第十二章:魔法錬金の検証と、規格外の相乗効果
12-1. 魔法錬金の確認と、規格外の相乗効果
明日の依頼の方針も決まり、この一週間の三人の近況を聞いているうちに、ギルドを出る頃には時刻はすっかり夕方に差し掛かろうとしていた。
ガラムたち三人は、僕が抜けている間も無難に三人で依頼をこなしていたらしい。元々Dランク冒険者としての十分な能力を持っていた三人であれば、それは当然のことかもしれない。
三人と別れた後、僕は一人でひと気のない街外れへと足を運んでいた。まだ試していないもう一つの修得魔法、『魔法錬金』を試すためだ。
(……魔法錬金。名前からすると、魔法の力で錬金術が可能になるということだろうか)
僕は空き地の中央で立ち止まり、考えを巡らせた。
(使ってみないと何も始まらないな)
アイテムボックスの時と同様に、僕は僅かに魔力を込めて魔法名を口にした。
「魔法錬金」
すると、僕の脳内にアイテムボックスの中身の一覧が浮かび上がった。
(この魔法が予想通り錬金を行えるものだとしたら、アイテムボックス内の素材を選び、そこから錬金するという仕組みか)
ここで僕にとって幸運だったのは、僕自身が錬金術に対して多少の知識を持っていたことだ。没落したとはいえ、僕の家には錬金術師だった祖父の代までの書物や錬金道具が、それこそ売るほどあったのだ。生活費のためにすべて売ってしまい手元には一つも残っていないが、書物に書かれていた知識は僕の頭の中にある程度は入っている。
(下級回復ポーション程度であれば、材料も覚えている。薬草と魔石の粉末、それに水さえあれば簡単に作れるものだ)
僕は空を見上げた。夜になるまでまだ少し時間がある。
「森に入って薬草の採取と、ゴブリンを倒して魔石を手に入れるくらいは出来るか」
僕はさっそく、西の森へと向かった。
森に入ると、Fランク時代に日課としていた経験もあり、簡単に薬草を見つけて採取することができた。水は水筒に入っているものを使えばいい。しかし、肝心のモンスター探しで手間取ってしまった。
「ゴブリン……もしくはスライムでも良いが……探すと意外に見つからないものだな」
遭いたくない時には嫌というほど遭遇するのに、いざ探すと見つからない。それがモンスターというものだ。
結局、一時間ほど森を徘徊して、ようやく二体のゴブリンを見つけることができた。今回は自分の能力を試す必要もないため、僕は足音を消して背後から近づき、一体を瞬殺で切り伏せ、驚いて振り返った残りの一体の首も素早く刎ねて戦闘を終了させた。
「アイテムボックスに死体を回収して、さっさと街に戻って魔法錬金の実験だ」
僕はゴブリンの死体に手をかざしてアイテムボックスに収納し、急いで街へと戻った。
街外れの空き地に戻った時、日は完全に暮れ、すでに夜空には月が出ていた。
「予想より時間がかかったが、ひとまず素材は揃ったな。さっそく確認を始めよう」
僕はアイテムボックスからゴブリンの死体を取り出し、手早くナイフで胸を裂いて魔石を回収した。血の匂いのする死体をそのまま放置しておくわけにはいかないため、再びゴブリンの死体をアイテムボックスに戻す。
(さて、それでは魔法錬金を行ってみるか)
「魔法錬金」
魔力を込めて魔法名を唱えると、再び脳内にアイテムボックスの中身が表示される。
(まずはゴブリンの魔石を、魔石の粉末に錬金する必要があるな)
アイテムボックスの中身からゴブリンの魔石を選ぶ。ここで「魔石の粉末を生成する」ように強く念じると、選択していたゴブリンの魔石が一つ使われ、新たに『魔石の粉末×10』というアイテムが一覧に表示されたことに気づいた。
(どうやら魔法錬金の使い方としては、これで合っているようだな。次に下級回復ポーションを作成してみるか)
僕は再度、魔法錬金の魔法名を唱えた。
アイテムボックスが再び脳内に表示され、今度は素材として「薬草」「魔石の粉末」「飲料用の水」を選ぶ。
(さて、下級回復ポーションを作成するイメージをして……)
頭の中でポーションの完成形を思い描いたその時、僕は自分の中の魔力がすっと減る感覚を覚えた。そして、アイテムボックスのリスト内に『下級回復ポーション』が表示されていることに気づいた。
(なるほど。アイテムボックスの出し入れとは違い、魔法錬金はアイテムを作るために魔力を使うのか)
僕はアイテムボックスから、今しがた完成したばかりの下級回復ポーションを取り出し、月の光にかざしてみた。ガラス瓶の中には、見慣れた淡い緑色の液体が揺れている。
(それにしても……まさか高価な錬金道具も揃えず、こんな短時間でポーションが作成できるとは……これはとんでもない事だぞ)
ポーションが高価な理由は、錬金術の手間に理由がある。
生成するポーションに合わせた専門の錬金道具の準備、調合や煮込みにかかる長い時間、そして高い失敗率。それらが合わさることで、一番安い下級回復ポーションですら大銀貨一枚という値段になるのだ。それがこんなに手軽に、時間もかけずに作成できてしまう事実に、僕は驚愕した。
(これは、錬金術師を生業としたとしても大金が得られるはずだな)
そう考えたところで、僕はふと、あの羊皮紙に書かれていた一人目の死因を思い出した。
(仮にアイテムボックスではなく、この魔法錬金の事が第三者に知られたとしても……恐らく国に捕らえられて、一生ポーションを作らされることになり、自由は無いだろうな……)
軍隊にとって、一瞬で大量の回復薬を作り出せる人間など、絶対に手放せない都合の良い道具だ。この魔法の事も、アイテムボックスと同様に絶対に誰にも知られてはならないと、僕は強く決意した。
そして、ここで僕はもう一つの可能性に思い至った。自身の持つ固有スキル、『物質創造』との組み合わせだ。
(そうか! 物質創造を利用して素材を大銀貨一枚分大量に作り出し、それを魔法錬金でポーションにすれば、大量のポーション類を元手ゼロで蓄えておけるじゃないか!)
素材の調達から完成まで、すべてが僕一人で完結する。作成されたアイテムもアイテムボックスに直接しまわれるため、作業風景を誰かに見られて知られることも絶対に無い。
(賭けのつもりで無系統魔法を選択したが……どうやら、完全な勝利だったようだ)
物質創造、アイテムボックス、魔法錬金。これらが合わさった時の恐るべき相乗効果に、僕は一人静かに興奮を覚えていた。
(錬金術で作成出来るアイテムのレシピに関しては、一度ちゃんと調べる必要があるな)
こうして僕は、魔法錬金の規格外の結果に深く満足し、足取りも軽く宿屋への帰路に就くのだった。
12-2. 秘密の備蓄と、Cランクへの登竜門(オーク討伐)
翌朝。僕はさっそく『物質創造』を使って素材を作り出そうと考え、アイテムボックスの中にある素材の残量を確認した。
【薬草×4、魔石の粉末×9】
(これだけあれば下級回復ポーションは四本は作れるな。現在アイテムボックスに三本ある事を考えると、今は十分だろう)
それでは次に何を作成するか。
現在、下級回復ポーションの次に求められている物といえば、間違いなくマナポーションだろう。
僕とシノという二人の魔法使いがいるパーティーにおいて、魔力を回復させるマナポーションは必需品と言っても良いアイテムだ。これさえあれば、極論、戦闘ごとに最大火力の魔法を放つことだって出来るからだ。
当然、一本が大銀貨二枚もするような高価な薬を戦闘のたびにがぶ飲みする訳にはいかないため、これまでは魔法の使い所を絞ってきた。だが、お金の心配をしなくていいマナポーションが手元にあれば、戦い方の幅は大きく広がる。
(もっとも、ガラム達にさえこのマナポーションのどこで手に入れたか言えない以上、使うタイミングも難しいな)
どれだけ便利でも、国に目をつけられるという命に関わる危険がある以上、自作したとは絶対に言えない。
僕は現実的な使い方について考えをまとめた。
(基本的にはこれまで通りの魔力節約の立ち回りを行い、いざという時の切り札としてマナポーションを利用できるように蓄えておくか)
僕はマナポーションの材料について記憶を掘り起こした。
確か、月見草と魔石の粉末、それに水があれば作成できるはずだ。
さっそく『物質創造』のSPを1使って月見草を作り出す。手元に現れた月見草三本をアイテムボックスに収納したのを確認し、魔法錬金の準備に入る。
(よし、これを使ってマナポーションを作成するか)
「魔法錬金」と小さく唱え、脳内に表示されたアイテムボックスの中から月見草、魔石の粉末、水を選択する。
自身の魔力が少し減る感覚と共に、アイテムボックスのリストにマナポーションが追加された。続けて残り二本分の材料を使い、マナポーションを追加で二本作成する。これで手持ちのマナポーションは合わせて五本になった。
(魔力はいくらか減ったようだが、この程度であれば戦闘中だとしても問題ない)
宿での朝食を終えた僕は、さっそくギルドに向かい、ガラム達と合流した。
昨日の話し合いで、今日の依頼はオークの討伐を受けることになっていた。
オークはDランクからCランク相当のモンスターであり、常に集団で行動するため、一人での討伐は難しくCランク以上のパーティーでの討伐が推奨される。また、定期的に数を減らしておかないと繁殖能力の高さゆえに個体数が増えやすく、人里への被害が出る可能性が高い。
そのためギルドからの依頼も安定して存在し、稼ぎも良い。Cランクパーティーの定番依頼であり、オーク討伐を生業にしているパーティーすらある程だ。
今回、ガラム達がCランクに昇格したこともあり、彼らの実力試しとして挑戦することになった。
「おう、キース! それじゃ早速オーク討伐に出かけるとしようぜ」
やる気に満ちたガラムの掛け声と共に、僕たちは東の丘陵地帯へと出発した。
東に延びる街道を徒歩で一日ほど行けば、農地が中心の村落リルムントがあり、さらに三日ほど進むと国境沿いの街ガルドンが存在する。現在、僕たちがいるアステリア王国は、隣国のブルームバーグ帝国と休戦条約を結んでおり、五十年近い平和な状態が続いている。過去にあった戦争を覚えている人間も少数派となって久しい、安定した情勢の地域だった。
丘陵地帯を四時間ほど歩き、太陽が真上に来る頃、僕たちはようやく今回の討伐対象であるオークの群れを発見した。
「全部で十体か……どうやら食事中のようだが、キース、どうする?」
茂みの陰から様子を窺いながら、ガラムが小声で尋ねてきた。
「十体が一斉に襲い掛かってきた場合、非常に厄介な事になりかねない。ここは出し惜しみせずに、シノの魔法攻撃とリィンの弓による遠距離攻撃で出来るだけ数を減らそう。シノ、魔力が切れたらこのマナポーションを飲んで即座に魔力を回復し、全力で魔法を撃ち続けるんだ」
僕はアイテムボックスからこっそり取り出しておいたマナポーションの小瓶をシノに手渡した。
「……頑張る」
シノは瓶を受け取ると、胸の前でむんと拳を作り気合を入れた。
「リィン、新調した弓が飾りじゃない事を証明してくれ」
「ふふ、任せてちょうだい。オークなんて私の弓で接近前に全て倒してみせるわ!」
弓を新調してから格下じゃないモンスターと対峙するのは今回が初めてであり、リィンとしても腕の見せ所だと感じているのだろう。
「さて、それじゃあ作戦を開始するぞ。シノ、火球をオークの群れに撃ってくれ。オークが向かって来たら、シノ、リィン、頼むぞ。ガラムは接近してきたオークがいたら各個撃破してくれ、僕が支援をする」
シノが頷き、普段より魔力を込めて新調した杖を構えた。
「……火球」
距離としては約五十メートル。魔法であれば十分にダメージが通る距離だ。
巨大な火球がオークの群れに向かって飛んでいき、群れの中心で凄まじい爆発を起こした。オーク達は急な爆発に驚き混乱したが、十体のうち、火球の直撃で倒れた二体を除く八体がこちらに気づき、怒り狂って突進を開始する。
シノは次の魔法発動のため、再び魔力を溜めて高火力の火球を撃つ準備に入っている。
オークとの距離が三十メートルに迫った時、リィンが狙いすましたように一本の矢を放った。矢は空を切って正確に飛び、先頭を走っていた一体のオークの眉間を深く撃ち抜いた。
「どう! 新しい弓の威力は!」
リィンの矢は必殺と言える威力でオークを絶命させた。
「準備が出来た……撃つ」
シノが十分に魔力を溜めた二発目の火球をオークに放つ。
二十メートルの距離まで迫っていたオーク達は回避する事も出来ず、火球が直撃した。爆風を肌に感じるほどの威力の魔法により、七体のオークのうち三体が激しく地面に倒れ伏す。
さらに、二射目の準備に入っていたリィンが、残った四体のうちの一体の眉間を撃ち抜く。
残り三体が十メートルに入ったタイミングで、僕がすかさず先頭のオークにエアフィルターによる減圧魔法を放った。突然の酸欠状態に陥り、オークの動きが完全に止まる。
残る二体のオークに対して、ガラムが前に出て戦斧を振りかぶった。
「おらぁ!」
ガラムの重い戦斧の一撃で、オークの一体が脳天を割られて倒れる。最後の一匹がガラムに襲い掛かろうとするが、そこに僕の必殺の魔法が炸裂した。
「ウィンド・シア!」
空気を極限まで圧縮した見えない刃が、残ったオークを縦一文字に真っ二つに両断した。
ガラムが感嘆の口笛を吹く。
「討伐完了だ」
「やったな! これで俺達も晴れてCランクパーティーと堂々と名乗れるぜ!」
Cランクパーティーの登竜門とも言えるオーク討伐を無傷で達成した事で、ガラム達は名実ともに自分たちがCランクパーティーであると認められる事になるだろう。
(魔力という力を出費を気にせず使った結果とは言え、結果は上出来だ)
僕は周囲の警戒を解きながら、頭の中で冷静に計算を行った。
シノの魔力はさっきの二発のファイアボールでほぼ空になっているだろう。僕の魔力もウィンド・シアを使った事で四分の一は消費した計算だ。
だが、今回の依頼の報酬は金貨三枚にはなる。マナポーションの代金を差し引いたとしても十分なお釣りはくる。また、オーク討伐はギルドへの評価も高い事を考えると、半年間もあれば僕自身のCランク昇格も視野に入ってくる。
「さて、今日は十分な成果が出た。帰還しよう」
僕たちは倒したオークの解体と素材の回収を手早く行った後、充実した足取りで街へと帰還するのだった。
12-3. 三ヶ月の躍進と、初の指名依頼
オークの討伐を終えてラグリマの街に戻った僕たちは、さっそくギルドの受付で完了報告を行い、依頼の報酬である金貨三枚を受け取った。
無傷での討伐という予想以上の成果に喜ぶガラム達と共に、テーブル席で報酬を山分けし、僕たちはすぐさま次の依頼について話し合いを始めた。
◆ ◆ ◆
それから三ヶ月。
僕たちパーティー一行は、問題が起きることもなく、順調に依頼をこなし続けていた。
その間、僕は『物質創造』と『魔法錬金』による回復ポーションやマナポーションの秘密の蓄えを欠かさず行い、いざという時のための物資をアイテムボックスに蓄えていた。裏での入念な準備と、表向きの着実な討伐実績。その両輪を回すことで、僕たちの活動は非常に安定したものになっていた。
安定した収入を得た僕は、Eランクに上がった時に買い揃えた装備から、さらに質の高いものへと一新した。
実用性重視で選んだ古木の杖から、より魔力を通しやすく魔法の威力を底上げしてくれる上質な杖へ買い替え、防具もより軽く頑丈な素材の革鎧を新調した。護身用のショートソードも手入れの行き届いた業物に替え、今ではすっかり、どこから見ても中堅冒険者として遜色のない格好になっている。
そして、この三ヶ月の間に大きな変化があったのは僕だけではない。
前衛で常に身体を張り続けたガラムをはじめ、リィン、シノの三人も、ついに『レベル15』の大台へと到達したのだ。
レベル15に到達したことによる基礎能力の大幅な向上は目に見張るものがあり、彼らの戦闘力は劇的に底上げされた。そこに僕の的確な魔法支援と、緊急時のためのマナポーションの存在(表向きは僕が自腹で買ったことになっている)が合わさることで、今や僕たちは、ラグリマの冒険者ギルドにおいて「Cランクパーティーの中でも頭一つ抜けた存在」として、周囲の冒険者たちからも一目置かれるようになっていた。
そんなある日のこと。
いつものようにギルドを訪れた僕たち四人に、受付のエレンさんが少し興奮した様子で声をかけてきた。
「みんな、ちょっといいかしら。実はね、あなた達パーティーを名指しした『指名依頼』が来ているのよ!」
「俺達に指名依頼だと!?」
ガラムが驚きの声を上げた。
冒険者にとって、実力と信頼を高く評価された証である指名依頼が来るというのは、大変名誉なことだ。
「ええ。依頼主はガロード商会で、内容は国境沿いの街ガルドンへ向かう商隊の護衛よ」
ガロード商会は、この街に本店を構える中規模商会だ。
エレンさんの説明を聞いて、僕は頭の中で地理と状況を整理した。
ここから東へ向かい、農地の村落リルムントを越えた先にある国境沿いの街ガルドン。そこへ続く東の街道は、必ずしも頻繁に魔物が出没するわけではない。しかし、万が一オークの群れに遭遇したり、積荷を狙う野盗の襲撃を受けたりした場合、商隊の受ける被害は計り知れない。護衛とは、そうした予期せぬ危険を未然に防ぎ、被害を最小限に抑えるためのものだ。
「商会の人たちは安全を第一に考えるから、万が一の危険を減らすために護衛を雇う時はとても慎重なの。この三ヶ月間で、あなた達が東の街道周辺でオーク討伐を何度も成功させて、確かな実績を積み重ねていたこと。そして、優秀な若手のCランクパーティーとしてギルド内で頭角を現していたことが、依頼主の目に留まったのよ」
エレンさんが誇らしげに微笑む。
「どうする? ガルドンまでの往復を含めるとそれなりの日数がかかるけれど……指名依頼だから、通常の護衛の依頼に比べて報酬の割はかなり良いわよ」
ガラム、リィン、シノの三人は顔を見合わせ、すでにやる気に満ちた表情を浮かべている。
僕にとっても、断る理由は全くなかった。指名依頼は報酬が良いだけでなく、達成した際に得られるギルドへの評価が非常に高く評価されるという大きな利点がある。僕自身のCランク昇格を早めるための、絶好の近道となるはずだ。
「僕としては異論はない。受けるべきだと思う」
僕がそう結論を口にすると、ガラムが力強く頷き、エレンさんに向き直った。
「よし、決まりだ! その指名依頼、俺達が喜んで引き受けさせてもらうぜ!」
こうして僕たちは、初の指名依頼を快諾した。
国境沿いの街への数日間に及ぶ旅。これまでのように日帰りで済む依頼とは違うため、野営の準備や食料の確保など、やるべきことは多い。僕たちはさっそく、新たな旅路に向けた入念な準備を始めるのだった。
12-4. 商隊護衛の旅と、シノの新しい魔法
翌朝、野営の道具や数日分の保存食などの準備を終えた僕たちは、ラグリマの街の入り口で依頼主である商隊と合流した。
今回の依頼主は、この街に本店を構える中規模商会ガロード商会だ。僕たちは商隊の責任者であり、商会代表の次男でもある青年、ハンス・ガロードと挨拶を交わした。
今回の商隊は、積み荷を乗せた荷馬車が二台、そしてハンスと僕たちパーティー一行が乗り込む馬車が一台の、計三台で構成されている。商隊側のメンバーは、御者も兼任するハンスと、二人の荷馬車の御者の計三人だった。
出発前、ハンスを交えて全行程と宿泊地の確認を行う。
1.農地の村落リルムントでの一泊
2.ガルドンまでの間に野営二泊
3.国境沿いの街ガルドンでの三日間の滞在
4.ラグリマへの帰りの行程(野営二泊、リルムント一泊)
確認が済んだところで、商隊はゆっくりと街を出発した。
初日の行程であるリルムントまでは特に魔物と遭遇することもなく、夕方には無事に到着。夜は村の宿で軽く宴会をして一泊し、翌朝には目的地のガルドンへ向けて再び街道を進み始めた。
二日目の夕暮れ時。
そろそろ今日の野営予定地に到着するかというタイミングで、事態は急変した。
突如、街道脇の深い森の中から、木々をなぎ倒して巨大な影が飛び出してきたのだ。
「ひっ……! 熊だ、ジャイアント・ベアが出たぞ!」
御者台に座っていたハンスが、恐怖に顔を引きつらせて叫んだ。
ジャイアント・ベアはCランク相当の強力なモンスターだ。強靭な筋力と、その巨体に見合わないほどの素早さを併せ持っており、まともに突進を受ければ馬車へのダメージも深刻なものとなる。
奇襲を受ける形になり、商隊のメンバーは完全に混乱に陥っていた。
だが、僕の判断は誰よりも早かった。
「――ウィンド・シア!」
僕が馬車の中から杖を振り抜いた次の瞬間、空気を極限まで圧縮した見えない刃が一直線に走り、ジャイアント・ベアの巨体を一瞬で真っ二つに両断した。
ズズンッ、と地響きを立てて、巨大な魔物が血しぶきと共に地面に倒れ伏す。
この三ヶ月間、マナポーションを秘密裏に多用できる環境が整ったことで、僕の戦い方には大きな変化が起きていた。
以前の僕は、魔力切れを恐れるあまり、ウィンド・シアをいざという時の切り札として温存していた。だが、魔力をすぐに回復できるという安心感を得た今は、危険な敵には初手から最大火力を叩き込み、一瞬で危険を取り除くという戦法を取れるようになったのだ。
結果として、今の僕たちは、シノの魔法とリィンの弓による遠距離火力、僕の中距離からの制圧火力、そして接近された際の前衛ガラムという、非常にバランスが良く隙のないパーティー編成に仕上がっていた。
「……え?」
ハンス達はジャイアント・ベアの出現に心底驚いていたが、それ以上に、恐るべき魔物が魔法一発で瞬殺されたことに驚愕し、目を丸くして固まっていた。Cランクパーティーが護衛とはいえ、ジャイアント・ベアが相手ならそれなりの被害や苦戦は免れないだろうと覚悟していたからだ。
彼らが呆然としている間に、僕は素早く馬車から飛び降り、ジャイアント・ベアの解体(素材の回収)を始めた。
「おっ、すげえ! これで今日は味気ない保存食じゃなく、美味い肉にありつけるぜ!」
ガラムも勢いよく馬車から飛び出し、嬉々として解体に参戦してきた。リィンとシノは、そんな僕たちを馬車の中から「二人とも頑張ってー」と呑気に声援を送りながら見守っているのだった。
手早く解体を終え、ハンスの厚意で高価な素材と肉を荷馬車に積ませてもらった僕たちは、無事に目的の野営地へ到着した。
さっそく馬を休ませ、野営の準備を始める。そこで、この三ヶ月間における僕たちパーティーの「もう一つの大きな変化」が披露されることになった。
「……ようやく私の出番」
シノがそう呟き、ガラムが地面に置いた空の木樽に手をかざした。
「……ウォーター」
シノが魔法を唱えると、何もない空間から澄んだ水が湧き出し、瞬く間に木樽いっぱいに水が満たされた。
「いやあ、シノが水魔法を習得してくれたおかげで、旅の飲み水問題は一気に解消したな!」
ガラムが木樽の水をすくいながら嬉しそうに笑う。
シノは得意満面な顔をしているが、対する僕は少しだけ複雑な顔をしていた。
――遡ること、二ヶ月ほど前。
オークの討伐や単価の高い依頼をいくつもこなし、パーティーの資金にもかなり余裕が出てきた頃だった。臨時収入に皆が浮かれている中で、シノが真剣な表情でこう言ったのだ。
『……そろそろ、新しい魔導書が欲しい……』
あの時は何とか誤魔化そうとした僕だったが、シノの引かない様子を見て、半ば自分に言い聞かせるようにこう答えた。
『確かに現在、パーティーの資金にはある程度の余裕がある。それに、シノが新しい魔法を覚える事で戦える幅も広がるだろう』
僕の言葉に、ガラムもリィンも笑顔で頷いた。
『それでシノ、魔導書の当てはあるのか?』
『うん……魔導具屋さんに取り寄せを頼んでる……』
(既に注文済みじゃないか!)
僕は心の中で激しくツッコミを入れつつも、冷静さを保って話を続けた。
『そ、そうか。それで新しい魔法は何にしたんだ?』
シノには二つの選択肢があった。現在使っている火の初級魔法を中級魔法へと強化するか、もう一つは別系統の魔法を習得するかだ。前者は純粋に火力を大きく伸ばすことになり、後者は対応できる状況の幅が広くなる。どちらを選んだとしてもパーティーにはプラスになるため、このタイミングでの要求は間違ってはいない。ただ、魔導書は非常に金がかかるという点を除いては。
『水魔法の魔導書を選んだ……金貨十五枚の所……金貨十枚でお得だった』
その言葉に、僕は一人で苦悶した。
(た、確かに相場からすると安いのは間違いない。ただ、そんな安さ(セール品)に釣られて一生の魔法を選択して良いのか!?)
僕の葛藤をよそに、シノに甘いガラムとリィンは若干笑顔が引きつりつつも同調した。
『な、なかなか良い選択なんじゃないか?』
『え、ええ。そうね。悪くないと思うわ』
この二人はどうもシノに甘いところがあり、何も反論できないようだった。結局、僕も折れるしかなかった。
『三人がそれで良いんだったら、僕から言う事は何もない。水魔法は応用も効くし、何といっても重たい飲み水を持ち運ばなくて良くなる事は、冒険者として大きな利点だろう』
自分のアイテムボックスの秘密(大量の水を簡単に持ち運べること)を明かせない僕は、水魔法の利便性を無理やり皆に説いてみせたのだった。
――そんな二ヶ月前の出来事を思い出しながら、僕は燃え上がる焚き火を見つめていた。
野営の準備が整った後、焼いたジャイアント・ベアの肉を頬張りながら、ハンス達から「ジャイアント・ベアを倒した魔法は本当に凄かった」と大絶賛された。
夜も更け、見張り番を僕とシノの組、ガラムとリィンの組に分け、僕たち四人は初めての本格的な野営の夜を過ごすのだった。
12-5. 魔物除けの香と、夜の語らい
夜が更け、パチパチとはぜる焚き火の音が静かな森に響く。
ハンス達とガラム、リィンが馬車やテントで眠りについた後、最初の見張り番は僕とシノの二人が担当することになった。
今回の長旅で野営が決まった際、僕が急遽用意したことになっている特別なアイテムがあった。それが、今僕たちの足元で細い煙を上げている『魔物除けの香』だ。
香という名前がついているが、実際には一種の結界のような働きをする魔道具である。この香が焚かれている範囲内のエリアを、モンスターが全く認識できなくなるという非常に有能な効果を持っているのだ。
主な用途は、危険な地域での野営時の安全補助や、過酷なダンジョン内での確実な休憩場所の確保などに使われる。
(まさか、将来のダンジョン探索に向けて事前に準備していたアイテムが、こんな所で役に立つとはな……)
立ち上る煙を見つめながら、僕は一人内心で納得していた。
この『魔物除けの香』は、市場価値で言えばなんと金貨一枚にもなる超高価なアイテムだ。通常の野営程度ではとても出費に見合わないため、迷宮都市でもない限り、普通の街の市場にはまず出回っていない。
そのため僕は、仲間たちやハンスには「街中の店をあちこち走り回って、ようやく一つだけ入手した」と苦労をアピールして説明していた。
しかし、その実態は全く違う。僕が自身のスキル『物質創造』で必要な素材を一から作り出し、それを『魔法錬金』でこっそり自作しただけの、完全に元手ゼロの代物だった。
「……静か」
膝を抱えて焚き火を見つめていたシノが、ぽつりと呟いた。
「ああ。これなら朝まで安全に過ごせるだろう」
僕は相槌を打ちながら、以前からずっと気になっていた疑問を、不意に彼女に投げかけてみた。
「シノ、以前から気になっていたんだが……シノはどうして魔法を使えるんだ?」
僕が疑問に思うのには明確な理由があった。
そもそもこの世界で魔法を習得するには、非常に高価な魔術書を購入するか、高額な授業料を払って専門の師匠につく必要がある。
孤児院育ちのガラム、リィン、シノの三人が、高価な魔術書を入手出来るとは考えづらい。また、魔法を一から教えられるような上級魔法使いがこの辺境のラグリマの街にいるとも聞いた事がないのだ。
(恐らく、もう一つの可能性だとは思うが……)
少しの沈黙の後、シノが静かに口を開いた。
「……私は、ギフテッド」
その言葉に、僕は腑に落ちた。
『ギフテッド』とは、生まれた時に既に何らかのスキルや魔法を習得している人間のことだ。これは親や祖先の能力、つまり血統と厳密に関連があるとされている。国の中枢にいる王家や貴族などはこの血統を最重視して婚姻を結ぶため、貴族の子供のほとんどは何らかのギフテッドとして生まれてくると言われている。
(ギフテッドが平民の間に偶然で発現するのは、一万人に一人程度と言われている。という事は、恐らくシノの出自は……)
僕が考えを巡らせていると、シノが自らの過去を淡々と語り始めた。
「孤児院の前に、大金貨三枚と手紙と一緒に、毛布にくるまれて捨てられてたらしい」
その内容に、僕は思わず目を見開いた。
(大金貨三枚…… 大商会であれば出せなくはない額だろうが、私生児を孤児院に預けるためだけにそこまでの大金をポンと出すとは考えられない。となると、大金貨三枚をはした金程度に考えているような連中……やはり貴族か)
彼女が抱える、想像以上に複雑で重い背景を察した僕は、姿勢を正した。
「すまない、余計なことを聞いた」
素直に謝罪する僕に対し、シノはゆっくりと首を横に振った。
「……いい。今はガラム、リィン、それにキースもいてくれるから」
シノは焚き火から視線を外し、僕の目をじっと真っ直ぐに見つめ返してきた。
「私も、聞きたい事がある」
「……なんだ?」
「キースの魔法はおかしい。風系統の魔法に、『ウィンド・シア』なんて魔法はない」
その鋭い指摘に、僕は内心で大きくドキリとした。
自分の放つ魔法の異常性を、生粋の魔法使いであるシノにそこまで正確に考察されていたとは思わなかったのだ。
「魔法を新しく編み出す事は出来る。でも、それは上級魔法使いでも無ければ不可能」
もちろん僕は、いつか仲間からこういう疑問を呈される事を予想し、論理的で隙のない言い訳の想定問答を完璧に準備していた。古代の失われた魔術書を偶然拾っただの、独学で風魔法を極限まで圧縮する技術を編み出しただの、いくらでも誤魔化す用意はあった。
そして僕は、ここで用意されていたその回答を――言わなかった。
「……少し、長い話になる」
気がつけば、僕はそう前置きをして、口を開いていた。
自分が古代遺跡で手にした二つの固有スキル『物質創造』と『魔法創造』の入手経緯。そして、羊皮紙に記されていた先人の悲惨な末路を知ったがゆえに、国家や軍に利用されることを恐れ、これまで誰にも言わず隠していた理由について、ぽつりぽつりと語り出した。
僕は、なぜ自分がシノに最大の秘密である真実を語ってしまったのか、頭の片隅で冷静に理由を考えていた。
恐らく、シノのあの誤魔化しの効かない真剣な眼差しと、彼女自身が重い出自を一切包み隠さずに語ってくれた事に対して、自分だけがここで用意した嘘をつくのは「仲間として間違っている」と本能的に思ったのだろう。
(……感情に流されず、いざとなれば冷徹に皆の事も切り捨てる事が出来ると思っていたが、僕はまだ未熟だという事か)
僕は心の中で、自身の甘さを自虐した。
だが不思議なことに、すべてを語り終えた後の僕の心の中は、長年の重荷を下ろしたかのような、ひどく晴れやかなものを感じているのだった。




