第4話
響子は、すかさず天井を見上げた。
「うるさーーーーい!!!!」
礼拝堂に怒声が響き渡る。
その瞬間。
天井のくすくす笑っていた気配が、ぴたりと止まった。
慧は一瞬だけ目を見開いた。
それから、ゆっくり視線を上げる。
天井を見たまま、小さく呟いた。
「……止まった」
そしてもう一度、響子を見る。
表情はほとんど変わらない。
「……効くんだ」
響子の背中を、冷や汗がだらだらと流れた。
「……ハイ。ソウデスネ」
その横で、神父がすっと口を開く。
「雨宮さんは、ベテラン呪術師ですから」
響子はぴたりと固まった。
次の瞬間、ぶんぶんと手を振る。
「いやいやいやいや……!
私はしがない呪術師ですから……!」
必死に否定する響子を、慧は静かに見ていた。
それから、ぽつりと言う。
「……さっきの」
「え?」
「普通の人は、あれで止まらないと思う」
響子の顔が引きつった。
そして、肩をすくめて言った。
「そんな事ないですよ。慣れです、単に」
慧は少しだけ首を傾けた。
それから、もう一度天井を見る。
しばらく黙ったまま観察してから、視線を響子へ戻す。
「……慣れ」
「はい」
「なるほど。参考になる」
「え?」
響子は一瞬ぽかんとした。
慧は天井を指さす。
「言葉」
それから、少しだけ間を置く。
「呪い」
神父が静かに口を開いた。
「櫻木くん」
慧が視線を向ける。
神父は穏やかな声で言った。
「それが、呪術ですよ」
慧はしばらく黙っていた。
小さく息を吐く。
「……やっぱり。
普通じゃない世界ですね」
響子は慧を眺めた。
普通じゃないのは、あなたでしょうに……。
この年まで生き残れるなんて、そうそうない。
「……才能」
響子はぽつりと呟いた。
神父は響子に視線を向けた。
「雨宮さん、櫻木くんを頼めますか」
「え?」
「彼に教えてあげてください」
「……ええっ、私!?」
響子は思わず声を上げた。
ぶんぶんと首を振る。
「無理ですって……! 私、説明下手って知ってるでしょ?」
「ええ。知っています」
「知ってるなら頼まないでくださいよ……!」
こんな有名人と話すなんて……!
クラスメイトのトップ、麻生さん(女子)ですら話しかけるのに緊張するのに。
「もっと他にいるでしょう!
ちゃんとした人とか!
理論とか説明できる人とか……!」
響子の動きが、ぴたっと止まる。
神父は静かに言った。
「雨宮さん。
彼が頼れるのは、あなただけなのです」
「……」
「呪術師にしろと言っているわけではありません。
逃げる方法だけ、教えてあげてください」
響子はうつむいた。
神父は穏やかに言う。
「それに」
ちらりと慧を見る。
「櫻木くんは、あなたの言葉をよく聞いています」
響子が振り向く。
慧は、さっきと同じ落ち着いた顔でこちらを見ていた。
響子は少し困ったように頬をかく。
「……わかった」
礼拝堂の静けさの中で、その言葉が小さく響く。
慧は一瞬だけ目を細め、軽く頭を下げた。
「……お願いします」
声は静かだった。
けれど、その目はまっすぐだった。
響子はその視線を受けて、固まった。
眼力……強すぎ……。
響子は少しだけ顔を背けた。
「あ、あの……変な奴が何か言ってきたって言ってましたけど……言葉、わかりましたか?」
慧は少しだけ視線を落とした。
思い出すように、ゆっくり口を開く。
「……最初は、意味がわからなかった。
ただ、頭の中に直接入ってくる感じで」
響子は小さく頷く。
「言葉というより……」
慧は少し考えてから言った。
「……感情に近い」
神父が静かに目を細める。
「どんな感情でしたか」
慧は天井の方をちらりと見た。
「楽しそうでした」
響子が首を傾げる。
「楽し……?」
「はい。見つけた、って」
そして、少しだけ間を置く。
「それから」
ほんのわずか、言葉を選ぶようにして。
「愛しい人よ」




