27話:猿の目的(柊木純也)
「──丸半日、黙秘っすか……」
源はネクタイを少し緩め呟く。
残された時間はもうほとんどないだろう。
マジックミラー越しに座る藤井香は俯いたまま、何も発言することはなく、取り調べが続けられていた。
ギャザラーズのリーダーであるコンタクトこと、峰岸千里とパイプをもっておいたことが、功を奏し、藤井の逮捕に結びついた。
早い段階で、峰岸は地元警察の刑事へ近づき、自分の身内を守ることに成功するとともに、藤井の犯行も予期していたのだ。いや、そうではなかった。確か、
「同じ学校の生徒の一人が自分たちの教師が今回の犯人だと推理したんです」
峰岸はそう言っていた。そして、事実そこにいたのは浅倉の倅であった。彼は自分の娘を守りつつ、犯人と勇敢に戦ったのだ。
「なぜ、桜井京子を殺した? ええ!」
仲間の刑事の一人が藤井に吠える。しかし、藤井は全く動じない。
あくまで今回の事件は自殺で終了している以上、真犯人の逮捕というのは、警察にとってあまり喜ばしいことではない。
自らの当初の捜査が間違っていたことを宣言するようなものだからだ。
だからこそ、時間がなかった。所⾧は1日で藤井を落とせとタイムリミットまで寄越してきた。面子だけを気にして、真実からは目を逸らす。こんな組織に限界を感じてしまうのは、仕方がないことだろう。
「なぜ、自分の生徒を殺した!?一体どんな確執があったんだ?!?」
再びの恫喝にも桜井は全く動じる気配はない。
八方塞がりの状態となりつつあった取り調べの場に、ドアノックの音が響く。
「取り調べ中だ」
無視を決め込んでいたが、トントンと音は続く。
「まったく、調べ中だって言ってるだろ!」
源はドアを開けて恫喝した。
しかし、ドアを叩いた主は想像していた人物ではなかったようだった。
「き、貴様らは」
「私にも取り調べをさせてもらえませんか」
そこにいたのは桜井京子の遺体が発見された浜辺にいた、CIAを名乗った者の一人であった。
「改めまして。アルバインです」
「──この事件をぐちゃぐちゃにした連中が今更何のようだ」
その人物はづかづかと入り込む。
「ぐちゃぐちゃ……。ああ、捜査の邪魔をした、そういう意味ですね」
アルバインは何度か頷く。
「それをしたのは日本の警察の方じゃありませんか?
ミス桜井は明らかに他殺だったのに、マスメディアに自殺と発表したのは、日本の警察でしょうに」
「何を言っている。それは米国がこの事件に圧力をかけたからだろう」
アルバインは手を挙げ、オーバーなリアクションをする。
「ミスター 柊木。むしろその逆ですよ。聴取は私が入ります。あなたも入りなさい」
自分の返事を待たずして、取り調べ室に入る。この時間を担当していた刑事と藤井自身も謎の存在の乱入に驚いていた。
自分も、後に続く。しかし。
──逆とはどういうことだ。
この事件はCIAが圧力をかけ、桜井が自殺だとさせたのではなかったのか。
自分の唯一の武器であった嗅覚は、あまりにも高い場所へは効かないということなのか。
困惑した頭のまま聴取を交代する。アルバインは藤井の前に座り、自分が調書を書く係へ自然となる。
「こんどは外国の方が担当されるの?」
藤井は少し戸惑いながら、余裕そうに今日初めて口を開く。
「二つ目の儀式は上手くいったようね」
アルバインの一言で、調書を書こうとした自分の手は止まった。振り返ると、藤井は目を見開いていた。
「──なぜそれを」
藤井は小さく呟く。
「鎌倉女子短大に通う『山下浩子』さんは、先月この藤澤周辺で交通事故として亡くなった。しかし、直接的な死因は事故ではない」
交通事故?
一体何をこの女は言っているんだ。
「死因は失血死。これは、我々が改めて事件を捜査して分かりました。これが一つ目の儀式。そして二つ目が今回の『桜井京子』さん。二回目の儀式」
「おい。貴様何を言っている?」
立ち上がったが、アルバインは手で制す。
「あなた方が棟梁と呼ぶ人物は一体誰? 儀式の完遂で本当にアレが起きるの?」
「──なぜそれを知っている」
藤井は呻るように口を開く。
「それは秘密。それで、次はいつ、誰を狙おうとしているの。聞きたい事は山ほどあるのよ」
「さあ。それは私も知らないわ。そもそも一体何の話をなさってるの?」
藤井の額には汗が見えた。散々続いた聴取には、表情一つ変えなかった彼女が、だ。
──まさか。
ここまでの流れで一つ自分の中に心当たりがあった。遠い昔、妻から聞いたある一つのこと。
「ミスター柊木。あなたも少し思い出したようね」
「い、一体何が起こっているんだ」
「──まあ。ゆっくりいきましょう。テイクイットイージーですよ」
アルバインは小さく告げる。
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