45話:祭りを駆ける(村尾虎丸)
祭りが始まった。しかし父は見つからない。次第に人が増える。それは仕方がない。
結局昨晩から今に至るまで走り続けた。一度家に帰ったが、父が帰った様子も無かった。
黒ずくめ、そして木の仮面。藤井香が事件を起こした時と同じ衣装を父は持っていた。
そして、決まり手はメモだ。
──実行日は八月十四日。
つまり、今日。あいつは何かを起こすつもりなんだ。
結局、110番は今も掛けてはいない。逃げだとは思うが、これは自分で落とし前をつけなければいけないこと。
そう思っていたからだ。家の周りも十分見て回った。漁師の父の友人たちにも聞いて回った。行きつけの居酒屋も寄った。
しかしいない。どこにも。
「くそ」
汗まみれになった姿のまま、とうとう祭りの会場にたどり着いてしまった。
だが読みがあった。祭りの日、あえてこの日を実行日とした理由、父は此処にいる。それ以外考えられない。
図らずも浅倉の誘いに返事をしなかったこの場に来てしまったのだった。
「くそ」
人が多い。この中で、一人の男を探せるのか。人波に揉まれながら、探すのは難しい。
だからこそ、地元民だからこそ分かる。獣道へ迷わず突っ込む。周りの人から見ると気でも触れたのかと思われるかもしれない。しかし、そうも言ってはいられない。草むらを踏み慣らし、高台まで出る。
そして、無数に流れる顔に目を凝らす。その時、ふと気になる人物を見つけた。会いたくなかったうちの一人。浜辺と峰岸の姿があった。
どうする。足りない頭で思考をめぐらす。もとはと言えば、彼女らに不穏な動きをしていた「登鯉会としての父」を知られたくなかった。
であれば、答えは決まっているはずだ。浅倉や土肥に協力を仰ぐことはなく、無視を決め込むしかない。
だけど、今はもう時間がない。何かがあってはもう遅い。
「ああ。くそ!」
再び宙に罵声を浴びせ、急ぎ駆け降りる。
この状況では一人では何もできない。今ならまだ間に合うかもしれないのだ。
であれば、一番知られたくない人でも、知ってもらわないといけない。それはきっと最悪ではない。身勝手な自己解決をして、彼女たちに向かい人を搔きわけ走る。
「浜辺っ。峰岸!」
「む、村尾!?」
声に気が付き、浜辺達は振り返る。
「あ、あんた。来てたの!?」
「ああ。来てた。すまん。突然で本当にゴメン。お前の、お前たちの力を貸してくれ」
二人は髪をぼさぼさにした自分に驚く。
すこし道を離れ、今自分が陥っている状況を伝えた。
「──まさか」
峰岸は口に指をやる。浜辺は口をあんぐりとさせた。
「それってつまり、桜井さんの事件に関係があるってこと? あれって終わったんじゃ」
「わからねえ。でも、俺が見たのは事実だ」
「事態は刻一刻を争っているということね。もし、藤井先生と何か関係しているのであれば、村尾君のお父さんは何か事件を起こそうとしているかもしれない。つまり、そういうことなのよね」
恥ずかしながらその通りだ。目をつむり大きくうなずく。
「村尾っ。そういうのは早く言いなさいよ。まったく。探すわよ」
浜辺は勢いよく、駆け出そうとする。
「いいのか。浜辺。俺お前たちを無視したのに」
「そんなこと言っている場合? とりあず今、あんたは私たちに教えてくれたんでしょ」
浜辺は自分の目をしっかり見て言い放つ。
「お、おまえ」
「探すわよ。ちーちゃんもお願いできる?」
峰岸は眼鏡を外す。そして、すぐさまスマホを耳に当てる。
「浦賀達もここにきているの。彼に連絡して、祭りにいるギャザラーズにも声をかけるわ。写真を頂戴。あと、それと」
峰岸は受話器を少し遠ざける。
「警察にも連絡した方が良いわ」
──そうだよな。
峰岸は冷静だ。当然だが、自分が一番避けたかったことが、一番の近道でもあった。震える手でスマホを再び取り出す。
「くそ」
「大丈夫」
浜辺は震える自分の手を優しく包んだ。思わず涙が溢れそうになる。
「覚悟、決めた」
番号を押す。するとすぐさまつながった。
「はい。110番です。事件ですか。事故ですか」
淡々とした口調の女性の声が聞こえた。
「じ、事件。事件になりそうなんです」
「お名前は」
「む、むらお。村尾虎丸です」
そして流れるように住所、今の場所を尋ねられる。それに対して、今の状況を伝えた。
「ち、ちち。村尾毅が。親父が何かしようとしているんです」
「わかりました。近くの交番からも向かわせます。電話番号を……」
とりあえず、できることを伝えた。震える手で通話を切る。
「とりあえず。私たちもお父さんを探しましょう。村尾君も警察からの電話が来るから、いつでも出られる状態にすること。あと、他に心当たりは」
峰岸もひどく冷静に状況を確認する。
「それが、わからねえんだ。ただ、親父を尾行した時、入道さんの家に入っていくのを見た。真夜中に」
「入道……。それなら、浅倉君がさっき」
その時。今まで煌々としていた明かりが一瞬にして消えた。
「きゃ。なになに」
浜辺が悲鳴を上げる。そして、次の瞬間。どん、と花火が上がった。
「は、花火?」
暗闇の中、空に煌めく。周りの人たちは歓声を上げる。
「くそ。これじゃあ、何も見えねえぞ」
「聞こえる浦賀。もしもし。もしもし」
どん、どん。暗闇の遠く閃光の連続。そして爆音。電話が聞こえ辛いのも無理もない。それ以上に暗闇に目が慣れていないせいか、近くの浜辺の顔を見え辛い。
「事件を起こすには、絶好のタイミングね」
峰岸は、ぼそりつぶやく。
「だめだ。とりあえず走りまわって探すしかない」
「ちょっと。待ちなよ村尾!」
浜辺が自分を追いかける。
どん、どん。花火は何度も上がる。人が立ち止まるせいで、自然の障害物と化している。
「浜辺。浅倉、浅倉に連絡してくれ。あいつなら何かわかるかもしれねえ」
「わかってる。今やってる!」
浜辺は浴衣だったせいで、早く走ることができないらしい。振り向くと、姿が見えなくなってしまう。
「村尾、あんたどこ行くの」
「にゅ、入道さんのところだ。あの人なら何か知っているかもしれねえ」
「それなら、運営テントだって、さっきちーちゃんが」
「わかった」
こんなことなら、早くあの家に押し掛けるべきだった。そんな反省をしながら、打ちあがる花火には一瞥もくれず、
人の壁を押しのける。
「あった! あそこ」
気づくと浜辺は自分の隣にいた。足元に目をやると彼女はサンダルをはき捨てたようだった。
自分のために、はだしで。くそ、また涙が。
彼女の指差した方向に、花火に照らされたテント。そこには「運営会」の文字が映っている。そうして何とかそこにたどり着くが暗闇のせいで、誰がいるのかも分かりゃしない。
「入道さん。いるか!?」
ありったけの大声を上げる。
「ん。誰だい」
一人のか細い声が耳に入った。
何とか目を凝らす。そこにいたのは長い眉毛をした老人だった。入道ではない。
「入道さんは。入道さんいるか」
「あい? 今日は若いのがいっぱいくるなあ」
次第に人影が露わになる。そこには見知った入道の姿はない。
「入道どこにいる」
「ああ。入道さんなら、出かけたよ」
「出かけた? くそ。じゃあ、爺さん。村尾。村尾毅をしっているか?」
老人は目を潜ませ、自分の顔に向かい、ずいと近づく。
「あんた、村尾のせがれか」
「ああそうだ。村尾虎丸! 親父がどこにいるか知らないか」
「あい?」
どん。とさらに花火が。老人の耳の遠さも相まって、会話が上手くかみ合わない。
「お・や・じ! 村尾毅がどこにいるか知ってるかって。登鯉会にいるだろ!」
「村尾さんが何処にいるのかわからんよ。ましてや──」
「爺さん。聞こえない!」
「ましてや、登鯉会を抜けた人なんぞ、知らんといったんじゃ」
「え」
父は登鯉会を抜けた。そんなこと聞いたことがない。
「じいさん。それほんとか」
「本当だとも、入道さんから聞いた。ずっと一緒だった村尾さんが辞めたってな」
「それはいつだ」
「入道さんは一週間前って言ってたな」
一週間前。それは、ちょうど夜中に父を尾行した時だ。
「もう、わけわかんねえよ」
思わず、心のうちが漏れてしまった。
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