59話:救出(土肥さつき)
目が覚めると、まず目に飛び込んだのは氷柱のように垂れた石の天井だった。
体を起こそうとした時、思うように動かなかった。朦朧とした意識の中、自分の体に目をやる。
まず気がついたのは、黒い皮のベルトで自分の体が拘束されていたことだった。そして、自分の腕には管がつながれており、一度、虫垂炎で入院していた時のように点滴の袋がぶら下がっていた。
そして、それは真っ赤であり、自分の血が抜かれていることに気がついた。
──あれ、私どうしたんだっけ。
最後に覚えている記憶は、祭りの日に打ち上がった大きな花火だ。そこには浅倉先輩がいた。次第に記憶が呼び戻され、恐怖という感情が復活する。そうか、あの時。
自分は何者かに口を押さえつけられ、そのまま茂みの方へと連れていかれた。そして、強い一撃が頭にあって、そのまま意識を失ったのだ。連れ去られたんだ。ようやく状況を自覚した。
「んー」
口にはテープが貼ってあり、声を出すことはできなかった。
──まずい。不味すぎる。
体を動かすが、ベッドが軋むだけで何もできない。時折足元へ生暖かい風が吹き込む。
豆電球の小さな灯りだけでは、今、自分がどこにいるのかわからなかった。だが、ここが室内ではなく、洞窟のようなそんな場所にいることは分かった。
遠くの波の音、水がちょろちょろと流れる音が聞こえる。
姿勢をなんとか上げ、目を凝らす。しかし、暗闇に支配されており状況は掴めない。
どうやら、洞窟はとても巨大であること。そして、近くの巨大な岩山から生暖かい空気が吹き込んでいる。
「ん、ん」
何度も体を捻らせるが動かない。その時、ぬっと影が伸びた。誰かいたのだ。次第にそれは近づき、露わになってくる。自分を覗き込む髭面の男がそこにいた。
「静かに」
「ん、ん」
「静かに。助けに来た」
男は小さく、それでいてこちらの目をしっかり見て言い放つ。
そして、自分の腕に触れた。大きな手だ。男は自分の腕に刺さった注射針を丁寧に抜いた。チクリと痛み、血が少し流れ出る。
「いいか。テープを剥がす。静かにできるか」
うん、うんと何度も頷く。
「よし」
そして、男はぴりりと慎重に剥がした。
「ぷは」
喉はカラカラであったが、口の中に入る空気は新鮮で美味い。そして、男は拘束を解く。目が覚めものの数分で自由の身となった。
「あ、あなた誰。どうしてここに」
「話すな。ここだと響く。話は後だ」
男はついてこいとジェスチャーをする。ベッドから立ち上がろうとした時、ふらりと視界が揺れた。
「くそ。つかまれ」
男はそう言い、自分の背中を指差した。やはり、血が抜かれていたのか、眠りっぱなしであったからなのかは不明だが、体はいうことを聞かなかった。彼の正体は不明だが、今は身を預けるしかなかった。
男は自分をおんぶする。汗の匂いが鼻につく。
あたりを再び見回す。自分がいた場所はかなり巨大な洞窟のようだった。天井は高く湖があるようであった。
そして湖には小高い丘があった。しかし形は刺々しく何とも歪だった。
あれは何か尋ねようとしたが声を出すことをついさっき制されたので、止めておいた。
男は体力があるのか、自分を担ぎ、ぐんぐん進む。洞窟は巨大で暗闇が支配している。しかし、彼は迷うことなく足を漕ぐ。
五分ほど揺られると、次第に日の明るみが見えてきた。出口まで辿り着くと、岸壁であり、一面の海が見えた。彼の踏み場はかなり少なく、もう一歩踏み出せば、真っ逆さまだ。
男は器用に足場をみつけ、岸壁から頂上に向かいさらに歩みを進める。
そしてたどり着いたのは江ノ島の展望台があるあたりであった。
「あ、あの。あなたは」
人の往来もあり、声を出して良いと思い尋ねる。
「俺は村尾毅だ」
男は丁寧に名前を名乗った。
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