第2話
喫茶店で、男は半ば泣きそうな顔で言った。
「心霊スポット行ったら、なんか憑いてきたんすよ!」
「なんでそんなところに行ったの」
雨宮響子は、呆れたように答える。
「いや、仕事っすよ! 動画の!」
「仕事?」
「動画のネタっす。俺、そういうチャンネルなんで!」
「……」
男は両手を広げ、必死に弁解するように身を乗り出す。
「視聴者が行けってコメントしてきたんすよ!」
「そこは取り憑かれてるオチまで見せるべきでは?」
「いや無理っすよ! 死ぬやつじゃないすか、それ!」
男はぶんぶんと首を振った。
そこは挑戦しないのか。
絶対ウケるのに。
響子は男を見た。
髪の長い女が、男の背にべったりと張りついている。
肩越しにこちらを覗き込むように顔を出していた。
「なんで取り憑かれてるってわかったの?」
「最初は気のせいかと思ったんすよ。でも帰ってから、ずっと足音するんす。俺ひとりなのに」
男は声を潜め、ちらりと後ろを振り返る。
「あー……聞こえたの?」
「はい」
「もうオチ間際だね」
「オチって何すか!?」
男は椅子から腰を浮かせた。
「それ、ヤバいやつじゃないすか!?」
響子は目の前のパフェをひと口食べた。
「うま……」
「あの、うま……じゃないんすよ!」
男はテーブルを指で叩きながら訴える。
「俺、ガチでヤバいんすけど!」
「はいはい、わかったって」
響子はもうひと口、パフェを口に運ぶ。
生クリームの甘みが、じんわりと染みた。
男は落ち着かない様子でスマホを取り出し、またポケットに戻す。
この期に及んで、まだ撮ろうとしているのか。
「……で、報酬は?」
「報酬……」
男は言葉に詰まり、指先でグラスの縁をなぞる。
「誠意見せてちょうだいよ」
「誠意って、どのくらいっすか……? 俺、金なくて……」
「別にお金じゃなくていいよ。ただ、あなたの誠意を見たいだけ」
「それ、逆に怖いんすけど……」
「失礼な奴だな」
響子はキャラメルラテをひと口飲む。
「除霊される側ってさ、お金ない人多いんだよね。だから、その人が出せるものでいいって言ってるの」
「俺に出せるものなんて、動画くらいっすよ?」
「……いらないし」
「ええ……」
男は肩を落とした。
「じゃあ、ここの支払い全部持ってよ」
「それでいいんすか?」
「いいよ」
男の顔がぱっと明るくなる。
「いや、もう何でも頼んでください!」
その瞬間、店員が次々と皿を運んできた。
男の笑顔が固まる。
「え、もう頼んでたんすか!?」
男は皿と響子の顔を交互に見て、小さく息を吐いた。
しばらくして食べ終えると、男は重い足取りでレジへ向かった。
やがて会計を済ませ、戻ってくる。
「ありがとー」
響子が軽く手を振る。
男は椅子に腰を下ろし、ぐったりと背もたれにもたれた。
「……いや、まあ、命代だと思えば安いっす」
男が座り直した瞬間、響子はその背後に張りつく女へ指を向けた。
「悪霊退散」
女は煙のようにほどけ、ふっと消えた。
「……え、今ので終わりっすか?」
男はきょろきょろと周囲を見回す。
「うん、終わり」
響子は口元を拭いながら言う。
「わかるでしょ。なんとなく身体、軽くなってない?」
男は腕を回し、肩を揺らしてみる。
「……あ。いや……確かに軽いっす」
何度か体をひねり、背中を触る。
「あなたに取り憑いたせいで、悪霊になりかけてた霊だからね。深刻度は軽かったのよ」
「そうなんすか……」
男はもう一度、恐る恐る背後を振り返った。
「もう、心霊スポット行くのやめなよ」
「もう行かないっす!」
男は勢いよく首を縦に振る。
ほんと、そうしてくれ。
席を立ち上がる。
「うっ……調子に乗って食べ過ぎた……」
背後で男が慌てて椅子を引き、道を空ける。
響子は腹を押さえ、少しよろけながら店を出た。
……今日の仕事は、これで終わり。




