91話:最後の準備(浅倉朝太郎)
五頭龍に対して仕掛ける馬鹿げた作戦。
それは五頭龍としても、自分たちとしても暗闇に目が慣れ始めた一時間後、21時に決行とした。それぞれが連発して作戦を実施する手筈だ。
ドミニクが持っていた無線機をメンバーに配り、一応連絡が取れるようにしておいた。
そして、学校から皆は散り散りになり、それぞれの準備へと向かうことになる。
村尾虎丸は視聴覚室から、アンプの類をせっせと運び動きそうな車に詰め込む。どうやら、部室の端にギターも隠し持っていたようで、それも入れ込んだ。
「朝太郎。なんかすげえことになったな。でも、なんていうか分かんねえけどさ。色んなことあったけどすべて終わったら、打ち上げをやろう。みんなで」
父の助手席に座り、窓を開けた彼は拳を突き出す。
柄でもないが、その拳に自分の拳を突き合わせた。
「それじゃあ、空から見ててくれよ。俺の生ライブ!」
そして車は発進する。
校門の近くでは、峰岸が何やらガラの悪そうな男達をかき集めていた。
「まさか。俺たちのボスが、こんなねーちゃんだったとはな」
周りの男達はどこから持ってきたのかわからないバイクに跨りそんな会話を繰り広げている。確か、彼女の正体を知っているのはナンバー2の浦賀と自分たち新聞部などの限られたメンバーであったはず。
「浅倉くん。浦賀はここにはいないけど、なんとか無事らしい。彼と合流して私たちも準備する」
「峰岸は良かったのか。こんな形で、そのギャザラーズのボスだってバレちゃって」
彼女は顎に手を置き、不敵な笑みを浮かべる。
「私はバランスを大事にしてるの。ギャザラーズが悪と認識されている今、ある意味チャンスでもあるから」
「チャンス?」
「ギャザラーズは身を挺して、五頭龍の囮に買って出た。それを束ねたのが私。デメリットもあるのかもしれないけど、メリットも大きいとの」
やはり、我が校の生徒会長は侮れない。
「柊木さんのこと、よろしくね。そして、浅倉くんも無事でいてね」
彼女は手のひらを振り、バイクの背後に跨り消えて行く。
二人を見送り、聡美と準備をするために校庭へと戻る。
その戻り際、避難している中で動けそうな人たちに声を掛ける浜辺とドミニクとすれ違った。
「浅倉くん。いよいよだね」
彼女は自分の顔を見て、少し震えた声でつぶやいた。
「怖い?」
「そりゃあ。もちろん。でも、なんて言うんだろ。店長もいるし、なんとかなる気がしてる」
「ハハハ。まあなんてたってCIAと海の家の店長を兼務してるんだからナ」
何の理由にもなってはいないが、愉快なあの店長の顔に戻っていた。
「あのさ。一時期、私、浅倉君の事少し恨んでたんだ。この海になっちゃったのは、お父さんの工場のせいだって」
「それは」
頭を下げようとしたとき、彼女はぐい、と押し戻す。
「謝らないで! ううん。大丈夫。今は何とも思っていない。こうなっちゃったからには、何とかするしかないもんね。また私サーフィンしたいから」
彼女は「よし」と頬をはたく。
「だから。頑張ろう。一緒に」
もう頭は下げなかった。その言葉に対し、強くうなずき返事をした。
「それじゃあ、グッドラック」
ドミニク、浜辺とそして、別れる。
鎌倉第一高校。自分が来たのはついこの前な気もするが、今となってはどこか安心できる場所になりつつあった。また、ここに通えるのだろうか。
そして、頭によぎるのは父の姿であった。
彼は生きているのだろうか。一体何のために、ロボットまで作り上げ、五頭龍を蘇らせ、そして願いを叶えようとしていたのか。
あの工場から、父がロボットに乗り込み消えた時。机から転げ落ちた母の写真を思い出す。
「まさか」
母がいた時の記憶はもう無くなりつつある。父と母の仲が良かったのか。それとも悪かったのかも思い出せない。だけど。
「浅倉君。大丈夫かい」
「あ。ええ」
「もう少しで出発の準備は整う。柊木さん。彼女と話をしておいた方が良いんじゃないかな。今回の挑戦、正直言って無謀だ。作戦といえるものなのかも怪しい。ヘリが撃ち落とされたら、僕たちもそれまでだ。だから、その」
聡美は高校生である自分に対して言葉を選んでくれたようだ。それは、死ぬ可能性があるということだった。聡美は告げると、搭乗席に戻って行く。
その忠告、いやアドバイスを受け止め鈴音が体を休めている教室へと向かった。廊下、一つ一つの教室に体育館に入りきらない人たちが身を寄せ合っている。
図らずも自分らのクラス。その教室に彼女はいた。ガラリと扉を開ける。窓を眺める柊木純也と、いつもの席に座る柊木鈴音の姿があった。彼女は教室へ入ってきた自分に気がついた。
そして自分自身もいつもの席に座った。
いつもであれば金の髪をつまらなそうに指で弄ぶ彼女。しかし今日は心配そうな顔をして、こちらを見ていた。黒髪に戻ったこともあり、小学校のころの姿を思い出す。
「大丈夫なのかな。私が見た夢でみんなを振り回して、こんなの確証も何もないのに」
「そんなこと言ったら、俺もそうだよ。このカメラが草薙の剣、その魂が込められているなんて」
「でも、みんなは賭けてくれたんだ」
子供の妄想。そうとしか考えられない無謀な作戦に乗ってくれた。
「私、朝太郎がこの街に戻って来た時、何故かそこまで驚かなった。ほらバイト先のコンビニに弁当買いに来たでしょ」
「そうだったけ」
「うん。なんか、あ。いるなあ、って思ったんだ。引っ越して朝太郎がいなくなった時も、そこまで悲しくなかった。また、どこかで会える、そんな予感があったから。だから驚かなかったんだと思う」
彼女は思い出しながらつぶやいた。
「俺は、結構びっくりしたけど」
それは少女だったころから、ぐっと綺麗になっていたからだが。
「だからね。今からやろうとしていること、不安なのはそうなんだけど。きっとまた会える」
これは彼女なりの心配している言葉、そして希望なのだと感じた。近くに立つ純也は自分たちの会話に入ってくることはせず、ただ立っている。
「それは俺も」
なんとも言えない空気が流れる。それは、温度や湿度の話でもなければ、五頭龍がもたらす風が流れ込んでいるという訳でもない。
「鈴音。あのさ、おれ」
自分が改まって彼女を向き言いかけた時、彼女は手で制した。
「待って。それ言ったら死亡フラグになっちゃう」
「あ。ははは。もしかして、何言おうとしたか、わかっちゃった?」
「──さあ。でも、それはまた後で、ゆっくり話して」
鼻で笑うように彼女は返事をした。それはいつもの柊木鈴音、そのものであった。
「そろそろ時間だ。行かなくちゃ」
席を引き立ち上がる。
「鈴音はまかせろ。しかるべき時に龍の元へ連れて行く。そして、鈴音は俺が守る」
純也は去ろうとする自分に向かい、窓を見ながらつぶやいた。
「ありがとうございます」
窓に反射する彼は頷く。
「朝太郎!」
ドアに手をかけた時、鈴音の呼ぶ声が聞こえた。振り返ると彼女はふ、と微笑む。
それは、小学生の時のかくれんぼ。見つけた時に見せた笑顔に重なった。
「気をつけて」
「うん。行ってきます」
扉を閉め、カメラを握り締め階段を降りる。
校庭にはすでにヘリのプロペラが回り始めていた。
「朝太郎君、いいかい?」
聡美はヘリの音に負けじと声を張る。それに対して自分は親指を立てて答えた。




