76話:イザナミ起動(浅倉朝太郎)
「ここもダメ! 朝太郎こっち」
ビアンカと共に廊下を駆ける。工場の内部は入り組んでおり、偶然見かけたマップでは地上六階、地下は四階からなる多層構成らしい。
ビアンカと共に自分たちは上層を目指しているが、あちらこちらで待ち伏せされており、思うように上の階まで行けなかった。
「こっちは誰もいない。ここから上の階にさらに上ります。アサタロー。後ろを見張っててください」
「は、はい」
自分の息はすでに上がっていた。にもかかわらずビアンカは冷静なまま鼻で呼吸をしている。
ところどころ差し込む日差しによって、室内は明るい。しかし部屋が多く待ち伏せに適した場所が多すぎる。
三階までたどり着き、ビアンカは階段から顔を覗かした瞬間、無数の銃弾が降り注ぐ。
「なんで、一般企業にここまでの武装勢力がいるのでしょうか」
ビアンカはため息を吐き、ベストから手榴弾を取り出す。
そして、ピンを開けると廊下へと放る。次の瞬間閃光と爆風が押し寄せる。
「朝太郎こっちへ」
腕を引かれ、廊下をかける。ビアンカはそのまま射撃を行い牽制する。いくつも通り過ぎる部屋。しかし、親父の姿はおろか、研究員のような人影もない。いるのは武装している敵のみだ。
そして階段をさらに上がる。中腹のところで、ヘルメットを被った男が足音から自分たちに気がついた。その瞬間、ビアンカは足に向かい発砲、「うぐ」と唸り声を上げたところを鳩尾に向かい肘打ちを喰らわす。そして男は倒れる。
「すげえ」
「アマチュアが多い。しかし、敵が多くなってきました。この様子ですと上にいるのでしょうか」
ビアンカは上を見る。
階段からはそのまま、最上階まで続いているようであった。だが、すんなりとはいかない。耳を澄ますとドタドタと数人が降りてくる音が聞こえる。
ビアンカのハンドシグナルで階段を少し降りるよう指示される。彼女はそのまま階段の曲がり角で逆に待ち伏せをした。
するとライフルを構えた男たちが駆け降りてきた。その瞬間を狙い、ビアンカは発砲。追っ手は同時に崩れ落ちる。
「弾切れ。これを拝借しましょう」
彼女は手から離れたマシンガンを担ぎ、階段を登り始める。
四階、五階と登っていく。
「朝太郎。孝太郎はどこにいると思いますか」
「多分。最上階だと思う」
何となくではあるが、父は地下の暗闇よりも最上階の光が似合う。そんな、予感とも言えない何かを感じる。
「了解。そのまま駆け上がります」
背後からダダダと階段を駆け上る音が聞こえる。後戻りはできない。
そのまま最上階に辿り着く。
大多数の待ち伏せがいることを覚悟したが、そこは打って変わって無人であった。
階段室から出る。扉を勢いよく閉め、近くにあったモップで気持ちばかりの錠前とした。そのまま廊下を進む。他の階とは異なり、部屋は全くない。あるのは甲板と海を見渡すことができる大きな窓のみであった。そして廊下の突き当たりに、締め切られたドアがとても静かに存在していた。
ビアンカは奪取したマシンガンを構えその扉の前へと向かう。
「──こちら、最上階に到着。探索中」
彼女はドミニクへ交信。そして、いよいよ扉の前に辿り着く。ビアンカは扉に背中を預ける。自分も同じように背を向ける。
「──大丈夫。鍵は開いているよ」
扉の奥から声がした。父だ。
ビアンカは自分に目を向け一つ頷く。それに頷きで返すと彼女は勢いよく扉を開けた。
「おっと。すごい剣幕だ。やあ。久しぶり朝太郎」
父は窓を見ながらこちらを見ずにつぶやく。
社長室というには、質素で、安そうな事務机の上にパソコンが複数台並んでいるだけ。ただ海が眺められる巨大な窓があるだけ。そこには父以外誰もいない。
「親父……」
そこにいたのはいつも通り、ボサボサ頭だ。こちらを振り返るとハラリと笑って見せる。いつもと違うのは、随分高そうな紺色のスーツを着ているぐらいであった。
「ミスター浅倉。ようやく会えました。あなたは、秘匿されるべき技術情報の流出の容疑がかかっています」
ビアンカは室内に入ると背を向ける父に向けて銃口を向けた。
「ビアンカ・アルバイン。いやあ。こんなに美人なら早くお会いすべきだった。今まで朝太郎のことを守っていただき、感謝しているよ」
「──あなたの息子、浅倉朝太郎は我々が保護している、言いたいことはわかりますね」
父は振り返る。
「人質というわけか。敵の本拠地に乗り込み、大将の息子を人質に投降を促すとは中々乱暴な組織なんだね。CIAというのは」
父は余裕のある足取りで自身のデスクへ戻りゆっくりと座った。
「一体どういうことなんだ。俺何も知らなかった。親父の会社、シリウスインダストリーが登鯉会にお金を渡していたこと。それは、五頭龍の復活を想定していたって。ほんとなのかよ」
「うん。そうだよ。プロジェクト・イザナミのことだね」
「プロジェクト・イザナミって何なんだよ。柊木は今、とんでもない目にあっている。その前には桜井が殺されたんだ。それに龍が復活するし、わけがわかんねえよ」
父に向けて吠えた。
背後には銃を構えた追手が到着し、すでに控えている。退路は途絶えた。
「すべて必要だったのさ。申し訳なく思っているよ。亡くなった彼女たち。それに、いま五頭龍が復活したことによって被害を受けている人に謝らなければいけないだろうね。でも、後悔はしていない」
「答えになっていませんよ。ミスター浅倉」
「答えるつもりなどないからね。けれど、プロジェクト・イザナミの本質を教えるよ」
「本質?」
自分の質問に対し、普段と同じ優しい顔で答える。
「皆勘違いをしている。はるか昔の人たちも登鯉会も。今クーデターを起こしている源さんも。五頭龍を復活させれば力が手に入る。それは今の状況を見ても、そうなのだろう。でもね。五頭龍は倒したとき本当の力が手に入るんだ」
「どういうこと?」
「言葉通りさ。源頼朝。彼は平氏を打ち破り、鎌倉、関東一帯を統治する鎌倉幕府の将軍になった。これが表。けど、裏では、登鯉会の力により将軍に祭り上げられた。けど、本当は裏の裏がある。五頭龍を討伐した者が源だったから将軍になったのさ」
「何を言っているの」
ビアンカは銃を突きつけるように向ける。
「因果関係が逆なんだよ。将軍となり五頭龍を封印したのではなく、五頭龍を封印したから将軍になれた。結果として、それを助けた商人や寺院の人々は登鯉会と呼ばれた。五頭龍を封印。いや倒した時に、願いが叶えられるのさ」
「願いが叶う……?」
父は真面目な顔をしていた。
「そもそも源氏なんていたのかな。ほら、頼朝の写真。あれは実は違う人だっていうじゃないか。それに義経。かれも様々な逸話が残っているが、真実味はかける」
「なにがいいたいんですか」
「彼はただの名家でもなければ、豪傑でもなかったというわけさ。五頭龍を倒した武士が願いを叶えたのさ。日本を変えるほどの力を持った武士になりたい、とね。だから源氏は結果として平氏を打ち破り幕府を打ち立てることができた。因果関係は逆。それが,裏の裏。私が知り得た真実」
父は窓を見る。
「つまり。プロジェクト・イザナミは龍を打倒して、願いを叶えるということ。そう言いたいのか」
彼は自分の質問に答えずそのまま海を眺め続ける。
「まあ。理解はできないと思うよ。でも、この話に少なくとも君のボスは乗った」
「ボスですって」
ビアンカは目を大きく見開く。
「なぜ。君たちは僕を捕まえることができなかったのか。情報が筒抜けで奇妙だったろう。きっと君たちの中に裏切り者がいるんじゃないかと疑ったりもしたと思う。それは正解さ。CIAの長官。彼は僕の目的と利害が一致していたからね」
「そんな馬鹿な」
ビアンカは父に近づきその背中に銃を突きつける。
「そんな話はあり得ない。それならば、私たちをそもそも派遣すらしないはず」
「彼にも、建前というのがあるのさ。日本国で技術流出が生じたことをそのまま良しとはできないだろう。今、君たちが戦ったのは同胞もいたんじゃないか? あとは、いまこの部屋の外に待機している人にもさ」
「──孝太郎っ!」
ビアンカは吠えた。彼女が激昂するところを初めて見た気がする。
「親父。あんたの目的は一体何なんだ」
「朝太郎。お前には分かるはず。僕が何の願いを叶えたいのか」
──父の願い。
思考を巡らす。源のように国家転覆を狙うことか。願いを叶える、そんな超常的な誇大妄想を信じてまで、成し遂げたいことは何なのか。
「そろそろ。時間だ。僕のボスにも無理を言って多額の投資をしてもらったんだ。その功績をアピールしないと、彼にも怒られてしまう」
「アピール? 何を」
その時、ガタガタと室内が揺れ始める。
「な、なに」
ビアンカはその揺れに耐えきれず尻餅をついた。すると、その音の正体が次第に顕になってくる。
部屋一面から見えていた海が、下から競り上がる巨大な何かにより、遮られていく。窓から漏れていた光は消えていき、影が伸びる。
「ビ、ビアンカ。聞こえるか。ビアンカ。こいつは驚いた」
彼女の耳から外れ床に転がった無線機からドミニクの声が漏れ出す。
「朝太郎。見てごらん。これがお父さんの夢だ。朝太郎も昔から好きだったアニメがあったろう。怪獣とロボットが戦うやつ」
窓に近づき、その全容を見た。それは機械というには、美しすぎた。
五頭龍とは反対に純白の機械人間。
頭部は流線型で黄金の目を持っている。肩に腕。胴体には二本の巨大な足が備わっている。
「これがイザナミ。シリウスインダストリーの重機、兵器の技術を結集し、米国の最新技術を使用した機動兵器。ロボットってやつさ」
父はそう言うと机の上に置かれた何かのスイッチを押した。
すると、部屋の壁が一瞬にして崩落する。とてつもなく強い海風が侵入する。
「く、くそ。親父!」
イザナミと呼ばれたロボットはこちらを向き、鈍い音を立てながらしゃがみ込む。この会議室と頭が近づくにつれ、頭部のハッチが開いた。
「待ちなさい。浅倉孝太郎!」
ビアンカは急ぎ立ち上がり、銃を向け発砲する。しかし、それはあらぬ方向へ飛ぶだけでロボットに乗り込もうとする父には当たらない。
「朝太郎。もし、僕がやり遂げたらまた三人で──」
父の最後の言葉は聞き取れないまま、ハッチは閉じられる。
そして、凄まじい熱気を感じ、後退りをした。瞬間、ロボットの背中と脚部から噴煙が立ち込める。イザナミは徐々に上昇していく。
そして、自分の視界には煙だけが残る。噴射音が激しく鳴ると同時に徐々に音源が遠ざかっていくのを感じた。
父はロボットに乗って飛んでいったのだ。
「ごほ、ごほ」
ビアンカは口を押さえ咳をする。
あまりの振動で自分は床に倒れてしまった。同じく先ほどの振動で落ちた物の中に、写真立てが視界に飛び込んだ。
それは亡くなった母の写真であった。




