第十一章:単独活動の限界確認と、弱点の洗い出し
11-1. 現場検証:単独での実地調査と、風魔法の致命的な弱点
格上の存在(Bランクのバルガス)との過酷な模擬戦から一夜明けた朝。
僕は安宿の硬い寝台で目を覚まし、すぐさま脳内のステータスを展開した。
【固有スキル:物質創造】
SP(創造ポイント): 2/6
「……良し。十二時間の経過によるSPの回復は、確実に行われているな」
自身のSPの推移を確認し、僕は静かにベッドから降りた。
背中や脇腹には、昨日の激突による痛みの名残が微かに張り付いていたが、行動に支障をきたすような致命的な怪我はない。今日は基礎ステータス向上後の「対複数モンスター戦」における自身の戦闘力を正確に測るため、実地テストを兼ねたゴブリン討伐の依頼を単独でこなす予定だ。
身支度を整え、ラグリマ冒険者ギルドの受付へと足を運ぶと、カウンターにいたエレンさんが僕の姿を認めるなり、弾かれたように身を乗り出してきた。
「キース君! まだ歩き回っちゃダメよ! 昨日あんな無茶をして、内臓まで傷が達していてもおかしくなかったんだから……!」
「ご心配には及びません、エレンさん。レベル上昇に伴う基礎耐久力の底上げという『肉体の強化』と、ギルドに提供していただいた中級回復ポーションのおかげで、僕の身体のダメージはすでに完全に回復しています。……それよりも、本日の依頼の申請を」
僕が冷徹に事実のみを告げて単独でのゴブリン討伐依頼を提示すると、エレンさんは呆れたような、しかしどこか納得したような溜息を吐き、手続きの判を押した。
◆ ◆ ◆
ラグリマの西の森。
木々の隙間から差し込む陽光の先、深い茂みの奥に、三体のゴブリンの姿を捕捉した。錆びた鉈や粗末な棍棒を握りしめ、獲物を探して徘徊する低級の魔物たちだ。
(……奇襲を仕掛け、気付かれる前に背後から首を刈る。それが最も危険の少ない効率的な戦術だが……)
今回の僕の目的は、あくまで「基礎能力向上後の自身の実力評価」だ。無防備な相手を一方的に処理したところで、厳しい状況下での実力テストにはならない。
僕は足元にあった手頃な小石を拾い上げ、意図的に彼らの足元へ向けて放り投げた。
カツンッ、と石が木に弾ける音が響く。
「ギギャッ!?」
「ゲギャアアァァッ!!」
音に反応した三体のゴブリンが、一斉にこちらを認識し、醜悪な殺意と共に殺到してくる。意図的な戦闘の発生だ。
僕は静かに息を吸い込み、迫り来る三つの脅威を頭の中で冷徹に処理していく。
まず、最も足の速い先頭の一体目。
僕は手元の杖を軽く振り、魔力による『空気塊』を対象の胸板へ直接叩きつけた。爆発的な空気の反発力がゴブリンの軽い身体を前方へと物理的に吹き飛ばし、一時的に戦線から離脱させる。
続く、二体目。
僕は『エアフィルター』の魔法を逆用し、対象の頭部周辺の空間に「局所減圧」を展開。呼吸器から酸素を奪い、低酸素症による強制的な昏倒へと追い込む。
――しかし、この極めて魔力消費の少ない魔法には、集中力を全て注ぎ込むため僕自身が「完全な無防備(棒立ち)」になるという致命的な隙が存在する。
「ギャアアアッ!」
案の定、二体目が白目を剥いて倒れ伏すのとほぼ同時、三体目のゴブリンが僕の無防備な隙を突いて跳躍し、錆びた鉈を頭上から振り下ろしてきた。
以前の僕であれば、対応が間に合わずにダメージを負っていただろう。だが、レベル15の身体能力は伊達ではない。
僕は魔法の維持を即座に放棄し、超人的な速度で身体を捻って凶刃を躱すと、腰から抜き放ったショートソードをゴブリンの胴体へ深く突き刺した。
確かな肉を断つ感触。確実な絶命だ。
「……残り一体」
刃を引き抜く暇もなく、最初に前方へ吹き飛ばしていた一体目が体勢を立て直し、真正面から棍棒を横薙ぎに振り抜いてきた。
僕は慌てず、自身の正面――棍棒の軌道上の範囲に面積を絞り込んだ『エアシールド(圧縮空気盾)』を展開する。魔力の消費を極限まで抑えた局所防御の壁が、見事に棍棒の重撃を弾き返した。
「ギ、ガッ!?」
武器を弾かれ、完全に体勢が崩れたゴブリンの無防備な首筋へ、僕は鋭く踏み込みながらショートソードを滑り込ませた。
鮮血が舞い、最後の一体が崩れ落ちる。僕は速やかに歩み寄り、いまだ酸欠で昏倒している二体目の心臓に正確なトドメを刺し、すべての戦闘を終了させた。
「……ふむ。相手が格下であったという前提を考慮しても、事前の想定通りの完璧な動きができたな」
血振るいをして刃を鞘に収めながら、僕は小さく呟いた。
だが、僕の顔に慢心は一切ない。むしろ、この実地調査を通じて、自身の戦闘スタイルに潜む「致命的な弱点」が、冷酷なまでに浮き彫りになっていたからだ。
(……想定通りとはいえ、やはり僕個人の戦闘能力には、看過できない四つの弱点がある)
僕は森の静寂の中で、己の限界を冷徹に列挙していく。
第一の弱点は、攻撃範囲の極端な狭さだ。
風魔法は、発動位置から距離が離れるほど威力が著しく減衰する。昨日のバルガスとの模擬戦でも痛感したが、実質的な有効射程が近接戦闘職と大差ないというのは、魔法使いとして最大の強みを放棄しているに等しい。
第二の弱点は、遠隔操作における魔力消費の増加。
自身から離れた位置での魔法発動も可能ではあるが、狙いの精度が低下する上、魔力消費量が跳ね上がる。地下迷宮という過酷な長期探索において、魔力の無駄遣いは即座に死に直結するため、非常に効率が悪い。
第三の弱点は、決定的な火力の欠如。
現状、僕の手札の中で必殺の威力を誇るのは、空気を極限まで圧縮した『真空斬』のみ。純粋な魔法攻撃の手段として見た場合、圧倒的に手数が不足している。
そして第四の弱点は、強力な魔法を使用している最中に生じる極端な隙だ。
『エアフィルター(局所減圧)』による昏倒は少ない魔力で強力だが、ピンポイントに位置を指定した発動では棒立ちにならざるを得ない。単独で複数の敵を相手にする状況下では、攻撃を受ける危険が高すぎて到底実戦には耐えられない。
「……総合評価を下そう」
僕は倒れたゴブリンの死骸を見下ろし、自身の実力を冷酷に分析した。
「近接戦闘と魔法の複合職として見た場合、現状の僕は『Cランクに届くかどうかのギリギリの水準』といったところか」
一対一の戦いであれば、昨日のバルガス戦のように搦め手を用いてある程度の戦果を挙げることは可能だ。
しかし、地下迷宮という複数の未知の危険が連続して押し寄せる場所を想定した場合、僕一人の力で探索を続けるのは、どう考えても完全に不可能であると断定せざるを得ない。
(……やはり、あの三人の情を説き伏せてでも迷宮探索へ引きずり込むか、あるいは、新たに信頼できる仲間を見つけるしかないか……)
吹き抜ける森の風の中、僕は次なる極めて重い「決断」の岐路に立たされていた。
11-2. ソロ活動の限界と、未知への挑戦
その後数日間、僕は毎日一人で西の森へ通い、ゴブリンやコボルト相手にモンスター討伐の依頼をこなした。
戦い方を工夫し、様々な立ち回りを試してみたものの、初日に出した結論が覆ることはなかった。風魔法の射程の短さや、複数の敵への対応力、そして自分から離れた場所で魔法を発動させた時の魔力消費の問題。
どれだけ思考を重ねてみても、「自分一人でダンジョンに挑むのは厳しすぎる」という冷酷な現実を再認識する結果に終わった。
それに、能力の検証に没頭するあまり、完全に棚上げしていた「根本的な問題」があった。
数日分の討伐の証をギルドの受付で提出し、報酬を受け取った帰り道。僕は改めてその事実を思い返していた。
そもそも、ダンジョンへの入場が許可されるのは「Cランク以上」の冒険者のみなのだ。
先日の特例でCランクに昇格したガラムたちはともかく、ようやくDランクになったばかりの僕では、迷宮の入り口に立つことすらできない。このまま地道に依頼をこなし、ギルドの信用を得てCランクへ上がるには、どれだけ早くても最低三ヶ月はかかるだろう。
一人で非効率に時間を費やすくらいなら、ガラムたちとパーティーを組み直し、彼らがこの街に留まるという条件を飲んででも一緒に活動を続ける方が、はるかに現実的で効率が良い。
宿屋の自室に戻った僕は、ベッドに腰を下ろし、これからの半年間について思考を巡らせた。
Cランクに上がるまでの期間、ガラムたちと組んで行動するのであれば、時間的にも戦力的にも今の自分には十分な「余裕」がある。
ガラムが前衛で壁になり、リィンとシノが援護してくれるなら、僕が一人で無理をして危険を冒す必要はない。すぐさまダンジョンに潜るわけではないのなら、目先の攻略に役立つ安全な魔法を、今急いで選ぶ必要はないのではないか。
「……切羽詰まっていない今こそが、大きな賭けをする最大のチャンスだ」
誰もいない部屋で、僕は小さく呟いた。
僕が目を付けたのは、『魔法創造』の選択肢の中で唯一、ギルドの地下書庫でも何一つ情報が得られなかった「無系統」の魔法だった。
どんな効果があるか、何ができるのか、まったくの未知数だ。しかし、仮にまったく使い物にならないハズレ魔法だったとしても、ダンジョン挑戦までには半年という準備期間がある。さらに、これからの活動で自分のレベルが順当に上がっていけば、いずれ『魔法創造』のスキルレベルも上がり、また新たな魔法を選べる機会が巡ってくるかもしれない。
リスクを負える今だからこそ、未知の可能性に手を伸ばす価値がある。
僕は目を閉じ、頭の中で『魔法創造』のスキルを呼び出した。
『2番目の魔法体系(属性)を選択してください』
【火】 【水】 【風】 【土】 【光】 【闇】 【神聖】 【空間】 【無系統】
※初期習得は「初級」の基礎術式に限定されます。
目の前に並ぶ属性の選択肢の中から、僕は迷うことなく【無系統】を選択したのだった。
11-3. 未知の無系統魔法と、空間収納の検証
頭の中に浮かぶ選択画面から【無系統】を選ぶと、かすかな熱を伴って新しい知識が脳内に刻み込まれていく感覚があった。
すぐにステータスを確認すると、そこには新たに取得した魔法の名前が表示されていた。
【修得魔法:アイテムボックス、魔法錬金】
(……ギルドの地下書庫にすら情報が無かったことからも想定できたことだが、やはり聞いたことのない魔法だ)
僕はベッドの上で腕を組み、その見慣れない文字列を睨みつけた。
魔法名からある程度の効果を予測することはできるが、実際に発動してみるまでは確証が得られない。
(まずは覚えた魔法の検証をするか。……だが、どんな魔法か判らない以上、この狭い宿の部屋で試すのは危険だな)
万が一、周囲を吹き飛ばすような魔法だった場合、宿屋を破壊した弁償金を請求されてしまう。無駄な出費は極力避けるべきだ。
僕は立ち上がり、ひと気がなさそうな街外れへと向かうことにした。
◆ ◆ ◆
ラグリマの街外れにある、放棄された空き地。
周囲に人がいないことを慎重に確認した僕は、少し距離を取って立ち、まずは一つ目の魔法を試すことにした。
「……アイテムボックス」
僅かに魔力を込めて魔法名を口にする。
すると、僕の目の前の何もない空間に、音もなく「真っ黒な裂け目」が出現した。
(……この裂け目がアイテムボックスなのか?)
裂け目の中は光を完全に吸い込んでいるようで、奥がどうなっているのか全く見えない。自然現象とは到底思えない、異様な光景だった。
僕は警戒しながらその裂け目に近づき、様々な角度から観察してみた。面白いことに、その裂け目には物理的な「厚み」が存在しなかった。横に回り込んで見てみると、そこには空間の歪みすらなく、まるで何もないように見えるのだ。
(魔法を発動して維持している状態だが、特に魔力を継続して消費している感じはない。しかし、これは一体どんな効果がある魔法なんだ?)
僕は顎に手を当て、論理的な推察を始める。
単純に『アイテムボックス』という名前から推測すると、アイテムを入れるための箱、ということになる。箱……収納……。
(……そういえば、非常に高価な魔道具で『マジックバッグ』というものがあったはずだ)
ふと、ギルドの資料や冒険者たちの噂話で耳にした知識が蘇る。
現在の魔道具制作の技術では決して作り出すことができず、ダンジョン内の宝箱や古代遺跡などからしか出土しない極めて貴重な品。小さな袋のような見た目でありながら、中には大量のアイテムを収納できるため、物資の輸送を劇的に効率化できる。そのため、貴族や軍隊、それに大きな商会などで非常に重宝されているという。
(幸運にもマジックバッグを手に入れた冒険者は、それを売るだけで親子三代に渡って遊んで暮らせるほどの大金が手に入ると聞いたことがある)
(このアイテムボックスが、そのマジックバッグの魔法版なのだとすれば……これはかなり有用な魔法かもしれない)
運搬能力の向上は、冒険者にとってそのまま稼ぎの拡大に直結する。モンスターから剥ぎ取った素材も、持ち帰れなければ金にはならないからだ。
思考がまとまったところで、僕は足元に落ちていた手頃な小石を拾い上げた。
(よし、その線で検証をしてみよう)
僕は拾った小石を、目の前に浮かぶ真っ黒な裂け目へとゆっくり近づけ、そのまま中へと入れてみた。
すると、小石はすっと吸い込まれるように裂け目の中に消え、地面に落ちる音も気配もしなかった。
(どうやら小石は、無事にこの裂け目の中に入ったようだな)
物が消え去ったわけではないという確信があった。魔力の繋がりを通して、その小石が別の空間に保存されている感覚が僅かに伝わってくる。
(次に、今入れた小石を取り出してみよう)
僕が小石を取り出そうと裂け目をじっと見つめると、突如として脳内に文字が浮かび上がった。
【小石 ×1】
(……なるほど、アイテムを取り出したいと思うと、裂け目の中に入れたものがリストとして表示される仕組みなのか)
これなら、中に何をどれだけ入れたか一目で把握できる。
僕は脳内のリストに意識を向け、先ほど入れた小石を「出したい」と強く念じた。
すると、空間の裂け目から小石がふっと空中に現れ、ぽとりと足元の地面に落ちた。それと同時に、役割を終えたかのように真っ黒な裂け目もすっと消滅した。
(どうやら本当に、マジックバッグのようにアイテムを収納出来るようだ)
僕は落ちた小石を見下ろし、思わず口角を上げた。
魔力をほとんど消費せず、どこにでも荷物を収納し、いつでも取り出せる。これがあれば、ポーションや予備の武器、あるいは討伐したモンスターの素材を大量に持ち運ぶことができる。ダンジョン探索において、これほど効率的で強力な能力はない。
(これは検証のし甲斐があるぞ……)
僕は新たな魔法の可能性に胸を躍らせながら、徹底的な検証作業に入るのだった。
11-4. 空間収納の徹底検証と、先人の辿った破滅の可能性
空き地と森を行き来しながら、僕は新たな魔法『アイテムボックス』の限界と仕様を一つずつ検証していった。
まずは容量の限界だ。手当たり次第に手頃な石や、倒れていた丸太などを収納してみたが、まったく上限に達する気配はない。どうやら途方もない量の荷物が入るようだ。
次に重量と魔力への影響。どれだけ大量に重いものを収納しても、僕自身の身体が重くなることは一切なく、魔力が継続的に減っていくような感覚もなかった。
そして生き物を収納できるかどうかの検証。
森の中で罠を張り、生けどりにした角ウサギ(ホーンラビット)を真っ黒な裂け目に入れようとしてみた。しかし、生きているウサギは裂け目の空間をすり抜けてしまい、そのまま地面に落ちた。どうやら、生きている生物を収納することはできないらしい。
さらに翌日、僕は収納したアイテムの状態変化についての検証を行った。
宿屋の朝食で出された温かいスープとパンを、皿や器ごとこっそり拝借してアイテムボックスに収納しておく。そして夕暮れ時になってそれを取り出してみると、驚いたことにスープは湯気を立てたまま、パンも焼きたての温かさを保った状態で出てきたのだ。
つまり、アイテムボックスの中は「時間が極めて遅く進んでいる」か、あるいは「完全に時間が止まっている」ということになる。
「……なるほど。大体の仕様は掴めてきたな」
さらに検証を続ける中で、僕はもう一つ画期的な事実に気がついた。
対象物に直接手で触れた状態で「アイテムボックスに入れたい」と強く念じると、わざわざ空中に裂け目を出現させなくても、一瞬でアイテムを収納できたのだ。
これを利用すれば、討伐した巨大なモンスターの死体であっても、ただ触れるだけでそのまま簡単に持ち帰ることができる。解体作業を安全な街の中で行えるというのは、冒険者にとって革命的な利便性だ。
「この魔法の運搬能力と時間停止の恩恵を駆使すれば……」
僕は、一人で森の中に立ち尽くしたまま、恐るべき成功の可能性に思い至った。
例えば、港町で獲れたばかりの新鮮な海産物を大量にアイテムボックスへ詰め込み、遠く離れた内陸の都市へ運んで売る。時間経過による劣化がないのだから、鮮度は最高のままだ。仕入れ値と売値の差額だけで、商人として確実に莫大な富を築くことができる。
これなら、危険なダンジョンに潜らなくても、一生遊んで暮らせるだけのお金がすぐに手に入るのではないか。
その考えに行き着いた瞬間――僕はハッと息を呑んだ。
莫大な富。
僕の脳裏に、遺跡で拾ったあの羊皮紙に記されていた、『神の理』の過去の所有者たちの末路が鮮明にフラッシュバックした。
――一人目の所有者は、一度は富を得るも、大戦にて戦死した。
「……まさか」
背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
一人目の所有者は、この『アイテムボックス』の魔法を習得したのではないか。そして、その圧倒的な運搬能力を利用して商人となり、莫大な富を得た。ここまでは僕の推論と同じだ。
だが、問題はその先だ。なぜ、富を得た商人が「大戦で戦死」しなければならなかったのか。
僕の思考は、最悪の可能性へと突き進んでいく。
もし、この「容量制限のない運搬能力」を第三者に知られたらどうなるか。商人として目立った動きをしていれば、いずれ誰かに秘密を知られるのは時間の問題だ。
そして、もし国家間で大規模な戦争が起きた場合。
この能力を知った国や軍のトップは、間違いなく僕を「究極の荷物持ち」として強制的に軍へ引き入れるだろう。
食料や武器の運搬に制限がない人間が一人いれば、補給部隊が不要になる。進軍速度は跳ね上がり、あらゆる軍事戦術の前提を覆すことができるからだ。
「……最前線で補給係として昼夜問わず酷使され、敵国からは戦況を左右する最優先の標的として暗殺の対象になる」
最後は逃げ場を失い、戦死する。
それが、一人目の所有者が辿った悲惨な末路のではないだろうか。
足元から這い上がってくるような強烈な恐怖と戦慄に、僕は思わず身震いした。
自由を手に入れて静かに暮らすための力が、一歩間違えれば、国家の都合で使い潰される究極の奴隷への切符になってしまうのだ。
「……この魔法の真の能力は、絶対に誰にも知られてはならない」
僕は薄暗くなり始めた森の中で、強く心に誓った。
たとえ、これから共に死線を潜り抜けるガラムやリィン、シノであってもだ。秘密を共有する人間が増えれば増えるほど、情報が漏れる危険は高まる。
「人前で使う時は、どうにかして誤魔化す必要があるな」
アイテムボックスの能力を使う場合は、腰に下げた普通の革袋に手を入れ、そこから物を取り出しているように見せかけるのが一番自然だろう。
そうすれば、周りからは「希少なマジックバッグを運良く手に入れた冒険者」だと思われるだけで済む。マジックバッグであれば容量に限界があるため、国家が戦争のために血眼になって個人を拘束するほどの脅威にはならないはずだ。
「徹底的に偽装してやる……。僕の平穏な生活を脅かす危険は、すべて僕自身の手で排除する」
薄暗い森の奥で、僕は一人、冷や汗を拭いながら誰にも見えない収納空間へと手持ちの道具をしまい込んだ。
11-5. 一週間の猶予の終わりと、期限付きのパーティー継続
翌朝、宿屋のベッドで目を覚ました僕は、日課となっているステータスの確認を行った。
脳内の表示を呼び出すと、『物質創造』のSPが最大値である「6/6」まで回復している。
「よし。これで一気にアイテムを作り出すことができる」
僕は誰にも見られない密室の中で、静かに魔法を発動させた。
SPを消費し、まずは下級回復ポーションを二本、続けてマナポーションを二本創造する。手のひらに現れた計四本のポーションを、腰に下げた普通の革袋に手を入れるふりをしながら、密かに『アイテムボックス』の中へと収納していく。
ステータスのSPが「0/6」になったことを確認し、僕は満足げに頷いた。
ポーションをいくら持ち歩いても重さを感じず、落として割る心配もない。複数の魔法を組み合わせたこの効率的な運用は、僕の今後の冒険を劇的に快適なものにしてくれるはずだ。
身支度を整え、僕は宿屋を出た。
今日は、あの日ガラムたちに告げていた「一週間の検証期間」の最終日だ。そして同時に、保留となっていた活動拠点の移転――僕がパーティーから離れるか否かについての最終的な回答を、彼らに伝える日でもあった。
冒険者ギルドの扉を開けると、いつものテーブル席にガラム、リィン、シノの三人が集まっているのが見えた。
僕は真っ直ぐに彼らの元へ歩み寄り、静かに声を掛けた。
「皆、集まっているな。この一週間行った僕のレベルアップにおける検証結果と、活動拠点移転の検討結果を報告する」
僕の真剣な声色に、三人はピタリと動きを止め、静まり返った。
まるで判決を待つような緊張した面持ちの中で、ガラムが代表するように口を開いた。
「お、おう、まずはキースの話を聞かせてくれ」
リィンとシノも、不安そうに無言で頷く。
僕は空いていた椅子に腰を下ろし、三人の顔を順番に見渡した。
「それでは、まずレベルアップにおける検証結果を報告する」
僕は、この一週間で行った自身の能力検証について順番に語り始めた。
Bランクの熟練冒険者であるバルガスに模擬戦を挑み、魔法と身体能力のすべてをぶつけても圧倒されたこと。その後、一人で西の森へ赴き、ゴブリンを相手に立ち回って風魔法の射程や魔力消費の問題点を洗い出したこと。それらを包み隠さず、淡々と説明した。
「結果として、僕の戦闘能力は一人ではCランクに届くかどうかのギリギリの水準だと結論付けた。この結論は、単独で敵を殲滅する能力を基準にしたものという事は付け加えておく」
僕がひどく理屈っぽく厳密な言い回しで自己評価を告げると、深刻な話を聞いていたはずのガラムたちが、思わずといった様子で苦笑した。
「相変わらず、お前は固い言い回しをするなぁ。要するに、一人で戦うには限界があったってことだろ?」
ガラムの指摘に、僕は小さく肩をすくめた。
場の空気が少し和らいだのを感じてから、僕は姿勢を正し、今日一番の重要な本題に入った。
「では、次に活動拠点移転の件についてだが……」
その言葉に、三人は再び表情を引き締め、大きく息を呑んだ。
僕は彼らを真っ直ぐに見据え、はっきりと告げる。
「僕がCランクに上がるまでの期限付きで、現状維持を希望する。Cランクに上がったタイミングで、君たち三人が拠点を移す移さないに関わらず、僕は迷宮都市に拠点を移す事とする」
ダンジョンへ入るには、単独であれパーティーであれ、Cランク以上というギルドの規定を満たす必要がある。それまでの間は、この街で彼らと一緒に依頼をこなし、着実に実力をつけていくつもりだ。
「僕の勝手な判断によるものだ。この案を受け入れるかどうかは君たちの判断に任せる」
僕が最終的な決定権を委ねると、三人は顔を見合わせ、何かを確かめ合うように一つ頷いた。
そして、ガラムがいつもの快活な笑みを浮かべて、代表して力強く答えた。
「判った、その案を受け入れよう。DランクになったばかりのキースがCランクに上がるには、最低でも半年はかかるだろう。少なくともあと半年は一緒にパーティーとしてやっていけるんだし、それまで精一杯稼ごうぜ!」
その明るい声に、リィンもほっとしたような笑顔を浮かべた。
「そうね、もしかしたら半年後にまた考えも変わっているかもしれないし、まずは今まで通り一緒に頑張りましょう」
シノも小さく、しかし嬉しそうに微笑んで言葉を続ける。
「私も、4人でいる方が楽しい」
それぞれの温かい反応を受け、僕の胸の奥にあった僅かな迷いも完全に晴れた気がした。
「そうか、それじゃあ早速明日から本格的に再始動だ。今日は明日から行う依頼について検討をしよう」
僕が手帳を取り出して告げると、三人は笑顔で大きく頷いた。
ようやく重い空気が晴れたギルドのテーブルで、僕たち四人は昼過ぎまで、これからの冒険について和やかに話し合うのだった。




