86話:僕がしたかったこと(浅倉孝太郎)
イザナミの設計は完璧であった。
アメリカ国防省が保有していた自律機動兵器の設計思想は、まず防御力であった。敵国のミサイルや銃火器の類の攻撃を防ぎ、敵地にそのまま侵入することができる。そのためにはどんな陸地でも対応できるような二足歩行を有している。
本来であれば、腕部に当たる部分はミサイルを搭載すべきであったが、このイザナミは名の通りの腕を作った。それは、仮想敵を持っていたからだ。
シリウスインダストリーには、妻を亡くしてからヘッドハンティングされ、勤めることになった。それは妻が亡くなったことを受け、朝太郎と一緒にこの鎌倉の地で住むことができなかったからだ。
妻は病気で亡くなった。最後まで自分たちを気にしていたが、それはそれは呆気なく死んでしまった。
はじめ朝太郎と共にこの地で生きていくことも考えた。だが、それはできなかった。この場所はあくまで家族三人で過ごした場所であり、妻がこの場所にいることが、前提でもあり当たり前でもあったからだ。
だからこそ、朝太郎は自分の妹の元へと送った。
朝太郎には申し訳なさもあった。しかし、妻が亡くなった今、自分の役割を理解できず、ただ仕事に向かうことを決めたのだ。結果的に金が手に入り朝太郎はそれを使うことができて、妹も含め楽な生活ができるならそれに越したことはないと思ったからだ。
そうして、仕事の虫になっていた時、ある一つの論文を発見した。
「日本の伝承について」
当時、自分はシリウス・インダストリーの本社に新兵器の開発エンジニアの要職に就いていた。
アメリカはロサンゼルスの一角に住んでいたこともあり、近くにあったカリフォルニア大学の図書館でたびたび業務にかかる調べ物をしていた。そんなある時に、ダイヤの原石のようにこの論文を発掘した。
そこには、日本、五頭龍の伝説が描かれていた。
天女に恋に落ち、封印された五頭龍の話。しかし、なぜかそこには奇妙な注釈が書かれていたのだ。
「龍を倒した若者はこの出来事により願いを叶え、将軍となった」
そんなバカなと思った。その本を閉じては、すぐ仕事上必要な本を読み始めた。しかし、図書館を出る時にその本も借りて帰った。
その後はありとあらゆる手段を使い、調べ上げた。
五頭龍は江ノ島にかかる伝承であったとこ。登鯉会の存在。封印の正体、そして伝説。半信半疑になりつつも、可能性を最後まで捨て切ることはできなかった。
そして兵器開発について国防省とのやりとりをする中で極秘裏に開発が進む機動兵器の情報を知った時、プロジェクトとしての骨格が成立した。
これは長い長い計画となった。
目的は一つ。龍を殺し願いを叶えること。だが、その目的を完遂するまでが途方もなく長い。
一つ、五頭龍が本当にいることを確かめること。
二つ、五頭龍を復活させること。
そして三つ、五頭龍を自分の手で倒すこと。
それらが必須要件であった。まず、自分自身の力が必要であった。
そのために、この超巨大企業の中でも、力を有する職につく必要があった。何をするにしても、権力と金は必要であった。
そして、そのチャンスをなんとか掴むと、行動に移した。
日本支社の代表に任命されたとき、まず五頭龍伝説の真意を当たった。シリウス・インダストリーの日本支社の創業と工場を建築する際の地盤調査。そこで江ノ島の状況を徹底的に検査した。
そのとき、巨大生物がいる可能性を検知したとき、体が湧き立つのを感じた。その後はどうすれば復活まで漕ぎ着けられるのか。
それは、秘密裏に暗躍する登鯉会を利用することを決めた。
初めから、外資企業が太平洋の真ん中で工場を作り上げることが反対されることは目に見えていた。
だからこそ、地元の力を持つ団体からの支援、了承を得る必要があった。
そう、登鯉会だ。
儀式を執り行いたい登鯉会。しかし、チャンスはあれど、彼らには実行に値する力がなかった。そこに我々は莫大な資金を投じた。名目は簡単、工場建設の許可と、操業の承認。しかし、狙いとして登鯉会が五頭龍復活のための力を蓄えるための実弾として金が使われることであった。
案の定、登鯉会は警察組織を買収し、儀式は執り行われていく。そうして、最後の関門までたどり着く。
「五頭龍を倒すためには」
それが最大の問題であった。しかし、ピースは揃っていた。そう、自律機動兵器の技術だ。
その技術実現のために、本部の社長の承認も必要であった。シリウスインダストリーの技術アピール、そのデモンストレーションのために新兵器の開発を行う承認を取締役会で得つつ、その資金はCIA長官と交渉するためのパスを手に入れるために使った。
「もし、龍が復活した時にイザナミが打倒したとしましょう。そのときに僕のイザナミはアメリカが日本のために派遣した秘密兵器であったシナリオとするのです。そうすれば、日本という国にアメリカは再びイニシアチブを握ることができる」
その提案に彼は了承した。リスクは限りなくゼロで、実行できるそのプランに乗らない手はなかった。
龍を倒すことができたら、それはアメリカの手柄となり、もしできなかったとしたら、情報を盗み取った日本人が行った大掛かり犯罪として片付けることができる。
そう、緻密に描いた計画は問題なく実行できていたはずであった。
しかし。
計器類がけたたましいアラームを鳴らす。
モニターに映る五頭龍。初めは圧倒していた。五本のうち二本を殺した。力の差は歴然。自衛隊からの攻撃もイザナミには全く効かず。相手が風を操り、爆撃の類は無駄であることを予想し、腕を作ったことがこうも上手くいくとは驚きもあった。
しかし。今はどうだ。
五頭龍は巨大化した。
下部を写すモニターで源らしき人物がいて、そこに五頭龍が頭から突っ込んだところは確認できた。
だが、それを契機に五頭龍は当初よりも倍以上の大きさに進化し、倒れた二本の首も再びこちらに向けて咆哮する。
──なぜだ。
プランは完璧であったはず。そして五頭龍もほぼ倒しかけていた、にも関わらず、この状況はなんだ。
再び龍の首一本が口を大きく開け、自分に向かって突撃してきた。なんとか、バーニアを起動しそれを回避する。だが、もう一本の頭が飛んでくる。
それを回避することはできず、足の一本が衝撃に耐えきれず粉砕する。機体は地球に並行して吹っ飛び、衝撃が襲いかかる。
「なんでだ。どうして」
五頭龍は覚醒した。もはや計算値を超えた超常的な力を放っている。いや、もとから神のような存在ではあったのだが。
額からは血が流れていた。どうやら、衝撃で頭が切れてしまったらしい。スクリーンを眺める。五頭龍はこちらに向かい、吠える。
コクピットに貼った家族写真にも血が飛び散ってしまった。妻と自分、そして幼い朝太郎が映る。
「叶えられないのか」
その写真を一つ撫でる。
文字通り逆鱗に触れた不届者に天罰を与えるため、五頭龍はゆっくりと自分に近づいてくる。
今はただ、そのあり得ない光景をぼんやりと眺めることしかできなかった。




