43話:夏祭りの前日、親父の計画(村尾虎丸)
江ノ島祭り。毎年行われる恒例行事。バンド仲間だったり、同級生とだったり、年によってメンバーは異なるが、毎年欠かさず出ていた。地元に密着している村尾家も母がいた時は総出での参加だった。
しかし、例の出来事から父は参加しなくなった。毎年出していた屋台も止め、祭りの当日は家で酒でも飲んでいる。
今年は、浅倉から誘われた。
正直、行きたい気持ちだった。別段彼らのことが嫌いになったわけではない。むしろ好きだ。しかし。
「親父いったい何してんだよ」
父を尾行したあの晩。彼は入道の家。灯りもつけていない登鯉会会長の家に入っていった。
結局、源とかいう刑事に見つかりその後のことは分からずじまい。新聞部として登鯉会を調べている中、不穏な空気を漂わせる父は、その登鯉会のメンバーの一人なわけだ。
そんな、身内の謎を彼らに知られたくなかった。だから、自分は距離をとってしまった。
結局ここ一週間、父のことを調べた。何を行なっているのか、再び尾行をしてみたりもした。だが、詳しいことはわからなかった。行きつけの居酒屋に行ったり、漁師仲間と顔を合わせるぐらいで、特段何かをしているわけでない。
表立って不穏なことはなかったのだ。しかし、実の息子である自分にとっては、直感的に悟っていた。
──親父は何か良からぬ事を企てている。
そして迎えた八月十三日。祭りの一日前の夜。家の前では設営が始まり、江ノ島は盛り上がっていた。
提灯がぶら下がり、屋台が組まれていた。今回の主催は例の登鯉会であることもあり、登りが無数に掲げられ、海の風を浴びながら悠々とはためいている。あとは、明日を待つばかりそんな空気だった。
結局、浅倉から誘われた答えは出さず仕舞いで今日まで来てしまった。
「なあ。親父」
朝、椅子に座りテレビを眺める父に向かい尋ねた。彼の近くにリュックサックが横たわっていた。またどこかに行くつもりらしい。
「明日の祭りはどうすんの」
「祭り? 俺は行かない。他にやることがある」
彼は自分に一瞥もくれず答える。
「やること? 夏の間もテレビ見て、酒飲んでるだけなのにか」
「お前。誰に向かって言っているんだ」
父は低く唸り、ようやく自分を見た。
「別に。事実を言っただけだろ」
「この」
勢いよく立ち上がり、自分の胸ぐらを掴む。
「親父おかしいよ。何やってるんだよ毎日。母ちゃんがいた時と変わっちまったじゃんか」
「うるさい。お前に何がわかる」
そのまま殴られるかと思った。しかし、父はつかんだ腕をそのまま下ろした。
「いいか虎丸。俺に構うな。バンドか何か知らんが、いつも通り自分の事だけしていればいいだろ」
そう言い放ち、父は居間から消える。
「どこ行くんだよ」
「どこでもいいだろ。お前と同じだ。明日まで帰らない」
そして、玄関が閉まる音がすぐさま聞こえた。
また付いていこうとも思ったが、止めた。
ここ最近の尾行の空振りが多すぎたから、というのもあった。
「くそ」
何とも言えない不甲斐なさを噛み締め、再び父の書斎へ向かった。何か材料が欲しかった。
父が何も企てていないという証拠。別に浅倉達が登鯉会を調べていても問題ないということ。
そして、心安らかに、大手を振って彼らと祭りを楽しむための何かを。
しかし、書斎の扉は閉まっていた。いつもならば、不用心なくらい誰でも入れるその部屋に鍵が掛けられていた。
「くそ」
ガチガチャとノブを回してみても、びくともしない。いつもとは違う状況は当然、何か特別な事が起きている。
「うらぁああ」
思い切り、力を込めノブを回す。足で踏ん張りテコのように目いっぱい。
ガコン、と鳴ってはいけない音とともにノブは周り扉が開いた。いつもならば、無造作ではあるが比較的整っていた机の上に奇妙な物があった。黒いジャンプスーツ、グローブ。金槌そして、ナイフ。さらに、その物々しい雰囲気にそぐわぬ、木彫りの面。
「これって」
新聞部で解決に導いた桜井の事件がフラッシュバックする。
藤井香。教師であった彼女が犯人だった。あの時、桜井を襲った藤井の服装、姿。それは、いま机の上に広がる装備そのものであった。
「け、警察」
震える手でスマホを取り出す。
110番。電話をかけようとしたとき、寸前で手が止まった。
──いいのか。ここで俺が電話して。
刹那の中で逡巡する。家の前にパトカーが数台止まり、警察に連行される父の姿。野次馬とマスコミが群がってくる。そして、人ごみの中見えるのは不安そうな浜辺の顔。
ぶん、首を振るう。
「くそ」
入電しなかった。何か手掛かりが欲しい。そう思い、さらに机を物色する。すると一枚のメモが見つかった。父の直筆だ。
──実行日は八月十四日
明日、祭りの日。そのとき何かが起きる。今は父を追うしかない。そして問い詰めなければいけない。
これは村尾家の問題だ。部屋はそのまま、家を飛び出る。
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