65話:五頭龍(浅倉朝太郎)
「危ないところでした。本当に」
皆が唖然とする状況の中、源は湖に近づいていく。鈴音を連れて、彼はゆったりと余裕を持ちながら歩く。
「まさか。お前が」
純也は立ち上がり、彼を見つめる。その眼は「信じられない」と言っていた。
「──あなたたちは、我々登鯉会の真実の手前まで辿り着いていた。入道が、老体に鞭を打ちながら絶え忍び、影の棟梁として立ち回ってくれたおかげで、儀式は完遂できた」
「まさか。あなたが初めから」
ビアンカは懐に忍ばせた拳銃を彼に向ける。
「そう。僕があなた方が言う『事件』の首謀者。登鯉会の棟梁であり、かの源頼朝公の子孫、源家の一族の末裔である藤沢署の刑事、源 頼人です」
「嘘だろ」
村尾も膝から崩れ落ちる。
「藤沢署の買収を行うにあたっても、山下浩子を交通事故後に検死の場面にて血を抜き取ったのも、猿である藤井香織を署内で殺害したのも、全て僕がやった。柊木さん。僕があなたの側近の立場に偶然たどり着けて本当によかった。あなたは鼻が効いた。でも、すぐそばにいたせいで、その臭いの違いが判らなくなっていたんだ」
源は次第に自分たちの方へ近づく。純也も懐から拳銃を彼に向ける。
「やめた方が良い。あなたの娘にも危害が及びますよ」
鈴音は青ざめた表情をこちらに向けた。
「き、貴様」
柊木は恫喝する。その時、ぐらりと急に地面が揺れた。
それは意識的なものではなく、あきらかに大地が揺れた。地震。震度はとても大きい。
「きゃあ」
鈴音は叫ぶ。がらがら、と洞窟の中の岩が転がり始め、湖が揺れ始める。
「僕は何がなんでも儀式を完遂させなければいけなかった。僕が棟梁となって、新たな国のシステムを作り出すためにも、『彼ら』を封印から解かなければいけなかった。伝説は本当なんですよ」
ガラリ、と岩が湖に落ち大きな水飛沫を上げる。それと同時に湖の中央に存在していた巨大な岩山もバラバラと岩はだが崩れ落ち始めた。
「入道が機転を効かせてくれて本当に助かった。棟梁であるかのように振舞い、君たちを挑発してくれたおかげで、僕は最後の鍵である鈴音ちゃんを手中におさめながら、儀式を完遂できたんですから」
「鈴音は、関係ないだろ」
純也は懇願するように、彼に言う。
「彼らを封印したのは、巫女ですが、彼が封印されることに合意したのは、一人の女性に惚れていて、彼女の思いを汲んだからなんです。世に伝わる弁財天。琵琶をかき鳴らし、江ノ島に舞い降り、五頭竜を宥めた存在の末裔。それが柊木さん。あなたの奥様の家系。江ノ島神社の天女が、封印から解かれた彼らを従わせるために最後のピースなんです。それが鈴音ちゃんなんですよ」
柊木は首をふるう。
「そんなの私、私知らない」
「さあ。目覚めよ。五頭竜よ」
さらに地震が起きる。がらがら、と洞窟が崩れ始める。
「い、今は逃げましょう」
ビアンカが皆に言い放つ。それぞれが崩れ落ちる岩を避け、出口の方へ向かう。
「す、鈴音」
自分が彼女の方へ手を伸ばす。
「朝太郎! 助けて」
彼女も手を伸ばす。しかし、岩が眼前落ち、視界が遮られる。
「鈴音。どこだ!」
純也は立ち上がり、源たちがいた方向へと走り出す。
「朝太郎! はやく、こっちへ!」
虎丸が叫ぶ。
「さあ。今、その姿を表せ!」
源の吠えるような声が響く。
「鈴音! 鈴音」
自分は立ち上がり、純也に遅れながらも、彼女のもとへ走り出そうした時、その腕を掴まれた。腕を掴んだのはビアンカだった。
「朝太郎、今はにげましょう。早く」
彼女に手を引かれ、出口の方へ引きずられる。
「鈴音が。このままじゃあ」
「はやく。今はここを出るしかありません!」
ビアンカは自分の頬を打つ。思いと反対に体はどんどんと出口の方へ。
そして何度目かの地震。皆が体勢を崩しながらも、なんとか光が漏れ出す方へと走る。
振り返ると、光の靄のようなものに包まれた源と鈴音の姿が。そして、そこに向かおうとする純也の姿があった。
そして。
湖に浮かぶ巨大な岩山と思えたもの。それは自分の勘違いであった。
土と石に覆い被された殻が抜け落ち、刺々しい爬虫類のような表皮が現れた。
そして、巨大2対の眼が開く。それは想像する龍の頭であった。
なんとか、洞窟から抜け出す。外は暴風が支配しており、木々が揺れ、街灯はもとより、広がる街明かりも停電と復電を繰り返すように点滅していた。
「おいおいマジかよ」
顔が煤だらけになった村尾虎丸は、空を仰いでいた。ビアンカ、毅も同じように唖然としながら、暴風に髪を揺らし、皆が同じ方向を見ていた。自分もその方向へと視線を向ける。
そこには、五つの巨大な首が昔見た東京タワーよりも大きく、手のひらのように広がっていた。
分厚い雲を貫きそうなほど大きな巨体。影を落としながらもわかる五つの頭には、橋梁を支えるワイヤーのように強靭な髭が揺れている。
カバンの中がブルブルと震える。まただ。そして、ようやく気がついた。カメラは彼らに呼応していたことに。
「──五頭龍」
思わずその超常的なその存在に目を奪われ、つぶやいてしまった。
これで2章の終わりになります。次から最終章の3章になります。




