92話:海に爆音、陸で爆走、空へ閃光(鎌倉第一高校 新聞部)
父と一緒に海に出る。それは、遠い記憶幼い時以来であった。ぐ、ぐ、ぐと船のエンジン音が響く中、波を切る。
風は相変わらずの強さ。自分の髪もボサボサだ。強大な龍に近づいていく。東京タワーよりも大きいのだろうか。わからない。ただ、とてつもない敵が目の前にいることはわかった。だが、怖くない。むしろ、その逆。
「虎丸っ! 大丈夫か!?」
船室で舵を取る父が叫ぶ。
「大丈夫! むしろそっちは大丈夫なのかよ!?」
「馬鹿野郎大丈夫に決まっているだろ! 何年海にいたと思っている」
背後には父が海に出るという話を聞き、江ノ島の船乗り達も集まってくれていた。数は二十隻以上。それぞれが大漁旗を掲げ、自分たちの船を先頭に扇状に広がり、ついて来ている。
バンドの仲間達とは連絡が取れなかったのは、少し残念だ。部室に何かのために隠しておいたデモCDをかけながら、自分はギターを弾く。アンプから流れ出る音をスピーカーが拾う。その音を全ての船で同期させ自分の生演奏を五頭龍に聴かせるのだ。
どんどんと船は龍に近づいていく。流石の五頭龍もこちらの動きに気がついたらしい。一番端にいる龍がゆっくりと頭をこちらに向けた。
だが、やはり怖くはなかった。
「虎丸っ! 派手にやれ!!」
そう。それは父が海に出てくれた嬉しさと、自分のライブを聞いてもらえるからだ。ぐ、と溢れそうになる涙を抑える。
マイクのスイッチ、そしてアンプの音を全開にした。キーン、とハウリングの音が響く。でも、そんなの関係ない。
「行くぜ! 五頭龍。まずは最初の曲だぜ!」
プレイヤーのスイッチを入れる。激しいドラムのリズム。その後は早速見せ場だ。
「聞いてくれ! ウェルカムザ江ノ島!」
船の投光器が一斉に付く。ショータイムの始まりだ。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
海の向こうでパチンコ屋が開店したのかと思えるほどの光を放ち、村尾の歌声がこの大通りにも聞こえてきた。
「あいつ。意外と歌上手いんだな」
浦賀のバイクに乗せてもらい、私はしがみついていた。彼の横顔も光に照らされ映し出される。
「素行は悪いのは変わらないけど」
「そんなこと言ったら、暴走族に近い俺たちをまとめて、こんな馬鹿げたことをおっ始めようとしてる生徒会長さんも大概だぜ」
浦賀は豪快に笑って見せた。
ギャザラーズはこの数時間の間で、四十人以上集まってくれた。
理由は様々だと思っている。度胸試しもあれば、自分たちのリーダーの顔が拝めるなど。
「浦賀。ありがとう。あなたがいてくれたから、いまこうして皆が集まってくれた」
彼にしがみつきながらそっと呟く。
「いいや。俺じゃねえよ。コンタクト。峰岸の兄貴が作ってくれて、それをもう一度ここまで立て直してくれたアンタがいたから集まってるんだろ」
彼は振り向かず言う。その低い声の振動が背中を通して伝わる。
「そうなのかな」
「さあな。なあ、そろそろ始めようぜ」
ぶうん、ぶうんとアクセルを吹かす。
「そうね。いきましょうか」
とんとん、と彼の肩を叩く。そうして、浦賀は腕を掲げた。
「野郎ども! 龍退治だ! 気合い入れて行くぞぉ!」
おお、と雄叫びと共に爆音が響く。暴走族紛いのことはやめろと皆に伝えていたはずなのに、どこにこんなバイクを隠していたんだか。すこし、おかしくなって笑ってしまった。
無数のバイクが列をなし、五頭龍の元へと直進する。それぞれのバイクから放たられる音色は、いつもならば五月蝿いだけなのに、今は戦士達の雄叫びに聞こえるのが不思議だ。
──兄さん。
あなたが作り、守りたいと思った人たちは、今街を救おうとしています。浦賀を強く抱きしめながら、天の兄に報告した。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
陸ではちーちゃんが、海では村尾が。皆ができる限りのことを行っている。
「店長! 始まったみたいです」
「ハマちゃん。ちょっと待って。おっちゃんたちもほら! もっと頑張って」
店長もといドミニクは、登鯉会に所属していた老人達の扱いに四苦八苦していた。
自分たちは彼らよりも先に学校を出発して、花火の確保に向かった。入道さんの家の蔵へ向かうと風の影響で蔵の屋根が吹き飛んでいたせいか、無造作に花火らしきものは見つかった。かなりの数があり、協力してくれた街の人たちと共に砂浜へと運んだ。
「おやじ、こっちだよこっち」
店長の顔ともCIAの顔とも違う。ただ懸命に花火を運び、指示をする屈強な異国の男が慌てふためく姿が何とも滑稽で、こんな状況なのに思わず吹き出してしまった。
「お姉ちゃん達、こんな時に花火をあげるなんて酔狂だねえ」
歯が欠けた老人が自分に向かって声をかけてくる。
「こんな時だからだよ。私たちの街、海を守るために必要なの。ほら、お爺ちゃんもほら、その花火を詰めて」
並べられた筒を指差す。動きは緩慢ではあるが、丁寧に集まった人たちは作業を進める。
「ハマちゃん。こっちは準備完了だ」
ドミニクが叫んだ。
「わかった。よし。じゃあ、ええと。ヨーイドン!」
自分の合図と共にそれぞれが、導火線に火をつけた。
風の影響もあり、どうなるかは未知数だ。それにうまく打ち上がるかもどうかもわからない。ジジ、と消えゆきそうな炎が筒に近づく。
「ありゃ。打ち上がらんな」
一人の老人が様子を伺おうと筒を覗き込もうとする。
「馬鹿! 危ないって」
肩をなんとか抑える。するとぴゅうと閃光と共に勢いよく打ち上がった。そして、同じように、並べられた筒から次々と打ち上がる。
そして。ぱん、と大きな色とりどりの花火が開いて行く。ぱん、ぱん。と暗闇に支配された夜空にこれまた美しい花が無数に輝き始めた。そういった意味では、ここは特等席であった。
ドミニクも含め、砂浜にいる無数の人々はその美しさに目を奪われていた。きっと五頭龍もこの美しさに囚われるに違いない。そう確信した。
ふと、海へ目を向ける。五頭龍が生み出す風の影響なのか、それとも岸の工場が壊れたせいなのか分からないが、乗りごたえのある波が押し寄せているようにも感じた。
そして、一つ決心した。明日、朝が来たら波に乗ろうと。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
病室の人以外に、看護婦達も随分と騒がしくなった。
昨日から龍が現れたという噂。なんとか体も動くようになり、テレビのある談話室に行くと沢山の人集りができていた。
「ねえ。さとみ。これヤバくない? めっちゃ映画みたいじゃん!」
「ちょっと、ヒロ。具合悪い人が多いんだから静かにしな」
同じ高校の制服を着た少し派手な女子はテレビを見て明らかに興奮していた。
「土肥さん。動いちゃダメですよ」
その時、ちゃっかり病室を抜け出した自分を咎める看護士に見つかってしまう。
「す、すみません。でも、気になるんですもん。何が起きているんですか」
「え。そ、それは」
看護師がテレビを指差す。
そこにはLIVEの文字と共に、映画のような光景が広がっていた。
確かに龍が存在していた。あまりにも大きく巨大だ。
しかし、その厳かな雰囲気とは裏腹に海に無数の船が走り、無人の道路に何故かバイクの行列ができている。それでいて、何発もの花火が上がる。
珍妙でなんだか笑えてしまうほどのあり得ない光景。
テレビに釘付けになっている患者、看護師、医師達も「なんとも面白いことになった」と口には出さずとも、顔に現れていた。
本来なら龍が現れただけで、明日から転げ落ちそうな状況ではある。しかし、ここまでの光景がいざ、映し出されてしまうと恐怖よりも先に興奮が勝ってしまう。
そして、なんとなく。何となくだが、この出来事を作っているのは自分の知り合いである気がした。
「がんばれ」
「え?」
思わずつぶやいたひと言に看護師が反応を示した。
「あ。いや。しかし、凄いことになってるんですね」
「そうね。ほんと凄いことになってる。でもこの後どうなるんだろう」
二時間ドラマを見ているような彼女が示す返事に思わず吹き出してしまう。
「どうなるか、乞うご期待ですね」
看護師は抜け出した自分を咎めることをやめたらしい。皆と同じように足を止めて、テレビを見る。
「明日私、出勤できるかな」
やけに現実的な彼女の悩みが飛び出し、思わず笑ってしまった。




