2. 水の精霊
あら・・・。
ムオル・シリス・ライナムーー最初に領域を与えられし者。輝ける風、世界を渡り命を繋ぐ者。
あなたが人間を連れてくるなんて珍しいわね。
今の呼び方は何か、って?
彼ーー大気の精霊の呼び方の一つよ。精霊の名前はね、本当はもっともっと、とてもとても長いの。
ムオル・シリス・ライナム・ヴァン・ブラスト・アトモスフィア・・・なんだったかしら、とにかくまだまだずっと続くのよ。
人間がつけた名前も、私たち精霊同士がつけた名前も、全て彼の名前になるの。
久しぶりに会って最初に呼びかける時は最も正式な三つの名前を呼ぶ、話す中で何度も呼ぶ時は最初の名前を呼ぶ・・・私たち精霊の中では、それがルールなの。
精霊についての話を聞いてまわっているんですって?
そう・・・いいわよ、私で役に立てることがあれば聞いてね。
私は海の精霊よ。精霊たちの間では、セレニア・イスパス・シームーー境界に在りて繰り返せし者。月に順う水、数多の命を流れめぐる者。そういう名前で呼ばれているわ。
海の精霊とはどういうことか、ですって?
つまり、精霊の成り立ちを知りたいのね。
そうねぇ・・・少し長くなるわよ。
世界にある全てのものは、目に見えない小さな粒ーー魔素でできているの。
魔素が集まって他との境界を成した時、それが石になったり、葦になったり、人間になったりするのよ。
あなた達のいう命あるものも、命なきものも、みんな魔素でできているの。不思議よね。
魔素が方向性を持たずにただあるだけの粒だとしたら、魔力は流れを持った粒の集まりね。
魔素が集まって「何か」になる時、集まった魔素は流れを持って、その他の魔素とは区別されるの。
その時に集まった魔素が多ければ多いほど、その何かの持つ魔力量は高くなるのよ。
・・・ここまではわかったかしら?
精霊は、高い魔力量を持った「何か」が、死後も彷徨っていた魂を核として作りあげた人型ーー人格的存在なの。
難しい?・・・簡単に言えば、文字や言語のようなものよ。人型種族との共存をはかるための、コミュニケーションの手段ということ。
まだ難しいかしら・・・そうねぇ、例えばあなたは海や大気と意思疎通できると思う?植物や石とは?
人間族は植物の命を軽んじるし、生き物以外にはそもそも意思すらないと思っているでしょう?
だから平気で森を切り開くし、山を削って岩を砕くでしょう?
素知らぬ顔で海や川を汚し、大気に毒を撒いても、自分達の領域さえ無事なら気にもしないでしょう?
・・・でもね、それだと私たちは困るの。
だから、人間族の魂を借りて、私たちの言葉を伝えられる人型を作ったの。
同胞が殺されても何もできないのでは困るから、反撃できるようにした・・・という本音も少しはあるわ。
特に海や大気のような大きすぎる存在は、人型を通すと魔力の操作が楽になって、大きな魔法だけじゃなく、小回りのきく魔法も使えるようになるから便利なの。
何に便利かって?・・・うふふ。
とにかく、私は海の魔力が生み出した人格的存在であるということね。
精霊って、人間からすれば長命に見えるかもしれないけれど、元となるものが存在してきた期間と比べれば、はるかに若くて新しいと思うわ。
精霊は、そういう風に生まれて・・・生み出されてきた存在なのよ。
もちろん、単に面白いからとか、魔力が余ったからとか、ちょうどいい魂があったからとか、そんな理由で精霊を生み出すものもいるけれどね。
魂を借りる、のところをもっと詳しく聞きたいの?
そうね、例えば・・・私の外見や記憶は、借りてきた魂の影響が大きいわ。
長い髪の、おそらく高貴な美しい女ーー同胞に酷く痛めつけられ、海に沈められて殺された女よ。
全てを覚えている訳ではないけれど、女が深い海底に沈んでいく時の恐怖や、足に括り付けられた石の重み、そして暗い海底から光が踊る海面を見上げた絶望は、記憶の深いところに刻みつけられているわ。
死後、肉体を構成していた魔素は徐々に分解されていくけれど、精神ーー記憶や人格を構成していた魔素は、肉体が完全になくなるまではそこに留まっているの。
肉体がなくなれば、精神を構成していた魔素の集まりーーつまり魂は、通常は死後の世界に送られる。
でも稀に、死んだ場所やどこか強い思い入れのある場所、所持していた物なんかに、魂が留まってしまうことがあるの。
自分の肉体ではない別の存在に留まっているから何もできず、その存在がなくなるまでは死後の世界に行くこともできない。
そういう魂を、こちらに取り入れて使わせてもらうの。
死後の世界の王ーー玄冥王は、勝手なことをするなと言っていたけれどね。
どうせ彼はそういう魂を全て解放できる訳でもないのだし、魂もほとんどの場合はそれ以上どうすることもできないのだから、むしろ助けてあげるようなものだと思うの。
・・・え、違う?魂を勝手に使われて感謝する死者はいない?死者の尊厳は守るべき??
人間って傲慢よねぇ。死後ですら自分に所属していた魔素の権利を主張するの?
まあ、それならむしろ意趣返しね。
自分達以外の魔素を軽んじてきたツケを、自分の死後の魔素で払っていると思えばいいのよ。
え、人間を一括りにするなって?
・・・まぁ、いいじゃない。魂は、どうせもう死んでいるんだもの。
さあ、精霊の成り立ちについての話はこれで終わりよ。
あなたの知りたかったことは、ちゃんとわかったかしら?
話をちゃんと理解してくれたなら、私たち精霊を作ったものたちや、精霊を作ることができないものたちのこと、これからは尊重してくれるわよね?
してくれなかったら・・・うふふ。人型の本領発揮ね。あなた、いい精霊になれそうだもの。
あら?急いじゃって、もう帰るの?
・・・それにムオルったら、何を笑っているのよ。
え?セレニアは見た目とのギャップが激しいだろう、ですって?
やさしそうな美女だから油断していただろう、って?
・・・まぁ、そうなの。私、別にやさしくないのだけれどね。
ムオルだって結構意地が悪いでしょう?
それじゃあ、さようなら。
満月の夜、海の近くでは気をつけてね。
・・・うふふ、冗談よ。




