37話:登鯉会調査開始(浅倉朝太郎)
土肥と落ち合ったのは、ちょうど正午を回ったころだった。
江ノ電駅前で彼女はつまらなそうに、携帯電話を眺めていた。
身長が高いからこそ、人混みの中でも彼女は少し浮く。
「あ。先輩!」
周りを見渡した彼女は自分に気がつき、さらに長い腕をぶん、と振るう。
「ごめん。お待たせ」
「いえいえ。私も来たばかりですから。それじゃあ、行きましょうか」
今日彼女と会った理由は、今回のテーマとして取り上げた「登鯉会」についてを調べるためだ。
その後、連絡を取っていた登鯉会について詳しかったビアンカとも近くで落ち合う予定でもある。まず自分自身がそこまで謎の商会についての知識が足りなかった。何はともあれ情報が欲しかったのだ。
土肥と一緒にこの江ノ島に、どの程度商工会に関連する店舗があるのか調査すること。そして、彼女が知る情報を共有することが今日の目的だ。彼女は動きやすい短パン姿で、おろしたてなのか、真っ白なスニーカを履いていた。そしてそれを往来する大通りへと踏み出す。
江ノ電江ノ島駅から、江ノ島本島までは幾分か小路を進むと、二車線ほどある大通に出る。
「あ。ほら、早速ありましたね」
外国人の観光客向けの、シラス丼が名物の海鮮料理屋。でかでかと値段が書かれたの近くに、鯉が滝を上る様子が描かれた旗もひっそりと掲げられていた。そして、さらに歩を進めると焼きイカを売る屋台にもそれがあった。
最近流行っているパンケーキを売るような喫茶店には、それらしきものは無く、なんとなくイメージ通りで、昔からここに店を構えているであろう店舗にそれはあったのだった。
「ここまで来るのに10店舗くらいか?」
「そうですね。厳密にいうと12個はありましたね」
意外とマメな性格らしく、スマホのカウンターで彼女は数えていたようだった。
「うーん。誰かに話を聞ければいいんだけどな。その登鯉会についてさ」
「そうですよね! なんか新聞部っぽくなってきましね」
君は歴史部だろうに。そんなツッコミは心の中にしまっておき、比較的会話がしやすそうな、それでいて入りやすい店を探す。人をかき分け江ノ島中を練り歩く。すると地元のせんべいを取り扱っているであろう菓子屋の存在に気がついた。
人は入っておらず、眠たそうな老婆が番頭に立っているのが、外からも伺えた。
「ここいってみようか」
『北条煎餅』と書かれた錆びたサインの下にある引き戸を開ける。
「あのう」
「はい。なんでしょ」
眠っているように見えたが、自分達の存在には気づいているようであった。
「少しお尋ねしたいことがあるんですが」
「あれ。学生に私が教えられることなんてあるのかねえ」
「その! 『登鯉会』について知りたいんです」
土肥の問いかけに老婆は少し眉を上げる。
「若いのに妙なこと知ってるねえ」
「はい。私たち鎌倉第一高校の新聞部なんですが、夏休みのテーマで、地元の歴史について調べているんです。それで『登鯉会』について興味をもちまして」
自分の説明に対して、こくりこくりと相槌を打つ。
「そんな楽しい話はないよ。『登鯉会』はここ江ノ島の商工会だからね」
「それはどういうものなんですか」
土肥は単純に質問を投げかける。
「そうだねえ。ほら、最近色々な企業がこのへんで店を出しているでしょう。それこそ安くて、ケエキとか。流行っている店がいっぱいできている。そういうお店に負けないように、何かあった時に、人手を貸してくれたり、お金を貸してくれたり、そういったことをしてくれるのさ」
「ふうん。なんか普通ですね」
そりゃそうだろう。と再びのツッコミを心の中で入れる。
「ですが、歴史は長いって聞きました」
「──そりゃそうさ。かの将軍公がいた時から『登鯉会』はあったんじゃからな」
「やっぱり。ネットの話は本当なんだ」
土肥は大きな体を跳ねさせる。
「それじゃあ、おばあさんの家も昔から、その『登鯉会』に入っていたんですか」
「そうだね。何しろ、私の婆さんの婆さんが戦争の時や、それこそ、バブルだっけか。私の婆さんが地上げに苦しんだ時も助けてくれたって言ってたからね」
「助けた、それはお金とかで工面してくれたとか、そういう話ですか」
「まあね。お金以外でも色々助けてくれたって言ってたよ」
「お金以外というと?」
「いやあ。それこそ会長さんが議員さんにも声かけてくれて、暴力団だっけ? そいういった連中を追っ払ってくれたとかさ」
──それは、かなりの助けだろう。しかし。
「議員っていうと政治家ですよね。地元の方とかでしょうか」
「さあね。けど、今の私も会長さんには、だーいぶ助けてもらってる。あの人、いや。あの人たちは大分色々なところに顔がきくみたいだからねえ」
「なんか、大きな話になってきましたね」
土肥は小さく耳打ちをする。
「今の『登鯉会』の会長さんって誰なんです?」
土肥は訪ねる。
「ほら、そこの海鮮丼屋の入道さん。あそこが今、会長さんやってくれてる」
自分のところの大家の名前が出てきて少し驚く。
「へえ。先輩。そこに聞いてみましょうよ」
「あ。今日はお休みだと思うよ。あとは詳しい人誰だろうねえ。『登鯉会』の名家っていうと、あとは」
老婆は少し考え込む。しかし、その考え込みようが寝ているようにも見えて、二人で少したじろいでしまう。
「あ。問屋さんやってる藤井さんのところか。でも、もうあそこは誰もおらんか」
──藤井。
その苗字に引っかかる。
「すみません。その藤井って親戚の誰かが教師をやっていますか」
「あー。娘さんがこの辺で教師をしてるって言っていたね。でも、藤井さんのところは、お父さんもこないだ亡くなっちゃって。娘さんだけになっちゃったんだねえ」
「残念。先生いれば話聞けたんですけどねえ」
土肥は状況をわかっていないからこそ、無邪気な感想だ。しかし、自分は何か嫌な繋がりを感じた。
謎の面を被り、自分の生徒を不可解な殺し方をした藤井香。そして、今、登鯉会においての名家として存在していたという「藤井家」の存在。
偶然か。
「先輩?」
土肥は様子がおかしいと思ったのか、自分の顔を覗き込んだ。
「あ。いや、なんでもない。おばあちゃん。ありがとうございました」
「また、何かあれば来てねえ」
菓子屋を後にし、人通りがさらに増した道に出る。
「次は、入道さんでしたっけ? 日を改めてそこに行きましょうか」
「あー。うん」
「なんか、気になることがあったんですか先輩」
「いや。なんでもないんだ。あ。そろそろ例の人と会う時間かもしれない」
時刻は15時を回っていた。
ビアンカとは家の近く。以前柊木とも来たことがあったスタービックスコーヒーで待ち合わせをしていた。
土肥と何か他愛もない話をしつつ、店まで向かう。
しかし、その最中も、藤井の存在が頭を占めており、うまく会話に集中できなかった。
スタービックスに着き、空いている席を探す。どうやらビアンカはまだ訪れていないようであった。
「よっこいしょ、と」
土肥は席に着くと生クリームがたっぷりと乗っかったドリンクに口をつける。
「あ。そうだ。先輩。写真見せてくださいよ」
「え?」
「会長。あ。峰岸先輩からカメラが上手だって聞いたんで」
「上手ってほどでもないんだけど」
カバンからカメラを取り出す。
「随分と年季が入ってますね」
「そうだね。といってもフィルム式じゃないんだけど」
「ちょっとかけてみてもいいですか」
土肥はそういうと、カメラを首にかける。
「はい。先輩わらってくださいねえ」
「いや。俺はとらなくていいよ」
「ほらほら。そんなこと言わず。はいチーズ!」
カシャリ、とシャッターが押される。
「私も欲しいなあ」
撮った写真を確認もせず、土肥はカメラを首から外そうとする。どうやら、本当に撮ってみたかっただけだったらしい。そもそも会話がうまく噛み合わなかったからこそ、場繋ぎをしてくれたのかもしれない。
しかし、カメラを外そうとした時に、ネックレスに引っかかったのかうまく取り外せなかった。少し格闘しつつ、彼女はカメラを外すと、それを自分に手渡した。
「それで、先輩。その『登鯉会』に詳しい人って」
「あ。ビアンカさんね。あれ、もう待ち合わせ時間は過ぎているはずなんだけど」
スマホを確認した時、本人からの通知が来ていた。
──すみません。浅倉さんの家でもいいですか? ちょっと今立て込んでいて。
彼女からのLIMEにはそう書かれていた。
「あ。ここには来れないらしい」
「ここには? なんか変な言い回しですね」
「いや。俺の家なら行けるらしいって」
「え! まってください。先輩。ビアンカさんて女性ですよね。もしかして先輩とそんな関係なんですか」
「違う、違う。そうじゃないよ」
土肥は如何わしい視線を向ける。
「ほんとだよ。じゃあ、土肥も来るか?」
「え!?」
彼女は目を白黒させる。
ん。ちょっと、待て。
知り合いが『登鯉会』に詳しいと言っておきながら、その本人は現れずで、それでいて、その本人が自分の家に来ると言ってるから後輩を自宅に誘う。
これって状況を知らない人からすると、何かイヤらしい妄想を持っている男子が、後輩女子を家に連れ込もうとしている状況とも、捉えられてしまうのではないか。
冷静に状況を分析しつつ、恐る恐る土肥の様子を伺う。
「センパイ。随分と大胆ですねえ」
「いや。違うんだって!」
「いいですよ。まだ知り合ったばかりですけど」
「いや!だから違うんだよ。ほら、スマホ見ていいから!」
「そんな野暮なことしませんよお。ほら行きましょ」
だから、と小さくつぶやいたが、土肥はすでに席をたち上がり飲み物を片付けてしまう。
「そいういう下心があるわけじゃないから!」
さきに出口へ向かう土肥は、自分に向かいウインクして出て行ってしまう。




