11話:新聞部の決意?(浅倉朝太郎)
桜井京子。
今から2週間前より学校には姿を見せず、家にも帰ってはこなかった。昔は確かに素行が悪かったという。
柊木の周りの女子、学校の中の噂では「不良の彼氏と付き合っている」、「その彼氏と逃避行している」とのことであった。
しかし、生徒会長である峰岸もとい「ちーちゃん」曰く、彼女は実家の仕事を手伝っていた。内容は不明であるが、その危ない彼氏とは別れ、最近では勉学にも励んでいたという。
しかし、インステグラムには噂通り、その彼氏との旅行中の写真が投稿されていた。
桜井が亡くなってから、3日が経過した。柊木とはあれから口を聞いていない。
「まさか、死んじゃってるとは、な」
村尾は机の上にペンを転がす。
「でもさ。気にならねえか」
「気になる?」
彼はペンを拾い上げ、自分へ向かい勢いよく指し向ける
「話が矛盾している!」
「それは、桜井のお母さんが言っていた『最近は真面目だった』ってことと、実際は『彼氏とずっと泊まりがけで旅行していた』その食い違いの事か?」
「まさしく」
鼻と口の間にペンを挟み考え込み続ける。
「実際はどうだったかは分からねえけどよ。桜井は自殺しちまったんだろ?」
──自殺。
それに対して、柊木は『殺された』と言っていた。刑事である彼女の父の調べによると、「他殺」だ。
「どっちなんだ」
「そうだよな。どっちなんだろうな」
今、村尾の考えている事と自分の考えている事は違う。だが、不確定な情報や噂が蔓延っているのは、素直に不思議だし気になる。
「なあ」
村尾は席に立ち、自分の耳元へ近づく。
「新聞部のネタにならねえか? これ」
どうだろう」
実際問題、自分達新聞部は彼女「桜井京子」の謎の失踪について記事を書こうとしていた。だが、彼女は亡くなってしまった。
そんな彼女をネタにするのは、さすがに気が引ける。けれど。
「なんか、ほんとに不謹慎だけどよ」
彼は口を少し曲げた。それが笑っていることに気が付くのに時間がかかってしまった。
「わくわく、してこねえか」
図らずも、同じ気持ちだった。自分は彼女のことを知らない。だからこそ、こんな気持ちになるのかもしれない。
はじめ罪悪感こそあったが、謎が生まれていくににつれて、奇妙な感情が、それを上回っていく。そして。
この鎌倉に帰ってきて、明らかに自分の人生が変わっていく音が聞こえる。
あのまま北海道に、そのまま残っていた人生から。この鎌倉の地で絶対に有りに得ない世界線に行っているようにも思えた。
窓を見る。昼休み校庭。暑い中彼らはサッカーをしている。もう、彼女の存在など忘れているかのように笑顔だ。学年が違うからかもしれない。だが、彼女の死は数日の時も持たず風化しかかっているようにも見えてしまう。
振り返ると、村尾はこちらを見ていた。
「調査してみねえか。それで使えるなら記事にする。決して悪くはないはずだ。なんなら死んだ桜井の供養にもなるんじゃないか。原因を明らかにするってことだし。廃部も免れる。うん。別に悪いことじゃあ、ないんじゃないか?」
彼は自問自答するように頷く。それに対して。
「やろう」
自分は返事をした。
「村尾、ちょっといいか」
目配せして、廊下に出るよう合図した。教室の時計は13時前。まだ話をする時間はある。
「どうした真剣な顔して」
村尾はトイレの前で尋ねる。
「俺、実はさ」
桜井の葬式の日、柊木から聞いた話を伝えた。
「──殺された、だと?」
彼の反応は意外と冷静なものだった。てっきり大声を出して驚くと思った。
「じゃあ、待て。それなら桜井が自殺っていうのは、一体?」
そして、柊木が盗み取った刑事である父の情報を伝える。そしたら案の定。
「え、柊木の父ちゃんって刑事さんなのかよ!」
「ば、ばか」
そっちの声は大きいのかよ、と村尾の口を急いで塞ぐ。稀有な目で見られる。転校生ということもあり、さらに注視される。
「おい!」
「あ、すまん。でもさすがに嘘だろ?」
「いや。わからないけど。でも、『殺された』っていう話は信憑性があるはずだ。刑事の手帳に嘘を書く必要はないだろ?」
「ま、まあ。そういう事なんだもんな。なるほど。ちくしょう、こうしてらんねえ!」
そして村尾は走り出して行ってしまう。
こんなやりとりをトイレの前で、やらかしているのだから、またもや生徒の視線が集まってしまうことを彼は知る由もない。
放課後の新聞部には4人の生徒が集まった。北海道から転校してきてまもない自分、そしてバンドマンの村尾。活発なサーフィン好き女子の浜辺。そして生徒会長の峰岸千里。
散らかった部室に各々座る。
「嘘でしょ。殺されたってこと?」
浜辺は口を覆う。彼女の頬を夕日が赤く照らす。
「わからない。けど柊木のお父さんはそう調べているらしい」
柊木の父のことはあまり話すなと言われていたが、彼らには言ってしまった。まだ少ない期間の付き合いではあったが、他の人に言いふらしたりすることはしない、そんな確信があったからだ。
「でも桜井さんのお母さんも同じようなことを言ってた」
峰岸はメガネを外す。すると綺麗な大きな瞳が現れる。
「それってどういうこと?」
自分の質問に対して、彼女は目を閉じ思い出しながら話しはじめる。
数日前。峰岸千里が教室に現れ、そして教頭先生から呼び出しされた時、彼女は桜井の母と会ったという。
薄暗い会議室に呼び出された彼女が見たものは、普段は誰も入らないその場所に小さな背中をした桜井の母だった。
「峰岸くん、こっちだ」
いつも厳しい顔をしている教頭は、いつにもまして強張っていたという。
促されるまま、席に座る。視線はやけに明るい海が見える窓に向けていた。理由は簡単で、目を真っ赤にし泣き尽くす桜井の母を見ていられなかったからだ。
その時に、察しはついていたと、峰岸は少し涙ぐみながら続ける。
──桜井京子が水死体で見つかった。自殺の線が濃厚だ。
警察はそう桜井の母へ言ったという。
「でも、そんなことはあり得ないんです」
「その事をわざわざお越しいただき伝えにきていただいた。そういうわけですね」
「は、はい。そ、その私は絶対に自殺ではないと思っていて、だから同級生の皆さんも同じ気持ちなんじゃないかって。何か、京子のこと」
懸命な瞳で峰岸に伝える。
「やっぱり、そうだったんだ。ほら、これって浅倉くんが言っていた話と同じじゃない? 自殺じゃないって、桜井さんの家族もそう思っていたわけでしょ」
浜辺は合点がいったような顔をした。
「で、峰岸は何て答えたんだ?」
尋ねるのは村尾。
彼女は少しうつむき、答える。
「何も答えられなかった」
鼻を啜る音が聞こえる。
「私、生徒会長として学校のこと知ってるつもりだった。けどね。いざ、一人の生徒のことを聞かれたとしても、普通の、誰でも答えられるようなことしか知らなかった」
だからこそ、峰岸は「あの場」でお決まりの誰にでも答えられる事を伝えるしかなかった。
「し、仕方ないよ。桜井さんってほら。私たちとは、ちょっと違う世界の人だったしさ」
浜辺は峰岸を宥める。
「でも、これで浅倉、ええと柊木の言っていた『殺された』っていう話に信憑性が増したんじゃないか。家族だって、自殺だなんて思っていないわけだろ」
村尾は難しそうに頭をかいた。
「あのさ」
峰岸は周りを見る。
「私。みんなの力を借りたい」
「ちから?」
浜辺は尋ねる。
「生徒会長として、新聞部に依頼をさせてほしいの。桜井さんの事件の真相を知る必要があると思うから」
「実は、俺もこの事件を知りたいって気持ちが強くなってきてたんだ。ほら、不謹慎かもしれないけど、なんかこう非日常でさ。わくわくするっていうか」
村尾はふたたび口を曲げるように笑う。浜辺もこくり、と頷いた。
そして皆の視線が自分の方へ向けられる。
「浅倉くんも手伝ってもらえない?」
峰岸はメガネ越しにこちらを優しく見つめる。
「俺は」
「無理しないで良いよ。それこそ、こっちに引っ越してきてまだ間もないわけだし。それに、これはその、なんていうか」
悪ふざけとも取れることだろう。桜井京子という一人の女子の死。それは紛れもなく大きく、それでいて深刻な出来事だ。
だが、皆は明確には口には出さないが、『楽しんでいる』のであった。
高校生という、その若さがそうさせるのかわからない。けれど、それはみんなの顔を見ればわかった。そして、自分浅倉朝太郎も高校生だ。
「俺もやるよ。この事件の真相を突き止めて、新聞記事に載せよう」
皆と視線を合わす。そして頷く。
自分の人生が再び、思い描いていた道から、また一つ大きく進路が変わった、そんな音がした。
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