46話:格闘そして現れた救世主(浅倉朝太郎)
不気味なほど綺麗な花火が空を彩る中。自分は走った。
──土肥さつきが消えた。目の前で。
彼女が撮影した仮面の男。あれは、たしかに柊木と退院の帰り道に見た者と同じだった。
土肥は「龍の角」を持っていた。伝承では、龍を封印するための一つだと云われているもの。そして今、彼女は消えた。桜井と同じこの江の島で。一つの確信。そして巨大な不安と恐怖。
「土肥、土肥さつき!」
どん。と鳴り響く花火の音と群衆の歓声ですぐに自分の叫びはかき消されてしまう。
──柊木。
桜井、土肥。龍の角を持つ二人。そしてもう一人は彼女だ。
柊木も危ない。くそ、どうすればいい。
パニックに陥る中、誰かが自分の手をつかんだ。
「浅倉」
そこにいたのは、髪がほどけつつあった柊木だった。
「ひ、ひいらぎ。だ、大丈夫か」
彼女は無事だった。
「大丈夫って、あんたこそ大丈夫? 私ずっと待っていたんだよ。そしたら、走っているあんたが見えたから」
「ど、土肥が」
「え?」
柊木の手を取る。そして、急ぎ近くの屋台に駆け込む。
「きゅ、急にどうしたの」
一瞬花火に光る柊木の頬が赤かった。
「土肥が攫われた」
「どういうこと?」
彼女に事態を伝えた。ついさっき起きたこと。そして。
「あの子も、これを持っていたの?」
柊木は首にぶら下げられた赤い龍の角を取り出す。
「事件は終わってなかったんだ。桜井の事件はまだ」
「そんなわけ」
「偶然じゃなかった。桜井の事件。どうしたって、藤井一人での犯行は不可能だった。あれには協力者がいたんだ。そしてその協力者が今、この場で土肥も攫った」
「浅倉」
「藤井は登鯉会に所属していた。そして、昔、登鯉会は龍を封印した。封印は龍の角で、そしてそれを持っていた桜井は殺された。だ、だから。土肥もこのままじゃ」
「浅倉、ちょっとしっかり」
「登鯉会。にゅ、入道。この祭りに誘ったのもそのため……。花火もこのためか」
入道は土肥と共に自分を誘った。この事件は、登鯉会が絡んでいる。
そして、何が理由かはわからないが、五頭龍の伝説になぞらえ、封印の鍵となっている「龍の角」を持つ人物を狙っている。儀式なのか、それともこじつけか。理由はわからない。
木の面をつけ女子を攫う。カルト染みた何か。花火も群衆の目を欺き、自分たちの意表を突くため。
「朝太郎! しっかり」
柊木が頬を打つ。
「土肥ちゃんが、いなくなったんでしょ。まず警察に連絡しないと」
「そ、そうだ。けいさ……」
柊木の方を振り向いた瞬間。
彼女の背後に木の面をつけた何者かがすぐそこにいた。猿でも、犬でもない。
「きゃ」
柊木は腕を引っ張られたのか、茂みの中に引きずられる。
「ひ、柊木!」
自分も反射的に茂みに飛び込む。
「いやあ!」
柊木が悲鳴を上げる。どん。と花火がその声をすぐにかき消す。
茂みから這い上がり、雑木林に入り込む。
花火の光に反射し、地面に倒された柊木と、それを取り囲む木の面をつけた男、三人の姿があった。いずれも目なのか漆黒のくぼみがある木の面をつけている。あの時、写真に写ったのは犬の面をかけていた。ここにいる奴らはまた違う。
「柊木を放せ」
もはや思考はしなかった。条件反射的に彼らに突っ込む。そして、柊木をつかむ腕に思い切りかみついた。
「ぐぅ」
低い男の声。その手は痛みに耐えかねて離れる。
「柊木、大丈夫か」
浴衣が少しはだけた彼女は何度か頷く。
「朝太郎……」
「大丈夫。お前だけは俺が守る」
人混みから少し離れ、崖にも近い林の中。自分よりも一回りも大きい得体の知れない男たちが迫る。
大声を出したとしても、おそらくこの状況では歓声に間違われるだけだろう。一先ず、彼らから柊木を遠ざけなければならない。
男たちは人混みに逃げないよう、通りを塞ぐ。露天の親父たちは裏手にいる自分たちに全く気づいていない。
一歩彼らは近づく。それに応じ、自分も一歩下がる。
次第に雑木林に入り込んでいく構図になる。柊木を起こす。
正面に人混みが。しかし、それを遮るように男たちが立ちふさがる。最悪なことに右手は崖のような急な坂道しかない。
つまり、退路は後ろの林の中しかない。しかし、この状況から察するに、連中の仲間はまだいるはず。
こんな最中でも土肥にはさらなる危険が迫っているはずだ。
「柊木走れるか」
「う、うん」
彼女はかんざしを落としたのか、金の長い髪を垂れた。
「次の花火が消えた瞬間、また暗闇が戻る。そしたら一気に林の奥に抜けよう」
「わかった」
良くも悪くも自分にとって、藤井香に襲われた経験が効いていた。こんな状況で、さっきまでとは違い頭は冷静であった。喉の渇きは感じるが、頭は冴えているのが不思議だった。
そして時を待つ。ジリジリと男たちが歩み寄る。ドンドン、と音が鳴り止むと同時にあたりは暗闇に包まれる。
彼女の手を引き、一気に駆ける。
「浅倉、後ろ! もう来てる」
柊木は叫ぶ。振り向くと仮面の男たちは、すぐ後から迫ってきている。
「ど、どこにいくの」
「分からない! とりあえず、反対側まで出て人混みのところまで走れば、追ってはこないはず」
木々や薮が茂る道を懸命に走る。
花火の音は聞こえるが、光は頭上の無数の葉っぱが隠すため、暗闇があたりを包む。
「あとちょっとだ」
人の声が近づいてくる。何とか助かったそう思った瞬間。
さらに仮面の男が茂みから複数現れた。そして、先ほどと同じく自分たちの行く手を遮る。
「あ、あんたたち一体何者なのよ」
柊木は吠える。しかし、彼らは返事をしない。得体の知らない連中。やはり藤井や先ほど写真に写った人物との共通点が多い。だが、なぜこんなにも無数に刺客が現れるんだ。
──登鯉会とはいったい何なんだ。
前方には仮面の男が二人。さらに追って来ているのが三人。計六人を相手にすることになる。
一般の高校生が仮にこの状況を軽々と挽回できたとするなら、おそらく漫画の主人公として立候補すべきなのだろう。
当然そんなことは無理だ。であれば、それこそ命を賭けて打開するしかない。
「やるしかないか」
覚悟を決めた。このまま彼女を守り続けるのは不可能。であれば、刺し違えてでも彼女は逃す。
「浅倉……」
柊木が自分の腕を掴む。前方の男たちは歩み寄る。背後からも男たちは追いついたようであった。万事休す。そう思ったその時。
眼前に金の髪が靡いた。しかし、隣には柊木はいる。
「なんとか間に合ったようですね」
現れたのは、タンクトップに迷彩柄のズボンを履いたビアンカだった。




