51話:警察内部の不審死(柊木純也)
霞ヶ関。警察庁の一室で自分は半ば軟禁状態。会議室の一室で公安の業務に近しいものをおこなっていた。
自分の任務、目的は大きく2つだった。
1つ目。それはCIAの捜査官であるビアンカとともに、登鯉会についての捜査すること。すなわち日本の警察を代表して捜査協力を行うこと。
2つ目。これは、ビアンカには言えない目的。CIAがなぜ、日本国の小さな事件に介入してくるのか。その目的を探るということ。
鎌倉の家を開け、数週間がすぎるが、どちらの目的も果たせているかは怪しかった。しかし。決して無駄な仕事に対して悪戯に時間を貪っていたわけではない。
「──柊木警部」
そこに現れたのは、坂東という公安の男であった。出身、年齢も不明。黒縁メガネを光らせる男。
寡黙で、いかにも公安というような厳格な男は、署で相方となっていた源とは大きく異なる存在だった。彼は自分とはまた、別の目的でこの事件を捜査している。それは。
「登鯉会から、藤沢警察署への金の流れがあった」
彼は一枚の紙をデスクに置く。
「支援金? 項目数が多いな」
これは口座情報であった。藤沢警察署の出納の一部に使われている地元銀行の口座。そこには無数の取引履歴が載っている。
「22.10.4 トウリカイ 一千万」。同年十一月に同じくトウリカイから二千万。千万の桁の取引が一昨年から数えると、20件ほど。累計すると一億から二億にもる。
「これは」
「表状では、文字通り支援金。それも警察OBからの、ということで登鯉会から金が流れているのがわかった」
坂東は、今回の事件の中で藤沢警察署しいては神奈川県警の中で起きている不穏な金の流れを公安の立場で追っていた。
そして今、桜井京子の事件をはじめとして、管轄内で発生した事件。直接の死因が失血死であるにもかかわらず、異なる死因として捜査結果が出てマスコミや遺族に報じられている状況にさらなる事件性を彼は見出している。
「やはり、江ノ島で何かが起きているのは明白だ。この情報から我々は藤沢警察所長に任意で話を聞くつもりだ」
坂東はメガネを拭く。
「そっちに進展は」
「登鯉会。会長である入道現三郎の動きがわからない。結局、あいつは街の中ではただの飲食店を営む老人だ。だが、前も伝えた通りだが、なんらかの儀式にも似た連続事件を奴等が引き起こしている可能性が高い。CIAもそれを追っている」
「あの女と最後に接触したのは」
「一週間前だ。連中は、江ノ島の伝承に精通している。そして登鯉会の内情も知っているようだ。だが」
「だが?」
坂東は尋ねる。
「いや。詳細な情報までは、俺も掴めてはいない」
彼に対し、これ以上の言葉は伝えなかった。
『だが』そのあとに続く言葉。それは、彼らの真の狙いは、別のところにあるではないか、という予感であった。
結局のところ、この事件はまだ日本国内にクローズしている。だからこそ米国が介入する理由は見出せないのだ。
であれば、米国が自身の危害にも陥る可能性があるから、彼らはこれに首を突っ込んでいると考えるのが自然だ。
であれば、CIAはこの事件のさらに背後に存在する何かを捜査しているのではないか。これは刑事の鼻が感じ取った臭いだ。
「そういえば、藤井が本庁に護送されるんだよな」
「そう聞いている」
坂東は静かに答える。
神奈川県警の取り調べでは埒が開かないということで、こちらに来ることになった。結局口を開いたのは、自分とビアンカが聴取した時だけだったという。
「棟梁か」
登鯉会のボスは、そう呼ばれているらしい。会長である入道がそれに当たると想定される訳だが、藤井は結局その正体を明かすことはなかった。
今度こそ吐かせてやる、そう思った時、一人の男が会議室に入ってくる。
「誰だ。ここが公安の場所とわかっているのか」
坂東は入ってきた刑事に恫喝する。しかし。
「課長……」
どうやら公安の上席。坂東の上司に当たる人物だったようだ。
「残念な知らせだ」
一瞬娘のことが頭を過ぎった。しかし、その知らせは想像を超えたものだった。
「藤井が死んだそうだ」
「なんだと……」
思わず立ち上がってしまう。
「自殺か」
やつは登鯉会のメンバーであり、儀式を完遂することを妄信していた。しかし失敗し、失意のあまり自ら命を絶ったのか。
「まだ、わからないが、見回りの警察官拘置所内で、胸にナイフが刺さっているのを見つけたそうだ。この話は神奈川県警も知らず、藤沢署の限られた人間しか知らない情報だ」
「待ってください。それって」
坂東は顎に手をやる。
──他殺。
さらに謎は大きな闇に飲み込まれていく。流石の自分も気持ちが悪くなってくる。




