39話:プレゼンテーション(浅倉孝太郎)
「久しぶりのジャパンはどうだった」
オークランドのオフィスビル。夏の太陽に照らされたベイブリッジを望む自分に向かい、ドレイモンドは頭をつるりと撫でて尋ねた。
「息子に久しぶりに会えてよかったよ。けど、嫌な思い出は、そういった楽しさとは別に襲いかかってくるもんだね」
「──ワイフのことか」
「まあ、そうだね。こっちは順調なのかな」
「イエス。プリマスの工場の稼働も順調だ。エンジンの製造も軌道に乗ってきたし、航空会社ナゲッツとの業務提携も完了した」
「それは、順調に越したことはないね」
「ああ。社長がそろそろくる頃だ。日本法人の社長として、格好良いところ期待しているぞ」
「ドレイモンドも、英国社長として紳士な対応を期待するよ」
二人で、大会議室へ向かう。
シリウスインダストリー。世界をまたにかける重機械を扱うメーカ。世界各国に工場をいくつも持ち、それぞれの国に向けたエンジン、発電機、車両部品や、半導体を製造している。
今日は、日本法人を任せられた自分にとって、浅倉孝太郎として人生でも重要な日であった。
「諸君。儲けているかい」
シリウスインダストリー本社CEOであるジェームズは、まったく楽しくなさそうに、各国の支社長に向け挨拶した。
今日は取締役会。つまり、会社としての方針、重要な投資や受注を決定するための最上位の会議だ。
自分達、現地法人の社長は一切の裁量権を任せられている。しかし、会社としての本質となる方針については、この場に議題として上げる必要があった。
「じゃあ、早速。今日は二件の議題だ。まずドレイモンド。君から頼む」
「サー。ではまず、これを見てください」
巨大なロールスクリーンが降ろされ、数十人の重役は一斉にそちらに視線を向ける。
「──バーミンガムで進めているプロジェクトですが……」
ドレイモンドは堂々と説明を開始した。
実はというと初めに議題を出したのは自分であった。プレゼンテーションの順番は本来であれば僕からだ。しかし、無理を言って順番を変えてもらったのだった。
CEOジェームズの今日の機嫌、着眼点、指摘するポイントを、ドレイモンドの説明を通じて傾向を把握したかったからだ。今回の自分の議題は、どんな手を使ってでも裁可を得る必要があった。彼にはファーストペンギンになってもらうしかない。
「ドレイモンド。君のところの数字が今どんな状況か分かっての発言かい」
英国支部の売上は堅調に向上していたが、劇的ではなかった。今回彼は、英国のライバル企業の一つを買収しようとすることが議題であるらしかったが、CEOにとっては、まだ実績足らずであるというのが、聞いているところでの所感であった。
──今日は数字、命か。
「いまの英国経済は、高齢化も進んでいますし、働き手がそもそも減っているんですよ。今、買収をしかければ、それを逆手に取って……」
「ノーだ」
レブロンはドレイモンドの説明を制し、日本刀のように彼の提案を切り捨てた。
本来的には、この会議は合議制だ。社長も頭数の一人に含まれた多数決で、議題の是非を決する。社長も最後の決定にあたっては只の一票に過ぎない。しかし、その投票が始まる前と後は圧倒的な権力者ではあった。
だからこそ、ドレイモンドの議題は反対多数の却下となった。余程自信があったのか彼は一回り小さくなって自席へ戻る。
「次。コータローアサクラ」
ネクタイを締め直し、壇上へ。
「──かねてより、日本、鎌倉で進めていたイザナミプロジェクトですが……」
この議題だけは絶対に落とせない。
レーザーポインターが緊張で揺れる。
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