88話:役者が揃った(浅倉朝太郎)
車が流れ着いたのは、奇しくも鎌倉第一高校であった。
というのも近隣の病院は封鎖されている状況であったため、ここしか選択肢は無かった。鈴音は相変わらず目覚めることはない。次第に夕日が落ちていき、ボロボロになった街を照らす。
五頭龍は一度境川を北上していたが、再び江ノ島へと戻った。そして、大きな首をさらに広げ何か力を蓄えているようにもみえた。
父のイザナミは起動を停止し、住宅街の中で崩れ落ち動くことはなかった。父の安否。それは当然気になった。しかし、今はそれ以上に鈴音の体調が心配であった。
車を校舎の中に乗り入れる。
人でごった返している中、ヘリがど真ん中に存在していた。しかし、それは動いている気配はない。
「とりあえず外傷は見当たらない。どこかで寝かせてあげたいが」
ドミニクは柊木の頬を触る。
「たしか。保健室があったはずだ。そこに鈴音を運ぼう」
純也と共に鈴音を抱え、校庭を急ぐ。相変わらずの突風が押し寄せる。
「どいてください!」
座り込む人達を避け、校舎に入る。やはり、屋内も人で溢れかえっていた。あぶれた人が校庭にいたのだろうか。みなやつれた顔をしている。
それはそうだ。昨日、怪物が出現したと思いきや、自分たちが住む街がメチャクチャになったのだ。明日どうするかも検討がつかないだろう。
保健室の近くも同じ状況であった。怪我をしている人も大勢いる。しかし、気を失った少女を抱える自分たちを見たとき、さすがに彼らも道を開ける。
がらり、とドアを開ける。すると見知った顔がそこにはいた。
「浅倉くん!」
「浜辺。それに峰岸も」
「柊木さん。柊木さん!?」
浜辺が抱えられた鈴音に向かう。
「気を失っているだけだ。大丈夫。ハマちゃん。それにチーちゃん。よく無事だった」
「店長……。店長も無事だったんですね」
どうやら彼女達がこの保健室を切り盛りしていたらしい。人手が全く足りていないということなのだろう。
ベッドを一つ譲り受け、そこに鈴音を寝かせる。
「柊木さんのお父さんも無事だったんですね」
峰岸は、純也に潤んだ瞳を向けた。
「娘が無事ではないがな」
純也は黒く染まった娘の髪を撫でる。
「源、源さんはどうなったの」
彼女を取り囲むように立つ中、浜辺は尋ねる。
「五頭龍に喰われた。たぶん鈴音が気を失って、龍が怒ったんだ。地面のコンクリートごと丸呑みになった」
「死んだってこと、ね」
峰岸は自分の説明に悟ったようだ。
「ちなみにビアンカさんは? どこにいるの」
浜辺は無邪気に尋ねてきた。
ビアンカ。彼女の最後の顔を思い出す。
自分に何かの希望を賭けて送り出したあの笑顔を。
「──彼女は死んだ。俺を助けるために。五頭龍と戦っていたロボットのパイロットは俺の親父だ。五頭龍を殺した時に願いが叶う。そんな野望を信じて、親父はあんなものまで作って。ビアンカさんは、こんなカオスな状況を救えるのを俺と信じて、自らを犠牲にしたんだ」
「そんな」
浜辺は口を覆った。
「五頭龍は力を覚醒したようにも見える。いまじゃ何の攻撃も効きやしない。浅倉孝太郎も色々と考えてはいたんだろうが、結局大いなる力には全くの無力だったんだろう。俺たちは何もできなかったんだ」
ドミニクは沈む太陽を眺めながら、つぶやいた。
柊木は依然目覚めることなく、時刻は過ぎていく。
避難に来る人間の数はどんどん増えていく。校庭のど真ん中にポツンと置かれたヘリコプターが飛び立つことはない。その代わり何とか動く車を集めここではないどこかへ避難を行なっているようであるが、人は増え続け状況は悪化していく一方であった。
大掛かりな救出が行われていない。自衛隊の迷彩服を着ている人を見かけたが、彼は一生懸命、老人の相手をして誘導をするくらいに止まっていた。
暗闇が迫りつつ中、五頭龍はなぜか江ノ島まで戻りそのまま静止をしていた。さきほどまで、北上し何処かを目指していたようだが、それを止めたようであった。
「朝太郎。無事だったんだな」
校庭に出て、一人五頭龍を見ていた中、聞き馴染んだ声が聞こえた。
「村尾。生きてたか」
そこには、自慢の髪が風のせいで崩れきった村尾虎丸の姿があった。
「ああ。生きていたぜ。柊木親子は無事だったんだな。保健室に逃げ遅れたじいちゃん、ばあちゃんを連れてった時に聞いた。いろんなことを」
彼は約束通り柊木純也を探すために江ノ島付近を練り歩いてくれていたのだ。その最中、逃げ遅れた住民を何人も発見し、救出を行っていたらしい。
「けど、すごいことになったなあ。朝太郎が来てからのこの数ヶ月、いろんなことがあったけど」
村尾は自分の隣にたち、ぽつりとつぶやいた。
「ほんとその通りだ。なあ村尾。俺はこの街に来てよかったのかな」
桜井京子の事件から始まり、登鯉会の謎を追い、結果的に五頭龍まで現れた。父がこの「事件」を作り出し、柊木は天女の末裔で、持ってきたカメラには謎の写真が残っている。
ビアンカと源は死に、街もぐちゃぐちゃになった。
「よかったとか、どうとか無いだろ。すくならからず新聞部のネタは一生分ありそうだけどな」
村尾はへへ、と笑ってみせた。
彼なりに、自分を慰めてくれているようだった。彼の手が自分の肩に置かれる。
「朝太郎の親父が何を考えているのか分かんねえけどよ。俺は、一生懸命、柊木を助けようとしていたお前の姿を見て、俺も何かをしなきゃと思ったんだ。登鯉会。すくならからず親父はそこにいた。ってことは俺もこの事件の一端を担ってたんだ。親父に思いはあった。でもそれは決して許されることではないと思う。でも。親父もあれから何ができるか考えて、いろんな人を助けるために奔走した。そんな息子の俺も、親父に協力して、とりあえず片っ端から人助けをした。なんって言うのかな。多分、俺たちって諦めることもできた気がするんだ」
「諦める?」
「ああ。だって、俺たち子供達が知らない世界で、親達がドデカいことをやろうとしていた。俺たちにできることなんて、何もないんだぜ。いち早くこの場所から逃げて、逃げ続けて誰かの助けを待つことができたんだ」
彼はそう言いながら、一歩踏み出し五頭龍を見つめる。
「でも、そうしなかった。親とか、自分が子供で力がないこととか、そういったできる言い訳はあったけど。今こうして、俺たちはいる。何かをしようとして踏ん張っている。俺、それってすごいことだと思っている。そう思わせてくれたのは、朝太郎。お前だぜ。お前は柊木を助けるために走りつづけようとしていた。その姿を見て、俺も頑張んなきゃって思ったんだ。朝太郎言ったよな。この街に来てよかったのかなって。良かったぜ。俺にとっては。こう思えたのはお前と出会ったからなんだから」
転校初日、気さくに話しかけてきた少し派手な友人は何度も頷きながら、そういった。
思わず涙がこぼれそうになったその時、一人が自分達に声をかけてきた。
「君たち、気を失っていた女子の友人かい」
迷彩服を着ていた一人の男が声をかけてきた。
「ああ。すまない。僕は三沢基地の聡美だ。君たちの友人、峰岸さんと浜辺さんに戦闘機から脱出した時に助けられた一人だ。君たちを呼ぶように言われたんだ」
「──柊木の目が覚めたんですか」
少し若く見える精悍な顔をした彼は一つ頷く。
「朝太郎。いくぞ」
三人で保健室へと走る。




