第6話
三人は礼拝堂を出た。
教会の外は、意外と敷地が広い。
呪術の練習場として、響子もよく使わせてもらっている。
石畳の先には、小さな庭のような空間が広がっていた。
響子はそこで足を止める。
くるりと振り向いた。
「では、早速……どうぞ!」
慧は瞬きをした。
「……え?」
その横で、神父が静かに言う。
「……雨宮さん。まずは、お手本では?」
「……ソウデスヨネ」
響子は頭をかいた。
毎度のことだけれど、
「お手本を」と言われてやるのは、なんだか妙に恥ずかしい。
響子は少し前へ出ると、地面に落ちていた木の棒を拾った。
それを軽く握り、
ぽん、と真上に投げる。
木の棒が空中でくるりと回った。
落ちてくるその棒に指を差し、響子は短く言う。
「ザル」
その瞬間。
落下していた木の棒が、目に見えない何かに弾かれたように、横へ跳ねた。
慧はその軌道を目で追っていた。
地面に転がる木の棒を見てから、もう一度響子を見る。
「……物理干渉」
「……へ?」
「言葉で、力の向きを変えている」
それから静かに言った。
「思っていたより、はっきり作用しますね」
「……ソウデスネ」
……普通、もう少し驚かないの……?
響子はひとつ息を吐いた。
「……やり方としては、
まず狙いを定めること。
初心者は、指を差して狙いをつけた方がやりやすい」
地面の木の棒を指さす。
「対象をはっきり意識して、
それが吹き飛ぶイメージを持つ」
次に、指をこめかみに当てる。
「言葉の意味をちゃんと理解して、
それから言う」
少し肩をすくめる。
「……かな?」
慧は少しだけ目を細めた。
「対象を意識」
小さく繰り返す。
「イメージ、言葉」
順番を確かめるように呟く。
「……なるほど」
少し間を置いてから、静かに聞いた。
「再現性はありますか」
「さ、再現性……?」
「同じ言葉と同じイメージで、
同じ結果になりますか」
「……」
響子はゆっくり神父の方を見る。
神父はその視線を受けて、小さく笑った。
「再現性は……ありますよ」
穏やかに言う。
「術者の理解と出力が揃っていれば、ですが」
慧は小さく頷いた。
「やってみてもいいですか」
「ど、どうぞ」
響子は少し引きつった笑顔で答えた。
慧は頷き、地面に落ちている木の棒を見る。
「……」
響子は首を傾げた。
「……どうしたの?」
慧は視線を棒から動かさないまま答える。
「今、手順を整理してます」
「手順……」
慧はゆっくり息を吐いた。
「対象を意識」
地面の棒を見る。
「イメージ」
ほんのわずか目を細める。
「言葉」
そして、短く言った。
「ザル」
次の瞬間。
地面に落ちていた木の棒が、
ぱん、と弾かれ、横へ転がった。
響子は目を見開く。
「えっ」
慧はその動きをじっと見ていた。
転がる棒が止まるまで、視線で追う。
「……発動しましたね」
少し目を細める。
「思ったより出力が出ました」
「え、嘘……」
神父が小さく笑った。
「初回で成功とは、珍しいですね」
慧は少し考える。
「理解と出力が噛み合えば発動する……
理屈通りですね」
響子はしばらく慧を見ていた。
それから、そっと頭を抱える。
「……いや、普通はもうちょっと苦戦するんだけど……」
響子は神父の方へそっと顔を寄せ、小さな声でぼそりと言った。
「……私、いるの?」
「もちろんですよ、雨宮さん」
神父は少し視線を慧へ向ける。
「それに……今のは、ほんの基礎ですから」
穏やかな声で続けた。
「もっと威力は必要でしょうし、
悪魔を退けるには、まだ足りません」
「……まぁ、そうだけど」
響子もちらりと慧を見る。
慧は転がった木の棒を見つめていた。
少し考えてから言う。
「……出力は上げられますか」
神父と響子は顔を見合わせた。
「……できるのなら」
慧は木の棒を拾い上げた。
「もう少し試したい」
その後、慧は庭の真ん中で、
木の棒を拾っては投げていた。
「ザル」
落ちてきた棒が、また横へ弾かれる。
慧はその軌道をじっと見ている。
少し立ち位置を変える。
また棒を投げる。
響子はその様子を少し離れた場所から眺めていた。
……いや。
やっぱり私、いらないのでは……。
夕方の風が、庭をゆっくりと通り過ぎていった。




