49話:脱出と真相(浅倉朝太郎)
村尾、浜辺と別れ江ノ島の出口に辿り着いた。
祭りはまだ続いている。そのため、近くのタクシーは暇を持て余しているらしくドアを開き、タバコを吹かしている。
駐車場にはタクシー以外にも無数の車が停まっていた。
「時間が惜しいです。車で行きましょう」
ビアンカはそう言いつかつかと進む。すると真っ赤なポルシェの前にたどり着いた。キーを操作してはキュッキュと黄色のランプが点滅する。
どうやらこの車の持ち主は彼女のようだ。
指をこまねき乗るよう指示をする。
運転席に彼女は乗り込み、後部座席に柊木と自分が乗り込んだ。
「この辺で何か、場所はあるかしら」
「え、ええと。サイトウココノカドーならあるけど。一旦家に帰るんじゃだめなの」
柊木はシートベルトをしながら返事をする。
「ノー。見たでしょう。彼らは貴方を狙っています。取り逃したとなると、違う場所で待ち伏せている可能性があります。しばらくは帰れないと思ってください」
そして、アクセルを踏み込み。街中へと車を向かわせる。
夜になっても、この街の交通量は多い。今日は祭りということもあるが、ホテルに急ぐ者や退社して家に帰る者もいる。
案の定、サイトウココノカドまでは渋滞していた。
「ビアンカさん聞いても良いですか」
「なに?」
彼女は振り返らず返事をする。
「CIAは登鯉会を捜査していたんですか」
CIAとしてなぜ捜査をしていたのか。単刀直入に尋ねてみた。
「そうね。捜査はしています」
返ってきたのは少し含みのあるものだった。
「登鯉会は、そんなに大きな組織なんですか。その、あなたが日本に来るほど」
率直な疑問だった。それに対し。
「ミスター柊木と同じ質問をするんですね」
彼女はバックミラーに映る柊木娘を見る。
「答えはこれもイエスです。重大な出来事が起きようとしています。それは我が国でも危機と捉えています。ですからこの一連の出来事は日本の警察からも情報を受け取り、尚且つ我々も独自で調べ上げています」
「だからあなたは、やたらにこの街に詳しかったんですか」
彼女ははじめ、民族学を学ぶ女子大生を名乗った。なるほど、彼女が捜査していることは、まさにそれだったのだ。
しかし。重大な出来事とは。
「それって。登鯉会が行っている儀式と関係があるんですか。桜井や土肥。そして、柊木が持っているネックレス。いや、違う」
そこまで話しながら、考える。ネックレスを持っているから狙われているんではない。ネックレスを持つに至った彼女たちの歴史、存在が狙われているんじゃないのか。
「──アサタロー。あなたが想像した通りです。これは秘密結社、もとい一種のカルト宗教です。登鯉会が考える、この地で古くから残り続ける巫女の家系、その女子の末裔である人間を狙う、連続誘拐事件。いえ、殺人もあるんでしょう」
柊木は口を覆う。
「なんで、私が狙われているの。それに何で京子は殺されたの。訳がわからない」
藤井は桜井京子を殺害した。それは本人と対峙した際に、直接言っていたことだった。
しかし、分からないことがあった。
動機である。だが、今となっては一つ推測があった。荒唐無稽で、ファンタジー極まりない推測が。
「五頭龍の復活……ですか」
ビアンカはふふ、と含みのある笑いを見せた。
「──私は信じてないですけどね」
「五頭龍、それって江ノ島の伝説の? あ。たしか浅倉も私の家でその本を読んでたような」
鈴音は目を白黒させる。
「日本、江ノ島に古来から伝承として存在する五つの頭を持つ龍です。その龍は遥か昔に人々を襲いました。ですが、その龍は封印された。将軍、時の権威者とそして登鯉会と、そして五人の巫女の力によって。いま。その伝承になぞらえて事件は起きています。実は桜井さんが殺害された一週間ほど前、『山下浩子』さんという方が亡くなっているのです」
「聞いたことないです」
「ええ。鎌倉第一高校に通うみなさんには縁もゆかりもない方です。女子短大の学生さんでしたから」
「じゃあその山下浩子さんが何の関係があるの」
柊木は赤いブレーキランプを浴びながら質問する。
「彼女もまた、桜井京子さんと同じく、失血死により亡くなっていたんです。表上は交通事故として処理されていましたがね」
「表上? 実際は違ったってことなのか」
「おそらく。桜井さんの事件もそうだったんじゃないんですか」
彼女の死も自殺として学校もマスコミも浸透していた。たしかに状況は同じだ。でも、誰がそんな仕掛けをしているのか。
「その工作の理由はわかりません。ですが酷似しています。死因とその後の対応が。それに、山下浩子さんもまた、十世代までこの鎌倉で遡ることができる由緒正しき血筋だったようですね」
何度目かの渋滞に引っかかり、ビアンカも苛立っているのかハンドルを指で何度か叩く。そして、さらに彼女は続ける。
「先月の初め桜井京子は藤井香によって殺害されました。真相に辿り着けたのは貴方たちの功績によるところですね。ご存知の通り彼女もまた失血死。そして、代々から続く桜井家の御息女。なにより、彼女は『龍の角』を持っていた。よって、儀式の二人目と考えられます」
──龍の角の事まで。
CIAは侮れない。柊木家に眠っていた絵巻の内容まで知っている。
「そして、さらに三人目が八月の頭に亡くなっていたのです。『田村ゆかり』。彼女は藤澤総合病院にて、医療ミスとして失血死しているんです。そして御多分に洩れず」
「──鎌倉にルーツを持つ、由緒正しき血筋。つまり、巫女の血筋ってことか」
「ザッツライト」
「まってくれ。それなら」
既に三人が毒牙にかかっている。そして、いま。
「事実四人目として土肥が木の面の男に連れ去られた。そしていまさっき五人目として柊木が狙われた」
ビアンカは冷たい目線を正面に向け、車をさらに滑らせる。
「真意は不明ですが、五頭龍封印の伝説になぞって三件は既に発生しています。そしていま、ミス土肥は連れさられた。おそらく何処かで事をしでかすつもりなのでしょう」
血を抜かれる、ということだ。柊木は頭を抱える。
「どうして、そんなことに」
「──理由は犯人に聞きましょう」
「犯人。犯人は一体……」
「入道さん。もしくは、村尾が言っていたように、あいつの親父。もしくはその二人か、いや。襲ってきた奴らを考えると『登鯉会』そのもの、なのか」
自分の考えをそのまま伝えた。ビアンカは間髪入れず返事をする。
「登鯉会の会長である、彼がキーマンなのは紛れもない事実でしょう。さっき襲ってきた木の面の男たちは、おそらくうまくいっていれば私の仲間が尋問を開始しているはずです」
彼女に仲間がいたとは初耳であった。
「しかし。登鯉会は、あの男はなぜこんな大きな事件を起こせるんでしょうか……」
最後にビアンカは率直な疑問を宙に吐き出した。
それは同感だった。そもそも、彼らの中で、何故こんな一連の事件を企て、実行しようと思ったのか。仮面の男たちは何故、その企てに、協力しているのか。分からない事だらけ。しかし、隣に座りいつもなら威勢が良い彼女が小さく震えているのは紛れもなく分かりうる事実だ。彼女の手を握る。
今できるのは彼女を、守る事。それが今自分ができる事だ。
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