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2話

8月27日に投稿したものと内容は同じです。

活動報告にも書きましたが、投稿のシステムがよくわかっていなかったため、再投稿しました。

「ちょっと!エリザベスったら、邪魔をしないでいただけるかしら?!いま、とってもいいところですのよ!」

「あら、こちらの角度のほうがいいですわよ?殿下の美しさが際立っていますわ」

「さっきから殿下にしがみついていらっしゃるようですけれど、残念なことに私のキャンバスにあなたの居場所はありませんのよ。さっさと離れてくださらないかしら?殿下が集中できないじゃありませんか」

 ひとりは大きなキャンバス越しに、もうひとりはクラウスの隣から言いあっている。

 最初は静かだったのだ。

 言い合いが始まったのは、クラウスの隣に座る少女が入ってきてからだ。

 艶やかな栗色の髪を結い上げた美少女、エリザベスは、優雅に座りながらもクラウスの顔を自分のほうに向けようとしていた。毎回というわけではないが、クラウスのほうも肩に置かれた手に自分の手を重ねたり、顔を見つめたりしている。紫の瞳をもつ少女は、顔を見つめられると幸せそうに微笑む。

 その度に、キャンバスの向こう側からは声が飛ぶ。

 顔がよく見えない、髪の分け目が分からなくなる、今すぐ離れてちょうだい、そもそもどうしてあなたがここにいるの。

 さっきからこのやり取りの繰り返しだった。

 3人とも、アーシェの存在は眼中にないらしい。キャンバスの向こう側にいる少女が言った『そもそもどうしてあなたがいるの』の『あなた』には当然入っていないのだろう。入れてもらいたいとも思わないので、別に構わないのだが。

(でも、これじゃ話ができない・・・)

 クラウスを見るが、2人の少女それぞれの対応に忙しそうでこちらには見向きもしない。


 どれくらいたっただろうか。


 テーブルの上に用意されていた、お茶を2杯ほどゆっくりと飲み、色とりどりのお菓子を一つずつじっくりと観察できるぐらいの時間がたったころ、クラウスが立ちあがった。

「アンナ、疲れただろう。少し休憩をしてはどうだ?」

「大丈夫ですわ。あと少しで終わります。殿下こそお疲れでは?」

「疲れていないのであればいい。だが、無理はするなよ」

 気遣う言葉に、アンナと呼ばれた少女がキャンバスを避けながら頭を下げた。

「はい、殿下」

 はにかみながら顔を上げた彼女も、美しかった。エリザベスとは色が違うが、同じように結い上げた黒い髪は後ろの窓から差し込む日の光に照らされ、艶やかだったし、薄い水色の瞳はキラキラと輝いている。

 水色のドレスの前には、レース付きの白いエプロンをつけていたが、全く汚れている様子はなかった。

「ねえ、アンナ。せっかくだから見せていただける?」

 邪魔をしていたエリザベスも、絵には興味があるらしい。

 アンナはにっこり笑った。

「そうね・・・あとは背景だけだから構わなくてよ。いらっしゃいな」

 エリザベスが椅子から立ち上がり、楽しげな様子でキャンバスに近寄るのを見送ると、アーシェは目の前に再び座ったクラウスの顔を見た。クラウスのほうは、見られていることに気づいているのかいないのか、長い指で持ち上げた花柄のティーカップを涼しげな顔で見ている。

 アーシェは、息を吸い込んでから言った。

「殿下。会議の時間が迫っています」

 部屋に入った目的は、これを伝えるためだった。

 老貴族―――この国の宰相様ともいうが―――に深く頭を下げられ、頼みこまれたのだ。

『殿下にも、そろそろ会議に参加していただきたいのでございますよ。これは王妃様も強く望まれていることなのです。国の政事に関わることでございますので』

 はああ、と悲しげに眉を下げた宰相様の姿が頭から離れない。

『何度もお願いに伺っているのですが、殿下もお忙しいようで・・・』

 しかしながら宮廷魔術師様であれば、とアーシェからすればよくわからない理由を言ったときの宰相様の目は、希望の光を見つけたときのように輝いていた。

(今までダメだったら、今日もダメだと思うんだけど)

 第一、目の前にいることをちゃんとわかっているかどうかさえ怪しいのだから。

「知っている。が、忙しい」

 取りあえずは、いることはわかっていたらしい。入室の許可はもらった上で入ったのだからわかっていないはずはないのだけれど。返事は予想通り。

 微笑んで、カチャリ、とソーサーにカップを置いたクラウスが手を伸ばしたのは、丸い焼き菓子だった。色から考えるとチョコレートでできているようだ。それを摘みあげると口に運んだ。

「やはり、モーリスの菓子職人の腕は最高だな。王宮に呼び寄せたいぐらいだ」

 目を細めながら、異国の地の菓子職人に賛美の言葉を送るクラウスに、アーシェは尋ねた。

「毎回忙しいんですか?前回の会議の際は何をしていたんです?」

 クラウスの手は、隣のピンク色の楕円形の菓子に伸びている。これも一口で食べられる量だ。

「前回は、キャロラインとヴァイオレット、それにマリーと庭園で茶会を開いた」

 アーシェは、眉をひそめた。

 想像でしかないが、確か、茶会というのはお茶やお菓子を食べて楽しくおしゃべりをするものではないか。

 が、続ける。

「その前は?」

「街へ視察へ」

「視察、ですか」

 会議を放り出して行かなければならないほどの、急で重要な視察だったのだろう。これは納得できる。

「さらに前は?」

「ここにいる二人と重要な会議をしていた」

 クラウスは、すらすらと話してみせた。思いだすような仕草をする様子もない。暗記しているかのようだ。

 どういっていいのかわからないが、強いて言うならば微妙な違和感を覚えた。

「重要って・・・?」 

 それには答えることなく、クラウスが手に取った菓子を口に入れる。

 目を細めた彼が、また賞賛の言葉を言うのかと思っていると。

 黙ったクラウスは、ふいに肩を震わせた。笑ったその口が何事か言ったが、全部は聞き取れず、「――――ったく」その一言だけがアーシェの耳に届いた。

 苦いものを含んだ笑みをおさめると、クラウスは二人の少女の名を呼び、告げた。

「今日はお開きにしよう」





 アンナもエリザベスも出て行きたくない様子だったが、王子の命令となれば仕方がないのだろう。

 特に、エリザベスはひどく泣いていた。それほどまでにクラウスから離れたくないのだろうかと思うほど。

 二人が出て行ってしまうと、部屋の中はすぐに静かになった。

 いるのはアーシェとクラウスだけ。

 クラウスは、本当に会議に出る気がないらしく、長椅子に横になって目を閉じている。

「・・・あの、王子」

 声をかけるが、ぴくりとも動かない。

(寝ちゃったのかな?)

 やはり、宰相様の期待には応えられそうにない。

 魔法を使って起こすなどできるはずもないし―――実際にやったとしてもどんな影響がでるかわからないから怖い―――それに、何よりも躊躇う理由が、クラウスの魔法に対する耐性の弱さだ。

 彼が魔法を使ったところを見たのはまだ1度しかないが、どれも簡単なもので、ひどく体力を消耗する部類の魔法ではないはずなのだ。普通であれば、使わないという選択肢を選ぶはずだが――――――

(・・・わからないな)

 理解できないことは、結局は『わからない』に落ち着く。

 ふと顔を横に向けると、アンナが置いていったキャンバスが目に入った。

 絵画を見る趣味はないが、何となく気になる。

 アーシェはそっと立ちあがると、足音をできるだけたてないように注意しながら、キャンバスの表側に回りこんだ。

(なに、これ―――――)

 としか、言いようがない。

 鏡を見なくても、顔がひきつっているのがわかる。

 美少女が描く絵だから、綺麗な絵なのだろうと想像したのだが、それはあっさりと砕かれた。

 血のような赤い色を背景に、クラウスの服を着ている『何か』としか言いようのない絵。

 オリーブ色のシャツに、白いスラックスの部分は、とてもよく描けているのだ。

 しかし、人物を描くのに一番重要な部分は顔ではないだろうか。

「すごい才能だろう?」

 長椅子あたりから届いた声に、びくり、と自分自身でもびっくりするほど、肩が大きく震えた。

「―――お、起きていたんですか?」

 キャンバスから顔を出すようにして、長椅子のほうを見ると、身体を起こしたクラウスがクッションを引きよせていた。

「始めから寝ていない」

「すみません・・・勝手に見てしまって」

 クラウスはクッションに寄りかかると、謝るアーシェを見て笑った。

「4人目になるかと思ったが」

「え?」

「アンナの絵を見て、すでに3人泣いている。ちなみに、3人目はさっきいたエリザベスだ」

「あ―――」

「エリザベスは気の弱いところがあるからな。―――どうした?」

 きょとんとした顔で聞かれ、アーシェはぎこちなく笑って首を横に振った。

 勘違いをしていました、と言っていいのかどうなのかわからなかったからだ。

 言われてみれば、エリザベスの泣き顔はひきつっていたような気がしないでもない。

「人を泣かせる絵を描ける者は、なかなかいない。有名な画家とやらが描いたものでも、たいていは『素敵ですね』の一言で終わりだろう?その点、アンナの絵は人の心の奥深くまで響くんだからな」

 こちらの考えなど知らず、くすり、というよりもにやりと笑ったクラウスは、アンナを誉めているようで誉めていなかった。

「―――ああ、言っておくがアンナの絵は嫌いじゃないぞ?」

 楽しげに付け足したことは本当なのか嘘なのか―――ともかく。

(・・・アンナさんがいまここにいなくてよかった)

 アーシェは心からそう思った。




 再び長椅子に座ると、アーシェは再度切り出した。

「会議に出る気はありませんか?」

 ひとつひとつ目線の高さに持ち上げては、くるりと回してみたり割って断面を凝視したり。

 真剣さこそないものの、クラウスの視線は菓子から動かない。

「ないな。奇跡でも起きない限り」

「・・・奇跡って」

 一体どんな奇跡だというのだろうか。

 あっさりと返ってきた返事には、会議への関心のなさがにじみ出ていた。

「じゃあ、せめて理由を聞かせてください。正当な理由があれば、宰相様も納得すると思うんです」

「話す必要はない」

 クラウスが、持っていた菓子を皿に置いて隣の菓子を取ろうとした瞬間、アーシェは黙って菓子がのっている皿を取ると、自分の左隣に置いた。

 それから身を乗り出して、不機嫌な顔で、行き場のなくなった指先をハンカチでぬぐっているクラウスに言う。

「お菓子を食べたり眺めたりしている時間があれば、会議に出る時間もあると思います」

 顔を真っ直ぐに見つめると、クラウスはたった今取り上げられたばかりの皿を指差した。

「それ、何だと思う?」

「お菓子ですよね?・・・って、お菓子じゃないんですか?さっき菓子職人がどうのこうのって」

 言ってはいませんでしたか、と口にする前に、何でもなさそうなさらりとした声でクラウスが言った。

「毒入りのな」

 すぐに反応ができなかったのは、告げられた内容が考えられないものだったからだ。

「―――――――――なっ」

 背筋がぞくりと震えた。

 別に、毒が恐ろしいわけではない。薬学の中で、毒についての知識も学ぶからだ。

 恐ろしいのは、菓子に毒が入っていて、それがここにあって――――

 そこで、一番恐ろしいことに気づく。

 クラウスは、毒入りだと言ったそれを何個も食べてはいなかったか?

「いつわかったんですか?!」

 聞きながらも、何をしなければならないのか頭の中で順番に並べる。まずは、何の毒なのかを調べなければならない。

 アーシェは迷うことなく、クッキーを掴んだ。

「1個目を食べたときかな」

 天井を見て、のん気に答えるクラウスに顔をしかめながら、アーシェはクッキーを噛み砕く。

 途端、クラウスに見つめられた。なぜか、呆気にとられた顔をしている。

「・・・何をしている?」

 答えたいが、今はクッキーに入っている毒が何なのか突き止めるのが先である。

 クラウスに構わず、アーシェはもぐもぐとクッキーを噛み続けた。

 毒にもそれぞれ個性があり、わかりやすいのは味と匂いである。

 苦みのあるもの、甘いもの、そして味のないもの。

 口の中で手掛かりを探しながら、アーシェの脳裏には様々な毒の名前が浮かんでは消えていく。

(苦くはないから―――スチローネ系統の毒じゃない。あれは、どうやったってごまかせない味だし。だとすると、甘みがあるセレン系統か味のないリン系統か――――んんっ?!)

 ぐいっと、強い力で顔を上げさせられた。考えているうちに、いつの間にか下を向いていたらしい。

 動くことを許さないように、頬を掴んでいる指の力は強く、顔に視線を合わせる前にまずそこに意識が向かった。

 こんなに強い力で掴まれていたら、噛めないではないか!

 指から視線を外し、抗議の意味をこめて顔を見ると、青い瞳に睨まれた。

「いひなひ、はにふるんでふか!」

 頬を掴まれているのと、口の中に物が入っているせいできちんとした言葉にはならなかったが、その分をこめてアーシェも負けじと睨み返す。

「それはこっちの台詞だ!何でいきなり食べる?!」

「だっへ――――ん?」

 言い返したところで、クッキーの甘さとは微妙に違う甘さが口の中にはっきりと広がった。

(―――――これは)

 霧が晴れるときのように、毒の名前が浮かぶ。

(メルリオーネの実!)

 高山にのみ咲く木がつける甘い実で、果実と種に毒が含まれている。

 毒の正体がわかってしまえば、後は解毒薬を作るだけである。材料も手に入りやすいものばかりだから、すぐにできるだろう。

(・・・でも、その前に)

 目の前ではまだクラウスが怒っている。

「今すぐ吐きだせ!絶対に飲みこむ――――っておい!」

 クラウスの制止の声を聞かず、アーシェはごくりとクッキーを飲みこんだ。

 目を見開き、固まってしまっているクラウスに、

「確かに味はいいですね。毒を入れるなんてもったいない」

 素直に感想を述べると、静かに尋ねられた。

「どういうつもりだ?」

 青い瞳は鋭さを増している。声を押さえた分、そこに感情がいってしまったかのようだ。

 アーシェは、頬を掴んでいたクラウスの指に触れると、笑った。

「毒の入ったものを食べさせられた人を、放ってはおけません。毒はメルリオーネの実からとれるものだったので、危険性はそこまでありませんが、一応、今から解毒薬を作ります」

「・・・食べたのはそれを調べるためか?」

「はい。あ、もしかして知りませんでしたか?私たちには、限られた種類の毒しか効かないんです」

 クラウスは、アーシェの顔から手を外すと、息をついて長椅子に座った。力が抜けたように長椅子の背にもたれながら、不機嫌そうな声で言う。

「―――それなら、そうと言えばいいだろう。毒とわかっているものを目の前で食べられるのは、気分のいいものじゃない」

 アーシェは、苦笑して立ちあがった。

「すみません。急がないといけなかったので。じゃあ、ちょっと行ってきますね。すぐに戻りますから。まだ症状は現れないとは思いますが、気分が悪くなったらすぐに人を呼んでください」

 そう言って、背を向けるとクラウスは意外なことを言った。

「解毒薬は必要ない」

 耳を疑う内容だった。が、ある可能性が思い浮かび、振り返る。

 魔女や魔法使い、魔術師には、生まれつき限られた種類の毒しか効かない。

 人間の中にも、時折、毒が効かないものがいるという。それは、生まれつきのものではなく、毒に身体を慣らした結果そうなるのだと聞いたことがあった。

「まさか、毒に身体を」

 クラウスが、弧を描いた唇に人差し指を当てる。

 示された『秘密のしるし』は、当たりと言っているのと同じだった。




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