90話:作戦名「エノシマ・スペクタクル」
「柊木っ!」
保健室のドアを勢いよく開ける。窓際のベッドに寝そべっていた鈴音は、体を起こしていた。そして皆も揃っていた。
案内をした聡美と名乗った男は、こっちと手をこまねく。
「朝太郎……?」
彼女は自分の姿を見て、小さくつぶやいた。駆け寄り思わず彼女の体に抱きついてしまった。
「生きていてくれてよかった。本当に良かった」
鈴音も自分の体に腕を巻きつけた。
「朝太郎もよかった。無事で」
そこで、皆の視線を感じ、ふと我に帰り体を話す。純也は目を閉じ腕組みをしていた。
「柊木さん。大変だったね」
峰岸がベッドに座り、彼女に向かって言った。
「鈴音。申し訳なかった。俺が源の正体を看破できなかった。それが原因で危険な目に合わせた」
父である純也は彼女に向かって頭を下げる。
「──ううん。いいよ。みんなで私を助けてくれたんでしょう」
頭を下げる純也に向かい、鈴音は優しく言う。
「私。夢を見た。天女の夢。遠い昔の歴史に何があって、どうして今、五頭龍の目が覚めたのか、彼女から話を聞いた」
柊木鈴音が天女の子孫であるということ。それは源が柊木を人質に取ることによって、五頭龍をコントロールしていた事実からも信じるしかなかった。
そして彼女の夢の話を皆で聞いた。五頭龍が目覚めた理由。そしてその本質を。
「源刑事だけじゃないんだ。本当は俺の親父。浅倉孝太郎が、その契りを破ったんだ」
柊木に、自分の父が行ったこと。行おうとしていたことを伝える。
「そうだったんだ」
鈴音は、自分に怒ることもなく、ただゆっくりと返事をしただけであった。
その中で村尾の父も言い放つ
「いや。俺も同罪だ。この国のやり方が気に食わなかった。そんな秩序をぶっ壊したいと思ったのは俺もだ」
「親父」
虎丸は父の方を振り向いた。
「私。私ね。見ていた夢。天女の話を信じてる。今、こうして五頭龍は蘇ってしまった。このままじゃあ、彼らは怒りに身を任せて全てを破壊しつくしてしまう。あの江ノ島にいる龍の怒りを鎮めて、もう一度彼らと話をしたいの」
鈴音は体を立ちあがろうとする。
「鈴音。お前はまだ」
純也がそれを止めようとする。しかし。鈴音はそれを振り切りしっかりと立ち上がった。
「朝太郎。あなたが『草薙の剣』を持っているんだよね」
──ビアンカが言っていた言葉を思い出す。そして、車の中で見た謎の写真。本当はただ家にあっただけのカメラ。だが、鈴音の言う通り龍を鎮める力、草薙の剣。それは姿を変え今もなお存在しているとするならば。
「そうか。この写真は、草薙の剣の遠い記憶なのか」
カバンからカメラを取り出す。デジタルの液晶には、それにそぐわない。奇妙な象形文字が並び、そして映し出される伝説に聞く、八岐大蛇の姿。
「朝太郎。お前」
虎丸が写真を覗きこみ、驚いた顔でこちらを見る。
「ずっと奇妙な感覚があったんだ。この鎌倉。江ノ島の地に来てから、ことあるごとに、このカメラは震えたんだ。五頭龍の真実に近づこうとするタイミング。桜井京子の事件の真相、藤井香織に襲われた時、五頭龍が蘇った時も、いつも震えた。それは、このカメラが伝えようとしていたんだ。草薙の剣。龍を封じ込める力が、ここにあることを」
「これは、これはファンタジーだ。だが、そういうことでないと説明がつかないのかもしれん」
ドミニクが頭をつるりと撫でる。
「カメラ。映写機。魂を抜き取るとも言われた機械……」
峰岸は顎に手を置き、ぽつりと呟く。
「まって。あ。そういうこと!? カメラで龍を撮れば、魂を抜けるみたいな」
浜辺は何かに気がついたように、叫ぶ。
「魂を抜き取るのかわからない。けど、龍の怒りを抜き取ることはできるのかもしれない」
鈴音は自分をゆっくりと見る。
「きっと、これは朝太郎にしかできない。そして、どうすれば草薙の剣としての力が使えるのか。それは朝太郎にしかわからない」
彼女は自分の手を取り言う。
写真を撮ることで、怒りを鎮める。
被写体をしっかりと捉えること。それはカメラで写真を撮る上で大前提だ。
もし、この仮説が正しいとしても、ここから適当に撮るだけでは、自分の中で納得のできた撮影をできたとは言えないだろう。その時、なんの根拠もなく、危険で途方もなく馬鹿げた考えが思い浮かぶ。
「龍の頭をそれぞれ、近くで撮影する。それできっと龍の怒りを切り取って、このカメラに封じ込めることができるかもしれない」
「──そんなバカな話があるわけない」
ドミニクは首を大きく振るう。
「いや。朝太郎。君はそう感じるんだな」
純也はドミニクの言葉を制した。
「そもそも、こんな馬鹿げた状況にあるんだ。龍が復活し街を壊す。ロボットも現れ、めちゃくちゃだ。もうファンタジーどころの騒ぎじゃない。これは俺が大切にしていることでもあるが、感覚は、その力を持ったものにはわかることもある」
柊木純也は自分の肩に手を置く。
「俺は、この子たちの言葉を信じる。そう俺の鼻が言っている」
そして純也はそう続けた。
「──なるほど。ジャパニーズはクソ真面目で、現実主義と聞いていたが、それは嘘だったんだな。面白い。俺も信じよう」
ドミニクも頷く。
「俺も信じるぜ。みんなもそうだろ」
虎丸も近寄る。峰岸と浜辺も同じく頷く。
この不可思議な状況を皆、それぞれで咀嚼し納得してくれた。
「龍の怒りを抜き取ってくれたら、私が話をしてみる。朝太郎。一緒にやってくれる?」
「やろう。俺たちで」
鈴音の目をまっすぐ見つめ、力強く返事をした。
街は夜闇に包まれた。自衛隊からの攻撃止み、父のイザナミの起動も停止したこと。なにより、当の五頭龍自身が江ノ島の地に戻り、力を蓄えていることもあり、あたりは久しぶりの静寂を取り戻していた。
皆は改めて新聞部の部室に移動した。怪我をした避難民がいる中、作戦会議を行うことが憚られたからだ。
何度目かの新聞部の部室。月明かりだけが入り込み、麻雀卓をうっすらと照らす。
新聞部、自分、柊木、村尾、浜辺、峰岸。そして、柊木と村尾の父、ドミニク。8人が狭い部室の中に身を寄せる。
思えば、この場所から今に至るまでの物語が始まった気がする。
謎を追うための場所。そして、自分たちが何を行うべきか、それを決心できる場所として。
窓からは涼しい風が入り込む。
こないだまでは嫌気がさすほど、暑く蒸していた風ではなく、懐かしい北海道の風のような澄んだものが部室に入り込む。
ドミニクはどこからか電気式のカンテラを持ち込み、それを部屋の真ん中に置いた。それを取り囲むように各々が座る。
「──それで、どうする」
ドミニクが口を開く。
「写真を、それも五頭龍の近くで、頭一つ一つを撮影するんだよね……」
浜辺は自分の言った言葉を繰り返した。
「問題は、どうやって、あの龍の近くまで行き、あのでかい図体を撮影するか、だな」
純也は顎に手を置く。
「といっても、あんな高いところにある龍の頭をどうやって撮影するんだ? 展望台で望遠レンズでも使うのか?」
虎丸は頭を掻き自分に目を遣る。
「今、俺は望遠は持ってない。たぶん龍の頭を画角でそれなりに抑えるには、同じ目線で且つ十メートル以内で撮影するしかないと思う」
「同じ目線で、十メートル……。空でも飛べとでも言うのか」
父、毅は鼻で笑う。
「空まで飛べればいいのかい」
背後から見知らぬ声。いや、正確にはつい先ほど聞いた声がした。
「誰」
柊木が尋ねる。するとドアが開く。先ほど、鈴音が目覚めたとを伝えてくれた自衛隊の青年がそこには立っていた。
「聡美、さん?」
峰岸が男に向かって尋ねる。
「話は聞かせてもらった。半ば信じ難い話ではあるが、我々としては興味深い話だと思ってね。僕が空まで連れて行こう」
「──何を言ってるんだ。どうやって空まで行こうと言うんだ」
聡美は部室の中に入り、校庭からわずかに見えるヘリを指さす。
「あそこの輸送ヘリを使う」
「──なに?」
純也は驚き再び現れた自衛隊員に顔を向けた。
「この風の中、操縦できるとしたら僕しかいない。それに、自衛隊として君たちが行おうとしていることを看過するわけにも行かない。それならば、僕も同行する」
「俺たちがしようとしていることは、成功の根拠も、確証も何もないんですよ」
自分の質問に対し、彼はふと爽やかな笑顔を見せた。
「それならなおさらさ。僕たち自衛隊も五頭龍には無力だった。それこそ、なにか根拠があったわけでもない。けど、今回の自衛隊の動きには違和感があった。僕は住民の避難が成されたと聞かされ、攻撃作戦を行ったが実際は違った。今こうして君たち、いや。この街の人々はまだのこっている。それなのに攻撃を,したと言うことは、日本は焦っているんだ。龍をどうにかしないと、とね」
「──米国の圧力か、それとも」
ドミニクが目線を聡美に向ける。
「東京の進出は是が非でも阻止しなければならない。そのためにはどんな作戦を行うか。場合によっては今晩、翌朝には総攻撃が仕掛けられるかもしれない」
無数の爆撃機や戦車が街に侵入し、火の海となる光景を夢想する。だが、それでも想像の五頭龍は元気に吠えている。
「可能性があるとするならば、僕も乗らせてくれないか。自衛隊の本質は敵を排除することじゃない。国民を守ることだから」
「これで、空への足は手に入ったってところ? 朝太郎」
鈴音はゆっくりとこちらを見る。
「聡美さん。ありがとうございます。ヘリコプターで五頭龍まで接近する。そうすれば、条件はクリアできる」
「安全運転は保証できないから、覚悟しておいてくれよ」
聡美は自分の横に、肩を狭くして座る。
「でも、そんなすんなり撮影に応じてくれるのかしら」
峰岸は素朴な疑問をぶつけた。
「たぶん。彼らは力を蓄えているといって静かだけども神経は鋭敏なはず。敵だと思うものには攻撃を仕掛けると思う」
鈴音は少なからず五頭龍と共にいた経験から語る。
「鋭敏……。そういえば、自衛隊の攻撃の時、なんか五頭龍が変な動きしてた気がする」
「俺には無駄な攻撃を繰り返してるだけにしか見えなかったぜ」
浜辺の感想に対し虎丸は答える。
「私、五頭龍のすぐ側にいたから分かるんだけど、彼はなんか嫌がってたようにも見えた」
柊木は思い出したように呟く。
「攻撃は効かなかった。嫌がる……。爆弾の光や音を嫌がったんじゃないか」
五頭龍から放たられている風の防御壁が、爆発の衝撃を防いでいた。しかし、光や音までは防げないのでは。
「五頭龍は、現代に蘇った。数千年の時を超えて。きっと、はじめ彼らが現れた時は電気もガスもない時代だった。きっと龍に対峙した当時の人たちは弓矢とか、そう言ったものしかなかったはず」
「──奴らが生きていたのは現代兵器がもたらす閃光や爆音とは無縁の古き良き時代だったということか」
ドミニクの返事に対し、頷く。
「つまり、眩しい光や音を放てられれば奴の隙をつける。その時には朝太郎くんたちが龍に近づいて、写真を撮る。そういうことか」
純也は言う。
「爆音なら得意だぜ。ライブハウスであまりにも音がデカすぎて、隣の家からクレームが入ったぐらいだ」
虎丸は誇らしげに語る。
「まさか、ライブでもするわけじゃないでしょうね」
浜辺がツッコミを入れた。しかし、それに対してドミニクは反論する。
「いや。やり方は難しいが、面白いんじゃないか。当然、五頭龍はロックンロールなんて初めて聞くだろう。注意はそらせる」
「まじか」
浜辺はドミニクの意外な反応に驚いた。
「虎丸。俺の漁船に乗れ。船が生きてれば、電源は生きてるはずだ。その、よくわからん楽器は使える。無線を使って、他にも船が出せればスピーカーで音も増幅できるはずだ」
「まじか!」
浜辺と同じ反応を虎丸がした。
「楽器はあるし、アンプは学校から持ってくれば、できなくもないか。バンドのみんなとは連絡取れないけど。なんなワクワクしてきた」
村尾親子が率いる船団がバンド生演奏を行う。
それで龍の気を引けるのか、怪しいところでもあるが賭けてみる価値はある。
「だけど、それでも気が引けたとしても五頭龍の首の一本ぐらいだと思う。彼らの首と首の距離は大きいから、遠いし」
柊木は補足を入れる。
「音が出れば良いのよね」
峰岸は立ち上がる。そして、メガネを取り外す。
「江ノ島ギャザラーズをなんとか招集してみる。使えるバイクがどれだけあるのかわからないけど、それを五頭龍の近くで結集させるの」
そう。彼女はギャング集団のボスでもあり、頼れる生徒会長でもある。彼女や浦賀達がけたたましい爆音を奏で疾走する姿を想像する。
「いいのか。峰岸。ギャザラーズのボスであるのは秘密なんだろ」
「秘密も何もこんな状況だもん。逆にギャザラーズが良い組織だってアピールチャンスとも捉えられるしね」
彼女はウインクしてみせた。
「地上、海は揃ったのか。ただ、問題は聡美、浅倉組はヘリで空から五頭龍で向かうことになるぞ。少なくとも、やつらの何本かは空に向かって首を伸ばしている」
村尾親子は江ノ島に向かって右。西側に向かう。中心部の大通りに峰岸達、ギャザラーズが集結する。確かに地上に近く首は注意を引けるのかもしれないが、首全ての注意を引けるのかどうかは怪しい。
「空、空に注意が向くもの……」
浜辺は頭を抱え考える。
「空で、光ってうるさいもの。あれ?」
彼女も何かに気がついたようだった。
「簡単だよ。花火だ」
──花火。ついこの間、江ノ島で無数に打ち上げられた光景を思い出す。
「打ち上げ花火。なるほど。確か入道が祭りのためにとてつもない量の尺玉を買ってたな」
登鯉会の幹部である毅は言う。
「その場所ってわかりますか」
「ああ。ほとんどは江ノ島の近くだが、おそらく入道の家や、近くの蔵に残り物はあったはずだ」
「それを打ち上げれば、良いんじゃないですか? ねえ。店長」
「俺に聞くのか。いや。でも花火ほど派手な物はないかもしれん」
ドミニクは一瞬、海の家の店長の顔に戻ったように見えた。
「学校に残っている人で、手伝ってくれる人がいたら、サーフィンしてたあの浜で打ち上げれば行けるんじゃないですか!?」
興奮した浜辺は立ち上がる。
「店長やりましょう!」
「俺か! でも、確かに人は多い方が良いかもしれんが」
「一応、校庭で誘導してる若い隊員も同行させます」
聡美も補足する。彼も作戦に賛同しているようだった。
「決まりましたね。村尾親子は海を。峰岸、ギャザラーズは陸地の中央を。そして、空の打ち上げ花火は浜辺、ドミニクさんのビーチボーイズが。そして、僕と聡美さんがヘリで龍の隙を付き撮影をして、力を奪う。そして、天女である鈴音が五頭龍を鎮めるために交渉する」
「鈴音は責任を持って、時が来たら俺が連れて行く」
純也は娘の肩に手を置き言った。
自分で言っておきながら、無茶苦茶な話だと笑いそうになった。
五頭龍が復活して、それでいて海では船上ライブを行い、道路では暴走族のエンジン音が響き、空には無数の花火が上がる。誰かがその一斉に行われた光景を見たら、ファンタジーにしては下品で、映画にしては荒唐無稽すぎて笑ってしまうだろう。
「でも、すごい光景になりそう」
鈴音も同じことを思っていた。いや、この、部室にいる皆も同感だろう。
「そうだな。ある種のスペクタクルになるだろうな」
ドミニクは言う。
「お。作戦名決まったな。エノシマ・スペクタクル。いいじゃん」
虎丸が言ったその名前は少しダサいがしっくり来た。




