第5話
「愛しい人……」
響子は顎に手を当て、少し考え込んだ。
「ということは……嫉妬!」
だが、すぐに神父が口を挟む。
「いえ、色欲では……」
「あ……そっか……」
響子は頭をかいた。
慧は二人を交互に見たあと、少し考えてから言った。
「思っていたより、分析が雑なんですね」
「っ……」
響子はゆっくりと慧を見る。
「……えっと、まぁ……そうですね……」
慧は静かに続けた。
「嫉妬……色欲……七つの大罪ですか?」
「……!」
響子は一瞬だけ目を丸くした。
「そ、そうです……」
神父が小さく頷く。
「人間の邪心や未練から生まれる存在が悪霊。
その進化型が悪魔ですからね」
そこで少しだけ言葉を選びながら続ける。
「大まかには、七つの大罪の系統に分けて考えることが多いのです」
「……なるほど」
響子は肩をすくめた。
「普通は、分類なんてできないんですよ。
取り憑かれでもしない限り」
慧は視線を戻す。
「……それは、
俺が悪魔の言葉がわかるから?」
「! そう、その通りです」
神父も静かに頷いた。
「普通は、悪魔の言葉は理解できないものです」
響子は慧を見たまま、内心でつぶやく。
――なんで言ってないのにそこまで分かるの。
インテリ怖い……。
「これからどうすれば?」
慧が静かに聞いた。
「えっと……」
響子は頭をかきながら言う。
「気づかれてしまったから、しばらくは付きまとわれる……と思うのよね」
慧は黙って聞いている。
「だから……」
響子は姿勢を正した。
「逃げ切り方を教えるわ!」
慧は目を見開いた。
「……逃げる前提なんですね」
「……悪魔を倒すと思ってた?」
その横で、神父が穏やかに口を開く。
「悪魔は多種多様です。
退治することは、とても難しいのです。
悪魔祓いも、祓うだけで完全に退治できないことが多いのですよ」
響子も頷いた。
「悪魔となれば、固有の呪いを持つからね」
指を一本立てる。
「似た呪いでも、悪魔が違えば解除方法も違う。
だから……関わらないのが一番」
慧は少し考えてから、静かに頷いた。
「……合理的ですね」
合理的なんて、初めて言われた。
響子がぼんやりそんなことを思っていると、
「雨宮さん、さっそくお願いしますね」
神父が穏やかに言った。
響子ははっとする。
「そ、そうね……」
「具体的には、何をすればいいんですか」
「……とりあえず」
響子はすっとスマホを取り出した。
「連絡先、教えてくれる?」
慧は少しだけ瞬きをした。
その反応を見て、響子は慌てて手を振る。
「いや、やましい気持ちはなく……!
資料とか! 今後のこととか! 連絡取らないといけないでしょ!」
「……」
慧は一瞬だけ神父の方を見る。
神父は静かに頷いた。
慧は小さく息をつき、それからスマホを取り出した。
「……わかりました」
画面を操作しながら、淡々と言う。
「逃走マニュアルでも送ってもらえるんですか」
「ううん、呪術の基礎マニュアルだよ」
慧の指がわずかに止まった。
ゆっくり顔を上げる。
「……基礎、ですか。
逃走術じゃなくて?」
「あー……」
響子は少し視線を逸らした。
「あなたの今の状況だと、逃げ切りにくいから……
追い払うやり方を覚えた方がいいと思って」
それから、小さく付け加える。
「それに……先で役立つだろうから」
慧はスマホの画面をじっと見つめていた。
響子はその様子を見ながら言う。
「とりあえず、その三つを覚えてくれたら大丈夫」
慧は小さく頷く。
「あ、でも口に出さないでね。
発動しちゃうかもしれないから」
慧はもう一度スマホに視線を落とす。
響子は指を三本立てた。
「まず覚えるのは三つ。
ザル、ネク、ヴァス」
慧は画面を見たまま、小さく繰り返す。
「……ザル」
「だから言わないでって!」
慧は口を閉じた。
響子は続ける。
「ザルは引け、ネクは触るな、ヴァスは黙れ」
「……全部、拒絶の言葉ですね」
「……確かに」
神父が静かに口を開く。
「要するに、万が一呪術が失敗しても被害が出にくいものです。
そして、悪魔から距離を取るのに有効な言葉でもあります」
響子は腕を組んだ。
「呪術はね、結局は言霊みたいなものなの」
慧は静かに聞いている。
「言葉の意味を理解してること。
それを成立させるだけの力を持ってること。
……この二つが噛み合えば、呪術は発動する」
響子は少し肩をすくめる。
「逆に言えば……
どっちかが足りなければ、ただの言葉」
神父が静かに付け加えた。
「あるいは――
術者に返ることもあります」
慧は少しだけ目を細めた。
「……つまり、
言葉が術式で、念が出力、ということですね」
響子は一瞬だけ固まった。
「え、えっと……
まぁ……だいたいそんな感じ」
「理解しました」
――独学でいけるのでは?
そんなことを思ったところで、神父が穏やかに言った。
「櫻木くん、練習してみますか?」
慧が顔を上げる。
響子は少し考えてから口を開いた。
「あー……そうだね」
親指で外を指す。
「外でちょっとやってみようか」




