下だ。僕たちはこの街では新参者だ。いきなり高難度の依頼を受けて悪目立ちするのは、無用なトラブルを招く危険がある」


僕が選んだのは、掲示板の隅に複数枚張り出されていた、最もメジャーで無難な依頼だった。


「これにする。『ブルームバーグ帝国との中立地帯の街道、および周辺森林の巡回と魔物駆除』だ。ジャイアント・ベアやフォレストウルフの討伐が主目的だな。活動期間は明日、明後日の二日間とする」


依頼を受注し、手配した宿屋の部屋に戻った後、僕は三人を集めて明日の討伐方針についての確認を行った。


「休戦してから五十年経っているとはいえ、場所は隣国との中立地帯だ。不用意に帝国側には近づかないこと。そして、森の奥深くには想定外の魔物が潜んでいる可能性がある。無用な危険を避けるため、森の奥には入らず、基本的には『街道に沿って』討伐対象を探す。いいな?」


手堅く、安全第一の方針。ガラムたちも「わかったよ」と渋々ながらも頷き、その日は長旅の疲れを癒すために早めに床に就いた。


◆ ◆ ◆


翌朝。

 朝日が窓から差し込み街の住人も活動を始め出す時間帯に、僕は自室のベッドの上で静かに目を覚ました。

 日課となっている能力の行使と、物資の準備を行うためだ。


まずは『魔法錬金』による回復薬の補充だ。

 すでにアイテムボックス内に備蓄してあった材料(薬草二十本、魔石の粉末六個、水)を消費し、「中級回復ポーション」を二本作成する。魔力が微かに減少するが、すぐに回復する程度の微々たるものだ。


次に、完全に回復している『物質創造(SP6)』の行使に移る。

 僕は少しだけ思案し、今回はポーションの素材ではなく、まったく別のアイテムを作り出すことにした。


「SP3を消費。『火炎石』、創造。……続けてSP3を消費。『水晶石』、創造」


僕の両手に、赤い熱を帯びた石と、透明度の高い美しい石がそれぞれ顕現した。


(……僕の弱点は、純粋な攻撃手段の選択肢に乏しいことだ。この二つの鉱石は、僕の弱点を補い、新たな『切り札』となる強力なアイテムを作るための重要な材料になる。残り一つの素材が足りないためこの段階での錬金はできないが、SPが回復すればその素材も物質創造で揃う計算だ)


僕は二つの石をアイテムボックスに収納し、現在の手持ち物資の総量を脳内で確認した。


・下級回復ポーション×10本

・中級回復ポーション×2本

・マナポーション×20本

・魔石の粉末×50

・ゴブリンの魔石×3

・ジャイアント・ベアの魔石×2

・オークの魔石×3

・火炎石×1

・水晶石×1

・薬草×30本

・月見草×12本

・水×100ℓ

・パン×10個

・干し肉×5


(これだけの備蓄があれば、いざダンジョン探索に挑むことになっても十分に耐えうる)


自身の豊富な物資に満足し、僕は部屋を出て一階の食堂へと向かった。

 そこにはすでにガラム、リィン、シノの三人が揃って朝食を取っていた。


「よう、キース。せっかくの休みなのに結局働くのかよ……」

「ほんとよ、この卵焼き食べたらすぐに出発なんでしょ」


ぼやくガラムとリィンと軽く会話を交わし、朝食を素早く平らげる。

 僕たち四人は武器と装備を整え、ブルームバーグ帝国側へと続く街道の巡回依頼へと出発した。


13-4. 街道の巡回と、逃げ延びてきた冒険者たち


午前中の巡回は、拍子抜けするほど平和なものだった。

 街道沿いには行商人の馬車が時折通る程度で、討伐対象の魔物とは一切遭遇しなかった。暖かい陽気の中、のんびりとした歩調で街道を進む。


しかし、午後に入り、太陽が少し傾き始めた頃だった。

 先頭を歩いていたリィンが、ふと立ち止まり、前方の森の影を鋭く指差した。


「キース! 前方から来るわ。……フォレストウルフの群れよ。全部で七頭!」

「了解した。事前の取り決め通り、遠距離から一気に数を減らす。シノ、リィン、やれ!」


僕の指示と同時、シノの杖から高火力の『火球ファイアボール』が放たれ、群れの中央に着弾して激しい爆発を起こした。爆風で吹き飛んだ三頭が即死し、混乱した残りの狼たちへ向けて、リィンの正確な矢が連続で放たれる。

 矢はさらに二頭の眉間を寸分の狂いもなく射抜き、接敵する前に一瞬にして五頭のフォレストウルフが討伐された。


「グルルルゥッ!」


生き残り、怒り狂って接近してきた二頭に対し、ガラムが重い戦斧を振り下ろして一体の頭蓋を粉砕する。最後の一体は僕が『エアブロー』で体勢を崩させ、隙だらけになった首元へショートソードを突き立てて確実に仕留めた。

 戦闘開始からわずか数十秒。僕たちは、Cランク相当の実力を遺憾なく発揮し、無傷で群れを殲滅してみせた。


「ふぅ、余裕ね。やっぱり新しい弓だと威力が全然違うわ」

「俺の出番がほとんどねえじゃねえか。まあ、楽に越したことはねえけどな」


ガラムが苦笑しながら、討伐したウルフの素材や魔石の剥ぎ取り作業に取り掛かる。僕もアイテムボックスを使わずに手作業で回収を手伝っていた、その時だった。


「……ねえ、キース。あっちの森の奥から、人が走ってくるわ」


耳の良いリィンが、街道から外れた深い森の奥を指差した。

 見ると、木々を掻き分けるようにして、三人の人影がこちらへ向かって必死に走ってくるのが見えた。彼らの装備のいくつかは破損し、ところどころに痛々しい血の滲みが確認できる。


「助けてくれ……っ! はぁ、はぁ……っ!」


僕たちの元へ倒れ込むように辿り着いたのは、ガルドンを拠点にしているらしい三人組の冒険者パーティーだった。

 剣士のユーグ、斥候のルッツ、そして杖を持った魔法使いのギルバードと名乗った彼らは、ギルドの認識票を見る限り、Dランクの冒険者たちだ。


「おいおい、ひどい怪我じゃねえか。一体何があったんだ?」


ガラムが剣士のユーグに肩を貸しながら問いかける。ユーグは息も絶え絶えに、恐怖に引きつった顔で森の奥を振り返った。


「森の奥で……見たこともないモンスターに襲われたんだ……。めちゃくちゃ速くて、俺たちの攻撃なんか全く通用しなくて……」


「見たことのないモンスター? この辺りの森に出る魔物じゃないのか?」

 僕が冷静に問い質すと、魔法使いのギルバードが震える声で答えた。


「ああ……。俺が渾身の魔力で『火球』を放ったら、奴がそれに怯んだんだ。その一瞬の隙を見て、命からがらここまで逃げてきた。……あんな化け物、Dランクの俺たちじゃどうにもならねえ……!」


彼らの状態を確認した僕は、アイテムボックスからこっそりと取り出した『下級回復ポーション』を三本、彼らに手渡した。


「これを飲んで傷を塞ぎ、今すぐ街へ引き返すんだ。君たちの状態では、これ以上森に留まるのは危険すぎる」


「す、すまねえ……! 恩に着る!」


三人の冒険者たちはポーションを一気に飲み干し、ふらつく足取りでガルドンの街の方向へと逃げ去っていった。


13-5. 危険と利益の天秤:未知なる脅威への調査決行


ユーグたちが完全に姿を消した後。

 街道に残された僕たち四人の間に、重苦しい沈黙が降りていた。


「……どうする、キース。俺たちもこのまま街へ撤退するか?」


ガラムが戦斧を担ぎ直し、慎重に問いかけてくる。リィンも不安げに僕を見た。


「昨日、キース自身が『森の奥には絶対に入らない』って言ってたじゃない。正体不明のモンスターなんて、危険すぎるわ」


彼らの言う通りだ。未知の魔物との遭遇は、不測の事態を招く可能性が極めて高い。昨日僕自身が定めた「森の奥には入らず、安全に街道沿いを探す」という基本方針からは、完全に外れる行動だ。

 だが、僕は脳内で凄まじい速度で「危険」と「利点」を天秤にかけ、冷徹な計算を始めていた。


確かに危険はある。未知の魔物であり、有効な対応策が想定できていないこと。そして自分たちが不慣れな土地であること。

 しかし、それを補って余りある『勝算』が、今の僕たちにはある。


「……いや。僕たちは、このまま森の奥へ向かう」


僕の決断に、三人が驚きの声を上げた。


「正気か!? 相手がどんな化け物かわからねえんだぞ!」

「落ち着け、ガラム。彼らの証言から、いくつかの重要な情報(プラス要素)が読み取れる。論理的に考えれば、十分に勝機はある」


僕は指を一本ずつ立てながら、冷徹に状況を分析し、説明を始めた。


「第一に、あいつらはDランクのパーティーだ。彼らが逃げ切れたということは、相手の魔物の速度や追跡能力は、決して『絶対に逃げられないほどのものではない』ということだ。

 第二に、相手は『火球』に怯んだという事実。火魔法を得意とするシノの攻撃が有効に機能する可能性が極めて高い。

 第三に、僕たちはCランク相当の実力を持ち、シノとリィンという強力な遠距離職が二名も揃っている有利な編成だ。接敵する前に遠距離から火力を集中させれば、優位に立てる」


そして、僕はポンと腰の革袋(アイテムボックスの偽装)を叩いた。


「第四に。最悪の場合、シノと僕が備蓄している『マナポーション』を大量に服用し、魔力の消費を一切度外視した魔法の連続行使(飽和攻撃)で制圧できるという、最大の切り札がある」


僕の挙げた勝算の数々に、ガラムとリィンは反論の言葉を見失い、顔を見合わせた。


「それに……」

 僕は森の奥深くを見据え、口角を微かに上げた。


「未知の魔物を放置して逃げ帰るよりも、ある程度正体や特徴を把握し、可能であれば討伐してギルドに報告した方が、僕たちの『貢献度』は跳ね上がる。僕がCランクへ昇格するための、これ以上ない大きな足掛かりになるはずだ」


徹底した安全主義の僕が、確かな勝算をもとに踏み込んだ強気の判断。

 その自信に満ちた態度に、ガラムが呆れたように笑い、戦斧を構え直した。


「……へっ、相変わらず抜け目ねえな。わかったよ、お前がそこまで言うなら付き合ってやる」

「もう、仕方ないわね。しっかり前で守ってよね、ガラム!」

「……私も、燃やす」


全員の意志が固まったことを確認し、僕は頷いた。


「調査という名目で、慎重に接敵する。油断はするなよ」


僕たちは武器を構え、未知の魔物が潜む森の奥深くへと、ゆっくりと足を踏み入れていくのだった。


13-6. 未知の魔物と、謎の集団との遭遇


深い木々が日の光を遮り、森の奥へ進むにつれて空気が冷たく淀んでいくのを感じた。

 逃げ延びてきた冒険者たちの血痕や、魔法によって焼け焦げた下草の痕跡を慎重に辿りながら、僕たちは音を殺して進んだ。


やがて、開けた獣道に出た時。

 前方の木々の隙間から、異様な気配が漂ってきた。

 リィンが鋭く息を呑み、弓を構える。ガラムも戦斧を低く構え、僕とシノを庇うように一歩前に出た。


「……あれは、なんだ?」


ガラムが低く唸る。

 そこにいたのは、到底自然界の摂理から生まれたとは思えない、異形の存在だった。

 頭部は獅子のように獰猛だが、その全身は刃のように硬く鋭い銀色の毛並みに覆われ、背中からは禍々しい鱗に包まれた蛇の尾が生えている。複数の生物の部位がツギハギにされたような、不気味で人工的な合成魔獣――『キメラ』だった。


(……キメラか。文献でしか見たことがないが、本来は自然発生するような魔物ではない。明らかに誰かの手によって造られた存在だ)


僕の頭の中で警鐘が鳴る。こんなものが中立地帯の森を徘徊していること自体が異常だった。


「キース、来るわ!」


リィンの声と共に、キメラがこちらに気づき、咆哮を上げて襲いかかってきた。

 その巨体からは想像もつかないほどの俊敏さだ。銀色の毛を逆立て、一直線にガラムへと突進してくる。


「来やがれ、化け物!」


ガラムが戦斧を渾身の力で振り下ろす。しかし、重い一撃がキメラの身体に直撃した瞬間、甲高い金属音と共に火花が散り、戦斧は大きく弾き返された。


「なっ……硬え!? 鉄の鎧並みかよ!」


ガラムが驚愕する。その硬度と刃のような毛並みが、物理攻撃をことごとく弾き返しているのだ。

 ユーグたちDランクの冒険者が手も足も出なかった理由がはっきりと理解できた。


「物理が通らないなら、魔法だ! シノ!」

「……火球」


シノの杖から放たれた火球が、キメラの側面に直撃し、爆発を起こす。

 炎に包まれたキメラは苦悶の叫びを上げ、その動きを大きく鈍らせた。やはり、銀毛は物理的な硬度は高いが、熱に対しては脆い。


「効いてるわ! リィン、足を狙え!」

「任せて!」


熱で毛が焼け焦げ、防御力が低下した関節部を狙って、リィンの矢が次々と突き刺さる。キメラの機動力が完全に殺された。


(……いける。このまま畳み掛ければ討伐できる!)


僕がトドメの『ウィンド・シア』の演算に入ろうとした、まさにその時だった。


「――そこまでにしておけ、冒険者ども」


森の暗がりから、感情の欠落した声が響いた。

 枯れ葉を踏む音すら立てず、まるで森の影そのものが実体化したかのように、三人の男たちが姿を現す。

 彼らは全員、漆黒の外套と光沢を完全に殺した黒塗りの軽鎧を纏っていた。ただ純粋な「隠密行動」と「殺傷」という目的のみに最適化された機能美だけが存在している。


「お前たち……誰だ?」


ガラムが警戒を露わにし、戦斧を構えたまま問いかける。

 中央に立つ、ロングソードを下げた男が一歩前に出た。その眼差しは、僕たちを命ある人間としてではなく、ただ排除すべき路傍の障害物として見るような、極めて無機質なものだった。


「…………」


男はガラムの問いに対し、名乗ることも目的を語ることもなかった。

 ただ冷徹な視線で、深手を負ったキメラと僕たち四人の戦力を値踏みするように一瞥する。そして、左右に控える二人の男――双短剣を持った斥候風の男と、杖を構えた魔法使いの男へ向け、わずかに顎を引いた。


それだけで、彼らの意思決定は完了していた。明確で淀みのない殺意が、抜き放たれた刃の切っ先と共に僕たちへと向けられる。


(……名乗らず、警告もせず、一切の交渉にも応じない。あの異形の合成獣キメラの回収と、目撃者である僕たちの『完全なる口封じ』が彼らの至上命題か)


僕の脳内で、凄まじい速度で状況の仕訳が進んでいく。

 現在地は隣国ブルームバーグ帝国と、我がアステリア王国を隔てる中立地帯。そこへ解き放たれた、自然界の摂理から逸脱した人工の生物兵器。それを追跡し、所属を示す一切の証拠を持たずに現れた戦闘の専門家たち。

 点と点が繋がり、一つの最悪な推論が組み上がる。彼らは間違いなく、国家規模の軍事機密を管理・処理する暗部だ。


(ブルームバーグ帝国か、それとも我がアステリア王国か。……いや、どちらの所属であろうと結論は同じだ。機密漏洩というリスクを前にした彼らにとって、僕たちはただ速やかに、かつ物理的に消去すべき存在でしかない)


「おいおい、待てよ。俺たちはただの冒険者だぜ? 依頼で魔物を狩りに来ただけで、お前たちの秘密なんてどうでもいいんだ」


ガラムがどうにか交渉の糸口を探ろうとするが、男たちの目には一切の揺らぎがない。

 弁明を聞くことも、自身の正体を誇示することも、彼らにとっては無駄な事でしかないのだろう。ただひたすらに、僕たちというイレギュラーな存在を消すためだけに武器を構えている。


「ダメだ、ガラム。彼らに言葉は通じない。……来るぞ!」


圧倒的な殺気が森を支配した。

 彼らは確実に僕たち四人の口を封じ、証拠を隠滅するつもりだ。逃げるという選択肢すら許されない盤面。そう悟った瞬間、僕は思考を最速の殲滅モードへと切り替え、迎撃の態勢をとった。


13-7. 圧倒的な実力差と、分断された戦線


「来るぞ!」


僕の叫びと同時、敵の魔法使いの男が杖を振り抜き、凄まじい速度で『火槍』を射出してきた。

 狙いは、魔法詠唱の隙を晒していたシノだ。


「――エアシールド!」


僕は咄嗟にシノの前に躍り出ると、空気を極限まで圧縮した見えない盾を展開した。

 轟音と共に火槍が盾に激突し、凄まじい熱波が弾け飛ぶ。シールドは辛うじて攻撃を防ぎきったが、その威力は尋常ではなかった。


(……速い! 詠唱時間も威力も、並の魔法使いとは次元が違う!)


その防衛の直後、残る二人の敵前衛が、左右に分かれて高速で距離を詰めてきた。

 左からは、リーダー格であるロングソードの男が。右からは、双短剣を持った男が、異常な俊敏さで迫る。


「フッ!」


左からの一撃。ロングソードの男の振り下ろしを、ガラムが戦斧の柄で辛うじて受け止める。

 火花が散り、ガラムの巨体が後方へズルリと押し込まれた。


「クソッ、なんて重てえ一撃だ……!」

「ほう。ただの冒険者にしては、悪くない反応だ」


右から来た双短剣の男には、リィンが的確な牽制の矢を放ち、距離を詰めさせないように後退させる。


僕は全体を俯瞰し、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 相手の隙のない連携、圧倒的な初速、そして対人戦における洗練された動きの練度。彼らは魔物相手の冒険者などではない。人間を殺すことに特化した、プロ集団だ。

 純粋な実力でいえば、彼ら一人一人がBランクのバルガスに匹敵するかもしれない。まともに戦えば、僕たちは確実に全滅する。


(……出し惜しみをしている余裕はない。手持ちのすべての札を切り、盤面を強制的にひっくり返すしかない!)


僕は横にいるシノに、偽装した革袋から『マナポーション』を取り出して力強く握らせた。


「シノ! 敵の魔法使いに対して、全魔力を使って最大の火球を放て。撃ったらすぐに魔力を回復させるんだ!」

「……わかった!」


シノは頷き、精神を極限まで集中させ、杖に莫大な魔力を集め始めた。


同時に、僕はリィンに向かって叫んだ。

「リィン、その短剣の男を牽制し続けろ! 距離を詰めさせるな!」


指示を飛ばした僕は、ガラムが鍔迫り合いをしている位置――約十メートル先へと、自らの足を全力で駆り立てた。


「シノ、今だ!」


僕の合図と共に、シノの杖の先端から、先ほどキメラに放ったものを遥かに凌駕する、巨大な『火球』が放たれた。目標は、後方に控える敵の魔法使いだ。


それと完全に同期する形で、僕は鍔迫り合いをしているロングソードの男に対し、全魔力を込めた僕の必殺魔法を展開した。


「――ウィンド・シア!」


だが、今回放ったのは、通常の「見えない一点の刃」ではない。

 相手の実力を考え、魔法の初動を察知して『回避行動』を取ることを前提とした、意図的に「左右に幅を広く設定した」風の斬撃だ。


「……チッ、魔法か!」


ロングソードの男は、僕の魔法の気配を察知するや否や、ガラムとの鍔迫り合いを瞬時に解き、驚異的な反応速度で左へとステップを踏んだ。

 完璧な回避行動。

 しかし――その回避先こそが、僕が意図的に広げた見えない刃の『射線』だった。


「なっ……!?」


男が驚愕の声を上げた瞬間、横幅の広い真空の刃が、男の右足を太ももの付け根から容赦なく切断した。

 鮮血が噴き出し、男がバランスを崩して地面に倒れ込む。


「もらったァッ!」


ガラムがその好機を見逃さず、トドメを刺そうと戦斧を大きく振り下ろした。

 だが。


ガィィンッ!!


「……舐めるな、冒険者風情が!」


片足を失い、地面に倒れ込んで激痛に顔を歪めながらも、男は恐るべき執念でロングソードを振り上げ、ガラムの戦斧の一撃を見事に弾き返したのだ。


「嘘だろ!? 足を斬られてなんであんな力が出るんだよ!」

 ガラムが信じられないというように驚愕する。


(……恐ろしい練度と精神力だ。だが、これで終わりだ!)


僕はすでに、片手に握りしめていたマナポーションを飲み干していた。失われた魔力が急速に全身の回路を満たしていく。

 僕は男の顔面に狙いを定め、回復したばかりの魔力を即座に投入した。


「――エアフィルター!」


男の顔の周辺の気圧が強制的に低下し、無酸素空間が作り出される。

 片足を失った激痛に加え、突如として呼吸を奪われた男は、さすがにそれ以上の抵抗を続けることはできなかった。

 喉を掻き毟りながら、男の意識がプツリと途切れ、剣を取り落とす。


「今だ、ガラム!」

「オオオォォッ!」


強制的に失神した男の首筋へ、ガラムの戦斧が深々と叩き込まれた。

だが、安堵している暇は一秒もなかった。


13-8. 崩れる防衛線と、貫通される盾


強制的に失神した男の首筋へ、ガラムの戦斧が深々と叩き込まれ、敵のリーダー格の討伐が完了した。

 だが、安堵の息を吐く猶予は一秒たりとも存在しなかった。


即座に周囲の状況を確認した僕の視界の端で、リィンが致命的な危機に直面しているのが見えた。

 弓矢で双短剣の男を牽制していた彼女は、完全に追い詰められていたのだ。男は異常な身のこなしでリィンの放つ矢をことごとく躱し、蛇のように間合いを詰めている。

 僕が地面を蹴って駆け出すのと、男とリィンの距離が十メートルを切ったのは同時だった。

 必死に放った最後の一矢も、男は首をわずかに傾けただけで回避し、無機質な殺気と共にその双短剣をリィンの華奢な身体へと突き立てようとする。


「――エアシールド!」


刃が肉を裂く寸前、僕が展開した極限圧縮の空気の盾が、リィンの目の前に割り込んだ。

 ガキンッ、という硬質な音と共に、男の短剣が物理的に弾き返される。

 そのわずかな隙を突き、リィンは青ざめた顔で後退。入れ替わるようにして、僕が短剣の男の正面に立った。


「チッ……!」


舌打ちと共に、男がすぐさま僕に肉薄してくる。僕は咄嗟に左手の空間に極小の『エアシールド』を展開し、男の右手の斬撃を弾き返した。

 体勢がわずかに崩れたその一瞬を突き、僕は右手のショートソードを男の首筋へと滑り込ませる。

 しかし、相手は対人戦闘の専門家だ。男は体勢を崩したまま左手の短剣を翻し、僕の刃の軌道を滑らせるようにして逸らした。


火花が散り、互いの刃が激しく交錯する。流動性の極めて高い、一進一退の近接戦闘。僕の脳内における思考の処理能力のほぼすべてが、目の前の男の不規則な刃の軌道を演算することに強制的に割かれ、周囲の戦況を確認する余裕は完全に奪われていた。


(……速い! 僕の知覚速度の限界ギリギリだ。くそ!、シノの方はどうなっている……!?)


その焦燥感が頂点に達しようとした時だった。


「……そこよ」


静寂を切り裂くような、微かな弦の鳴る音。

 気配を完全に殺し、森の暗がりに同化していたリィンの強弓から、必殺の一矢が放たれた。

 風を切り裂く矢は、僕との交戦によって回避の余力を失っていた男の右太ももを正確に貫いた。


「ぐっ……!」


初めて苦悶の声を漏らし、男は大きく後方に跳躍して距離を取った。僕とリィンの連携による、防衛線の確実な押し上げだ。


だが、男を退けて僕が安堵の息を吐きかけた、まさにその直後。

 背後から、森を揺るがすような凄まじい水蒸気爆発の轟音が響き渡った。


「なっ……!?」


慌てて振り返った僕の目に飛び込んできたのは、目を疑うような絶望的な光景だった。


僕が短剣の男との防衛戦に思考の処理能力を奪われている隙に、飛翔の魔法を用いて上空へと離脱していた敵魔法使いが、シノの頭上から強大な熱量を秘めた火炎球を撃ち下ろしていたのだ。

 直撃コースで迫る死の熱量に対し、シノは即座に『水弾』を展開。己の残存する魔力のすべてを注ぎ込み、空中で迎撃を試みた。


圧倒的な熱量を持つ炎の球体と、高密度の水球が激突する。

 その瞬間、膨大な吸熱反応と急激な液体から気体への相転移が引き起こされ、大規模な水蒸気爆発が巻き起こった。

 水球の衝突による威力の相殺によって、火球の直撃という即死こそ免れた。しかし、相殺しきれずに発生した超高温の熱波と爆風の余波が、シノの小さな身体を容赦なく弾き飛ばす。


「あぁぁっ……!」


悲痛な声と共に地面を激しく転がるシノ。全身に熱傷を負い、杖を手放して立ち上がることもできずに苦悶の表情を浮かべていた。


「シノ!」


僕の焦燥を孕んだ声を嘲笑うかのように、空中に留まった敵の魔法使いが無慈悲に杖を振り下ろした。

 次なる致命の執行。空気を灼き焦がす極度の熱量を持った『火槍』が、動けないシノを目掛けて一直線に射出される。


(間に合え……ッ!)


僕は己の魔力を限界まで酷使し、シノと火槍の間の空間座標に『エアシールド』を展開した。

 だが、対象までの距離が離れすぎている上、十分な空気の圧縮を行う時間が決定的に足りなかった。

 轟音。火槍が空気の盾に激突し、一瞬だけその軌道を阻む。しかし、圧倒的な熱量と質量を持った魔法の槍は、圧縮率の甘い防護壁を容易く貫通し、そのままシノへと襲い掛かった。


「やめろォォォッ!!」


その時。

 僕の不完全な盾が稼いだ、わずか1秒の猶予に、ガラムの巨体が弾かれたように飛び込んだ。

 彼は自らの身体を巨大な肉の盾とし、シノの前に立ちはだかったのだ。


グシャァッ!


肉を焦がし、貫く嫌な音が響いた。

 シノを庇ったガラムの左肩に、防ぎきれなかった火槍が深々と突き刺さった。


「ガ、ハッ……!!」


鮮血が噴き出し、ガラムは痛みに顔を歪めながら、肩で息をしてその場に崩れ落ち、膝をついた。鉄の装甲すらも溶解させ貫通する、恐るべき威力だった。


「ガラム……っ! なんで……!」

 シノが涙目で声を絞り出す。


「へへっ……前衛が、後衛を守るのは……当たり前だろうが……」

 ガラムは血を吐きながら、強がって笑みを浮かべた。


短剣の男を退けた僕が直面したのは、シノとガラムという僕にとってかけがえのない戦力が、血まみれになって戦闘不能に陥っているという、絶望的な盤面だった。



13-9. 最後の賭けと、規格外の大爆発


双短剣の男が再び身構え、魔法使いの男が冷酷に次の魔法の詠唱に入ろうとしている。

 リーダーを失ってもなお、彼らの殺意は揺らいでいない。


(……このままでは、確実に僕たちは全滅する。全員が生きて帰るための論理的な正解は……)


僕の脳内の計算機が、極限の速度で最適解を導き出す。

 手持ちの魔法だけでは、もう状況を覆せない。ならば、僕は僕自身の持つ最大の能力に、すべてを賭けるしかない。

 僕は、自身のステータスを脳内で確認した。


【固有スキル:物質創造】

SP(創造ポイント): 1/6


(……回復している。先ほどの野営から十二時間が経過し、SPが「1」戻っている!)


僕は即座に魔法を行使した。


「SP1を消費。『硝石』、創造!」


僕の手のひらに、白い結晶の粉末が顕現する。

 これで、すべてのピースは揃った。

 昨日作り溜めていた素材と合わせて、僕は未完成だった『切り札』の錬成へと踏み切る。


(――火炎石×1、水晶石×1、硝石×1、そしてアイテムボックスのオークの魔石×3。これらをすべて投入する!)


「――魔法錬金ッ!!」


僕の全存在を賭けた詠唱。

 その瞬間、僕の体内の魔力の半分以上が、ごっそりと根こそぎ持っていかれるような強烈な脱力感に襲われた。

 脳内のアイテムボックスのリストに、強大なエネルギーを秘めた一つのアイテムが生成されたのを確認した。

 爆裂結晶×1


僕はそれをアイテムボックスから直接右手へ呼び出した。

 手のひらに収まるサイズの、赤みがかった透き通る結晶体。


僕はそれに、起動のためのキーワードと威力を上げる為の魔力を注入し、一番厄介な敵、次の魔法を準備している魔法使いの男へ向けて、

全力で投げたと同時に結晶体の後方に、残りの魔力を使った風魔法『ウィンド』を叩き込んだ。


「いけぇぇぇぇっ!!」


風の推進力を得た結晶体は、まるで大砲の弾のような異常な速度で加速し、魔法使いの男へと迫った。


「なんだ、あれは……?」

 ウィンドの魔法発動を完治した魔法使いの男が、飛来する結晶体に不審な目を向ける。


「...魔道具か!」


あまりの速度に、魔法使いの男は一瞬反応が遅れた。回避行動を取る間もなく、結晶体が彼の胸元に接触する寸前まで肉薄する。


その瞬間。

 僕は、セットしたキーワードを叫んだ。


「――『エクスプロージョン』ッ!!」


辺りが一瞬静寂に包まれたような錯覚に陥った瞬間音より先に、一面が真っ白な閃光に塗りつぶされた。

 次いで。


ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!!


森の奥深くで、規格外の大爆発が巻き起こった。

 それはシノの火球などとは比較にならない、純粋な破壊のエネルギーの解放だった。

 爆心地にいた魔法使いの男は、悲鳴を上げる間もなく光の中に消滅し、遅れて到達した凄まじい爆風が、周囲の巨木を根本からなぎ倒し、地面をえぐり取っていく。


「うわあああぁぁぁっ!!」


あまりの衝撃波に、遠く離れていた僕たち四人すらも、枯れ葉のように吹き飛ばされた。


13-10. 撤退と、残された謎


「……キース……キース! しっかりして!」


体を揺さぶられ、僕はゆっくりと目を開けた。

 耳鳴りが酷く、視界がぼやけている。僕を覗き込んでいたのは、顔を煤だらけにしたリィンだった。


「……リィンか。怪我は……」

「私は大丈夫。でも、森が……」


体を起こして周囲を見渡した僕は、思わず絶句した。

 爆発が起きた周辺は、クレーターのように深くえぐれ、周囲数十メートルの木々がなぎ倒されて更地になっていた。くすぶる煙の匂いが鼻を突く。

以前、ギルドの地下書庫で『厄災』に関する過去の甚大な被害記録を監査していた際、偶然目にした一つの文献。かつて、狂信的な錬金術師の集団が王都を襲撃した事件において用いられたとされる、広域殲滅兵器『爆裂結晶』。

 構成される素材(火炎石、水晶石、硝石、魔石)の目録自体は判明しているものの、現代の錬金術ではその複雑な調合手順が完全に失伝しており、再現不可能な『幻の魔道具』として歴史の闇に葬られていた代物だ。


だが、失われた技術的障壁を『魔法錬金』という理外の術式で強制的に突破し、自己資本のみで強引に錬成しきったこの成果物。そこから引き起こされた莫大なエネルギーの解放は、僕の事前の計算を遥かに凌駕する、想定外の破壊力を叩き出していたのだ。


「敵は……残る双短剣の男は……!?」

 僕は慌てて立ち上がり、周囲の気配を探った。


しかし、土煙が晴れた森の中に、敵の姿はどこにもなかった。

 それどころか。


「……キース。あいつらの姿が、どこにもないの」

 リィンが震える声で言った。


「どういうことだ?」


僕は足元をふらつかせながら、爆心地の周辺や、ガラムがトドメを刺したはずのロングソードの男が倒れていた場所を確認した。

 血痕は残っている。だが、死体そのものが綺麗さっぱり消え失せているのだ。

 そして、今回の騒動の元凶である『キメラ』までもが、跡形もなく消えていた。


(……証拠隠滅ということか)


僕は状況から、冷徹な推論を導き出した。

 生き残った双短剣の男。彼は、あの爆発の混乱と土煙に乗じて、仲間の死体とキメラの死体をすべて回収し、素早く撤退したのだ。

 恐らく戦闘継続によって自分がやられるリスクを考慮し 機密を守るため何一つ痕跡を残さずに消え去る。

 特殊部隊の斥候として、極めて合理的で冷酷な判断だ。


「……追撃の心配は、当分ないだろう。あいつの目的は、僕たちの抹殺よりも機密の回収を優先したということだ」


僕はそう結論づけ、大きく息を吐き出した。

 そして、ハッとして振り返る。


「ガラム! シノ!」


彼らは少し離れた場所で、血まみれになって倒れていた。

 僕は急いで駆け寄り、アイテムボックスから偽装の革袋を通して『中級回復ポーション』を二本取り出した。

 一本の栓を抜き、ガラムの傷口に直接振りかけながら、残りを口に流し込む。シノにも同様にポーションを飲ませた。


高価な中級回復ポーションの効果は絶大だった。

 ガラムの左肩の深い傷が、シュウシュウと音を立てて肉が盛り上がり、塞がっていく。シノの全身の火傷も急速に色を引き、きれいな肌へと戻っていった。


「ゴホッ……! ぷはぁっ! あっぶねえ、死の淵が見えたぜ……」

 ガラムがむせながら体を起こす。


「……痛いの、治った。……キース、ありがとう」

 シノもゆっくりと立ち上がり、僕に安堵の微笑みを向けた。


「無事で何よりだ。二人とも、よく耐えてくれた」

 僕は心底ほっとして、冷や汗を拭った。


夕暮れが迫り、森が暗闇に包まれ始めていた。

 これ以上長居をして、別の魔物や、万が一敵の増援が現れれば、今度こそ僕たちは全滅する。


「……ここから撤退する。急いで街道に戻り、ガルドンの街へ帰還するぞ」


僕たちは満身創痍の体を支え合いながら、足早に森を抜けた。

 謎の戦闘集団接触。そして、彼らが追っていた人工の魔獣。

 この事件が単なる不運な遭遇で終わるのか、それとも巨大な陰謀の幕開けに過ぎないのか。僕にはまだわからない。

 だが、今はただ、全員が生きて街へ帰れたという事実だけを噛み締め、僕たちは夜の街道を無言で歩き続けるのだった。

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