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エノシマ・スペクタクル  作者: EDONNN
1章:消えた女子高生とギャングと猿の面
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20話:五頭龍と異国の留学生(浅倉朝太郎)

色々あった一日だった。


家に着くとドッと疲れが出た。


桜井京子。会ったこともない転校生。そんな彼女を殺したのは、インステグラムに幾度となく写った浦賀という男ではなかった。浦賀は襲われ、気がついた時には一人だった。つまり、桜井京子は恐らく攫われ、殺されたということだ。


シャワーを浴びながら思考の整理を行なう。


「なんかすごいことになってきたなぁ」


思わず独り言が出てしまった。この数週間は激動だった。猿のお面を被った謎の女。そして、思い出す。


桜井京子の葬儀の日。マスコミの足元に転がっていたのは、確か。


──あれは猿の面だった。


ぶるり、と温水を浴びているはず体が震えたのが分かった。あの場に、桜井京子を殺した犯人がいたのだろうか。それとも。


バスタオルで体を拭き、作り置きしていた唐揚げを温める。


父はまだ帰らない。一度相談した方が良いとはおもっていた。スマホで父の連絡先を探した。


だが、電話をするのはやめた。


適当なシャツに着替え、温め終わった唐揚げにありつこうとした時、インターホンが鳴った。


タイミングの悪さに呆れつつ、玄関に向かう。


何か頼んでいたものが来たのか、そんなことを考えつつドアを覗くと、金髪の美女がいた。


たしか一度この家に父を訪れた事があったはずだ。


「あ、どうも」

「こんばんは。ミスター浅倉。コータローさんはいますか?」


白いシャツにジーパンというラフな姿だが、とても絵になっていた。確かビアンカさん、だったはずだ。


「すみません。今日も生憎父はいなくて……」

「そうですか?また少し上がっても良いですか?」

「どうぞ」 


無防備な姿で彼女は玄関に入る。そのまま土足で上がろうとしてきた。

「ちょ、ちょっと」

「すみませんね。こっちのライフスタイルにまだ慣れていないので」


以前と同じように居間へ促すと、これまた美しい正座をした。


「あの。父にどういう」

「──登鯉会(とうりかい)ってご存知ですか?」


「あ、ええと。とりあえずお茶」

「どうもです」

このビアンカという女性は不思議なもので心を許してしまうのであった。


「ええと。登鯉会でしたっけ。どこかで聞いた気が……。でもなんで急にその話を」

「ああ、すみません。ちょうど今日フィールドワークで学んだので、ついつい口にだしてしまいました。少し話ししても良いですか?」

ビアンカはそのまま続ける。登鯉会。このあいだ、峰岸と江ノ島を歩いた時彼女が放った言葉。


「あの……」

「登鯉会は鎌倉、藤沢地域に大昔からある商工会です」

彼女は自分が出したお茶を一つ啜ると、自分を答えるまでもなく続ける。


「かつて、源頼朝たるサムライがこの国にはいたそうですね」

「あ、ええと。それは有名な話です」

「では登鯉会は頼朝公の鎌倉幕府を内側から支えた実は影の立役者なのは知ってますか?」

「それは……」

教科書には乗ってないし、聞いたこともない。


「すみません。知らないですよね。これは歴史の中に消えた事実なのですから」

「消えた事実?」

「ええ。この前お話しした五頭龍(ごずりゅう)伝説覚えていますか?」


「──それは」


いつもみる夢が思い浮かぶ。そして彼女から聞いた一つの伝承。龍の存在。


「その伝説もまた歴史の裏に隠された事実なんですよ」

彼女は大真面目な顔をして続ける。


「すみませんね。実は鯉登会はその話にも絡んでいるのですよ」

「はぁ」

要領を得ないまま話は進む。


「鯉登会には三人組という名家があります。彼等は武家である源家に従う商人、寺院などで、幕府の勃興を背後から支えてきました」


「そして龍が現れた」

自分の返事に彼女は楽しそうにニコリと頷いた。


「武士の時代の幕開け。その刹那をはかったように嵐は訪れました。龍が現れたのです」


脳裏に手のひらのように五本に別れた巨大な塊が思い浮かぶ。


「龍に対して鎌倉幕府はなす術がなかった。それもそのはず、武士というのは元来対人の戦闘のスペシャリストですから」

龍が本当にいたのか、そんなことは問題ではないらしい。


「その時に一肌脱いだのが三人組だったんです」

「はあ」

「三人組には陰陽道に長けた人物がおりました。そして幕府にに加勢し龍を抑えました」

「あれ。でも待ってください。たしか龍は天女に恋をして静まったって」


ビアンカは刹那に弾けたように笑った。


「うふふ。この街には実に沢山の伝説がありますからね。おそらくこの伝説、話をした人物の背景によって、大きくストーリーが異なるのかもしれません」

まあ、もともと事実とはかけ離れた話だ。当然、いろいろな伝承があるのだろう。


「そうして、龍と格闘すること一週間。疲弊した五頭龍の封印に何とか成功した」


「──封印?」


「実際には五頭龍の頭の数、すなわち五人の巫女の血により封印したのです」

──血。その言葉を聞いた時、桜井の話を思い出す。まさかな。


「それでなんでその話を、僕に?」

「あなたがこの街に来たからです。ですが、これらの話は当然ですが、」

「ああ、ええと」

返事にあぐねていると彼女はお茶を一気にすすった。そして、むせたのかゴホゴホと咳をした。


「だ、大丈夫ですか?」

「ノープロブレム。ああ、ええと大丈夫です」


彼女はそういうと立ち上がる。


「あれ、父に用事があったのでは?」

「──あったんですけど、なかなか会えないものですね」

彼女は辺りを見廻す。


「あの。差し支えなければ聞きたいんですけど、父とは、ロサンゼルスでしたっけ。本当にビアンカさんはそこでの友人なんですか?」


彼女は荷物をまとめながら、少し考える。


「彼は、サンタモニカビーチの時には機械設備の研究開発主任。そのあとは、事業企画部長に就任。今ではここ日本の現地法人の社長です」

彼女は雄弁に語った。自分以上に父のことを知っているようだ。


「ええと、父の会社の昔からの友人ってことですか」

彼女はこくりと頷いた。

「それじゃあ、今度は父に休みの日を聞いておきますよ」

帰りの玄関で申し訳なくなり尋ねた。


「──すみません。よろしくお願い申し上げます」


彼女は深くお辞儀をして、夜の街に消えた。


奇怪な父の友人は何故自分にこの街の伝説を伝えるのか。その理由は分からない。


何はともあれ食事にありつこうとした時、今度は車のエンジン音が聞こえてきた。何度かクラクションの音が響く。




誰かと思い、軋む窓を開ける。


「朝太郎! 飯食いに行こう」

すると、小綺麗な車の窓から父が顔を出した。


「あれ。親父?」

机の上に広がり温め終わった食事を見る。


「あ、ええと。今行く」

適当に服を着て外に出ては、そのまま助手席に乗り込む。ぶうん、とあまり聞いたことないエンジン音が父の車から放たれた。


「何食べたい?」

助手席に乗った自分にむかい尋ねる。


「あー。ええとなんでも良いよ」

「そうかあ。じゃあタコスでも食いに行こう」


ぶうん、と車が走り出す。


夜の鎌倉の街を進む。ちらりと隣に座る父を見た。なんだか久しぶりにその姿を見た気がした。


「そういえば親父宛にまたお客さんが来ていたよ」


「俺に?」

「アメリカの友人だって言ってたけど。ビアンカさん。ほら前にもメールした」

「あー」

父は少し間を置いた後に思い出したかのように声を上げた。しかし、何とも間が悪い二人なのだろうか。


「一体どんな関係……。あ、いや。ごめん。なんでもない。」

──母が死んで幾分か時も経った。だから、そう言った関係の可能性もあるのでは、と勘繰ってしまった。それならば日本へ追いかけてくれたとも言えるかもしれないほどの関係ということにもなってしまう。


「ビアンカ……ねえ。あ、いやいや! それより、朝太郎。学校大変みたいだな」

「あ。うん。そうなんだ」

父は当然、自分が事件の捜査をしていることなんて知らないだろう。


転校先で新聞部として、自分の居場所を作るために始めた桜井京子の一件がまさか、こんな形になるとは思っても見なかった。それを見透かしたように、父は呟く。


「この街は不思議だよなぁ」

ウインカーの子気味良いリズムが響く。

「ほんとにふしぎだ」

父の言葉を繰り返す。


「そうだ。親父って社長だったんだね」

「ああそれも言わなかったかも」

「どんなことしているの?」

父は眉を少し顰め、うーんと唸った。


「産業用の機械、例えば車を組み立てるためのロボットって言えばわかるかな? そういうのを作ってる」


「へえ」

ビアンカから聞いた話と同じであったが、改めて聞くと凄いなと思った。


「──なあ、朝太郎」

「なに?」

「この街にお母さんと住んでた時のこと覚えているか?」

「ううん。正直あまり」

「そうだよな……。いいんだ」

「お、ここかな」


カッチコッチと再びウインカーが鳴る。


父と久しぶりに会ったが、なんだかぎこちない。そんな夜だった。

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