61話:雨中の告白(村尾虎丸)
源と共に、江ノ島の入り口にたどり着いた時、雨が降り始め、次第にそれは強まっていた。
数日前までご丁寧に組まれた屋台などは全て無くなった。人も雨宿りに消え、いつもならばごった返している人の波は綺麗に無くなっていた。
「すみません。走ります」
「ああ。急ごう」
二人で江ノ島の坂を駆け上がる。
「どこか、当てはあるのか」
「なにも! でも、ここに親父はいるんです。絶対探し出します」
雨はさらに強くなる。だが、なんとなく父の存在を感じた。それはなんとも言えないが、上に行けば何かわかる。そんな直感を信じて進んだ。そして、その予感は的中した。
山を登り切り、展望台の麓までたどり着くと、あの夜、姿を消した時と同じ装いの父が。誰かを担いでいるようであった。
「親父ィ!」
自分の声に彼は気がついた。何か返事をするわけでもなく、向かってくる自分を眺めているだけだ。
勢いよく走り、父の胸ぐらを掴んだ。
「お前、どこに行っていたんだよ。何していたんだよ」
「──すまない。虎丸」
「すまないじゃねえよ。連絡もつかないし、書斎には変なモノ置いてあるし。それに」
彼がおぶっていたのは、自分も知っている女の子。そして、数日失踪していたはずの土肥であった。
「なんで親父が土肥と。やっぱり、攫ったのはお前だったのか!」
掴んだ胸ぐらをさらに上げる。しかし、父は動じることはない。そして口を開くこともない。
「何か言えよ!」
「この人は、私を助けてくれたの。そうか、村尾先輩のお父さんだったんだ」
「え」
土肥が呟いた時、ようやく源は追いついてきたようだった。
「あれ、村尾くん。この人って。あれ、女の子も。もしかして」
「とりあえず、見つかりました。二人とも」
源は息をあげ、膝に手を置く。
「はぁ。ええと、とりあえず。私は警察でして。ええと詳しい話。きけますかね」
「──わかりました。でも、その前に彼女は疲労と血が足りていないので、救急車を呼んでくれますか」
「あ。ええ」
そう言うと源は少し離れ、連絡をとり始めた。
恐らく救急車の手配と、結果的に何も協力してくれなかった警察に土肥が見つかったことを伝えたのだろう。
「親父が土肥を助けたって本当なのか」
土肥はゆっくりと頷く。
「じゃあ、あの家にあったのは一体。手紙も残ったし」
「あそこ置いてあったのは、虎丸。お前の想像通りのものだ。俺は登鯉会で、棟梁から指示を受けていたんだ。俺は祭の日、儀式の生贄として彼女、土肥さつきを攫い殺害するために準備をしていた」
「やっぱり」
自分の予感は的中していた。しかし、過去形の言い方、そしてなによりも毒牙にかけられようとしていた張本人は今、父の背中で意識を保ち、生きている。
「だが、やめたんだ。俺は」
「やめた?」
自分が聞き返したタイミングで電話を終えた源が戻ってきた。
「どうやら、降りたところに救急車が来るみたいだ。雨も上がりつつある。行こう」
源と共に先ほど来た道を降る。
父の足取りは若干重かった。さすがに疲れが出ているのかもしれない。土肥も安心したのか、眠ってしまっていた。
入り口にたどり着くと一台の救急車が停まって来た。隊員たちは担架を持ち待ち構えていた。
「すみません。彼女を近くの病院まで搬送お願いします。家族には私から連絡しておきました」
源は警察手帳を素早く掲げる。
隊員たちは、土肥を車に乗せサイレント共に消えて行った。
「──とりあえず。最悪の事態にはなってなかった。そういうことかな」
野次馬が増え始める様子を伺いながら、源は呟く。
自分も事態をとりあえずLIMEで皆に伝えた。
相変わらず、浅倉からの返信はない。気になりつつも、柊木が一緒であったことを思い出し、彼女にメッセージを入れた。
するとすぐさま、着信が入った。
「──もしもし村尾?」
「柊木か。無事だったんだな。浅倉と連絡が取れなくて」
「ちょっと。色々あって。今、隣に浅倉がいるから変わる」
がさ、とノイズの後に浅倉の声が聞こえる。
「村尾。見つかったのか。土肥は? 彼女は無事なのか」
「ああ。親父が助け出したらしいんだ。今、救急車で運ばれたところ」
受話器越しで、深く息が吐き出された音が聞こえた。
「そっちの状況は?」
自分も尋ねる。柊木を登鯉会が狙い、ビアンカと逃げたこと。そして、今、刑事の柊木父と一緒で、学校の部室に隠れているらしい。
「こっちは、親父と警察の源さんと一緒だ」
そのことを伝えると、スピーカーへ変わったのか様々な音が聞こえ始めた。自分も機転を効かせ、スピーカーへ。
「源、聞こえるか。柊木だ」
「柊木さん! よかった。娘さんと合流したんですね」
「ああ。とりあえず、村尾親子と共に学校まで来られるか。いいか。藤澤署には行くな。村尾毅さん。あんたも来て欲しい。この事件の裏を、登鯉会の立場で知っているのはあんただ」
「──もちろんだ」
父は低く呟く。
「それじゃあ、今から向かいます。十五分後に落ち合いましょう」
そう言ってスマホの電源を切る。
「親父、いいのか」
事情も分かっていないまま、尋ねる。
「──当たり前だ。これは俺たちが招いた事件だからな」
父はそう言うと、水たまりを強く踏み込み歩き始めた。
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