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エノシマ・スペクタクル  作者: EDONNN
1章:消えた女子高生とギャングと猿の面
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15話:江ノ島ギャザラーズ(浅倉朝太郎)

目覚めた時、自分の手を見た。昨晩彼女に触れた手を。


出てきしまった雑念と共に首をぶんと振り払い、急ぎ立ち上がる。


冷蔵庫を開け、牛乳を一杯注ぐ。そして残った唐揚げ弁当を発見してしまった。結局深夜になっても父は帰ってこなかった。せっかく温めてもらったが、こうして冷蔵庫に入れてしまっては彼女に悪いことをした。


制服に着替える中、窓からの風が卓上の冊子のページをめくった。


それは父が働いている会社「シリウスインダストリー」のパンフレットだった。


──そういえば。


ふと、手に取る。父がどういった仕事をしているのか自分は知らなかった。


どうやら鎌倉と藤沢の間の洋上にある工場に所在を置いているようだった。


海外企業の日本法人。重機、クレーンやヘリコプターなども開発し生産する会社のようだった。描かれている無機質な工場写真はまるでロボットでも作るのではと思うほど巨大であった。


視線を落とすとさらに驚きの事実があった。パンフレットの端には見知った顔が社長として載っていたのだ。


「父さん」


まさか父がこんな大きな会社の社長だとは思わなかった。飄々としたあの姿と、このスーツ姿ではにかむ写真では似ても似つかない。


だが父が社長であるならば、帰りが遅いこと、こうして朝にも帰っていない状況であることに納得できた。しかし、海外に行っていることが多いことは知っていたが、父がそんな大それた人物だとは知らなかった。


今日か明日か父と会った時に尋ねてみる必要があるだろう。


ふと時計を見ると意外と時間は差し迫っていた。窓を伺うと風が強く吹いていた。びしし、と古い家屋を揺らす。そそくさと制服に着替え学校へ向かう。


玄関を出ると、生暖かい風がせっかく整えた髪を崩す。天気の割に風がひどく強い。髪を崩さないよう四苦八苦しながら歩いていると、背中をぽん、と叩かれた。


「浅倉くん。ずっと呼んでたんだよ!」


そこにいたのは少し髪が濡れた浜辺だった。


「浜辺か。ごめん風がうるさくて気づかなかった。ってそっちは雨降ってたのか?」


「あ! 違う違う。ほら、私はコレ」

そう言っては姿勢を低くし、手を伸ばしてユラユラと揺れてみせる。

「サーフィンか」

「わかってくれた?」

彼女はきらりと白い歯を見せ笑った。


「朝から行ってたの?」

「うん。まあね! いい波来てたから」

「この風か」

浜辺は隣に並び、こくりとうなずく。


地平に見える海の様子はここからは分からない。だが、何度かサーファーが海に入り、今か今かと自分の波を探している光景は見たことがあった。


「けど、最近海も変な感じなんだよねえ」

「変?」

「なんか、最近この辺で大きな工場ができてさ」

 彼女の一言から思い浮かんだのは、今朝見たパンフレットに描かれた無機質の白い建築物であった。


「海に違和感があるって言っても分からないよね。忘れて!」

「ああ。いや。そのごめん」

「なんで、浅倉くんが謝るのさ」

「はは、どうしてだろ」

小さく呟くと彼女も笑った。まだ、自分の父のせいと決まったわけではないだろう。


そんな、一つの疑念を抱えつつ校門をくぐる。


転校してから数週間が過ぎ、何とか生活は軌道に乗ったような気がした。


相変わらず自分だけ服装は浮いているような気がしたが、最早それも慣れてきてしまった。多くの友達がいるわけではないが、決して辛くはなかった。


席に着こうとした時、隣から声をかけられる。


「遅いんだけど」


少しくすんだ金の髪をポニーテールにした柊木が携帯を触りながらこちらを睨んでいた。


「あ、ごめん」

昨日の話があれきりになってしまっていた。


「それで、京子は誰と一緒にいたの」

早速彼女は質問をぶつけてくる。

「腕にタトゥーを掘った不良知ってるか?」

自分のシャツをまくり、右手首を見せる。

「タトゥー?」


彼女は目を閉じ考える。眉間の動きと連動して長いまつ毛が揺れる。そして、がばと立ち上がる。


「さとみ! ヒロ!」

大きな声で叫ぶ。前の方で談笑していた2人。この前、体育の授業で挨拶をした女子たち。

「ほら、すずちゃんが呼んでるよ」

二人はそそくさとこちらに向かってくる。


「どしたのお嬢」

水無月だったか、彼女が柊を茶化すように話しかける。柊木は自分の右手首を見せつけ言う。


「ほら、ここにタトゥーいれてる不良いたじゃん。江ノ島らへんにさ。たむろしてるグループ。ほらほらなんだっけ」

水無月は眉間に指を当て考え込む。

「それって江ノ島ギャザラーズの浦賀じゃなかった?」

「それだ!」

柊木は思い出したかのように指差した。


──江ノ島ギャザラーズ。随分とまあ、かっこよい名前だと思った。もちろん皮肉な意味でだ。


「その江ノ島ギャザラーズっていうのは?」

えっとね、と佐々木はスマホへ指を滑らせる。

「ほら、これみるのが一番だと思う」

そこにあるのはインステグラムのページだった。


「鎌倉、藤沢でイカしたやつらが集まるクールな集団…ねえ」

「まあ反グレとまではいかないけど、ここらの不良の集まりって感じね」

「その、浦賀って男はどんな人なんだ?」

自分の質問に対して、水無月は眉を顰めた。

「なに。転校生君ってもしかして、実はそっち系?」


「いや! 違くて。その浦賀って男がもしかしたら桜井さんがいなくなった最後の夜に一緒だったかもしれないんだよ」

自分の一言に水無月と佐々木は驚いた顔を見せた。


「へえ。凄いね。もうそこまでわかったんだ」

佐々木は感激したのか一つジャンプする。

「たしか浦賀くんは、隣にある鎌倉第一工業にいた悪ガキだったはず」

「私たちと同じ学年だったよね」

「そしたら、そのギャザラーズのボスが浦賀って男ってこと?」

「ううん。浦賀はあくまでナンバーツーで、ボスはもっとヤバいやつで通称、()()()()()ってやつ」

随分と変な通りなの男がいるもんだ、と内心少し呆れた。


「あまり人前に出てこないらしいんだけど、悪いことなら何でもやるらしいよ……。恐喝、窃盗、こ、殺しとかも」

佐々木は泣きそうな顔でそう呟いた。

「な、なるほど」

桜井の母は最近は悪い付き合いなど娘はしていない、そう言ったらしいが怪しいものであった。


チャイムが鳴り、それぞれが散り散りに戻る。柊木はその後も難しい顔をしていた。


昼になるにつれ、ぽつりと雨が落ちてきた。空は黒い雲に覆われ、昼食を取り終えた後にはバラバラと窓に打ちつけるほどになっていた。


本日最後の授業の最中、ポケットにいれていたスマホの振動を感じた。


教師としての姿をした藤井が黒板へチョークを走らせる。隙を突きスマホを取り出す。村尾からのメッセージが入っていた。


 ──今日、放課後に部室集合!


宛先には、峰岸、浜辺も入っていた。


とりあえず、これからの動きも考えなければいけなかった。こんな雨だからこそ次のアクションも打てやしない。


前の席にいる村尾はこちらを振り返り、ニンマリと笑っていた。


「村尾……。なにしてるぅ」

藤井が鬼の形相をしてこちらを睨んでいた。

「す、す、すみませんした」

彼女は鬼の顔を少し和らげ、授業へ戻る。村尾は怒られた直後にもかかわらずは、しっかりと船を漕ぎ出していた。


結局、放課後になっても雨は止まない。熱気と湿気が校内にも入り込んでおり、またもや汗でシャツが濡れている。


部室へと至るまでの廊下には、複数の生徒が談笑するなど,残っている人が多かった。


雨はそれほどまでに酷いのだ。 


立て付けの悪い扉を開ける。いたのは峰岸だけであった。電話をしており、こちらには気がついていない。


「──うん。それで? うん。それは、わかってる」


神妙な声色だった。この前二人で江ノ島にいた時とは異なり、冷徹で淡々としている口調。


「──それはいいのよ。あいつを必ず見つけだして。そして」


ガタン。扉を最後まで締め切った時音が鳴った。


峰岸はこちらを振り返る。とても驚いた表情をみせる。そしてすぐさま電話を切った。


「ご、ごめん。なにかあったのか?」


「ううん。家にイヤホン忘れちゃって。お母さんに探すのをお願いしてたんだよね」


「あー。それは、ええと。よくあるよね」

「うん。よくやっちゃうんだよね」

峰岸はいつもの調子に戻る。表情も明るい。ただ、さっきの電話のトーンは母と話すものではない気がしたが、それは自分が母との会話の記憶が浅いからかもしれない。


「お疲れ~っす!」

ガラリとドアが開き、元気印の男が現れた。

「おつかれ~」

矢継ぎ早に元気印二号の女子も到着した。


「みんな集まってるなら会議始めるぞ」

麻雀卓を並ぶように座る。


「まあこんな雨だから、何もできないしね」

浜辺は頭に手を置く。


「それじゃあこれからどうするか」

「こないだの江ノ島での話、あれの続きなんだが」

今朝、柊木達から聞いた話を伝える。


「──なるほど。ギャザラーズの浦賀が犯人か」

「おい、飛躍しすぎだぞ」


村尾は難しい顔をする。


「昔、ライブした時に、バンド仲間から浦賀の噂を聞いたことあるんだけど、あいつナンバーツーの立場を利用して悪いことばっかしてるって聞いたな」


「ってことは桜井さんが付き合ってたのは、その浦賀って男だってこと?」と尋ねる浜辺。


スマホで保存した桜井が投稿した画像を見てみる。


「でも、桜井のお母さんは、最近は誰ともつるんでない、そう言ってたんだよな?」

自分の質問は峰岸に放ったものだった。だが、彼女はダンマリを決め込んでいた。


「ちーちゃん?」

浜辺も峰岸を伺う。すると我に帰った。


「あ!ごめんごめん。生徒会のこと考えてて」

「大丈夫か?」

今度の質問にはきちんと答える。


「うん大丈夫。ええと、桜井さんのお母さんは確かにそう言ってた。それに、あの顔は決して嘘をついてるようには思えなかったよ」 


「すると……」

状況をまとめた。桜井の死体は早朝、海に漂着していた。


死因は一見、溺死と思われたが実際は失血死。

警察は海への投身自殺と判断したが、柊木の父の話曰く、何らかの圧力が働いたと言う。

状況は他殺の可能性があるというわけだ。そして、桜井京子の死体が発見される前には、彼女のインステグラムで複数の江ノ島にいた証拠となる投稿があった。アップロードされた写真にはギャザラーズの浦賀と思われる男の手も映り込んでいた。


「でもお母さんは悪い付き合いなんてしてないって言ってもさ。ほら、女の子は分からないよぉ~」

 浜辺は続ける。


「桜井さんってキラキラしてる女の子だったし、お母さんに黙ってやっぱり遊んでたんじゃない?」

「確かにその可能性はあるけど……」

峰岸は小さくつぶやく。


「その、浦賀ってやつに会いに行くしかないか」

自分の一言に、村尾は驚いた。


「おい本気かよ。朝太郎は最近引っ越してきたから、あんま分かんないかもしれないが、結構ヤバい連中なんだぜ? それに」


「桜井さんを殺したのは、その浦賀ってこともあるよね」

浜辺は、あえて皆が言い出さなかったことを告げた。


──殺した。


ずしり、とその言葉が心の中に落ちた。


新聞部の活動といっても、自分たちが行っているのは、桜井を殺した犯人探しなのかもしれないのだ。しかし自分は知りたかった。


この事件の真実を。


その時、カタカタと音がした。


小さな何かが揺れる音。


「──何か音しないか?」


周りに尋ねる。しかし。


「え? 雨の音じゃないの?」


峰岸は答える。村尾も浜辺も気づいていないようだった。カタカタカタ。これは雨の音ではない。音の在り方を探す。


どこだ。一体どこから。耳を澄ます。雨の音。そして。


「おれのカバン?」


カバンに触れるカタカタと何かが蠢く。


ジッパーを開けると、カメラケースが揺れている、ようだった。


ようだったというのは、結局鳴り止んでしまったので、これが音の正体か分からなかった。


──なんだったのか?今のは。


「アサタロー大丈夫か?」

「あ。ええと、問題ない。オッケー」

「そうか。変なこと言い出さないでくれよ……」

村尾は自分が突拍子もないことを言うものだから、慌てていた。


「──とりあえず、浅倉くんの言う通り、その浦賀って人に私会ってくる」

峰岸の発した言葉に自分も含め驚いた。


「峰岸が行くのかよ!?」

彼の発言に自分も同意だった。


「行くなら、俺たちも一緒に」

「ダメ!」

強い反対と同時に峰岸は荷物をまとめ始めた。


「ちーちゃん……」

「生徒会長である私が、きちんと話をして、状況を確認する必要があるの。だから私だけで行きたいの」

「行くって、今から?」

峰岸はスクールバッグを肩にかける。今からでも向かうつもりらしい。


「あぶないよ! ちーちゃん。桜井さんを殺したのが、その浦賀って男なのかもしれないんだよ」


「ごめんね。でもこれが私の仕事だから」

峰岸はそう言うとドアを閉め、部室を出て行った。廊下の窓を今も雨が強く打ちつけている。


「おいおい、大丈夫なのかよ」

村尾は頭を掻き不味そうな顔をする。当然彼と同感だった。


「お、追いかけよ! い、一応今ちーちゃんにメッセージも送ったけど」

浜辺は急ぎ荷物をまとめる。


「でも、どこに向かったんだ?浦賀って男はどこにいるか分からないんだぜ?」

言われてみればそうだった。峰岸には当たりがついているのだろうか。


浜辺は峰岸に電話をしているらしいが、返事はないようだ。


「──いや。ちょっと待て」

村尾は頭を難しい顔をしてトントンと額を叩く。


「あ!」

何かを思い出したかのようにギターケースから一枚のチラシを取り出す。


「ドレミファックス、たしかこのバンドが浦賀の高校と同級生のバンドなんだよ。えーと、えと、こいつか?」

彼はスマホと睨めっこする。


「何しようとしてるんだ?」

「インステのダイレクトメッセージで、このバンドのやつに連絡してる」


村尾は浦賀の居場所に関する質問をするようだ。

「大丈夫なのか?そんなすぐに見るのかな」


「朝太郎。気にするな。こいつとは一回マイチューブでコラボしてやった借りがある。見てろよ~」 

すると、ポインと間抜けな音と同時に返事が返ってきた。


「な、なるほど」

「場所分かったの?」

浜辺が携帯を取り上げる。皆もそれを覗き込む。


「江ノ島駅の近く喫茶店。『ゴールデンステイト』だって」


「よし。行こう」


皆で荷物をまとめ部室を飛び出す。

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