6話:新聞部活動開始(浅倉朝太郎)
またもやの猛暑というニュースが朝の食卓に流れた。数日ぶりに、白飯を掻きこむ父と出会った。
気がつくと、山積みになっていた段ボールのほとんどは解かれており、居間はずいぶんと解放的になっていた。いつ片付けたのか不思議であった。
「おう、朝太郎」
「おはよう」
新聞をぱたり、と畳んではこちらへ向きけろりと笑う。
「学校はどうだった」
「うん、友達はできたよ」
「そうか、そりゃよかった」
彼はその言葉を聞くと満足そうに頷く。
「家のことやってもらって悪いな」
「いや、それはいいんだけど。仕事忙しいの?」
「ああ。忙しいなんてもんじゃないんだこれが。海外から帰ってきた早々、馬車馬のように働かされるなんてなあ。あ、ほら、俺が作ったから食べて。味は保証できないけどね」
そう言い、肩に手をポンと置くとそそくさと玄関へ向かって。
「あ、そうだ。そういえば、今晩父さんの友達が来るかもしれないからよろしく」
「え、そうなの?」
「うん。だから早めに帰れると思う。家に上げてもらって構わないから」
父の友人。その響きに少なからず感動を覚えた。父にそんな存在がいたとはおもわなかった。
わかめだけが入った味噌汁を飲み、こげた鮭を頬張り支度をする。
まだ、学校の制服は届かない。それはいいが、普通の白シャツだと返って浮いていた気がしたため、段ボールの中から赤いシャツを着込んでみた。
昔の学校であれば校則違反であり、先生にバレたら大目玉を食らってしまう。
何かに反抗している気分がして、また本来の自分じゃしないことをしている気がして少し恥ずかしかった。
村尾はボタンを何個か開けていた。それに習って自分も開けてみる。だらしなさすぎる気がどうもしてくるが、気にしないことにした。
教室に着くころにはまたもや体は汗まみれになっていた。今度からはタオルも持ってきたほうが良さそうだ。
「来たか。大将」
村尾は机の上に立ち上がり手を振る。まわりはギョッとした顔つきで、ひそひそ話をしてみせるのだった。
「やめてくれよその呼び方は」
「俺たちの救世主を呼び捨てにはできねえって」
村尾はそう言って鼻をこする。救世主という言葉に周りはさらにどよつく。
「それで大将。俺たちはどうすればいい」
「どうするも何も」
「夏休みが始まるまでだから、あと学校が一ヶ月そこいらくらいだろ。あれ以外と時間あるじゃん」
「いや、それは違う。一ヶ月の間に新聞を作って、それで皆に見てもらわないといけないんだろ。作成期間の後にみんなに見てもらう期間を作らないと」
村尾は頭をわかりやすく項垂れる。
「でも問題は見てもらわないといけないんだよな」
かつての部活で作った新聞はいわば、見てもらうための読み物というよりも、先生や評価をする大人たちが好き好みそうな題材で取材をしては、それっぽい文章を書いたに過ぎない。
その時の写真撮影と文章は自分が書いたものだが、みんなのために書いた新聞というよりも賞を取るための一つの作品を作ったとも言えた。
だからこそ、みんなが読みたいと思うもの、については点で思い浮かばないのであった。
「やっぱり、あれじゃね? 学校の恋愛話とかさ。そういうのだったら、面白いから読んでくれるんじゃねえの?」
「ゴシップ、ねえ」
確かに、それであれば生徒たちは少なからず興味をそそられるだろう。しかし、教師の立場から見たら、そんな与太話だけをまとめた新聞を認めてくれるか怪しいところだ。
「とりあえず、放課後あつまろう。題材を何にするか」
「それって今日じゃなきゃダメか?」
村尾はそういうと、教室の後ろに立て掛けられたギターケースを指差す。
「あ、ほら。おれ夏休みに大きなライブをやるんだよ。その練習しなきゃいけないんだけどさ」
様子を伺ってみせた村尾は思い直したのか「いや、今日やっとくか」と一つ自問自答した。
「大丈夫なのか」
「うん。まあ、練習はしなきゃやばいけど、夜からでもできるからな。よし、そうと決まれば浜辺も召集だな。いやいや待てよ。こうなったら」
彼は再び立ち上がる。
「第一高校新聞部、全員集合だ!」
あまりの大声にクラス全体が静まり返る。しかし、怪訝な目を向けられるのは自分なのであった。
放課後、三年生の教室を通り抜け廊下の突き当たりに位置する部室へと向かう。
一足先に浜辺は到着していた。この暑さに彼女も参っているのか、シャツを腰に縛り、黄色のTシャツだけであった。昨日の話ではサーフィンをしていると言っていたが、どうやらそれは本当らしく健康的な小麦色の腕でパタパタと顔を仰いでいた。
「あ、遅いよ」
後をついてきた村尾は「すまん」と言って頭を下げる。
「しかし、遅れたことには理由があるんだ。聞いて驚け」
指を鼻先で揺らす。
「もしかして」
「ああ、その通りだ。本日、第一回新聞部全体会議を開催する!」
──第一回。
どの程度の伝統があるのかまだ知る由もないが、まさか創立以来一回も集まったことがないなんて信じたくはない。
「まさかそんな日が来るなんて。けどさ、本当に来るの?」
「まってくれ、村尾。そもそも、この部活には何人が所属しているんだ?」
村尾はええと」と指をおり数え始める。
「ざっと二十人はいると思う」
「え、そんなにいたの」と驚く浜辺。
「まあ、幽霊部員しかいない部活だからな。けど、そもそも校則がある以上、俺たちは部活に入らなければならない。今まで幽霊として安穏とした生活を送ってきた輩も危機感を持っているはずだ。だからこそ、みんなで一致団結、力を合わせて作るんだよ。新聞ってやつを!」
しかし意気込む村尾とは裏腹に一時間経っても誰もやっては来ない。
「おかしいな」
「とりあえず、Bクラスのやつには声をかけたんだけどな」
彼は少し悲しんでいる。しかし同じクラスに新聞部員がいたとは、村尾が言い出すまで知らなかった。
「俺と村尾以外に誰がいたんだ?」
「え、柊木とかあの辺のギャル集団だけど」
「本当か、それは」
村尾曰く、この部活に所属しているのは大きく分けて3つのグループで構成されているらしかった。
一つ目は村尾や浜辺のようなバンドだったりサーフィンといった、この高校には部活としては存在していないことに取り組んでいるグループ。二つ目に柊木といった不良とまではいかないかもしれないが、少し反抗的なグループ。そして、三つ目。漫画やアニメといったオタクグループがいるらしい。
しかしながら十人以上にも及ぶ部員がいるにもかかわらず、結局集まったのは自分たち三人だけであった。
「落ち込んででもしょうがないでしょ。ほら、私たちだけでも考えようよ」
「そ、そうだな。しかし、ここまで人望がないとは」
涙ぐむ村尾とは違い、浜辺は下調べをしていたらしく、ボロボロになったスポーツ新聞を麻雀台の上に広げてみせた。
「私なりに考えてみたんだけどさ、ほら、こういうの面白くない?」
浜辺が指差したのは「怪奇。ツチノコは本当に実在した!」と大きく書かれた見出しであった。
「つ、つちのこって本当にいたのかよ」
「ばかね。いるわけないでしょ。けど、こういうミステリー系ってさ面白くない? ほら浅倉くんはどう思う」
自分に話を振られた。
「ううむ。そうだなあ」
以前とは全く方向性が違う記事だからこそ、なんとも言えないのが本音だった。
「ミステリー系か。確かに村尾が言ってたゴシップよりかはマシな気がする」
「なに、村尾そんなこと調べようとしてたの? ちーちゃんに怒られるわよ」
「だって、みんなが興味を持ってることなんてそんな事しかないじゃんか」
村尾も少しは調べていたらしく、これまた皺くちゃのメモ張を置く。
──佐藤は山岸と浮気している。
──田所は実は先生とできている。
「こんな事書けるわけないでしょ」
彼女は息を吹きかけメモ帳を飛ばす。
「転校してきたばっかだから、俺はわからないんだけどさ。この高校に七不思議的なやつはあるの?」
「うーん。ないわね」
前はそういったオカルト染みたことを小さな項目で書いてみたが、この高校はそもそもそういったものすらないらしい。
「確かにこの高校なんて平和そのものだしねえ。何の事件も起こってないし」
浜辺はそういえば、と一つ訪ねてみせる。
「昔の新聞部ではどういった事を書いてたのよ」
「北海道の財政状況とか、住民施策についてとか」
「あ? 何言ってんのかさっぱり分かんねえぞ」
村尾に一蹴され、その続きを話すことはできなかった。実は「ツルの生態」の記事が一番のお気に入りだったし、評価されたものだった。喧嘩をしていた鶴達の一瞬を写したものだった。ほんの一瞬でもあったため、自分のシャッターの後は、すん、と静かになってしまったので、かなりレアな状況を撮影できたのだ。
まあ、そんな話を言うチャンスはもはやなかった。そんなマニアックな記事の話をしたところで、引かれるのが関の山だろうし。
「いずれにせよ新聞には見出しが必要なんだ。とりあえず面白いニュースがないといけないんだと思う。それ以外の記事はさ、ほら村尾のバンド特集とか、浜辺のサーフィン事情とか書けることはあるだろ」
「た、確かに。それなら俺でもできるぜ。しかも宣伝にもなるしな。こりゃ次のライブの箱をもっと大きくしないといけないかもな」
妄想に浸る村尾に反して、浜辺は冷静であった。
「そうだね。浅倉くんの言う通りこんだけ訳のわからない人が集まっている部活だから、それぞれに適当な記事を書かせれば新聞としての量は確保できるかも」
「と、なると問題は見出し、か」
彼女はそう一つ呟くと電話をかけ始めた。
「あ、ちーちゃん。うん。例の新聞の件。そう、浅倉くんが入ってくれたから、なんとか新聞は書けると思うんだけどさ。うん。そう、それで今から相談できないかなって」
「なあ村尾。ちーちゃんって生徒会の人なんだよな」
村尾は一つ頷く。そしてスマートフォンをすぐさまみせる。
体育館で登壇している女子がそこには写っていた。長い黒髪ときりりとした細い目が印象的な女子だ。何かスピーチをしている時の写真らしい。
「結構人気が高いんだ。峰岸千里。俺らと同じ2年生でCクラス。生徒会長だよ」
なるほど、それならば人気が高いのも納得だった。しかし、なぜこんな飄々としている男に情報が集まるのか不思議ではあった。
「え、今から職員室に行くの? うん。え、あの話。わかった。じゃあ夜電話する」
そう言って切った彼女は「ざんねん」と呟くのであった。
「ちーちゃん。職員室に呼び出されたんだって」
「優等生なのに珍しいこともあるんだな」
村尾の言葉に対して彼女は首を振る。
「ううん。ほら、しばらく学校来てない子いるじゃん。あの子について何か知ってないかって聞き込みされるんだって」
「あ。桜井のことか」
昨日、柊の取り巻きが確か彼女のことを言っていた。だが、彼氏と旅行中だと聞いた気がする。
「なあ。今、一つ思いついちまったんだけどさ」
「なによ。どうせ下らないことなんでしょ」
「桜井の失踪。これってミステリーじゃね」
「でも、彼氏と旅行中とかいう話を聞いたけど」
村尾は首を横に振るう。
「確かにそうかもしれない。でもさ、そもそも女子高生が数日間も消えていること自体は由々しき問題だろ。それに今や教師も注目している、と来た」
村尾は立ち上がりなお続ける。
「つまり、これはゴシップじゃない。まあ一見ゴシップに過ぎないかもしれないが、目的が違う。誰かをバカにするわけじゃなくて、同級生を探すための活動なわけだ」
「で、それがどうすれば新聞に繋がるわけ?」
「桜井を見つけ出した後にインタビューするわけよ。それで、やはり彼氏との駆け落ちは良くないってオチにするわけ。そうすればさ、記事としても学校中の噂の張本人が言ったこととなると面白いし、みんな見るだろ」
ううむ、と自分も唸ってしまった。学校の皆に見てもらう以上、興味を持ってもらわなければならない。となると流行りの噂の真相っていうのは今回の目的を達成しうる手段になるかもしれない。
「けど、そんなの言い方変えてるけど、生徒のゴシップじゃん。生徒会も許さないんじゃない?」
「いや」
思わず浜辺の質問に自分が返事をしてしまった。
「生徒会と連携すればいいんじゃないか。たしか、ちーちゃんとか言う浜辺の友人が今呼び出されてるんだろ。けど、彼女も明確な答えは持ってないと思う。だからこそ、生徒会としても今回の一件は悩みの種なんじゃないかな。もしそうなら、彼らも今回の記事を書くことに対してはむしろ協力してくれると思う」
「よくぞ言った」
彼は拍手と賛辞を自分へ送る。
「決まりだな。そうと決まれば峰岸と話をしようぜ。それでOK だったら取材開始。しかも結構楽だぜ。明日、柊木のグループに桜井の連絡先を聞けばいだけだしな」
浜辺は少し考えたが、うんと一つ頷いた。
「わかった。じゃあ今日、私から電話してみる」
「なんだよ。以外と楽チンじゃんか。よかったぜ。いいネタが見つかって。よっしゃ、ライブの練習っと」
村尾はそう一つ言い放つと煙のように部室を後にした。
「じゃあ、私も波に乗ってくるかなあ」
浜辺も続けて部室を後にした。
「浅倉くん。あとでLIMEするから見といてね。それじゃあ」
最後には手をひらりと返し、夕日を背に消えていく。
今日は帰りに買い物をしてこなければならない。そんなことを思いながら荷物を背負った。
転校二日目は「まだ」平和だ。
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