95話:最後の一枚(浅倉朝太郎)
イザナミは襲いかかる五頭龍の頭と衝突した。その衝撃で五頭龍の軌道は外れ、寸前のところで回避した。
「朝太郎! こいつの動きを抑えれば良いんだな」
故障しているのかノイズが混じるスピーカー。そこから確かに父の声が聞こえる。
「頼む!」
聞こえたかどうかは定かではない。しかしその声は確かに届いていた。地面に一度着陸したイザナミは再びスラスターを点火し、上空へ。
五頭龍も急に再び現れたロボットに気を取られ始めている。イザナミは急接近して突撃をしかける。その勢いのせいで、ばらばらと装甲が剥がれる。いつ、機体が崩壊しても不思議ではない。
「浅倉くん。あいつは味方なのか」
「ええ。あれは父です。親父なんです。囮になってくれている間に、どの頭でも良い。近づけませんか」
残るフィルムは2枚。ミスは許されない。
イザナミがカエルのように地面に降り立ち飛び上がる。そして五頭龍に攻撃を仕掛ける。龍はそのリズムに合わせて首を上下させる。
それに連動し自分もカメラを構える。ファインダーに赤の気がタイミングよく収まった時にシャッターを押した。
すると、イザナミに再び突撃しようとしてきた龍は寸前で立ち止まる。成功だ。
──しかし。
グォオオオ。上空から雄叫びと共に最後の一本がすでに襲いかかっきていた。
「ダメだ。避けられない」
そして衝撃が起きる。すこしかすっただけなのかもしれないが、ヘリからは異常音が鳴り響き、ぐるぐると視界が回る。墜落する。
だが、地面に落ちるスレスレのところで回転は止まった。慣性の力で、自分の体は壁に激突する。しかし浮遊感は無くなった。どうやらイザナミが、父が受け止めてくれたようだった。
しかし、その衝撃でイザナミの下半身は折れ、粉々となった。
「浅倉くん大丈夫か?」
ヘルメットを外した聡美は頭から血を流している。
「お、おれはなんとか」
「君はここから脱出しろ。そして、なにが何でも五頭龍を封印するんだ」
聡美はゆっくりと頷く。
自分もそれに応え、ヘリのドアを開ける。二階ほどの高さ。イザナミの上にヘリが置かれるような形で着陸していた。
五頭龍から少し距離が離れた森林に着地したようだ。
──親父。
その時、父が頭をよぎった。
たしか、彼はイザナミの頭。そこに乗り込んでいたはず。イザナミの装甲をよじ登り、火花が上がる頭まで登った。
そして、頭を,どんどんと叩く。
「親父。大丈夫か。おい!親父!」
何度も叩くが反応はない。すると頭上の部分に開閉するためのハッチがあることに気がついた。力を込め、それをこじ開ける。すでにほとんどが壊れているためか、すんなりと扉は外れた。
そこには頭から血を流し、意識を失っている父の姿があった。
「親父。聞こえるか。親父!しっかりしろ」
すると声掛けで意識は復活したようで、唸り声と共にわずかに瞼を開いた。
「お。朝太郎か」
「朝太郎か、じゃないよ。親父、しっかりしろ」
「朝太郎。お前、だいぶ見ない間に立派な男になったんだな」
声は小さく掠れている。
「な、何言ってんだよ」
「母さんが言ってた。人を助けられる良い子になって欲しいってな。人々の『朝』になれるような、そんな子になって欲しいってな」
「そ、そんな話今するなよ。しっかりしろよ」
「お、俺は間違っていた。じ、自分の思い描く幸せのために、五頭龍を復活させた。源を利用して、たくさんの犠牲者を出した」
父は震える手で自分の頬に触れた。その手の平には血がついている。それをしっかりと受け止めた。
「時を戻そうとした。願いが叶うなら、どんな手を使ってでもあの楽しかった家族と過ごした日々に帰りたかった。でも。でもそれは間違っていたんだな。お、お前は違う場所で、でもそれでもしっかり生きていて、成長してたんだ。と、時を戻すなんて惜しい程に、俺の息子は成長してたんだ」
「や、やめろよ。まるで死ぬみたいな」
「朝太郎。申し訳ない。俺が蒔いた種だが、お前しか頼めない。この物語を、五頭龍を眠らせてくれ」
父はしっかりと自分の目をみて言う。
「わかった」
そして自分は振り返る。五頭龍に向かって。
父は自分に五頭龍に立ち向かうよう言った。彼が今どんな状況なのかは何となく察していた。近くにいてあげたい、その気持ちもあった。しかし。今、自分にはやるべきことがあった。
イザナミから降り、大地に立つ。ヘリも壊されてしまったため、使えるものは自分の足しかなかった。
森を抜け、江ノ島の山を再び登る。
真っ直ぐ地平線を望む残る一本を仰ぎながら走った。頭は百メートル以上の高さにある。自分の声が届くかどうか怪しいが、試してみるほかない。
「五頭龍! 聞こえるか!? 五頭龍!」
自分は懸命に叫ぶ。
しかし、距離が遠すぎるのか反応がなかった。
「五頭龍! こい! 俺に向かってくるんだ!」
二回目は喉が切れそうになるほど叫んだ。すると、伸びていた髭が一瞬張り詰めた。
そして顎しか見えていなかった五頭龍の顔がこちらを見た。
──これなら。
龍がこちらに襲いかかろうとした瞬間を狙えば、おそらくファインダーに収まる。そして、気を撮ることができれば、五頭龍の怒りは完全に治るはずだ。
だが。
龍は案の定口を開け、雄叫びを上げた。
その瞬間、風圧を感じ自分は石畳に叩きつけられた。だが、カメラは手から離さない。
そして、その口が再び迫ってくる。
仮に怒りに満ちた赤い気を上手く撮影し、抜き取れたとしても、襲い掛かろうとするスピードは止まらない。
つまり。俺は死ぬ。
そんなことを刹那で考えた。走ればなんとか逃げれる。しかし、逃げたら最後だ。カメラは構えたまま、巨大な牙が揃った口を、その中に潜む怒りの炎を睨み、逡巡する。
──ごめん。鈴音。
自分の役割は龍の怒りを鎮めること。それさえ果たせれば、鈴音が龍を説得してくれる。つまり、自分の務めは果たせる。
これで良いはず。
決心をして、シャッターを押そうとした時、一瞬龍の動きが止まった。
その口は閉じられ、自分の方ではなく、海、湾岸を向いていたのだ。龍の顔半分にはサーチライトのような、瞬い光が当てられていた。
こんな作戦あっただろうか。
しかし、チャンスであることは間違いなかった。その隙をつき、最後のシャッターを押した。
龍はその瞬間、髭を垂らし牙を向くことをやめた。全ての怒りを、このカメラに抜き取ることができた。
その時に、龍は怒りから我に返っていた。冷静さを取り戻していた竜の首がそれぞれ持ち上がり、全ての顔が自分の方を見た。
そして面白いことに龍の大きさが次第に小さくなって行ってることにも,気がついた。
「ふう。感謝するぞ。小僧」
低い老人のような声が聞こえてきた。それは耳を通してではなく、なにか心の中で聞こえるようなそんな声。
「五頭龍か」
「ああ。まったく怒りで身を忘れてしまうのは嫌な性分だな」
間違いなく龍が自分に語りかけてきていた。そして意思疎通が取れている。
「──太郎!」
その時背後から今度はしっかりとした、耳に響く知った声が聞こえた。
「鈴音!」
彼女は、父と共にこの場所まで駆け上ってくれたようだ。
「朝太郎。やったんだね」
鈴音は自分の隣に並びたち、笑顔を向けた。だが、まだ全てが片付いたわけではない。
「朝太郎。鈴音っていうのか。お前たちは」
龍は自分たちに問いかけてくる。龍は先ほどよりもは一回りも二回りも小さくなった。だが、人間など一瞬で捻り潰せる大きさではあった。
だが、怒りを静めた五頭龍はそうしない。
つまり、対話をしたがっているということだ。
最後の戦いが始まろうとしている。




