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眠りの国の王子と魔女  作者: キサラギハルカ
魔女、呪われた国へ
2/21

1話

「あんた、もしかしてシェルサード王国に行くのかい?」

「え?」

 真夜中近くにたどりついた宿の食堂で、白い寝間着姿の女主人に出されたスープを食べようとしていた少女は、右手でスプーンを握ったまま、きょとんとした表情をカウンターの向こうにいる女主人に向けた。少女の反応は予想外だったのか、女主人が目を見開く。

「いや、だって・・・あんた、魔女だろう?」

 女主人はカウンターの上のランプを少女のほうに押しやった。どこかぼんやりとした、しかし至近距離では眩しい光に少女は目を細め、眩しくない程度の距離に移動させてから頷く。

「そう、だけど」

 ランプの明かりの中に、肩甲骨あたりまでの真っ直ぐな金髪と緑色の大きな瞳、身長は160センチ弱、黒いとんがりぼうし――部屋の中なので、脱いではいるが――に黒い長袖のワンピースの少女の姿が浮かびあっていた。少女、アーシェは女主人に指摘されたとおり、魔女である。

「シェルサード王国のことを知らない?」

 その問いに、アーシェは首を横に振った。

「世界でも類を見ないほど、魔女と魔法使い、魔術師が保護されている国でしょう?知ってますけど。 教科書にも載ってる国だし。それ以外に何かあるんですか?」

 すらすらとそこまで言い終えると、スープをすくって口元に運ぶ。口の中に広がる甘くて優しいカボチャの味に息をついていると、肩が凝っているのか、女主人が首を回しながら言った。

「シェルサード王国を治めているのはブランジェット王家なんだけどね、あの王家は呪われてるらしい よ。まあ、私も人から聞いた話だけどね」

「呪われてる?」 

 首を回していた女主人が、肩をとんとん拳で叩く動作に変えながらつけたす。

「王子様だけが呪われているんだってよ」

「ふーん」

 アーシェは、残り僅かとなったスープを飲みこんでから返事を返す。ごちそうさま、と呟くとスープ皿はあっという間に女主人の手によって片づけられた。

「おいしかった。夜遅いのに作ってくださってありがとうございました。」

 女主人が笑顔で首を横にふる。

「いいんだよ。そうだ、朝はどうする?食べていくかい?」

「いいえ。朝は結構です。ありがとうございます。・・・部屋はどこでしたっけ?」

「上がってすぐ左の部屋」

「左ですね。おやすみなさい」 

 アーシェは、カウンターの上に乗せておいたとんがり帽子と隣の椅子の上に置いておいた唯一の手荷物である長四角の黒バッグを持つと、階段へ向かった。

「おやすみ。階段は少し急だから気をつけて」





 女主人が言ったとおり、少々角度のきつい階段ではあったが、アーシェにとっては何の問題もない。おそらく、アーシェが泊まれる安い宿の中で完璧なところはない。しかし、アーシェは今まで特に気にしたことはなかった。一晩泊って眠れば次の場所へ移動する。基本的に同じ場所には留まらない―――いつの間にかそうなっていた―――それがアーシェの旅をするうえでのルールだ。

 アーシェは、女主人に教えられた部屋のドアを開けた。当然、部屋の中は真っ暗だったがベッドのそばにランプと小さなテーブルと椅子が置いてあるのは魔女であるアーシェにはすぐ見えた。魔女は夜目がきくのだ。部屋に鍵をかけてから、ランプのそばに置いてあった火打ち石でランプの中のろうそくに火を灯す。そして、黒いバッグから茶色の布の塊を取りだすと左手の上に乗せて短い言葉を唱える。ただの塊に見えたそれは、アーシェが唱え終わると同時に膨らんで寝間着になった。衣類はかさばるため、魔法で圧縮して持ち運ぶのを最初に始めた魔女が一体誰だったのか――そんなことは知らないが、アーシェに限らず、多くの魔女や魔法使いたちはこうやって旅をしている。

 寝間着に着換えていると、ふわりとあくびが一つ出た。ワンピースをたたんで椅子の上に置き、ベッドの中に潜りこむ。思っている以上に疲れていたらしく、まぶたがすぐに落ちそうになるが、その前にアーシェには考えなければならないことがあった。明日からどうするか、だ。

(お金も底をつきかけてるし・・・)

 旅を続けるうえで資金がないのは一番の問題である。最悪、行き倒れる危険性もあるからだ。

(やっぱり、ここはシェルサードかなぁ)

 アーシェは脳裏に地図を思い浮かべた。現在地はイヴァネス国の外れでこのまま真っ直ぐ進めばシェルサード王国・カサンディア王国・モーリス帝国へ通じる国境を通ることになる。

(・・・やっぱり、シェルサードだよね)

 仕事をできるだけ早く得られる可能性が高いのは、魔女・魔法使い・魔術師たちを最も保護しているシェルサードだ。

(モーリスとカサンディアにはまた後で行くとして・・・シェルサードの呪いの話って本当なのかなぁ?)

 実際に実行してみたことはないが、アーシェも魔女である以上は『呪い』に興味はある。しかし、女主人が話して聞かせた話は子ども向けの本に載っていそうなおとぎ話に似ているのだ。

(第一、王子ばっかりがって・・・結構な呪いじゃない?でも、そんな話今まで一度も聞いたことなかったし・・・)

 ここで、またひとつあくびが出た。アーシェは、ひとまずこれ以上考えることをやめて、ランプの光を消すとまぶたを閉じた。


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