29話:ライブの後で(村尾虎丸)
少し改行を多めにしました。読みにくかったら直したいと思います。
「ありがとうございましたぁ!」
マイクにそう言葉を残し、スポットライトから退いた。
「村尾最後のリフ、あれなんだ?」
ベースの古賀は楽屋に戻るなり、そう言い放った。
「え。なんかマズった?」
自分達「デトロイトガトリングス」締めの一曲だったからこそ、アドリブでギターソロを入れてみたのだ。
「いや。神ってたっしょ! ガチでヤバかった」
古賀は興奮気味でメガネはずり落ち、ドラムの勝田も止まらぬ汗を拭いながら、うんうんと頷いていた。
「やっぱ、音楽の才能あるって!」
古賀が赤ん坊のように騒ぐ。流石にちょっと恥ずかしかった。
「ちょっとライブ来てくれたみんなに挨拶してくるわ」
年上の年代もいるため、タバコを吸っている者が多く、楽屋は煙たい。散らばった器材をひょいひょいと飛び越えふたたびフロアに戻る。
「あれ?」
そこには同窓の顔はなく、ライムで新聞部の皆にメッセージを打つ。するとすぐさま返事が。
「上か」
階段を登り、重たいドアを開けると湿気と熱気に満ちた夜風が顔を撫でる。
ライブハウスの籠った雰囲気にやられたのか、新聞部のメンバーは、公園入り口の花壇に座っていた。
「あ。村尾」
浜辺は手をひょいと上げる。
「みんな今日来てくれてありがとだぜ。おかげで、チケット代で赤字になることもなかったしな」
「それが本音か」
メンバーにすっかり馴染んだ転校生の浅倉はハンカチで汗を拭っている。
「まあ、な。ギャザラーズのボスもわざわざ来てくれてありがとうな」
「ちょっと。今日は生徒会長の峰岸としてきているのよ」
はは、と皆で笑ってみせる。しかし、こうしてバンド活動に勤しんでいられるもの、廃部の危機を乗り越えられたからこそだ。
今から二週間ほど前。まだ夏休みに入っていない時、桜井京子の事件が起きた。
あの時、自分達は「新聞部の廃部回避」という目的で、全校生徒の注目を集めるために彼女の事件追った。
結果として、桜井を殺害したのは藤井という教師であることがわかり、彼女を追い詰めるための手段として、
浅倉をリーダとして、新聞を作り、藤井は捕まった。
副産物として、校長からも活動実体が認められて、バイトや自分のような他の活動に勤しむ、憩いの場としての新聞部は存続できた。いや。当初の目的通り、なのかもしれない。まあ、実際は藤井という学校内の教員が、自らの生徒を殺害するという前代未聞の出来事にてんやわんやとなり、廃部を進めるどころではなくなかったのが実体だろう。
「この後みんなはどうするんだ」
自分の声がけに対し、それぞれは解散するということであった。
「なあ。たとえばだけど。また近いうちに集まらないか? ほら柊木たちも誘ってさ。打ち上げ、っていうのが合ってるのかわからねえけどさ。成し遂げたことは事実だし。みんなで食べたり、騒ぎたいっていうのかさ」
「お。村尾。いいこと言うね。貸し一個消したげる」
浜辺はハイタッチを求める。
皆もそれに同意し、翌週近くにでもバーベキューを行う約束を取り付けた。
「柊木を誘うのは、アサクラくん。まかせたぞお」
意地悪じみた自分の発言に、浅倉はむ、と睨みを聞かせる。あの一件以来、もと幼なじみであるという浅倉と柊木は随分といい感じだ。
「それじゃあ、またな!」
新聞部の皆と別れ、ライブハウスへと戻る。
結局、自分が江ノ島付近にある漁師たちが集まる一軒家に帰ったのは22時近くであった。
デトロイトガトリングスのメンバーとともに健全な打ち上げをおこなった名残で、体は興奮しながらもまとわりつくような疲れが残っていた。
二階建ての家、一階の居間には明かりが灯っていた。
玄関には飾られた鯉が滝を登る旗がひらひらと舞っている。この時間だというのに、父、毅はまだ起きているようであった。
「ただいま」
なるべく小さな声で呟く。
かたちだけは立派な家だ。二階につづく階段は暗かった。
廊下には、まだ母が入院していない時に撮った家族写真が飾られ、それを通りすぎ、居間に入る。
「虎丸か」
そこには晩酌を続けていた酔った父がいた。江ノ島でシラス漁を行っていたせいか、肌は黒いが酒のせいか赤く染まっている。
「お前、まだそんなことをしているのか」
父は自分の背中のギターを見る。
「別にいいだろ」
「まったく。髪も変な色にしやがって。この土地を預かる村尾家の長男としての自覚が全く足りてねえな」
──時代錯誤もほどほどにしろ。
心の中で毒づく。
「今、俺たちは大変な目にあっているんだ。漁獲量も減って、挙げ句の果てにはよくわからん工場まで立ちやがった」
いつもの父の愚痴が始まる。本当はそのまま2階に上がってもよかった。しかし、こうして父の相手をするのは息子である自分の勤めであるとは思っていた。
「親父。最近漁に出てねえの?」
「ふん。俺は今忙しいんだ」
ここ一年近く父は海に繰り出していなかった。それは母が亡くなったタイミングと重なっている。
というのも、父と乗り込んでいた漁船と、貨物線がぶつかる事件があった。
その時、母は船体に頭をぶつけ打ちどころが悪かったらしく、即死であった。
当然事件にはなったが、マスコミが騒ぎ立てるほどの物にはならなかった。事故だったから仕方がないのかもしれない。
よくわからない企業から多額の賠償金が支払われ、自分達もそれ以上求めることもしなかったのだ。
父は、その時以来船を出していない。雇っていた人たちも皆、追い出した。生計は企業からのオーバーすぎる賠償金で立てられてしまっている。
「虎丸。お前はこの国をどう思うんだ」
「どうって。そんなの俺わかんねえよ」
父の質問に対して、そんな返事しかできない。いや。するつもりもないのだが。
「俺はこんな国おかしいと思っている」
そういってビールをさらに煽り、机にかけられたシャツを羽織った。
「どこいくんだよ」
「うるさい。お前には関係ない話だ」
父はそういうと、居間から出ていく。
──面白く無い。
母ちゃんがいてくれたら、きっと今日のライブの感想も聞いてくれただろう。しかし。
居間に飾られた一枚の絵を見る。
五つの頭を持つ龍が鎮座する、水墨画のような日本絵画。
「面白くねえよ。ほんと」
心の中の言葉を反芻しながら、新聞部とのバーベキューの場所をスマホで探していると、幾分か落ち着くことができた。
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