75話:屋上。決意(浜辺みちる)
自分たちの街が燃えている。
ビーチボーイズの店長もといドミニクが隠れていた小屋からちーちゃんと共に家族を探し、たどり着いたのが自分たちの通う鎌倉第一高校であった。
家族も皆無事であり、彼女の家族も無事であった。
校舎は海沿いに住んでいる人たちの避難所となっており、学校が始まった時と同じくらいの人数になっていた。
ちーちゃんは、学校の勝手を知っているということで、人の誘導や非常食の配布を手伝っていた。
自分はというと、いてもたってもいられず解放された屋上から、龍が街へと進む状況を眺めていた。
五頭龍。テレビでは大きさ百メートルを超えていると言っていた。事実、ここから見える十階以上のマンションよりも大きく見える。
その龍がゆっくりと北に向かい動く。
風は強く。常に巨大な扇風機を浴びている気分にもなる。
──しばらくサーフィンはお預けだ。
そんな、能天気な感想と共に龍の侵攻を眺めていた。ただ、それだけではなく時折ジェット機が過ぎる音と共に、爆撃が龍に降り注ぐ。
しかし、龍にそこまでのダメージはないようであった。というのも、ここから見て分かるのだが、爆弾が途中でふわりと浮いているのだ。
おそらく、龍から発せられる風が壁の役割を果たしており、爆弾の攻撃がそのまま当たっているわけではない。自分が屋上にあがってから、既に二、三回同じ攻撃が繰り返されたが、いずれも同じような現象が発生していた。
「怯んではいるのね」
チラリと横を見ると、ちーちゃんがメガネを外し、目をこらしながら、同じ方向を見ていた。
「怯んでいる?」
「うん。なんていうのかな。効いてはいなんだけど、眩しそうと言うか。音にびっくりしているように見える」
確かに、彼女の言う通り煙の中から首が伸び、威嚇しながら進んでいる様子から攻撃は効いていないのだろう。それよりもちーちゃんのいう通り確かに驚いているようにも見える。
「当然と言えば、当然かもしれないよ。だって、五頭龍ってそれこそ千年前とかの生き物だったんでしょ。生き物って言っていいのか分からないけどさ。こんな兵器見たこともなければ、昔はこんなにうるさい飛行機だって無かっただろうし」
「そうかもね」
「ねえ。ちーちゃん。これって、自衛隊が攻撃しているってことだよね」
彼女はゆっくり頷いた。
「たぶん。でも、五頭龍は自衛隊の攻撃でも止められていない」
「どこに向かっているの?」
「分からない。けど、きっと方向的には東京だと思う」
東京。無数の高層ビルが立ち並ぶ都心に五頭龍が現れたとする。
その化け物は数十メートル移動するだけできっと建物は崩壊し、街は火の海になるのだろう。映画で見たシーンが現実のものになろうとしている。
「このままだと、本当に私たちの街も、この国も終わっちゃうんじゃないの」
実感として湧いてきた恐怖。サーフィンはおろか今までの学校生活も送れなくなるだろう。来年は受験だ。だが、行く大学はそもそも存在するのだろうか。東京まで行くための電車はあるのだろうか。
「そうだね。私たちには何もできない」
生徒会長も流石に弱気であった。
「でも、柊木さんは、あそこ、龍の近くにいるんでしょ。源さんが元凶ならその人を倒せば何か変わるんじゃないの」
答えられるはずもない質問を峰岸に当ててしまう。
「今私たちができる事は、きっとそんなにはないと思う」
遠くでゆっくりと進む五頭龍。時折り聞こえる爆音のなか、ちーちゃんは小さく言った。
「自衛隊が出てくるそんな大事に高校生である私たちができる事なんて、何もない」
「でも、浅倉くんだって高校生だよ。それに村尾だって。きっと私たちも何か、何かできることがあるんじゃないのかな」
親友に向かい言う。
「はまちゃん……」
「私嫌だもん。だって、ついこの間まで私たち浴衣着てお祭り楽しんでいたんだよ。それなのに、今日になったらこんなことになって。龍が現れてメチャクチャにされた。こんなの理不尽だよ。私は嫌だ。また、あの海で波に乗りたい」
思わず涙が溢れてきた。ちーちゃんはゆっくりと自分を抱きしめた。
「そうだよね。この街は守らないといけない。ギャザラーズの皆んなにも、お兄ちゃんのためにも、私は私ができることをまずは探さないとだね。勝手に諦めちゃダメだ」
彼女はそう言うと、体を引く。
「作戦会議しよう。新聞部で何ができるか」
その言葉に力強く頷くと屋上を後にし、部室に向かった。
あまり通った感覚はないが、色々な人の色々なものが満ち溢れる部室までの廊下。きっとこれが最後の部活動になるかもしれない。そんなことを思いながら走る。




