84話:あっけない最後(浅倉朝太郎 )
「どうして、あなたが」
背後を振り返った源は素っ頓狂な声を上げた。
そして、再びの発砲音。それは源の肩に被弾した。
「んぐ」
その衝撃で源は転げ落ちる。
「ど、どうしてバリアーが」
彼は今まで存在していた光の靄が消えたことに気が付いた。
「朝太郎! 鈴音を!」
純也の叫び声で我に帰る。
なお咆哮する五頭龍。一歩踏み出すのも難しい程の突風が押し寄せている。五頭龍は怒っていた。その原因は鈴音であることは間違いなかった。
「やめろ! 来るな」
三本の首が倒れ込む源と柊木に近づく。懸命に足を踏み込み、鈴音の元へと走る。
源は肩を押さえつつ立ち上がろうとする。そして、再び銃声。今度は外れて彼の足元に着弾した。
──進め。俺の足。
一所懸命、というのが正しいのかわからない。だが力を振り絞る。
五頭龍の巨大な口が近づいてくる。寸前、なんとか鈴音の元へ辿り着く。
「柊木! 柊木鈴音!」
彼女を抱き抱え、懸命に叫ぶ。しかし、ぐったりとしており、反応はない。
「くそ」
ドミニクのいる方へと彼女を引きずる。
「そうはさせるかっ」
立ち上がった源は自分にタックルをしかけた。前のめりに転げてしまう。
「天女は渡すもんか。彼女は僕の伴侶になるんだ。新たな棟梁の妻として。貴様に渡すもんか」
「鈴音はただの女子高生だ。それを利用したお前がこの国のリーダーなわけあるか」
「お前のようなガキには分かるまい。もう少しなんだ。俺は、俺の一族の願いを叶えなければいけないんだ」
つかみかかろうとする源は崩れるように再び倒れ込んだ。純也は鋭い目つきでこちらを見ていた。彼が源の足を正確に射撃したのだ。
「くそ。くそお」
再び鈴音を抱き抱え、走る。五頭龍から逃げるように、元いた場所へと走る。今度は追い風を受ける形となり、ぐんと体は押し進む。
振り返ると源がこちらへ手を伸ばしていた。そして、五頭龍の口は彼に向かって落ちていく。
「なぜだ。五頭龍! 俺が棟梁だ。言うことを聞け! くそ。いやだ。やめろ」
五頭龍の口はずしん、と巨大な地響きとともに、彼を覆いかぶさった。そして、大地と一緒に抉るように源を飲み込んだ。
源は死んだ。
「鈴音。おい、鈴音!」
彼女に向かって叫ぶ。しかし、反応はない。
「嘘だろ。鈴音。鈴音!」
ドミニクと反対側にいた純也も走ってきていたようで、自分の元へ辿り着く。
「鈴音。おいしっかりしろ」
ボロボロになった純也は娘に向かって叫ぶ。
「大丈夫。気を失っているだけだ。今はここから逃げるぞ。くそ。源は死んだ。繰り返す、源は死んだ」
流れる血を抑えるドミニク。純也は鈴音をおぶり、なんとか五頭龍から遠ざかるように走った。
そして、イザナミはようやく体制を整えた。先ほどの転倒の衝撃からか、肩の一部から火花が上がっている。
だが、五頭龍の様子が少しおかしい。
イザナミにより、へし折られ力を失ったはずの首が、再び上空へと伸び始める。あらぬ方向に曲がりくねっていた首は引っ張られた棒のように、まっすぐ空を向いた。そして。今までを超える巨大な叫び声とともに、その体は膨張し始めた。
「なんてこった。くそ。こいつに乗るぞ」
ドミニクは路上の乗り捨てたられた車を見つけ、肘打ちでドアミラーを破壊する。
「巨大化しているのか」
純也は振り向き、小さくつぶやいた。すくなくとも百メートル以上はあったその体は、さらに巨大化していく。
倍以上の大きさになろうとおしていた。対峙するイザナミと同じ背丈であったはずが、首を伸ばした時、野球ボールとグローブのように、イザナミが小さく見える。
キーは刺さったままであった。純也が運転席に乗り込み、自分達は後部座席に乗り込んだ。
この時、ようやく鈴音の胸が小さく動いていることがわかった。意識は失っているが、息はある。
「──恋人が殺されたと勘違いをしているんだろう。眠りについてたはずの五頭龍が、本来の姿を取り戻そうとしている」
ドミニクはサングラスを外し言う。
「親父」
息絶えたはずの二本は完全に復活を遂げ、五本の首がイザナミに襲いかかった。父はなお、五頭龍と対峙しようとしている。
純也は飛散する瓦礫を避けながら、再び鎌倉方面へと車を走らせる。自分は鈴音をゆっくりと腕で抱える。
その最中も五頭龍とイザナミの戦いは続く。
イザナミは凄まじい勢いで襲い掛かる頭を胴体で受け止めようとした。しかし、その体格差は歴然で、その衝撃でイザナミは遥か後方へと突き飛ばされる。鉄人の体がまるで、人形のように宙へ放られ、街中へ落下する。
「もう。誰も止められないのかもしれん」
ドミニクはゆっくりと息を吐き、ベストを脱ぎ止血を始めた。
「避難所に向かう。鈴音を治療しなければならん」
純也は動転しながらも、冷静であった。
五頭龍はコントロールを失ったかのように、首を振り回し目につくものをすべて破壊し始める。住宅の木材。車が枯れ葉のように宙を舞う。
源が鈴音を、天女を捕らえていたからこそ、五頭龍はある程度の秩序を持ち行動していたことを悟った。
伝説では、五頭龍は天女に恋をしていた。だからこそ、人のために封印され眠りについた。しかし、今。
五頭龍は愛されたものが死んだと思っている。この地に恐怖と破壊をもたらした五頭龍が今、本当の意味で蘇ったのだ。
そして、ジェット機の音が近くで聞こえ、数発の爆撃が五頭龍を襲う。自衛隊の攻撃なのだろう。しかし前までは怯んでいたはずの攻撃は全く効いていない。
その時、カタカタとカバンの中が震えているのがわかった。
いや、ずっと今までも振動していたようであった。カバンの中を開けると、ずぶ濡れになった衣服と、カメラがそこにはあった。
カメラを取り上げる。
それは、着信があった携帯電話のように細かに振動していた。
シリウス・インダストリーの工場から脱出するとき自分は海に落下した。その時、海水に塗れ故障していてもおかしくはない。しかし、それは生きているかのように震えている。
「お前は一体何を言いたいんだ」
震えるカメラに向かいつぶやいた。するとそのカメラは起動した。いつものCANANの起動画面ではない、奇妙な象形文字のようなものが液晶画面に浮かぶ。
「──なんだ。それは」
ドミニクは自分のカメラを除きこむ。
「わかりません。なんだこれ」
起動された液晶に一つの画像が現れた。それは、自分が撮影したものではない謎の光景がそこには映し出されている。
山、だろうか。緑の背景に、古めかしい日本家屋が並んでいる。それ以上に目についたのは、五頭龍にも似た龍の存在であった。
頭の数は八本あった。それは五頭龍のように髭を持ち、鋭い牙を持っている。それを捕らえた一枚の写真。
──八岐大蛇。
この画像は、そう言わざるを得ない生命体が映り込んでいた。
「なんなんだ」
自分が当然こんな写真を撮った覚えなどない。ましてや、画像データとして取り込んだ記憶もない。それ以上に本来であったら故障していなければいけないこのカメラがなぜ動いているのか。
これは、北海道の家で、お古でもらったただのカメラのはず。しかし、この江ノ島に来て、これは事あることに震えていた。まるで何かを自分に伝えようとしているかのように。
源が死に、五頭龍は本来の力を蘇らせた。それが何か関係しているのだろうか。わからない。
鈴音はなお目覚めることはない。父は龍に吹き飛ばされた。目まぐるしく変わる状況と今起きている奇妙な状況。
困惑したまま、車は五頭龍から遠ざかっていく。




