71話:五頭龍の処遇(聡美雄吾)
様子見を命じられ、結果的には攻撃指示が出ることはなく、三沢に帰投することになった。
そして戻った瞬間、ブリーフィングが行われるということで、会議室に招集された。北谷と共に、呼び出された場所へ行くと無数の人がすでに座っていた。
制服を来ている人もいれば、スーツを着る男たちもいる。自分が一度も目にしたことがない、雲の上の人たちがずらりと並ぶ。ウェブ会議もつながっているらしく、老人達が少し眠たそうな顔で写り込んでいる。
「聡美少尉。報告を頼む」
三沢基地のトップである基地司令は、自分達が入ってくるなり、すぐに指示をした。
「は」
そのまま、少し小高い壇上へと登り、自分が見聞きしたことを伝える。彼らは何か反応することはなく、ただ難しい顔をして自分の報告を聞いていた。ひとしきり、話を終えるとウェブ会議に参加している男が発言をした。
「今回、源は十二時までの猶予を悠長にも我々に与えた。これ以上の被害が及ぶ前に総攻撃を仕掛けるべきだろう。今回の一件は、自国内のことでもあるし、自衛隊の防衛出動に対してはなんの問題もないはずだ」
彼の顔をよく見ると、航空幕僚長であった。つまり、自分達のトップだ。猶予。一体何のことを言っているのか。
隣に立つ北谷は状況を理解していない自分に向かい、耳打ちする。
「──どうやら今回の化け物を呼び出した犯人がいるらしい。そいつが取引を持ちかけたらしい」
「取引ってなんです。そもそもあの龍はなんなんです」
「それは」
その時、基地司令と目があった。私語をしていることが聞こえたのか、彼は眉を顰め自分を睨む。
「いや。攻撃をしかけるべきではない。何しろ、こんな生命体自体が前代未聞だ。こんな化け物が未知のウイルスを保有していて、肉片にでも残置されていたらどうする」
ウェブ上の他の男が尋ねる。
「今回五つの頭をもつ龍。源は五頭龍と呼称していますが、この存在をコントロールしているという。それが事実かはわからないが、事象発生から五頭龍は1キロメートルも移動していない。おそらくそれは事実。であれば、逆に源を奪取して、その龍を我が防衛の一つとすることも可能なのではないか」
そして、さらに違う男が。
「確か、源の要求は『征夷大将軍』。馬鹿馬鹿しいにも程があるが、そんなのくれてしまえば良いだろう。それこそ、形として存在するものでもなければ、今の憲法にそんなものを指す官位も職位もない」
「いや。そんな懐古的な職位をおいそれと授与するとなると先例ができてしまう」
「先例もくそもないでしょう。そもそも龍が復活する事態など、金輪際あり得ない」
けんけんがくがくと議論が繰り広げられる。その最中、ここ三沢基地に座る人からの発言はない。そして、ようやくこの会議の意味を理解し始めた。
今、この場で、あの龍に対しての処置、その評定が繰り広げられているのだ。
「一度、横須賀を軸に防衛線を築くべきだ。朝霞、練馬、木更津の東部方面隊を動かし、藤沢沿岸に集結。そこで有事の際に備える」
「いや。今このタイミングで師団を動かした時、外国からの攻撃を受けた時どうするつもりです」
「──この生命体は生物学的には大変貴重なサンプルです。東京大学からは資料採取の要請もきており……」
当然といえば当然であるが、意見がまとまる気配は全くしない。そうこうしている間に、自分はすでに一時間立ち尽くしている。
基地司令は一度、自分達が参加をしているマイクのスイッチを切った。
「北谷、聡美。ご苦労だった。またスクランブルがあるかもしれない。こんな雑談にお前達は関わる必要はなかった。すまない。宿舎にて待機するように」
敬礼をして、会議室を後にする。基地司令もうんざりしているようで顔をハンカチで拭う。
廊下に出て、急ぎ宿舎に戻る。
「とんでもないことになりましたね」
「ほんとだな。五頭龍か。そんなの聞いたこともなかった」
北谷は早歩きをしながら、ぼそりと呟く。
「北谷さん。俺たちは何をすればいいんでしょうか」
「簡単な話だ。俺たちは指示があったら、飛ぶ。それだけだろう」
「それで、化け物を攻撃するってことですか。俺は、あれがどうも」
「どうも、なんだ?」
「いえ。なんでもありません」
自分にはあれは、あの存在が敵だとは思えなかった。当然人でもなければ、動物園にいる猛獣とも違う。
初めて見る超巨大な生物。だが、彼らには何か意志のようなものを感じた。攻撃、退治。つまりはあの生命体を殺すこと。おそらく自分達にはその仕事が来るだろう。だが、本当にそれで良いのか。
あのしなやかで強靭な髭を思い出しながら、北谷の後をついていく。




