62話:登鯉会の思惑(浅倉朝太郎)
そして役者が揃った。
ただでさえ狭かった部室は、男三人が増えたことによりさらに窮屈さを増した。
「村尾毅さん。あなたは登鯉会にいて、重要な責務を負っていた。しかし、あなたはそれを裏切り、今回土肥さつきを救出してくれた。そういうことで合っていますか」
源は壁にもたれる毅に向かいそう言った。
村尾の父は、虎丸の言う通り暫く帰っていないらしく、シャツは泥で汚れていて無精髭が生えていた。流石に疲れが見て取れた。
「まず、登鯉会に所属するメンバーの大半は所謂普通の商人や漁業の人間ばかりだ。江ノ島から鎌倉にかけて大企業の勢いに煽られ、身を寄せ、助け合っている」
彼は続ける。
「だが、その商工会の中でも秘密裏に、大企業といった資本主義の大きなうねりに、異を呈する者たちが現れはじめた。そして、それを取りまとめ世間に対して、『儀式』と題して実行しようと者があらわれた」
「──それが、棟梁。会長の入道さんってわけですか」
自分の質問に対して、毅は答える。
「入道は会長であり、実質的にリーダーだ。儀式は江ノ島に伝わる五頭龍伝説に準え行うものだ。だが、この儀式を行う者たちのメンバーは限りなく少なく、姿も分からないんだ」
「話が見えないですね」
ビアンカは顎に手を置く。
「儀式の実行に関しての話し合いを行う場を、寄合と呼んでいた。寄合は、決まって入道の敷地にある一室で行われていた。そこでは棟梁は簾の中に隠れ、儀式の実行は犬、猿、雉と呼ばれた三人で行っていたんだ。それぞれは仮面を被り誰かわからないまま、事を秘密裏に進めていた。つまり、今回の一連の事件は俺を含めた四人が大きく関わっている」
そして彼は告げる。
「そのうちの雉は俺だ。儀式は仮面をつけて行う事を寄合いで決めていた。犬が2人、山下京子と田村ゆかりの事件。猿が桜井京子。そして雉である俺が土肥さつきを狙うことになっていた」
「なっていたと言いますと」
ビアンカが質問を投げかける。
「──俺は途中で抜けた。今回の事件に関わることの意味は無かったと気がついた」
「じゃあ、やっぱり。あの時、土肥が攫われる瞬間見たのは、犬の面だったんだ」
自分の記憶を辿り呟く。
「おそらく、雉である自分が抜け、犬が引き継いだんだろうな。あの祭で、儀式の完遂に向けた段取りは組まれていた。闇の夜に乗じて土肥を攫うこと。そして」
純也は鈴音に目を向けた。彼女は目が合ったが、それを背けた。
猿の面をつけていたのは藤井。そして村尾の父が雉であるとするならば、犬の面をつけた男が他にいるということにもなる。
「俺は、今回の儀式を知っているからこそ、それを止めなければいけなかった。何としてでもな。そのためには姿を消す必要があった」
「じゃあ、書斎に置いてあった仮面とか荷物は何だったんだよ」
「あそこに置いたのは、雉としての儀式で使うはずのものだ。俺は誰の目にも止まらず、土肥さつきを探し出し救出しなければいけなかった。実行日は初めからわかっていたからな」
「──その日、村尾さんの元から消えたのは、彼を巻き込まないため、ですか」
ビアンカは虎丸を見てつぶやいた。
「俺は足抜けをした身だ。おそらく登鯉会は俺を狙ってくる。であれば、家族を巻き込むわけにはいかない。かといって逃げるわけにもいかない。あの日から俺は江ノ島中を走り回った。土肥さつきを攫うことまでは、知らされていたが何処までは知らなかった」
「親父……」
村尾は父を眺める。その後首を強く振った。
「待ってくれ。そもそも儀式って何だよ。桜井が殺されたこととか、土肥が攫われたのが、その儀式ってことなのか?」
村尾は吠えるように父に向かって尋ねた。
「そうだ。五頭龍の封印された伝承に基づいて、巫女の血を継いでいるとされた人たちの血を抜き取り、海に捧げることを『儀式』と呼んでいる」
「──その一連の犯行が、登鯉会が資本主義に対して異を唱えるものとどう繋がる? まさか本当に龍を復活させようだなんて思ってないだろう」
柊木刑事は少し楽になったのか、前も見た鋭い眼光を村尾の父に向けた。
「棟梁は本当に思っている」
「何言ってんだよ。親父!」
虎丸は突っかかる。
「棟梁は、ありとあらゆる手を使って今回の一連の儀式を完遂させようとしていた。それを彼は本当に信じているんだと思っている。五頭龍の復活を。だが、俺はそんなことは信じちゃいない。これは、煮湯を飲まされた自分たちにも『力』を持っている事を示すこと、それが本当の目的だと思ってる」
「力?」
「今回、謎の連続事件を起こした。当然、警察も捜査をする。だが、今を見てみろ。結果的に真実に近いこの場所にいるのは刑事たった二人だ。登鯉会は警察も抱き込んだんだ。これは力だろう。そして、この事実を然るべき時に明らかにする。そうすれば、俺たちには力がある事を示せるはずだ。誰にも邪魔されることなく、狂気染みた連続事件を起こすことが、俺たちにはできる、とな」
毅は少し高揚していた。だが、話し終えた時その火がふ、と消えたように少し項垂れる。
「妻は、俺と漁に出ていた時、貨物船とぶつかり、転覆した。そして死んだ。事故、だったと思う。当然、責任を追及した。だが、奴らはありとあらゆる力を使って、事故の存在をもみ消した。たくさんの金も積み上げてきた。そして思い知ったんだ。俺は無力だと。力がなければ何も解決できないとな。だから登鯉会に所属して、影を落とした俺に棟梁は声をかけたのかもしれない」
皆その事を追求する者はいなかった。
「だが、やめた。いざ、自分が儀式の出番となった時に恐ろしくなった。こんな社会がおかしいと、それを伝えるために、さらにおかしな事をしようとしている自分の矛盾。わけがわからんと思った」
彼は続ける。
「力を示す、社会に物申すために、物申すも何もわからない若い子に毒牙をかけようとするなんて、な」
「──村尾毅。あんたは殺人幇助など問わなければいけない罪が無数ある。令状もない今、任意で同行してもらいたい」
柊木は刑事の顔になり冷酷に事実を告げた。
「もちろん罰は受けるつもりだ」
彼は腕をそろえ、近くの源へかざした。
「親父」
村尾もその様子を黙ってい見ていた。
「だが、今ではない」
しかし、柊木純也は訂正をする。
「今、話を聞いてわかったこと。まだわからないことがある。だが、それは元凶を絶てば分かる話だ。入道の居場所はわかるか」
「今の居場所までは分からない。だが儀式は決まって、江の島の夜に行われている。おそらく土肥が奪還されたことは入道もわかっているだろう。しかし土肥さつきの血はすでに抜かれていた。だがなるべく早くやつは、儀式を完遂しようとするはずだ。棟梁と犬は確実に江ノ島の海に現れるはずだ」
村尾純也がその言葉を発した時、電話が鳴り響いた。
「誰です?」
ビアンカは周りに尋ねる。
「あ。ごめん。私だ」
鳴り響いた携帯電話。その持ち主は柊木鈴音であった。
「誰だ。こんな時に」
「え」
柊木はその画面を見て驚いた。
「誰からなんです」
源は尋ねる。
「浅倉朝太郎。浅倉から電話だ」
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