4話:幽霊部員だらけの新聞部(浅倉朝太郎)
そうこうして4限が終わり、昼休みに入った。助かったことに前の席に座る村尾が声をかけてくれた。
「なあ、飯行こうぜ」
彼はそう言っては自分の返事を待たずして席を立つ。
午前の授業の後も何人か興味本位で声をかけてくれた。
とりあえずの自己紹介をしたが、彼らはまるで品定めをするかのようで口だけが笑っていただけだった。
そのなかで、この村尾という男には裏がどうもないように思えた。
休み時間、彼を観察してみると友人はそこそこ多いようで、隣のクラスからも友人が訪れていた。そしていずれも屈託のない笑顔でけらりとおどけてみせる。
まだ出会って数時間ではあったが、この村尾虎丸という男が少し好きになった。
「ふうん。それで、親父と二人だけでこっちに戻ってきたってわけか」
学食で伸びたラーメンをすすり、少し空虚を眺めながら彼は返事をした。
「でも随分とかわってるな。俺は絶対いやだけどなあ。友達とも別れて、ほぼ記憶のない親父と二人暮らしなんて。ただの罰ゲームじゃん」
「まあ、そうなんだけどさ」
自分自身でも何故この選択をしたのかわかっていない。だからこそ、村尾の言葉に対して的確な返事などできるわけもない。
「けど、昔はこっち住んでたんだろ。どこ小学校だった?」
「鎌倉一小学校」
「あ、俺二小だったわ。あれ、俺らのクラスにも一小のやついるんじゃないか」
そう言ってスマホを彼は思い出したように弄る。
「あ、ほら浅倉の隣の窓際に座ってる女子。柊木。あいつも一小だぜ」
やはり、記憶は正しかったようだ。叔母の一言は信憑性が高いことを、改めて気がつかされた。
「アイツ人気高いぜ。結構学校の中じゃ有名なんだ」
「そうなのか?」
「うん。まあ、色んな噂があるけどな。ごちそうさん」
彼は箸をぽんと手で合わせ、トレイに置く。そしてそそくさと片付けに返却棚へと向かう。
「噂……」
その言葉は小さく、彼の耳には届いていなかった。
食堂であちらこちらで談笑している生徒。もしかしたら自分だけが忘れているだけで、知り合いがいてもおかしくはないのかもしれない。
村尾の見ようみまねで食器を片付ける。そのまま彼に連れ添って食堂を後にした。
「そういや、部活とか北海道の時は入ってたの? あ! バスケだったらやめとけよ。男女ともども、担任の藤井が顧問で、練習にも顧問が入ってくるくらい激しいからな。あ、でも、ここ一週間くらいは見てるだけって言ってけど」
「あ。バスケは大丈夫。やるつもりもないし、俺は北海道では新聞部だったから」
その返事をした時に彼は目を大きく開く。
「え! 新聞部。でもまあ。へえ、意外だな。なんか普通にバスケとかサッカーとかしてそうだけど」
身長がそれなりにあるから、よく言われるセリフであった。だが実は運動音痴であることは隠しておいた。
球技なんかさせてみたら、嘲笑の的になったことなど記憶にまだ新しい。
まあわざわざ、自分から言い出すことはないだろう。
「あ、でもこの学校の新聞部は真面目じゃないからな」
「そうなの?」
廊下を歩きながら彼は耳打ちをする。
この鎌倉第一高校では全生徒は部活に所属しなければならないルールであるらしい。その中でも運動部は真面目な活動をしているらしいが、文化部は異なるらしい。特に活動の実態がない「新聞部」というのは、とりあえずの名義だけ所属している者が多い部活とのことだ。
「まあ、どこの高校も同じかもしれないけど、そういう部活って活動という活動なんてしてないからな。入ったら青春がもったいないぜ」
「そういう村尾は何部なんだ?」
「あ、俺?」
彼はそういうと恥ずかしそうに頭を掻いた。
「し、新聞部」
なるほど。それは確かに真面目じゃない、と素直に思った。
「みんなほらやりたいことあるじゃんか。バイトとか、趣味とかさ。その隠れ蓑の新聞部ってわけなの!」
村尾は半ば言い訳のように声を荒げるのだった。
放課後、とりあえず村尾に連れられ新聞部へ行くことになった。どうやら借りたCD を返しに行くということらしい。転校初日でどうせ用事もなかったので付いていくことにした。
校舎の一階。吹奏楽部の調音する音はどこの学校でも聞こえるらしい。蒸し暑い廊下を少し歩く。突き当たりに部室はあった。
村尾はドアの前に立ち、「とんと、とんとん」とリズミカルにノックしてみせる。
「俺、村尾」
「入って」
がらりとドアを開けると、そこには狭い部室の中に、ところ狭しとまったく「新聞部」とは似つかわしくない物体がころがっていた。
バドミントン道具一式、漫画本、麻雀台などなど。
そしてその中にいたのは一人の小さな女子だった。髪は短く、ぎりぎりで肩にかかる程度だ。
運動をしているのか肌は浅黒く、白いシャツとのコンストラストが綺麗で活発な第一印象だ。
「浜辺。例のぶつを返しにきた」
「ちょっよ、こら。村尾。遅延金は?」
浜辺と呼ばれた彼女は、上目遣いで村尾をぎり、と睨んで見せる。
「貸したのは今年の春。約3ヶ月も借りたまま。私は村尾がどうしても貸して欲しいって言ったから一回しか聞いてないのに貸したんだぞ」
「まあ、その話はさておいて、ほら、見ろよ。転校生だぜ」
彼女は眉をこわばらせていたが、ようやく自分の存在に気がついたのか、ふと笑顔をみせる。
「どうも。浜辺です」
「あ。浅倉です」
「村尾、ばかだけど仲良くしてあげてね」
「そう言っては彼女は思い出したように、「あ」と声を上げる。
「そうだ。村尾、私のLIME見た?」
「いや、見てねえけど」
「大変な事がおきたんだよ」
「どうした。彼氏でも出来たのか」
彼女はぴょん、と一つ飛び、村尾の頭を叩く。
「ちがう。そうじゃなくて、心して聞いて」
彼女はごほん、と一つ咳をして深刻な面持ちで口を開く。
「もしかしたら新聞部が潰れるかもしれない」
「は?」
「約5年間、ろくに活動をしない部活は潰すと教頭が言っているらしいんだよね。それならば、当然私たちの新聞部も廃部は免れないわね」
「おいおい。本当かよその情報」
「うん。生徒会のちーちゃんが言ってた」
村尾は頭を抱え、うずくまる。
「ちょ、ちょっと待て。そしたら俺らどうなるんだよ」
「すくなからず、真面目な部活に入らざるを得なくなっちゃうと思う。そしたら毎日部活三昧。はあ、私ももうサーフィンできなくなっちゃう」
浜辺と名乗る女子も同じように頭を抱える。
「ちーちゃんが言っていたけど、夏休みが始まるまでに活動実績をつくらないといけなくて、それもしっかりとしたものじゃないといけないらしいんだよ。じゃないと廃部なんだって」
「正気かよ。なんやかんやこの部には数十人いるんだろ。そしたら俺たちみたいな逸れ者は路頭に迷うぞ」
「うるさいな。そんなこと言ったってしょうがないじゃん」
「まじかよ。おしまいだ。俺なんてこの部活で会ったことない奴もいるんだぜ」
「あんた部長でしょ。どうすんのよ」
村尾はあろうことか新聞部の部長であるらしかった。
「おしまいだ。俺のバンドも解散だよ。ちくしょう。新聞部って何すんだよ」
「いや、そりゃあ新聞を書くんでしょうよ。どうしよう新聞なんて書いたことないよ」
その時、村尾は一つ気がついたように、立ち上がる。
「あ」
そして村尾はホラー映画のようにギギギと首を回し、自分のことをじっくりと見つめる。
「浅倉くん。君、昔の部活はなんだっけ」
「え、俺? 新聞部だけど」
「お」
浜辺はぴょんと飛び上がる。
「もしかして、転校生。あ、あなた救世主?」
「は?」
その刹那、二人に羽交い締めにされた。
「いででで」
「おい浜辺、こいつの腕を抑えろ!」
「ガッテン承知!!」
拘束され、無理やりボールペンを持たされでしまったのだった。
「なあ浅倉俺たち親友だよな」
無理やり椅子に座らされ、麻雀台に置かれた入部届へ手を伸ばされる。
「や、やめてくれ。まだ出会って半日だぞ」
「何言ってんの。ほら人助けだと思って。ほらほら」
浜辺と名乗った女子はすごいちから自分の腕を伸ばす。
「村尾! 転校生の漢字は」
「浅倉だ!」
「あ、さくら、と。下の名前は!」
「おい浅倉。下の名前はなんだ!」
「あ、あさたろう」
村尾の腕が首に入っており、息ができない。
「あさたろう。漢字がわかんないわよ」
「浅倉、漢字はどうなんだ」
──今日、黒板に書いただろうに、と声に出ない声を出す。
「わ、わかった入部するから、離してくれ」
村尾はそっと手を離す。
「ほんとうか?」
二人の声が揃う。
「本当に入るよ。新聞を書けばいいんだろ」
半ば恫喝、脅迫に近い状態であり、入部する義理は当然ない。だが何となく、漠然とだが、頼られたことの高揚感と、転校初日の緊張感のせいか「楽しくなりそうだ」という感情が、自分の中で湧き上がってしまったのだ。
「ほ、本物の救世主なのか、こいつは」
浜辺は驚き、額に手を当てる。
さらり、と「朝太郎」と文字を付け加える。その正式な入部届に二人の手が伸びた時、それを自分は制した。
「一つ条件がある」
二人の視線が自分の瞳とぶつかる。ごくり、と生唾を飲み込む音が村尾から聞こえた。
「な、何。条件って」
恐る恐る伺う浜辺。
「村尾がさっき言ってたけど、ここは仮面部員が多いんだろ。でもな。そうだとしても取材とか新聞書いたりするを協力して欲しいんだ」
「そりゃできることなら手伝うけどさ。俺、新聞なんてどうやって書けばいいのか全くわからないぜ」
「大丈夫。それは俺が指示するし、手伝うから」
「まあ、それなら、是非」
浜辺はふたつ返事で了承する。
「よし、やるか。いや、やるしかないもんな。頼むぜ浅倉、いや。朝太郎。力を貸してくれ」
村尾は立ち上がり手を差し伸べる。今度はこれが握手を求めていることに気がつくことができた。
「じゃあ、廃部を逃れるための条件について改めて教えてくれない?」
浜辺は一つ頷き、ちーちゃんとやらに電話をかけたのであった。
下校時間。二人と駅前で別れ帰路に立つ。最後、浜辺から言われた条件について思い出していた。
廃部を逃れる条件。
それは「生徒のほとんどが自分たちの新聞について知っていること」であった。
成果がない部活は、部活として認めない。まだ出会ったことはないが、教頭の言っていることは至極真っ当な気がする。
転校初日で、幽霊部員が集う部活を救うべく入部するなどとは思いもしなかった。
夕方になってもなお、街は熱と湿気に満ちている。
ただ、自然と胸が高鳴るのは何故なのか。友人が転校初日からできたことはとても喜ばしいことだと思う。しかし、彼らがいくら悩んでいたとは言っても、簡単に今回のことを引き受けてよかったのだろうか。まだ、この街のことも何も分かっていない。
けれどもワクワクしている自分というのは、自分ごとではあるが久しぶりの感覚であった。転校前にはなかった、この感覚。何かが始まろうとしているという高揚感に足は軽く踊るのだった。
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