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小話 魔女と師匠の話2

 お嬢ちゃん、着いたよ。と、半分眠っていたところを起こされ、乗っていた小さな馬車から降りると、そこには黒い髪の男の人が立っていた。男の人は、少女の後ろに置かれていた小さな茶色のカバンを持ち上げると、行きましょう、と言いながら少女に微笑みかけた。

 少女の目の前には、大きな大きな建物が建っていた。じいっ、と見ていると、大丈夫ですよ、と背中を押された。

 しばらく建物の中を歩いた後、少女は一つの部屋に通された。男の人がついていてくれたのはそこまでで、少女はひとりで入らねばならなかった。

 部屋の中に入ったとき、最初に少女のほうを振り返ったのは、入口に近いところに立っていた茶色の髪の男の人だった。その眼差しが、何だか怒っているかのように見えたので、少女の身体は一気に強張った。怒られるのだろうか、と思った次の瞬間、男の人の顔が変わった。

 ――――――びっくりしてる。

 そう思ったのは、男の人が黄色の目を大きく開けたからだった。

 男の人を見ていると、奥から声が聞こえた。

「こちらへいらっしゃい」

 そこで、少女は部屋の中にいたもう一人の大人を見た。

 男の人と同じ、黒い服を着た女の人が、机の上に両手をのせてこちらを見ている。男の人と違って、女の人はにこにこと優しそうに笑っていた。

 言われた通り、近付く。どこまで近付けばいいのかわからなかったので、机まであと少しというところで止まると、女の人は赤い目を細め、さらににっこりと笑った。

「よく来たわね」

 女の人は、三つ編みにした金髪を左肩から前のほうへ下げていた。見たことのないほど長い三つ編みだったので、じーっと見ていると、女の人はすぐに気づき、持ち上げて見せた。

「長いでしょう?ずーっと伸ばしてるのよ。三つ編み、好き?」

 髪を結ぶのはいやではないので、こくんと頷くと、女の人は少女の肩につくかつかないかぐらいの長さの金髪を見て言った。

「もうちょっと伸びたらできそうね。そのときは結んであげるわ。―――ウィズ」

 足音がした後、少女の隣に誰かが立った。

 首を傾げるようにして見上げると、さっきの茶色の髪の男の人が立っていた。

 この人の名前は、ウィズというらしい。

「アーシェ」

 名前を呼ばれ、少女―――アーシェは男の人に向けていた顔をもう一度女の人に向けた。

「私は、ルルセリナ。この学校の校長です。そして、その人はウィズ先生。あなたの先生です」

 がっこう、こうちょう、せんせい・・・どれも、アーシェにとっては初めて聞く言葉だった。

「というわけだ。まあ・・・よろしくな」

 上から降ってきた声に頷くこともせず、アーシェは大きな緑色の瞳をただ瞬かせていた。


 

 




「来ないかと思いました」

 美しい顔にうっとりするような笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた、蜂蜜色の髪の魔女に対してウィズは、ため息混じりに軽く睨みつけた。

 アーシェは、もうこの部屋にはいない。今頃は、副校長のシズに校舎内をあちこち連れ回されていることだろう。

「・・・来ないわけないでしょう」

 ウィズは、目にこめた力を緩めずに、左腕をルルセリナの前に出した。袖をまくって、ずいと近付ける。

 むき出しになった腕には、シンプルな銀の鎖のブレスレットがつけてあったが、それよりも目を引くのがあちこちについている赤い線状の傷だった。

 まあ、とルルセリナはびっくりして見せてから―――これは絶対にわざとだ―――ふふっ、と笑った。

「やっぱり、抵抗をしようとはしたのですね。あなたらしい」

 ブレスレットは彼自身がつけたものではなく、今日の朝、副校長に無理矢理つけられたものだった。つけられた瞬間に、ブレスレットにかけられた魔法に気づき、外そうと試みたが徹底的に強度を上げられた細い鎖は引きちぎることはできなかった。銀の鎖にかけられていたのは、『逃げられない』という魔法。逃げようと思ったら、どこまでも締めつけてくる厄介な効果付きのもの。その力は、ギリギリギリと腕に食い込むほど容赦ないものだった。

 解呪を試みることも考えたが、ざっと見た感じで面倒そうだったのでやめた。というのも、複数の魔法陣が重ねてあったのだが、もつれた細い糸を思わせるような組み合わせ方で、自分でやるよりも出向いた方が早いと思ったからである。それに、失敗したら腕が犠牲になる可能性もあった。

『あなたは逃げようとするでしょうから。だそうです』

 それを言ったときの副校長の顔が、実に楽しそうだったのは一生忘れないだろう。

 脳裏に浮かんだ、一見、爽やかな青年の顔を打ち消して、要求を口に出す。

「腕を失くしたくはありませんでしたので。・・・さっさと外してもらえませんか」

「はいはい」

 ルルセリナが、ブレスレットの上で魔法陣を描く。その描き方を見ていると、鼻歌でも歌い出すのではないかと思うほど、気軽で何でもないような様子である。魔法をかけた本人だから簡単にできるというのもあるのだろうが、あれだけの魔法陣を一瞬にして無効化できてしまうことに実力の差というものを思い知らされる。

 ただの鎖となったブレスレットは、机の上に落ちた。

 脅威が去ったことに、ふう、と安堵のため息が勝手に出る。

 魔女は微かに笑うと、白くて長い指でブレスレットだった鎖を摘みあげ、右手のひらに乗せた。左右に交互に傾けるその様子は、鎖の感触を楽しんでいるかのように見えた。

「ウィズ」

「はい」

「―――シズから、アーシェのことについて話を聞いていますか?」

 ルルセリナの言い方に、少々ひっかかるものを感じながらも、ウィズは事実だけを言った。

「あいつの娘が入学するという話だけしか聞いていませんが」

 まくっていたローブの袖を、傷にできるだけ触れないようにして下ろす。

「でも、まだ早すぎませんか?あれじゃあ」

 ウィズの指摘に、ルルセリナは顔を上げてから肩をすくめた。

「それについては私も同意見だけれど、前例がないわけではありません」

「・・・俺じゃなくても、他に適任はいると思うんですが」

 数日前に提出した文書にも書いたことを繰り返すと、ルルセリナは首を横に振った。

「他の教師たちではダメです。だから、あなたを事務方から教師に戻しました。・・・先日、あなたが提出した文書への回答にもなったわね」

 ルルセリナは苦笑してみせたが、ウィズは眉を寄せた。

「アーシェのためだけに、ですか?」

 あの小さな娘のどこに、そんな力があるというのか――――

「今回はそう受け取ってもらっても構いませんが、もちろんこれから先のことも考えた上でのことです。あの子が卒業した後にも生徒はやってきますから」

 もっともらしい理由と言えた。

 事務方に戻る選択肢は、この瞬間に消えた。

 もともと、人事に口を挟む立場にはない。 

「俺が知っておかなければならない情報というのは、アーシェがあいつの娘ということだけですか?」

 情報がまだあるのならば、できるだけ引きだしておかなければならない。

 あの娘の面倒を見ると決めたのなら。

「・・・そうね」

 ルルセリナは、ため息をひとつついてから、座っている椅子ごと背中を向けた。キィ、と椅子の金具が耳障りな音を立てる。

「あの子は、カサンディアの魔女協会からここへ来たの。母親に送り出されてきたわけじゃない」

 耳を疑った。

 表情も、ひどく驚いたものになっているに違いない。

「・・・あいつは、今どこに?」

「わからないわ。カサンディアから出国したところまでは確認できたらしいけれど」

「なら、つまり、あいつはアーシェを―――」

 アーシェがこの場にいなかったからだろうか。

 思い浮かんでしまったことが、するりと口をついて、

「す――――」

「待って」

 完全に言葉になる前に、振り返ったルルセリナによって、やんわりと遮られた。

 美しい魔女は、その顔に寂しげな笑みを浮かべていた。

「まだはっきりそうだと決まったわけではないのよ。状況がそうだっただけで。私は、そうだとは思いたくないの」

 そこまで言ってからルルセリナは、どこか遠くを見つめるような眼差しをした。   

「それにしても、驚いたわ。あんなに似ているなんて。―――あの子が戻ってきたのかと思いました。ねえ?」

 昔を懐かしむその表情は、ルルセリナがまだ先生だった頃に戻っていた。

 ウィズと、『彼女』の先生だった頃に。 

  




 凍るような寒さの中、ウィズは校門へ向かっていた。

 空を見上げれば、どんよりとした曇り空が広がっている。色からして、そろそろ白いものが降りだしてもおかしくない。

 手に掴んでいるのは、子ども用の黒いコートである。

 外に出るときは必ず着るように、と言っているにも関わらず、アーシェは守ったことがない。いつも椅子の上に置いて出ていく。

 学校と、外をつなぐ出入り口は校門だけであり、その鉄の扉が開かれるのは、入学と卒業のときだけと決められている。出入りの業者も、この門は通らない。そのため、好きにさせていた。

 といっても、始めの頃は探した。見つけるのは決まって校門だったため、それから後、ウィズがすることといえばコートを持って行くことだけだった。出ていく前に捕まえられたら無理矢理に上から着せるのだが、残念なことに、成功した回数は少ない。

(いた)

 視線の先、鉄の扉の前に、灰色のローブだけを着たアーシェがちょこんと座っていた。座っているのは、固くて冷たい地面の上である。

 後ろ姿で、何を見ているのかではなく、誰かを待っているのだとすぐにわかる。

 それが、誰なのか、そしてその誰かは絶対に来ないということも彼はよくわかっていた。

 魔法学校へ入学した時点で、親とは離れて暮らすことになるからだ。

 在学期間中、親との面会は一切ない。

 それでも、入学する生徒はそれをわかっていて入学してくる。離れて暮らすということがどういうことなのか、理解したうえで送り出されてくるのだ。

 しかし、アーシェは、おそらく理解できていない。

 そうでなければ、毎日のように門のところへ行くはずはない。

 ルルセリナから聞かされた話と合わせて考えれば考えるほど、ひとつの可能性しか思い浮かばなくて、ため息が出てくる。

 ―――――あの小さな娘は、母親に捨てられたのではないかと。

 そんなことを思いながら、ちょうど後ろに立っても、アーシェは気づかなかった。

「おい」

 アーシェが顔を上げるより早く、ウィズはコートを小さな身体の上に落とした。コートは、少女の身体を覆うようにふわりと広がった。しばし、もがくような動きを見せた後、金髪をぐしゃぐしゃにしながら現れた顔へ、彼は笑いかけながら言った。

「風邪、引くぞ」


 


 







 

  

 


 

 

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