14話:彼女のとある記憶(柊木鈴音)
バイト先であるコンビニへ向かうためには駅の近くを通る必要があった。夕時の駅前。観光客、地元に異常に執着する若者。この鎌倉には色々な人が訪れ、行き交う。
ハンバーガーチェーン店の窓で、念の為髪を整える。特に気になる人がコンビニにいるわけではない。
この前美容院にいったばかりなのに、黒い髪が伸びてきて、プリンになってきていた。
その時、店内にいた四人組が目についた。同年代だから目に飛び込んだのかもしれないが、よくよく見ると彼らは自分の身内であった。
なにやら神妙な顔をして、話をしているのは転校してきた浅倉だった。長い前髪は昔から変わらない。とくん、と心臓が少し動くを感じる。
周りにいるのは、新聞部の部員たち、そして生徒会長がいた。一体何をしているのだろうか。
──私もあの中に。
首を横に振るう。彼らは悪ふざけで京子の事件を捜査しているという噂を聞いた。
「何も知らないくせに」
せっかく整えた前髪を散らし、バイト先へ向かう。
歩きながら、少し思い出した。
「鈴音ちゃんってことは、すずって呼んで良いかな?」
「え?」
隣の席にいた桜井が声をかけてきたのは一年生の頃だった。
もともと自分も派手な髪色をしていたが、桜井京子は対照的に大人しいと思われるタイプであった。
「あ。うんすずで良いよ」
「今日からよろしくね」
桜井京子はそういうと手を差し出した。握手を求められたことに気がつくまでしばらく時間がかかった。そして、不思議なもので彼女と過ごす機会が多くなった。移動教室も、昼食も放課後も桜井京子と一緒だ。
女子高生という存在は集団を好むものだ。中学生時代でも同じであったが、趣味嗜好、生活のスタイル、部活など、自分の成長と共に培われ、染みついた匂いに近い人たちと集まるようになるのは、高校生になってからだと思う。
次第に自分の周りは、派手な人が集まっていった。親への反発の意味もあり、金色の髪に染めた自分は側から見ると遊んでる、とも思われるのかもしれない。
だからこそ、おなじような匂いの子が周りにいたのだと思う。といっても彼女たちは嫌いではなかった。素直で、それぞれの想いがあるからだ。
しかし桜井京子は、もともとはそう言った意味だと違う匂いの人物だった。
「私もすずみたいになりたいな」
彼女は短く切りすぎた前髪を弄りながらそう言った。
「本気で言ってるの?」
笑って茶化してみたが、彼女の瞳はまっすぐこちらを見ていた。
ある日京子の髪色が派手になった。そして彼女の持っていた綺麗な何かが無くなったのが、そして、自分の匂いに近づいたことを感じた。
ある日。鎌倉駅に向かう帰り道。京子も一緒だった。
自分は鎌倉駅の小町通から数分の一軒家に住んでいた。京子は藤沢、江ノ島の方だったため高校から鎌倉駅までの数分だが、彼女と歩いて帰ることが多かった。
夕焼けの熱気に項垂れ、観光客の流れに反しながらの帰り道。京子は自分の首のネックレスを指差した。
「あれ。それって、もしかして」
「これ?」
ワイシャツの下に隠していたネックレスが何かの拍子で出てきてしまったようであった。彼女はしし、と特徴的に一つ笑うと、鞄からネックレスを取り出す。その時、少し衝撃を受けた。
「ほら、これお揃いじゃない?」
それは金色の金具が幾重にも組み重なったネックレスであった。自分のものとそっくりのものだたった。それを見た時、ある記憶が蘇る。
「これはね。角なのよ」
「角?」
幼いころ、まだ生きていた祖母からそれを譲り受けた。
「そう。とても珍しくて。私たちの家に代々託され続けている、大切なもの。遥か昔にされた『約束』の証として伝わっているものなの」
「へえ」
祖母がくれたもので、しばらくは大切にとっておいていた。だが、最近の流行りっぽいことにも気づきはじめ、最近は棚から引き出し、身に付けていたものだった。
面白いことに偶然にも同じものが、彼女の小さな手ににぎられていた。
自分が金色に対して、桜井京子のものは角の部分が赤茶けた色であった。
「なんで同じの持ってるの?」
「え?なんか、すずがいつも付けてるの見てて可愛いなぁって」
「いやいや。それは嬉しいけど。ちょっとまって。それって私と同じネックレス?」
彼女は再びしし、と特徴的に笑う。
「ほら、私のお家って雑貨屋してるでしょ」
いつか、その話は聞いたことがあった。たしか彼女の母がお洒落な雑貨屋を切り盛りしていると。一度近くを通り過ぎたことがあったが、今ドキなオシャレな雰囲気という印象であった。
「何か可愛いのないかなって思って探してたんだ。そしたら偶然。すずと同じネックレス見つけてさ。これお金出すから頂戴って言ったんだけど、売り物じゃないって言われて。でも何かもともと私にくれようとしていたみたいで、ラッキーって」
自分のネックレスは市販品だったようだ。仰々しく受け継いでいるなんて言っていた祖母のいい加減さに、少し呆れてしまった。
「オソロってわけだ」
「そうなの」
このアンティークなネックレスの魅力を同じく「良い」と感じる友達がいる。それが少し嬉しかった。
アルバイト先であるファミリーマーソンに着いたのは午後六時だった。
「お!おつかれさん」
童顔の男が手を振る。店長だ。厳密な年齢は知らないが、その細い狐のような目には少し笑い皺ができている。
「おつかれっす」
挨拶もほどほどにロッカーへ行き制服に着替えた。相変わらず青と緑を基調としたダサい服装ではあるが、それは仕方がない。
ここらで時給が良くて、それに父の目につかない職場はここしかない。
一時は夜の店も少し考えてみたが、万が一に仕事中の父に出会したらと思うと止まった。ましてや仕事外だと、なおさら最悪だ。だからこそ、ここでレジを打ちを我慢してやるしかないのだ。はやく一人暮らしするために。
数時間が経ち、日は沈み窓の外は暗闇に満ちた。
「ねえ鈴音ちゃん。聞いたよ。同じ高校の生徒さん自殺しちゃったんだって?」
隣に並ぶ店長が声をかけてきた。
「──まあ」
当然、気の乗らない話題だ。
「大変だよね。鈴音ちゃんの友達だったの?」
「知り合いぐらいですよ」
みんな楽しんでいる。そう思った。桜井京子。特徴的な笑顔を持ち人懐っこい女の子。彼女の死を皆は楽しんでいる。
「いつも周りに友達がいるすずには私の気持ちなんて分からないよ」
彼女はいつかそう言った。そして時を同じくして、彼女に「遊び人」という噂が出回った。誰も彼女のことを知らない癖に。レジ裏の見えないところで拳を強く握る。
そうなのだ。私が彼女の謎を突き止めなければいけない。学校も店長も楽しんでいるだけ。
「あの。す、すみません」
レジには唐揚げ弁当が二つ置かれていた。
「ごめんなさい。あ。ええと、こちら温めます、か」
そこにいたのは、浅倉朝太郎だった。ときり、と胸の奥が痛む。
「ええと、お願いします」
彼はちらり、と私を見て言う。
「わかりました」
ブーンと電子レンジが回る。店長は休憩に出ていってしまったらしい。店にも他にお客さんはいるが、まだレジには来ていない。
「二人分も食べるわけ?」
沈黙に耐えかねて口を開いた。
「違うよ。俺と父さんの分」
「ふーん」
彼は父と今住んでいるのか。小学校のころ授業参観で遅れて慌てて来たメガネをかけたひょろりとした浅倉の父を思い出す。
そして、ふと彼は声をかけてくる。
「今俺たち新聞部で桜井のこと、捜査しているんだ」
「──それは知ってる」
彼らが楽しそうにはしゃいでいる光景が思い浮かぶ。
「で、一つ分かったことがあるんだ」
「わかったこと?」
自分の返事に対しては電子レンジがピーと答えた。
「事件の前に桜井と一緒にいた男が分かったかもしれない」
「ほんと?」
自分の質問に対して、彼は頷く返事をする。しかしすこしきまりが悪そうであった。それもそのはずで、気がつくとレジ人が並び始めていた。
「あ、ええと九百五十円です」
「あ、はい」
釣り銭を渡す時にふと彼の手に触れる。
その時、脳裏に電撃と共に、ある光景が脳裏にスポットライトを浴びたように照りつけた。
嵐の海。風が「ごう」と強く吹き付ける。波は荒れ狂い、私の麓まで打ちつける。
大雨で視界は暗い。だが、大きく巨大な黒塊が近づいている。それは手のひらのように五つに分かれて広がった。
──怖い。けれども。
「柊木。大丈夫か?」
浅倉は少し気まずそうに声をかける。我に帰った。
釣り銭を渡したその手は彼の手を握っていた。
「あ。ご、ごめん」
取り繕う余裕もなく、急ぎ振り払ってしまう。
「あ。ええと。また、詳しく話すよ」
そう言うと彼は一つ頷いて店を出た。
しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。あれは一体何あのか。そして彼の手を握りしめてしまった自分の粗相による恥ずかしさ。
「お姉さん、ごめんなさい。私のもお願いできますか?」
そこには綺麗な白人の女性が笑いながら立っていた。
「す、すみません」
レジを打ちながら、気がつくと先程の出来事を反芻していた
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