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第十章:新たな力の限界確認と、格上(Bランク)との不釣り合いな模擬戦

10-1. 依頼の一次休止と、固有能力(SP)の価値検証


泥濘ぬかるみのような重苦しい気まずさを引きずったまま、僕たちは夕暮れのラグリマへと帰還した。

 冒険者ギルドでの完了報告を足早に済ませ、解散の場となる大通りの交差点で、僕は立ち止まって三人を振り返った。


「ガラム、リィン、シノ。……今後のパーティーの進路についてだが、昨晩の移転計画の採否も含め、結論は一時的に『保留』とする」


僕の宣告に、三人の顔に明らかな安堵の色が浮かぶ。だが、僕が提示したのは完全な白紙撤回ではなく、あくまで決断の「先送り」だ。


「今日の討伐業務中に僕のレベルが十五へ到達したことは伝えた通りだ。それに伴い、僕の能力に極めて重大な変化が発生した。この未知の力を実戦レベルで安全に運用するためには、徹底した性能評価と限界値の確認テストが必要不可欠となる」


僕は手元の手帳を軽く叩き、事務的な口調で決定事項を通達した。


「よって、本日から約一週間、僕は一切の依頼への参加を休止し、検証作業に専念する。その間の君たちの行動は自由とするが、パーティーとしての共同行動は一時休止だ」


「一週間か……。個人差があるようだがレベル15前後に到達すると、急にステータスが跳ね上がるって聞いた事があるが、キースの場合は15だったって事か。身体能力に感覚が追いつかなくて違和感を覚える奴も多いからな。しっかり身体の調整に専念しろよ」


ガラムが苦笑しながら太い腕で僕の肩を叩く。リィンとシノも「無茶しないでね」「……待ってる」とそれぞれ言葉を残し、宿の方向へと歩き去っていった。

 毎回のレベルアップで劇的な成長があるわけではないが、五刻みの節目には大幅な能力向上が伴うのが冒険者の常だ。

 彼らの背中を見送った後、僕は速やかに踵を返し、自身が拠点としている安宿へと真っ直ぐに向かった。休息などという非生産的な時間を過ごすつもりは毛頭ない。ここからは、一分一秒が僕の今後の計画を左右する、極めて濃密な「検証」の時間だ。


宿の自室に戻り、安作りの木製ドアに申し訳程度のかんぬきをかけると、僕は硬いベッドに腰を下ろした。

 深く息を吐き、意識の奥底へ沈み込む。頭の中のステータスを展開し、現在の『物質創造』の項目を凝視した。


【固有スキル:物質創造】 レベル2

SP(創造ポイント): 1/6

※SPは十二時間につき「1」回復します。


「……よし。帰りの道中で十二時間が経過し、規定通り1SPが回復しているな」


回復速度が二十四時間から十二時間へと半減し、最大値が5から6へと拡張された。これは単純計算でSPの回復速度が従来の200%以上に跳ね上がったことを意味する、劇的な向上だ。

 だが、ここで僕が検証すべき最重要課題はそこではない。

 スキルレベルの上昇に伴い、1SPという単位あたりの**「絶対的な価値の上限」**そのものに変動が起きているかどうかの確認だ。


「これまでのレベル1の段階では、1SPの価値上限は『大銀貨一枚』、あるいはそれに相当する市場価値を持つ物品に厳格に固定されていた。もしこの1SPの価値自体が底上げされているなら、僕の能力の有用性はさらに天文学的な跳ね上がりを見せることになる」


僕は逸る鼓動を冷徹な理性で押さえ込み、右手を虚空にかざした。

 まずは、最も分かりやすい「現金」での限界突破検証だ。


「『大銀貨二枚』、創造!」


――『SPが不足しています』


脳内に、感情の欠片もない無機質な文字列(システムによる拒絶)が浮かび上がった。虚空には何も現れず、僕の内部にある1SPも消費されずにそのまま残っている。

 創造失敗だ。


「……なるほど。ならば、現金ではなく物品ではどうだ。……『マナポーション』、創造!」


――『SPが不足しています』


再びの拒絶。マナポーションは市場において大銀貨二枚は下らない高価な代物だ。やはり1SPの枠では通らないか。

 僕は舌打ちをし、要求する価値のラインをギリギリまで下げて、より精密な限界点を探ることにした。


「大銀貨二枚が不可なら、その手前だ。……鉄製ナイフ、創造!」


――『SPが不足しています』


三度目の無慈悲な失敗。

 僕はゆっくりと翳していた手を下ろし、重い溜息を吐き出した。これで検証は完了だ。


「結論。……スキルレベルが2へ上昇しても、1SPあたりの『絶対的な価値上限(大銀貨一枚相当)』の枠組みそのものは拡張されていない」


1SPの価値は不変。上昇したのはあくまで「回復速度」と「最大値」のみだ。

 決して悪い話ではないが、僕が期待していたような、価値そのものの劇的な上昇による一攫千金の夢は、極めて論理的なシステムの壁によって冷酷に弾き返された。


「……だが、悲観するには早い。単価が上がらないのなら、『複数のSPを同時に使用する』という次なる方法を試せばいいだけのことだ」


もし、SPを複数同時に消費することで、1SPの上限(大銀貨一枚)を超える高価な物を創り出せるのだとしたら。それこそが、レベル2へと拡張された最大枠「6」を活かす真の強みとなる。

 しかし、その検証を行うためには、手元に最低でも「2SP」が確保されていなければならない。


(……現在の残高は1SP。次のSPが回復し、残高が2SPに到達するのは、明日の早朝か)


僕は手帳に「SP価値不変・翌朝に複数投下検証へ移行」と簡潔に書き込み、物質創造に関する本日の検証を締めくくった。


「さて……次は、もう一つの重要な課題(魔法属性の選定)の検討だ」


僕は微かに冷え込んできた夜の空気の中、ランプの灯りを少しだけ絞り、脳内の奥底で静かに待機している『魔法創造』の選択画面へと、ゆっくりと意識の焦点を合わせていった。


10-2. 展開:新たな魔法属性の選定と事前情報の考察


ランプの微かな灯りが揺れる自室のベッドの上で、僕は目を閉じ、脳内に浮かび上がる『魔法創造』のインターフェースと対峙していた。


『2番目の魔法体系(属性)を選択してください』

【火】 【水】 【風】 【土】 【光】 【闇】 【神聖】 【空間】 【無系統】

※初期習得は「初級」の基礎術式に限定されます。


あの日、遺跡の暗い穴の底で『風』を選択した時は、限られたSPを費やした『物質創造』による脱出計画が失敗に終わり、初級では修得できないとも知らずに『飛行フライ』の獲得という一発逆転に賭けた、場当たり的な選択だった。

 だが、今の僕には先日ギルドの中央地下書庫を調査し、集積された歴史的データに基づく事前の「情報収集」を終えたという、圧倒的な優位性がある。僕は次に選ぶべき属性を確定させるため、各魔法系統の魔力対効果コストパフォーマンスと、地下迷宮という特殊な環境への適合性を冷徹に算定し始めた。


まずは【火】。

 高火力の攻撃に特化した、純粋な火力要員(魔法使い)における最も標準的メジャーな主力だ。だが、単純な熱量の放射による破壊は魔力消費(燃費)が激しく、僕の「物理・化学法則の操作によるレバレッジ(梃子の原理)」を用いた戦術運用とは相性が悪い。すでにシノという優秀な火力役が存在している以上、わざわざ同じ役割に能力を費やして被る必要はない。


次に【水】。

 一見すると地味な印象を受けるが、その実、極めて応用範囲が広い優秀な属性だ。飲料水という生命維持に不可欠な基礎資源の自給自足から、高圧の水弾による物理打撃。さらに修得カテゴリが初級から中級へと段階が進めば、『状態変化(相転移)』を操り、氷の壁を構築しての強固な防御態勢の確立も可能となる。気圧や温度操作を基本とする僕の戦術と、極めて高い相乗効果が期待できる。


続いて【風】。

 すでに初級の基礎術式は取得済みだ。ここで中級の領域を解放した場合、最大の目玉となるのは『飛行フライ』の修得だろう。三次元的な移動手段の獲得は通常であれば莫大な恩恵をもたらすが、僕の次の主戦場は「地下迷宮」だ。天井という物理的な障害物キャップが存在する閉鎖空間において、飛行魔法の有用性は著しく低下する。現行の『エアフィルター』や『エアシールド』の運用で、風属性の役割はある程度十分に果たせていると判断すべきだ。


そして【土】。

 土壁での防御や土塊の射出、敵の足元を泥沼化させて機動力を奪う(バインド)など、攻撃・防御・補助のすべてを高い水準でこなす、極めて優秀な「安定した属性」だ。手札に組み込んでおいて絶対に損はない、堅実な選択肢と言える。


ここから先は、市場に出回る情報そのものが極端に少ない、特殊で未知の領域となる。


【光】。

 書庫の調査でも正確な仕様は掴みきれなかったが、味方の身体能力を向上させたり(エンチャント)、武器に特殊な性質を付与マジックウェポンするなど、仲間の能力を直接底上げする極めて強力な補助機能を持つようだ。極めれば雷(電気的エネルギー)の行使という圧倒的な火力も得られるらしい。しかし、「初級」段階で具体的に何が得られるかが完全に未知数であり、虎の子の選択権を割くには賭けの要素が高すぎる。


次に【闇】。

 光以上に公的な記録が存歳していない領域だが、断片的な情報から推測するに、敵の能力を強制的に引き下げる(カース)ことや、相手の体力や魔力を直接奪い取る『吸血ライフドレイン』『魔力吸収』といった、相手の能力の「強制奪取」が可能になるらしい。一部には即死魔法の存在も噂されている。

 対象の力や命をノーコストで奪い取る。僕の効率至上主義とこれ以上ないほど完璧な相性を誇る能力だが――この属性には、絶対に手を出してはならない「致命的な欠陥」が存在する。

 それは、これらの魔法を行使しているのが、魔族やヴァンパイアといった「人類の敵対勢力」に限定されているという事実だ。もし僕が普通の人間でありながら闇魔法を発動させれば、その瞬間に人類社会の敵と見なされ、即座に「討伐対象」としての烙印を押されることになる。どれほど戦術的価値が高かろうと、命を落とすレベルの深刻な禁忌を犯すわけにはいかない。極めて惜しいが、これは完全に候補から除外だ。


【神聖】。

 いわゆる『神の奇跡』の行使。体力や外傷の即時回復、状態異常の強制解除、そしてアンデッドの浄化。おとぎ話の類では、術者の命を担保に死者を蘇生させたり、神そのものを降臨させるなどの規格外の奇跡すら可能だという。

 活動の拠点を地下迷宮へと移す以上、パーティーの継戦能力を劇的に向上させ、死亡率を押し下げる回復魔法の恩恵は計り知れない。喉から手が出るほど欲しい機能だが……これもまた、行使者が「聖職者」という特定の派閥に限定されているという政治的リスクを孕んでいる。

 神の奇跡を無所属の一般人が行使していると発覚すれば、神殿勢力という巨大組織から目をつけられ、異端審問という名の排除を受ける可能性が高い。闇属性ほど一発で破滅するわけではないが、危険回避の観点からは非常に危うい選択だ。


【空間】。

 この系統の使い手が極端に少ない理由は、書庫の調査で明確になっている。どうやら魔法の構造だけでなく、「血統」という先天的な特権階級に強く依存する性質を持ち、代々の使い手の家系であることなど、極めて血統に依存する壁が設けられているのだ。魔術書などの技術的開示オープンソースも一切存在しない。

 一部の国家では使い手を国が直接管理し、貴族との間に子を設けさせるような「国家ぐるみの独占」が行われているようだが、幸いなことに現在僕たちがいるこの国では、そういった囲い込みの悪習は確認されていない。つまり、僕がこの力を発現させれば、圧倒的な希少価値を完全に独占できるということだ。

 さらに以前、シノから「空間魔法を用いれば精度の高い索敵が可能になる」と聞いたことがある。今後、地下迷宮という未知の場所に赴き、隠された罠や敵を事前に察知することを考えれば、これは有効な選択肢になり得る。


最後に【無系統】。

 これに至っては、ギルドの最高機密である地下書庫にすら一行の記述も存在しなかった。何が出来るのか、どのような代償を伴うのか、完全に不明。現状では貴重な選択権をドブに捨てるような大博打だが、将来的に余裕ができた際、何らかの飛躍を狙ってこの未知の属性を選んでみるのも、一つの戦術としてはありかもしれない。


「……なるほど。すべての属性の検討(危険と恩恵の算定)は完了した」


僕はゆっくりと目を開き、暗い天井を見上げた。

 水、土、あるいは空間か。選択肢は絞られてきたが、一度決定すれば二度と取り消しが利かない重大な決断だ。焦って今夜中に決断を下す必要はない。


「……今日の作業はここまでだ。疲労の蓄積は、正確な判断能力を鈍らせる」


まずは明日の朝、SPが「2」へ回復した段階で『物質創造』の限界突破(複数ポイント投下)の検証を済ませるのが先決だ。

 僕は脳内の選択画面をそっと閉じ、肉体という最も基礎的な資本を回復させるため、冷たいシーツに潜り込んで意識を完全に手放した。


10-3. 転機:複数SPの検証と、肉体能力の実力調査(ギルドでの遭遇)


翌朝。

 窓から差し込む朝日と共に意識を覚醒させた僕は、すぐに頭の中のステータスを展開し、現在のSPを確認した。


【固有スキル:物質創造】 レベル2

SP(創造ポイント): 2/6


「……良し。就寝時間を挟んでさらに十二時間が経過し、規定通り2SPの数値が確保された」


手元には、複数消費(同時使用)を行うための最低限の条件が揃った。僕はベッドの上に胡坐をかき、昨晩の検証の続き――すなわち「複数SPの消費によって、単価(大銀貨一枚)を超える高価な物を創り出せるか」という、今後の計画の中核を成すテストを開始した。


まずは、明確な上限超過を狙った要求からだ。


「大銀貨五枚相当の価値を持つ『ショートソード』、創造!」


――『SPが不足しています』


「大銀貨三枚相当の価値を持つ『中級回復ポーション』、創造!」


――『SPが不足しています』


「では現金で、大銀貨二枚半に相当する『銀貨二十五枚』、創造!」


――『SPが不足しています』


三連続の創造失敗。

 だが、ここまでは想定内の結果だ。現在の僕のSPの残高は「2」であり、その絶対的な価値上限は「大銀貨二枚」が限界だと推測されるからだ。

 僕は深呼吸をし、本命の創造へと踏み切った。昨晩、1SPでは弾き返された、大銀貨二枚相当の市場価値を持つあの魔法薬だ。


「2SPを同時消費!……『マナポーション』、創造ッ!」


――パァァァンッ!


その瞬間、僕の脳内で心地よい成功の鐘が鳴り響き、掌の上に重みのある硝子ガラス瓶がずしりと顕現した。

 その中で揺らめくのは、極めて純度の高い青色の液体――紛れもない、最高品質のマナポーションだ。ステータスを確認すると、SPの残高はきっちり「0」へと減少していた。


「……証明完了だ」


僕は朝日を透かしてマナポーションの輝きを確認し、満足げに頷いた。

 スキルレベルの上昇は、1SPの絶対的な価値(大銀貨一枚分)そのものを高めるわけではなかった。しかし、SPの『回復速度(従来の二倍)』と『最大値(6へ拡張)』という回転率の向上により、複数の数値を同時消費し、従来では不可能だった高価な物品の創造(上限突破)を可能にしたのだ。

 一日に大銀貨二枚分の確実な利益。これは僕の物資基盤を根底から支え、いかなる枯渇にも耐えうる絶対的な安全保障の完成を意味していた。


「物質創造の検証はこれにて終了だ。次は、レベル15到達による『基礎ステータス(身体能力)の向上幅』の正確な測定に移る」


魔法という理外の技術に頼らずとも、僕という器(肉体)そのものの実力がどれだけ底上げされているか。それを正確に測るためには、実地でのストレステストが必要不可欠だ。


僕は身支度を整え、早朝のラグリマ冒険者ギルドへと足を運んだ。


「おはようございます、エレンさん。少し相談があるのですが」


「あら、キース君。おはよう。昨日から少し休養を取るってガラムさんから聞いていたけれど、何か急ぎの用件かしら?」


受付カウンターの奥で書類整理をしていたエレンさんが、いつもの事務的な微笑みで応じてくれる。


「ええ。レベルが上昇したことに伴う、現在の僕の身体能力を正確に測りたい。ギルドの指導員を一人手配し、地下の訓練場で模擬戦の申請をお願いしたいのですが」


「模擬戦ね、もちろん構わないわ。ただ、今の時間は空いている指導員が――」


「――おいおい、俺がいるのを忘れてもらっちゃ困るぜ」


エレンさんが台帳をめくろうとしたその時、背後から野太く、そして歴戦の覇気を帯びた声が響いた。

 振り返ると、そこにはアイス・エイプ戦での重傷を完全に回復し、巨大な両手剣を背負ったBランクの監督役、バルガスが立っていた。


「バルガス……。傷の具合はもうよろしいのですか」


「ああ、仲間の神聖魔法のおかげでな。骨はすっかりくっついたが、数日寝込んで身体が鈍っちまってる。……小僧、お前が自分の『今の実力』を測りてえってんなら、俺が相手になってやるよ」


バルガスは首の骨をボキボキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべて僕を見下ろした。

 その提案に、エレンさんが慌てて立ち上がる。


「バ、バルガスさん!? 相手をしてくれるのはありがたいですけど、キース君はまだDランクになったばかりですよ! Bランクの実力者であるあなたが相手では、実力差がありすぎて模擬戦の体を成さないのでは……」


「……いえ、エレンさん。願ってもない提案です」


僕はエレンさんの制止を論理的に遮り、バルガスを真っ直ぐに見据えた。


「僕が知りたいのは、Bランクの絶対的な基準値と、現在の僕の実力差がどれほどのものかという正確なデータだ。彼以上の比較対象は存在しない。……バルガス、胸を借ります」


「へっ、相変わらず可愛くねえ理屈をこねる小僧だ。……行くぞ、地下の訓練場だ」


僕たちはエレンさんの心配そうな視線を背に受けながら、ギルドの地下深くにある広大な石造りの訓練場へと足を踏み入れた。


互いに刃を落とした模擬戦用の重いショートソードと両手剣を手にする。

 バルガスが巨大な両手剣を無造作に構えると、それだけで周囲の空気が極限まで圧縮されたような凄まじい威圧感プレッシャーが生じた。


「手加減はしねえ。全力でかかってこい!」


バルガスの号令と同時、僕は床の石畳を力強く蹴り込んだ。

 速い。レベル15への到達に伴う基礎ステータスの恩恵は劇的だ。以前の僕の身体能力では到底不可能な速度と踏み込みで、バルガスの懐へと一気に肉薄する。

 下段から上段へ、鋭い軌道で模擬用ショートソードを振り抜く。


――が。


「……甘いぜ」


バルガスは最小限の足さばきで僕の剣閃をあっさりとかわし、そのままの勢いで両手剣の腹を僕の横っ腹へ向けて薙ぎ払ってきた。

 僕は咄嗟にショートソードを盾にして防御姿勢をとったが、凄まじい衝撃と重量が腕の骨を伝い、身体ごと数メートル後方へ吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


(……さすがに現役のBランク冒険者に、純粋な接近戦のみで挑むのは無謀だったか)


痺れる両腕を必死に抑え込みながら、僕は格上の分厚い壁(物理的な格差)を痛感し、苦々しく舌打ちをした。

 だが、僕を吹き飛ばしたバルガスもまた、両手剣を肩に担ぎ直しながら、内心で鋭い観察の目を光らせていた。


(……昇格試験の時とは明らかに動きが違う。ただの頭でっかちの戦術家かと思えば、基礎ステータスそのものが跳ね上がってやがる。……純粋な接近戦闘のみで俺が負けることは絶対にねえが、こいつのあの得体の知れねえ『魔法』が絡んできたら、少し厄介だな)


バルガスは獰猛な笑みを深め、僕に向けて挑発的に剣先を突きつけた。


「ククッ……おい小僧! 自身の性能を正確に測りてえんだろ? 出し惜しみしてんじゃねえ、武器だけじゃなく、その『魔法』も使ってかかってこい!」


その言葉は、僕の冷徹な思考に火をつけるには十分すぎる要求だった。


(……良いだろう。現在の僕の全力(魔法と肉体の融合)が、Bランクという格上の相手に対してどこまで通用するのか、徹底的に検証させてもらう)


僕は痺れの残る手でショートソードを握り直し、僕だけの魔法の数式を静かに組み上げ始めた。


10-4. Bランクの壁と、限界突破の捨て身の特攻


石造りの冷たい訓練場に、模擬用とはいえ重量のある刃が交錯する鈍い音が響き渡る。

 僕は純粋な身体能力(接近戦)での劣勢を速やかに見切り、自身の最大の武器である『魔法』を完全に解禁した。


バルガスの猛烈な剣閃に対し、僕は極小範囲に限定した『エアシールド(空気の盾)』を展開し、その重撃を最小限の魔力消費で逸らす。同時に、彼の頭部周辺の気圧をピンポイントで操作し、『エアフィルター』の逆用による強制減圧(酸素供給の遮断)を試みた。


だが――格上の強者は、僕の浅はかな戦術などとうに見透かしていた。


「……甘えんだよ、小僧!」


バルガスはすでに、あの過酷な昇格試験で僕の『手口』を把握済みだった。彼は強制減圧の領域に踏み込む直前に深く息を吸い込み、呼吸を完全に停止したまま、常人離れした圧倒的な初速で僕の魔法の有効射程を強引に突破してきたのだ。


「――っ!」


魔法の演算処理にリソースを割き、完全な無防備(棒立ち)となっていた僕の腹部に、バルガスの丸太のような腕から放たれた強烈なボディブローが深々と突き刺さる。

 内臓が破裂するかのような凄まじい衝撃と共に、僕は数メートル後方へ無様に吹き飛ばされ、石畳の上を激しく転がった。


(……ゴホッ! 痛烈な一撃だ。今のが実戦の真剣であれば、間違いなく真っ二つに両断され、僕の人生は完全な終わりを迎えていた。……Bランクという上位の実力の壁は、絶望的なまでに分厚い)


僕は痛む腹を抑えながらどうにか立ち上がり、追撃を牽制するために『ウィンド(突風)』や『エアブロー(空気塊)』を連続して放つ。彼の強固な体勢バランスを物理的に崩そうと試みたのだ。

 しかし、熟練の戦士であるバルガスは、僕の既知の魔法の初動を完全に読み切り、最小限の身のこなしで悉く無効化していく。僕の放つ魔法は虚しく空を切り、一切の損害ダメージを与えられないまま消滅していった。

 唯一機能している防衛線は、攻撃の軌道上に展開する『エアシールド』のみ。だが、それすらも時間の問題だった。


(……チッ、あの見えない盾が随分と厄介だな。だが、この数回の攻防で発動のタイミングは完全に掴んだ。他に手が無いようなら、次でトドメを刺すぜ)


バルガスの獰猛な視線が、僕の防衛機構の『底』を見透かしたように細められる。

 僕の脳内の計算機も、現状の戦法が完全なジリ貧に陥っていることを冷徹に告げていた。


(エアシールドのタイミングも、恐らく次の攻防で完全に対応される。かと言って、ウィンドもエアブローも発動の初動を読まれており、直撃させるのは不可能だ。このまま通常の魔法行使を続ければ、確実に敗北を迎える)


ならば、どうする。

 思考を加速させろ。既存の枠組み(前提条件)を疑い、盤面をひっくり返す論理の歪み(死角)を見つけ出せ。


(……バルガスに魔法を当てるのが無理なら、別の対象に撃てばいいじゃないか。……手口がバレれば二度は通じない。次の攻防に、僕の残された全魔力を賭ける!)


僕は荒い呼吸を整え、模擬用のショートソードを低く構え直した。

 そして、両者が示し合わせたかのように、同時に床を蹴り、互いの間合いへと猛然と突進する。


(……観念して捨て身の特攻でもするつもりか? だが、真っ直ぐ突っ込んでくる相手なんざ、仮に同業のBランクだとしても叩き斬るのは容易いぜ!)


バルガスの巨体が跳躍し、武器の圧倒的なリーチ差によって、僕より半歩早く攻撃のモーションへと移行する。

 真上から振り下ろされる、両手剣の無慈悲な重撃。直撃すれば骨折どころの治療では済まない必殺の一撃に対し、僕は己の頭上ギリギリの座標に、微かな『傾斜』をつけたエアシールドを展開した。


(――盾の発動は見切った!)


バルガスは空中で僕の魔法の展開を視認するや否や、強靭な腕力でその振り下ろしの軌道を強引に捻じ曲げ、側面からの横の回転斬りへと変化シフトさせた。僕の盾を迂回し、無防備な胴体を両断するための完璧なカウンターだ。

 だが。それこそが、僕が意図的に作り出した『虚(隙)』だった。


「……ここだ」


僕は冷徹に呟き、残された最後の一滴までの魔力を『エアブロー』の数式へと変換した。

 そして、その魔法の射出先ターゲットをバルガスではなく――あろうことか、僕自身の『背中』へと指定し、最大出力で叩きつけた。


ドバァンッ!!


背骨がへし折れんばかりの、凄まじい物理的な爆発力。僕自身の背後で発生した極度の高気圧が、僕の身体という質量の低い器を、文字通り大砲の弾のように前方に弾き飛ばした。

 バルガスの回転斬りが僕の横腹に届くより一瞬早く、僕の身体は異常な加速ブーストによって彼との距離を強制的に「ゼロ」へと圧縮した。

 僕は突き出した模擬用のショートソードごと、その凄まじい運動エネルギーのすべてを乗せて、バルガスの巨体のど真ん中へと激突した。


「――ガ、ハッ……!?」


地鳴りのような轟音と共に、Bランクの屈強な肉体が宙を舞い、後方へと勢いよく吹き飛ばされる。

 僕自身もまた、背中に受けたエアブローの破壊的な推力をバルガスとの衝突だけでは相殺キルしきれず、勢い余って石畳の上をボールのように無様に転がり、激しい衝撃と共に視界が暗転した。


もうもうと立ち込める砂埃が晴れた後。

 訓練場の中央で荒い息を吐きながら片膝をつき、そしてゆっくりと立ち上がったのは、バルガスだった。


「痛てて……っ。随分無茶しやがる。まさかDランクの冒険者から、こんなダメージを食らうとは思わなかったぜ……」


バルガスは自身のあばらを抑えながら、ピクリとも動かなくなった僕を見下ろし、慌てたように怒鳴り声を上げた。


「おい、エレン! 急いでキースに回復ポーションを使え! ただの気絶じゃねえ、自分の魔法の勢いで背骨か内臓をやられてる、結構ヤバいダメージなはずだぞ!」


「キース君! しっかりして、今すぐ回復ポーションを……!」


エレンさんの悲痛な叫び声と、僕の口元に流し込まれる苦い液体の感触。それを最後に、僕の意識は完全に深い闇の底へと沈んでいった。


◆ ◆ ◆


清潔なリネンの匂いと、微かな薬草の香り。

 ギルドの医務室のベッドで目を覚ました時、窓の外は夕日の明かりでほのかに赤く包まれていた。どうやら数時間に渡り強制的な機能停止を経て、どうにか意識の再起動を果たしたらしい。


「……どうやら、僕の完全な負けのようだ。やはりBランクの壁は、途方もなく厚かったか……」


僕が掠れた声で呟くと、ベッドの脇で腕を組んでいたバルガスが、呆れたような溜息を吐いた。


「ようやく目が覚めたか、小僧。……最後の一撃は無謀すぎだ。自身の身体に魔法を叩きつけて加速するなんて、たかが模擬戦程度で切るような手札じゃねえだろうが」


「……ですが、僕の持つ全てであなたに勝つ可能性を生み出すには、あの一撃にすべてを賭けるしか方法がなかった」


僕が論理的な必然性を主張すると、バルガスは不敵な笑みを浮かべ、ククッと喉の奥で笑った。


「違いねえ。……確かにあれは、極上の一撃だったぜ。俺もBランクに昇格して十年になるが、格下の相手からあれほどの致命的なダメージを食らったのは初めてだ」


そう言って、バルガスは懐から一枚の鈍い輝きを放つプレートを取り出し、僕の目の前に突きつけた。

 彼のギルドカードだ。そこに刻まれた絶対的な数値を視認した瞬間、僕の目は驚愕に見開かれた。


「――レベル45……!? クソッ! 僕の三倍ものレベル差があるじゃないか!」


「アハハハハ! そうだ、単純にレベル差がありすぎたのさ! だからお前がそこまで気落ちする必要はねえんだよ。……今のお前なら、Cランクだと言われても誰もが納得するほどの実力だったぜ」


バルガスの太鼓判に、僕は自身のステータスを再度見直しながら、内心で冷徹な分析結果を弾き出していた。


(……道理で理不尽なほど強いわけだ。レベル45ということは、Bランクの中でも上位に位置する一握りの実力者じゃないか。……だが、そんな圧倒的な実力を持つバルガスに対し、僕は一撃を届かせることができた。今回のレベル15への階位上昇は、間違いなく僕の基礎性能を劇的に押し上げている)


僕が自身の成長を噛み締めていると、バルガスがふと真面目な顔つきになり、低い声で問いかけてきた。


「……なぁ、キース。お前はこれから、どうするつもりなんだ?」


「どうする、とは?」


「お前には、すでにCランクに匹敵するほどの確かな実力と、異常な頭の回転がある。それだけの能力があるなら、こんな街で燻らずに、さっさと上のランクを目指したり、王都のようなもっとデカい街へ行って活躍だって出来るはずだろ?」


ベテランの冒険者からの、極めて現実的な問い。

 その言葉に、僕はハッと息を呑んだ。


僕の脳裏に、保留状態のまま宙に浮いているガラムたちへの「パーティー解散の通達」と、僕自身の最大の目的である「地下迷宮」への探索計画が鮮明に蘇る。

 新たな魔法属性の取得。物質創造の効率化。そして、大きく向上した僕自身の身体能力。


(……確かに、迷っている時間は少ないのかもしれないな。彼らを切り捨てるのか、それともこの新たな手札を使って『全員で迷宮へ行く』という全く新しい計画を組み上げるのか……)


僕は窓の外の夕焼けを睨みつけ、脳内の計算機を限界までフル稼働させた。

 自身のステータスの検証期間として設定した残り数日。この猶予期間が終了する前に、僕は必ず完璧な「今後の計画」をまとめ上げ、彼らに提示しなければならない。

 極限の目的(不労所得)を追求する強欲な野望が、静かに、しかし確実に次のフェーズへと歩みを進めようとしていた。

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