83話:父親失格だ(柊木純也)
「あなた。ごめんね。変な家系で」
琴音は、母子手帳をもらった役所の帰り道ポツリとつぶやいた。
「何を言っているんだ。元気な女の子なんだろ」
夕暮れの中、フォローになっているのかわからないが、そう自分は返事をした。
「柊木家。私は信じてなんていないんだけど、変な言い伝えは残っているからさ。江島神社の巫女。女として生まれた柊木家の血の子は、五頭龍の封印に関係しているって言うから」
「そんなオカルト琴音も信じてないんだろ。だって、龍なんてそもそも存在しない」
「そうだけど。でも、純也さん。私はそもそも嫌なの。私も母から、母も祖母から、そうして語り継げられた伝承。結局、その言い伝えのために私はこの街から出られなくて、純也さんも東京で昇進の話もあったのに、付き合わせる形になっちゃうし」
琴音はお腹を一つ撫でる。
「それなら、この子には伝えなければいい。言い伝えなんてナンセンスなものを子供に伝えることは呪い以外でもなんでもないんだからな」
自分の一言に彼女はゆっくりと頷く。
「そうね。うん。そうだね。この子は、伝統とか、そういったものに囚われないで自由な子に育ってもらいたいから」
すこし、彼女の顔が明るくなる。
「自由。そうだな。でも、どうするんだ。髪の色染めるとか言い出したら、俺は許さないぞ」
「あら。私、絶対金髪も似合うと思っていたの。私に似たらきっと、モテモテよ」
「それならなおさら許すもんか」
ふふ、と琴音が笑う。自分もつられて笑ってしまう。
目が覚めると、涙が溢れていた。ざざん、と強い波の音が聞こえる。空は夕焼けに近づいていた。
ごうん、と遠くから地響きが聞こえる。そして、現実へと覚醒する。あの夜。鈴音は源と共に龍を呼び覚ました。
自分の部下である源が登鯉会の黒幕。そして龍の復活で、洞窟は崩れ去った。そのとき、なにか光を見た記憶があり、瓦礫の中に鈴音達は消えていった。
なんとか体を起こす。頭や肩には鈍い痛みが残っていた。あのとき、咄嗟に瓦礫から逃げるため湖に潜った。そして、落ちてくる岩を掻い潜り、奥へ奥へと泳ぎ進めた。月明かりなのかわからないが、海までなんとかたどり着いたとき、崩落した何かに頭がぶつかり、そのまま気を失ったようだった。
結果的に近くの砂浜に漂着したのが幸運だった。
音の鳴る方へ振り向く。すると、驚愕の光景がそこにはあった。数キロ先。境川の方面だろうか。そこで、五つの頭を持った龍と、巨大なロボットが格闘していたのだ。
「なんてこった」
五頭龍は復活した。それは、琴音から少し聞いていた伝説の存在と、この目の前にいる龍は酷似していた。しかし、それに対峙するあのロボットは一体何だ。自衛隊の秘密兵器か。だが。この思案は全くの無駄であると一瞬にして悟った。あれらが何かは関係ない。
──あそこに娘がいる。
それは、感覚ではあったが確信していた。最後に見た光。それは鈴音と源の周りに発生していた。そして、それは瓦礫を防いでいることをこの目でみた。
すなわち。二人は洞窟から無事脱出できた可能性が高い。そして、その二人がいるとすれば、龍と共にいる。
今起きていることを考えるよりも、何をすべきか考える。すると自ずと足は動いた。
登鯉会。自分がたどり着いた真実は誤りであった。まさか、自分の身内、しかも部下である源が犯人だとは正直予想もし得なかった。
あの晩、鈴音を源に任せたのは明らかなミスであった。いや。もしかしたら、初めから鈴音を狙い、自分の部下となったのか。そして、高校生たちの仲間になったのか。
それを見抜けなかった自分の間抜けさに呆れながら、足を龍の元へ向ける。
不出来な父は娘の元へ走る。




