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眠りの国の王子と魔女  作者: キサラギハルカ
魔女、王宮へ
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魔女、王宮へ 1

 二人用の馬車の中は、広くはないが快適ではあった。

 貴族の館に置いてありそうな椅子をそのまま設置したのではないかと思うほど、深紅の高級そうな生地で作られた椅子は座り心地がよかった。背もたれもしっかりしている。小窓には金色の小さなカーテンが掛けられていた。

 椅子の座り心地のよさに、うとうとしかけていたアーシェは、ひと際大きく馬車が揺れた瞬間に、目を開けた。

 向かい合っているウィズは、肘置きに頬ずえをついて目を閉じている。

 アーシェは、目の前の小さな簡易テーブルに置かれている小さなランプに火をつけ、葡萄を一粒、指でつまみあげた後、ウィズに向かって口を開いた。

「師匠」

「寝てる」

「寝てないでしょ」

 言い返してから、葡萄を食べる。いい葡萄なのだろう。甘かった。

「寝てなかったら何だっていうんだよ?まだ説明しろってのか?」

 アーシェは、首を横にふった。

「説明なら、さっきので十分です」

「じゃあ何だよ?」

 アーシェは二粒目の葡萄に手を伸ばしながら、ウィズを眺めた。

 アーシェの記憶の中にあるウィズは、黒いローブを着ていた。どこにでもいる魔法使いたちと同じように。ひとつ違っていたのは、ローブにアクセサリーのような装飾品がつけられていたり、現在着ている白いローブのようにあちこち刺繍をほどこしてみたりと、目立つような外見だったことだ。

「なんで白なんですか?」

 ウィズは、着ているものを見下ろすと、

「『宮廷魔術師』の制服みたいなもんだよ。最初は抵抗があったが、もう慣れた」

 もう、10年も着ればな、とどこか仕方なさそうな響きを含んだ声で呟いたのを聞いて、

「じゃあ、私も白なんですね?」

 何気なく聞いたアーシェに、ウィズは頷いた。

「『宮廷魔術師見習い』とはいえ、そうなるな。短期間だけだから我慢しろよ?」

「なんで、我慢なんですか?黒しか着ませんなんて言ってたら、仕事なんかできませんよ」

「そりゃあ、そうだけどな・・・魔女ってのは、黒にこだわりがあるのが多いもんだからな」

「ふーん」

 そうなの。と、アーシェは適当に相槌を打ち、葡萄を口の中に放り込むと、次に葡萄の隣に置かれていたオレンジに手を出した。

 何しろ、空腹なのだ。


――――――話は少し前にさかのぼる。





 どうぞ飲んで、と出された紅茶を『黒猫亭』の奥の席でいただきつつ、アーシェは再会したばかりの師匠であるウィズと向かい合って座っていた。マリアーナ、と名乗った老婆は、カウンターで何か仕事をしている。

 お互いの近況を話しあっているときに、ウィズの口から出た言葉にアーシェは目を丸くした。

「はあ?『宮廷魔術師』?」

 ウィズは、魔法使いではあるが魔術師ではない。魔術師を名乗ることはおかしいのである。

「ああ、王宮における『魔術師』っていうのは、魔女・魔法使い・魔術師全部を含めて『魔術師』なんだよ。迫害の過去から俺たちの身分が回復したのちも、呼び方が残ってるってわけだ。でも、この国に限っては差別はない」

「でも、何か変な感じですね」

「まあな」

 ウィズは、琥珀色の瞳を遠くに一度向けてからこちらに戻した。

「アーシェ、王宮で働いてみないか?『宮廷魔術師見習い』として。見習いでも、給料はいいぞ。ちゃんと飯も出るし、住むところもあるしな。もし、今働いてないんだったらどうだ?」

 アーシェは、ティーカップの中の残り少なくなった紅茶を軽く揺らすと、

「そうですねぇ・・・旅の資金も残り少ないし、それに呪いとやらにも興味あるし」

 呪いとやら、あたりはほぼ無意識に口から出た言葉だったが、ウィズは聞き逃さなかった。

「呪いについて知ってるのか?」

 ウィズを上目づかいで見る形になるのは、座っても身長差があるためだ。

「王子様限定の、でしょ?」

「あれはまあ、有名といえば有名だからなぁ。―――で、どうする?来るか?」

 呪いの話はさらりと流されたが、アーシェは迷わずに頷いた。



 再び現在に戻るわけだが―――

 アーシェの空腹を察したマリアーナが持たせてくれたフルーツを1人で平らげた後、アーシェは疲れていることに気づいて、背もたれに寄りかかっていた。お腹が多少でも満たされた後にこうやってじっとしていると、睡魔を覚えるのは人間だけではない。魔女も同じだ。

 ウィズが、小窓を開ける。吹き込んできた冷たい風にアーシェが顔をしかめていると、ウィズが小窓を閉めながら言った。

「あと少しで着くぞ」

 場所の確認だったらしい。アーシェは、背もたれから体を起こした。

「そうですか。寝ないほうがいいですね」

 ショールをぐるぐる体に巻きつけながら言うと、ウィズはなぜかおかしそうに言った。

「馬車で眠れるのか、お前は。あいつが聞いたら―――」

「・・・あいつ?」

「俺たちのご主人さまだよ。少し厄介なところがあるけどな、基本的には悪いやつじゃない」

 ご主人様、というわりには敬意を感じられないその言葉に、ひたすら眠気と戦っていたアーシェは首を傾げた。

「会えばわかると思うが、一番早くても明日の朝だな。あ、顔は悪くないぞ」

 顔は悪くない―――その言い方に、アーシェはますますわからなくなった。




 

 



 

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