96話:記念撮影の約束。龍と人と未来と(浅倉朝太郎)
「全く。しかし、何で俺たちを人間は復活させたんだ。俺たちはあの時、天女と賭けに乗ったんだ。自然との共存の可能性。天女はそれに賭けるといったんだ。しかし、結局のところこれだ。お前たちは『願いが叶う』なんていう愚かで、自分たちの事しか考えない伝説を結果的に信じたわけだ」
龍は言った。
「俺の親父、浅倉孝太郎。他にも源という刑事。それを助けた登鯉会。ましてや、龍の事件を利用しようとしたアメリカや日本という国、結局自分たちの事しか考えてなかったのかもしれない」
自分の言ったことは事実であった。
桜井京子。彼女は登鯉会の毒牙によって亡くなった。
その犯人であった藤井香は、登鯉会、すなわち源の願いでもあった国家転覆、体制の崩壊を願い、事件に加担していた。
だが、その願いはあくまで彼女の思い描く世界であり、誰かを、ましてや自然という尺度がなかった願いだった。
源もそうだ。
先祖から、かの源一族の末裔と言っていたが、その本懐を叶えるとして、結果的には父に踊らされていたのだとしても、五頭龍復活のための儀式を達成した。
しかし、当然その裏には桜井、土肥、二人の女性。入道の犠牲を持って成り立っているものだ。
彼女たちの家族、身の回りの人の思いは度外視された独りよがり誇大妄想に過ぎなかった。
父の願い。それは何となく分かった。だが、それは、未来に向かっていない過去のアルバムを読み返す物だった。ここまでの犠牲を、街が壊れ、人の家は吹き飛び、自然も破壊し尽くすほどの対価に見合うものでは無いと思う。
もし、父の願いが叶えられたとしても、その代わりに再び「元の生活に戻りたい」と願う人たちが、数百倍以上生まれてしまうことになる。
多くの犠牲の上に成り立つ、個人が理想とする願いを叶えるのは、人間のエゴ以外何ものでもないはずだ。
「なるほど。朝太郎。お前はこの街に来て、ここまで来てそう学んだと言うことか」
五頭龍は自分の思考を読み取ったのか。言葉を発した。
「五頭龍。たしかにはるか昔の天女との約束は破った。結局、あなたが過去に見た景色とはおおきく様変わりして驚いてると思う」
鈴音は振り向き、街を臨みながら言う。
「ああ。猪が住まう山々も、鹿が踊る谷川もなにもかも無くなってしまった。全て、くすんだ石畳に覆われ、灰色の命がない木々が並び、巨大な墓石が大地に突き刺さっている。こんな彩が無く、命の息吹が感じられない世界になるとは思わなんだ」
龍はぐるる、と牙を向く。
「天女は言った。人間は自然と共存できると。利己的ではなく、利他的な思考ができる、その可能性がある生命だと言った。だが、結果これだ。人の願いのために結果的に自然の神であるこの俺も利用しようとしていた」
「それは、確かにそうなのかもしれない。でも、五頭龍。聞いて。まだ、私たちは成長してる」
彼女は自らの胸に手を置き、ゆっくりと自分を見る。
「どういうことだ」
五頭龍は尋ねた。自分も彼女の言っていることが理解できていなかった。
「私たちは自分たちの生活を良くしたいと思って、それぞれの人たちが、それぞれの命の限り頑張ってきた。それが結果的に自然を壊していたのかもしれない。けどね。ようやく今の私たちは、その過ちを理解しようとしているの」
彼女は次第に迫ってくる龍の顔に一つも怯みもせず、続ける。
「間違いは誰だってする。けどね。よく言うでしょ失敗は成功のもとって。今までの先人が、培ってきた成功と失敗に絞り出された世界で今私たちがいる。愚かさを理解して、失敗を糧にして、私たちは成長し続けてきた。それが人間。自然の中に生きる一つの命だと思う」
「ねえ。五頭龍また私たちと約束してくれないかな」
五頭龍の顔の一つが地面に降り立つ。その目が柊木を優しく見ていた。
「約束。面白い。一度は『賭け』をしておきながら次は『約束』ときたか」
「そう。約束。遠い将来。でも、近い未来。うん。百年後にまたこの街を見に来てほしい。その時には、今は自然が無くなってしまって、人間だけの世界に見えるかもしれないけど、もっと色とりどりな世界を見せてあげる。きっと、私たちの住むこの街は残っていると思う。けど、自然と一緒に生きている、そう胸を張って言い切れるあっと驚く光景を見せて上げる」
鈴音が言った言葉。
江ノ島が、この街が再び自然と共に生きる世界になる。
ビルに木々が生えるのだろうか。横断歩道を鹿やリスと渡るのだろうか。砂浜に亀と一緒に星空を眺めることができるのだろうか。
「いま、賭けに勝ったあなたが、人を滅ぼしたとしてもそれは仕方がないかもしれない。でも、その選択はきっと勿体無い。私たちは成長して、今以上に自然を豊かにする可能性を消すことになるから」
龍は静かに少女の、今を生きる天女の代表として言う。
「きっと、この後も俺たちは間違うこともある。でもそれは、人にとっても自然にとっても必要な間違いなんだ。でも、その間違いを人は親から子へ想いと一緒に伝えていく。俺からも約束する。今、鈴音が言った世界、面白くて素敵な光景を見せる事を約束するよ。その時は、うん。そうだな。俺が生きていれば、いや。俺の子供がこのカメラでその時は一緒に記念撮影をしよう。龍と人と、そして誰も想像できない街を背景にさ」
鈴音の手を握り、自分も龍へ言う。
「──なかなか面白い。どうだ、二本目、三本目。お前たち」
龍は他の首に尋ねる。
「そうか。なるほどな。わかった」
龍は鼻息を鳴らす。その風が自分たちに注がれる。
「その約束。信じようじゃないか。その面白い光景。お前たちが言う夢の将来の街。見せてくれよ」
龍はそう言うと頭を空に伸ばし始めた。
「さて、と。なんか暴れ疲れたし、キラキラした物や面白い音も楽しませてもらって、疲れてきた。今回は何だか満足だ。腹は減ってるが、よく眠れそうだ」
五頭龍は最後に自分たち向かいそう言い放ち、反転した。
ずず、と地鳴りが響き、次には海が逆立つ音が聞こえ始める。彼らは再び海の中へ戻っていく。
「また。会おう。その時を楽しみにしてる」
最後に龍はそう言い放ち完全にこの街から消えて行った。
「やった、のかな」
鈴音は地面にへたり込み、尋ねる。
「ああ。やったんだ。龍を封印したと言っていいのか分からないけど、きっと封印よりも良い形になったと思う」
その時、彼女の頭が輝いた。いや、この街全体が、赤い光に照らされていく。
長い夜、五頭龍を取り巻く物語のカーテンが開き、ゆっくりと朝日が昇ってきた。




