82話:震源地(浅倉朝太郎)
「ドミニクさん。ビアンカ、ビアンカさんが」
ボートに這い上がり、彼に体を引かれながら涙交じりに叫んだ。
「通信から聞こえていた。大丈夫。彼女は大丈夫だ」
ドミニクはそう言った。そしてボートのエンジンをかけ、内陸へと海を走る中、彼は言う。
「いま。俺たちは託された。そしてやり遂げなければならない。おそらく浅倉孝太郎は五頭龍と戦っている。その目的は分からないが、龍だけでこの始末だ。その中でロボットまで暴れ回った時、この地は火の海になる。東京までその波が広がればもっと恐ろしいことになるだろう。俺たちのボスが裏切っているとかは、今は関係ない。この事態を治める。そのためにできることをする。それだけだ」
ドミニクはサングラスを抑えつける。
「分かるか。朝太郎。お前には泣いている暇はない。お前も男なら、何ができるか考えろ」
ずぶ濡れの自分にできること。
五頭龍。ロボット。そんなものが暴れ回る中で自分がやるべきこと。ビアンカさんの死を以てやり遂げなければならないこと。
「──俺は。俺は柊木を助けなくちゃならない」
「ふん。いいだろう。ならば行くしかあるまい。震源地へ。あいつらがいる舞台に俺たちも躍り出るぞ」
彼が指差す。その方向に五頭龍を投げ飛ばし首裂こうとする父の姿があった。
「あそこに柊木がいるんですね」
「ああ。源たるメガロマニアと一緒にな」
柊木を攫った源。ビアンカを殺した父。自分にとって許されざる二人がそこにいる。それならば。
理由はあれ、ビアンカの結末の一端を担っているのが肉親だとしても。真実を、父の目的を知り、償わせなければならない。
決心と共にドミニクとその仲間数人と共に砂浜に辿りついた。
「朝太郎。まずはこれに着替えろ」
ビアンカと共に昨夜過ごした小屋に入り、装備を改めるドミニクは言う。
「ずぶ濡れのままじゃ格好もつかないだろうからな。昨日来ていた服だ。どうやら彼女が洗濯しておいてくれたらしい」
彼女。その一言で誰かは察しがついた。
白のTシャツにジーンズといういつもの服装に着替えた。
「準備が整ったら向かうぞ。足は自分たちで調達する。ギリゴ、シュンファはここで迎撃に備えろ。おそらくシリウスインダストリーからの追っ手も来るはずだ」
呼ばれた二人は頷き、アサルトライフルを担ぐ。
「朝太郎。いくぞ。まだ走れるな」
「もちろんです。足がもげても走れる覚悟です」
彼は口を曲げるように笑う。
小屋を出て、向かい風の中その中心地へと走る。距離は数キロメートルは離れていると思われた。
だが、その道中は苦ではなかった。瓦礫が道路に飛散している。車はもはや通ることもなく、ただその道を駆ける。
柊木。彼女は無事なのだろうか。村尾や浜辺、峰岸も生きているのだろうか。
色々なことを考えながら、ドミニクの背を追う。
五つの頭をもつ龍、機械の巨人。そんな途方もなく、強大な存在に対して、ちっぽけな高校生である自分に何ができるのか。
分からない。もしかしたら踏み潰され、蹴飛ばされて虫のように死んでしまうかもしれない。
何かの根拠があるわけでもない。でも、自分は行かなければならない。それが、自分の運命。いや、役割であると思ったからだ。
ビアンカは、自分がこの街に来た理由は「そこ」にあると言った。今、その言葉を信じ、柊木の元へと向かうだけだ。
次第に戦いの舞台に近づく。
「シリウスインダストリー。いや、米国の技術はここまでの力を持っていたのか」
五頭龍とイザナミ。形勢は明らかに後者に軍配が上がっていた。
龍は懸命に争いつつも、殴られ、薙ぎ倒される。自衛隊による火器の攻撃は止んでいることもあり、静かな地響きだけが鳴り響く。
父は、明らかに五頭龍を殺しにかかっている。
五頭龍を倒した時に、願いが叶う。彼はそう言っていた。もし、その妄想が真実だとするならば、父は一体どんな願いを叶えたいのか。父と過ごした日々を思い出したとしても、わからない。境川の住宅地で戦いは繰り広げられていた。土煙と瓦礫が舞う。
「ドミニク隊、現着。状況どうなっている。なに!?」
彼は交信する中、驚きを示した。
「どうしたんですか」
「源と柊木鈴音は龍の真下にいるらしい」
「ど真ん中にいるってことですか」
そんな危険な場所で彼女は囚われているということか。
「馬鹿! 朝太郎」
考えるよりも前に足は動いた。ドミニクの注意は聞こえたが、心は言うことを聞きやしない。視界は空が消えていき、龍の首に支配され始める。
そして、ようやく彼女の姿を捉えた。
龍とイザナミが取っ組み合うその直下に源と手錠のようなもので繋がれた柊木の姿があった。
彼女は金色の髪ではなく、黒色に何故か変わっていた。そして、驚いたのは彼女らの周りに金色のもやが
かかっており、飛び交う木片を弾いている。
「柊木ぃっ!」
叫び、走る。すると、彼女も気がついた。
「朝太郎っ」
彼女は手を伸ばす。
しかし、自分の存在に源も気がついた。
「おやおやおやおや。ヒーローの登場だ。久しぶりだね! 浅倉君」
彼はつながった手錠を引き、柊木を抱き寄せた。
「源。柊木を解放しろ」
彼は懐に手を入れ、拳銃を取り出す。
「随分とカッコ良いことを言い出すじゃないか。残念だが、それは無理だ。いいかい。柊木鈴音、天女は僕のものだ。五頭龍と共にこの国を新たな形にする使命が僕にはある」
源が自分に拳銃を放とうとした瞬間、柊木は彼の腕に噛みついた。
「くそ」
噛みついた彼女の顔を銃を持った手で殴る。
「きゃ」
彼女の痛みに呼応するかのように、龍の首の一本が源に向かい吠え、凄まじい突風が押し寄せる。しかし、その向かってくる一本の口をイザナミはむずりと掴み、そのまま握りつぶそうとする。
「五頭龍ッ! しっかりしろ。こんなブリキに負けるわけにはいかないんだぞ」
そのままイザナミは力を強め、一本の首をあらぬ方向へと曲げた。五本の首のうち一本が、だらりと倒れる。父はここに自分や、柊木がいることを知っているのだろうか。
お構いなしで戦いを続けているのだろうか。頭上で繰り広げられる組み合い。分が悪くなってきている源は明らかに狼狽をしていた。
「俺がこの国を。一族のためにも、もう一度幕府を作らなきゃいけないんだ。ほら、君は天女なんだろう。五頭龍にしっかり戦うように指示しろ。ほら!」
恫喝する源。その時、背後からダンダンと銃声が聞こえた。振り返ると追いついたドミニク達がライフルを構えていた。
そして、さらに数発撃ち放たれたしかし、源の光のもやの壁により、その銃弾は受け流されてしまう。
「こりゃアメコミでも見たことがない能力だ。クソ」
「ドミニクさん。柊木がいるんです!」
「分かっている。こっちはプロだ。朝太郎あのロボットをどうにかできないのか」
ロボット。父が登場する機体。
「親父! やめろ。なんでこんなことをしているんだ!」
父に向かい、仰ぎ叫ぶ。しかし、返事はない。
そのままイザナミは次の一本をへし折った。容赦はない。その一本が遠くでドシンと音を立てて落ちていく。ここに、誰がいようと関係ないのだ。父は龍を殺すことだけを,考えている。
「この大逆人どもが!」
源は叫び拳銃を構える。おそらく刑事だった時に持っていたものだ。そしてそれを躊躇なく放つ。
そのうち一発はドミニクの肩に被弾。彼のライフルが地面に落ちる。それに対し、CIAの仲間達も応戦するが、靄の壁に守られ、銃弾は弾き返されてしまう。
「こ、こうなったら」
源は悪くなる状況に明らかに狼狽していた。そして、彼は拳銃を捨て、ポケットからスイッチを取り出した。
「や、やめて」
肩を掴まれ、身動きが取れない柊木が掠れた声で言う。
「な、何をする気だ」
「か、簡単な話だ。五頭龍は天女に恋をしているのさ。分かるだろう。愛する人を失った者が怒り狂った時の強さを」
「くそ。朝太郎。これを使え!」
うずくまるドミニクは自分に向かい拳銃を投げ渡す。それを掴み、源に向かって構えた。
だが、手は揺れ動き源に照準を合わせることができない。一歩間違えれば、柊木に当たってしまう。そもそも高校生の俺が、本当に打てるのか。
「無駄だ」
源は手に持ったスイッチを押し込む。
「きゃああ」
すると柊木は首を抑え、叫んだ。
「やめろ! 源っ」
彼女に首輪がつけられているようで、それを剥がそうとしている。どういう理屈かはわからないが、源が持つリモコンは、柊木に苦痛を与えるものなのか。彼女の叫びが五頭龍とリンクしている。
押され気味だった五頭龍は掴まれたイザナミの腕を大きく首で振り払った。イザナミはその衝撃のせいで、バランスを崩し転倒する。
「ははは。いいぞ! ほら。もっと、もっとだ」
源はスイッチを押し続ける。
「このっ」
覚悟を決める、そんな時間はなく、もはや反射的に銃を撃った。しかし、先ほどと同様、光の靄に遮られ、源まで銃弾は届かない。
「い、いやぁああ」
叫び続ける柊木。そして雄叫びを上げる五頭龍。風が強く吹き付け、自分は後ろに転げるように倒れてしまう。
そして。
「朝太郎……」
顔を振るわせ、彼女は自分の名前を呼んだ。そして、目を閉じ、ぐったりと力が抜けたように崩れ去る。
「柊木!」
「おっと。やりすぎてしまったかな」
源は、柊木を片方の腕で抱える。彼女は動かない。まさか、死んだのか。
「く、くそ」
風の勢いで飛んで行った拳銃を拾おうとする。しかし。
「グォオオオ!」
今まで聞いたことがない爆音。そこには三つの頭が口を大きく開き、空に向かい吠えていた。それは、泣き叫んでいるかのようにもみえた。
そして次の瞬間、身体がふわりと浮いた。次の瞬間コンクリートに叩きつけられる。
五頭龍は風を操っている。柊木が意識を失ったことを受け、怒りに身を任せ爆風を起こし続ける。立ち上がった父のイザナミもその風を受けて、再び転倒する。
手を伸ばせば届きそうな距離にあった拳銃は、龍から放たれた突風で、さらにどこかへ飛んで行ってしまった。
「す、すごい。すごいじゃないか。五頭龍。こ、これなら勝てる。ははは。やれ。五頭龍。このブリキをメチャクチャにしろ。そして、東京だ。街を破壊し尽くして、力を見せつけようじゃないか。鎌倉幕府。先祖の夢を叶えるんだ。ははは」
源は龍に向かい、涙を浮かべながら叫ぶ。腕からこぼれ落ちた柊木の体がどさりと落ちる。
そのとき、パン。と向こう岸から音が鳴った。
銃声だ。
それは、柊木と源を繋ぐ、手錠を破壊する。正確な射撃であった。
音の主はドミニクではない。
音の主はボロボロのスーツで現れた柊木純也から放たれたものだった。




