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小話 「魔女と師匠の話」

WEB拍手に一部連載していた話ですが、こちらに全部掲載します。

リクエストありがとうございました。

本編の方に移動しました(11・24)

コンコンコン。

 アーシェは、ドアをきっちり三回ノックした。しばらく待ってみるが、返事はない。念のため、もう一度ノックしてみるが同じく返事はなかった。ドアノブを回す。鍵がかけられていなかったため、ドアは簡単に開いた。内心、こんなことでいいのかと思いながら中に入る。

部屋の主は、彼女の師である。

今日という日はすでに動いているにも関わらず、ウィズはまだベッドの上で眠っていた。アーシェにとって、そういった姿は見飽きているというか日常の一部であるため、もう特に思うことはない。この魔法学校に入学して、ウィズが担当教師になったときからのことなのだ。とはいっても、教師であるウィズが寝坊などと本来は考えられないことである。

「うわー、本当に寝てる」

背後から笑いを含んだ声でアーシェの肩ごしにひょいとベッドをのぞきこんだのは、寮で同室のチェルシーだった。黒い髪は、耳の下までしかない。ほとんどの女子生徒が髪を伸ばしている中、チェルシーは決して髪を伸ばそうとしなかった。

「嘘じゃないって」

「ああ、うん。ごめん。だって」

謝りながらも、まだチェルシーの声には笑いが含まれていた。

「まさか先生が寝坊するなんて、ありえないでしょ?」

「…まあね」

チェルシーの言う通りである。返す言葉もなく、アーシェは部屋の中を見回した。

「デュランカリスの魔法書だったよね」

「そうそう」

「昨日、ちょうど最終章が終わったばかりだからまだここにあると思うんだけど」

テーブルの上も、それ以外の場所も雑然としていた。本や紙があちこちに積み上げられ、何がなんだかわからなかったが…

「あった」

目的のものは、テーブルの上であっさりと見つかった。昨日と置場所が変わっていないということは、そのままにしていたのだろう。

黒い革の表紙の本を取り上げると、チェルシーに渡す。

「ありがと。図書館にいったら一冊も残ってなかったから助かったわ」

 チェルシーは、黒い瞳を細めると受け取って胸に抱きかかえた。

「じゃあね」

「うん」

 チェルシーが、手をひらひらさせながら部屋を出て行くのを見送ると、アーシェは腕組みをしてベッドで眠りこけているウィズを睨みつけた。睨んだだけで起こすことができたら、それはすごい才能だと思うが残念ながらアーシェにはそんな力はない。アーシェは、ふうと息をつくと、ウィズが起きるまで待つことにした。暇なので、何か本でも読もうと本棚の前に行くが面白そうなものがない。ふと、さっきのテーブルを見ると、ごちゃごちゃと積まれている本や書類の一番下に黄色の四角いものが見えた。どうやら、本のようである。引っ張り出して見ると、ウィズの部屋にあるにしては珍しく真新しかった。

「何の本だろ?」

 ハードカバーで革製の表紙としっかりした装丁の本だが、タイトルが書かれていない。鍵がついていたようだが、引きちぎれられたかのようにとれていた。

 魔法書か何かだろうか?

 アーシェは、首を傾げながら表紙を開いた。


 途端。

 突風がアーシェを襲った。

(なに?)

 驚いたせいで、本を床に落としてしまう。落ち方が悪かったのか、本はちょうど真ん中あたりのページを開いた状態だった。そして風はその中から吹き出していた。

 ぽかん、としているアーシェの目の前で、風はどんどん強くなっていく。本の中から何かが突出していた。木の棒のようなものだ。

「う~ん」

 何かうるさいな。と平和そうにうめく声がベッドのほうから聞こえたが、アーシェは本から目が離せなかった。木の棒がぐらぐらと、上下左右揺れ動いている。引っこ抜けそうで引っこ抜けない。アーシェの目にはそう見えた。

 あれが抜けたらどうなるのか。何が出てくるのか。

「・・・ええと、たぶん本を閉じれば」

 深く考えるよりも先に、常識的な対処法が口から出ていた。―――魔法には魔法で。道具には道具で。元に戻せるなら戻せ。できないなら破壊しろ。

(早くしないと、何かいろいろ出てきそう)

 風には砂粒が混じっていた。それから目を守るために、左手を目の上にかざす。

(障壁の作り方はまだ理論しか習ってない)

 防ぎきれない砂粒が目に入ってくる。

(どうして一番先に教えてくれないんだろ。教えてくれさえすれば、保健室が満杯になんてならないのに)

 今すぐ目から砂粒を追い出してしまいたいのをこらえて、アーシェは本にゆっくりと空いている右手を伸ばした。手のひらにも容赦なく吹きつけてくる風が痛い。

 本から突き出している棒は、斜めに傾きつつあった。回りこんで距離を取ると、アーシェは改めて手を伸ばした。

(あと、ちょっと)

 本の表紙側に手がかかる。そのまま持ち上げて閉じようとしたときだった。

 吹き上げる風の勢いが急に強くなったかと思えば、木の棒が綺麗に引っこ抜けて。

「なにやってん――――」

 そこでなぜか起きた師が、寝ていたときと同じように平和な調子で口を開いて。

 ゴッ、という効果音のあと、ベッドに仰向けに転がった。

 そのうえには、よくわからないものたち(簡単にいうとガラクタというやつなのだろう)が積もった。




 ここは一体どこなのだろう?と思うような光景が部屋の中に広がっていた。

 カーテンは砂と雪で無残な姿に。壁には、ナイフやフォークが何かの飾りかのように突き刺さっていて。薄汚れた鍋やらベッドのマットやら・・・そういったガラクタが本の周りに積み重なっていっている。時折、思い出したかのように師の上にも。

 直接的に本に触れることができないのなら、間接的に触れるしかない。もたれていた壁からアーシェは体を離した。

 もう一度。そう、もう一度だ。

 魔法を使うために集中しようとして、何かが耳の横をかすめていった音にため息をつく。ダメだ。さっきから同じことの繰り返しである。

(勝手に触った私が悪いんだけど・・・そろそろどうにもならない状態かも)

 ひゅん、と鋭い音がしたかと思うと壁がものすごい音を立てた。また新たにフォークが突き刺さったのだ。奇跡的にどういうわけか師が埋もれているガラクタの上にそういったものは降り注いでいない。けれど、いつそうなるかはわからない。

(師匠は強いけど、気絶した状態で身を守るというのはできないだろうし。――――よし)

 アーシェは、とりあえず部屋から逃げることにした。ガラクタに埋もれている師のもとへ行くと、急いでガラクタをのける。やがて現れた師は、無事そうだった。「うーん」とうめいてはいたが。

 アーシェは、師を揺さぶった。

「師匠、起きてください!」

 今まで、こんな切羽詰まった状況で起こしたことはない。いつも、のんびりと待っているだけだった。師が背伸びをして起き上がるのを。しかし、今は違う。起きないことにひどく苛立ちを覚える。

「師匠!大変なんですっ」

 言葉を変えて揺さぶるが、反応はなし。

「もう!」

 起こすのをあきらめて、師の足首を掴んだその時。

 アーシェは、ふと本に目を向けていた。

(なんで)

 そのタイミングだったのかはわからないが。

 本の中から勢いよく飛び出してきた、それ。天井付近まで浮かんだそれは、大きな影をアーシェたちの上に作りながら落ちてきたのだ。



 効果があるであろう呪文も、悲鳴も何もかもが消えうせた。

見習いだけど、魔女だっていうのに。何をやっているの?脳裏で冷静に呟く声が聞こえる。

 次に聞こえたのは、寝起きそのものの低い声。

 しかも、ひどく短くて攻撃的だった。


『砕けろ』


 一瞬後、ベッドを中心に砂埃が舞った。





「ええと、すみませんでした」

 アーシェは、砂(岩が粉々に砕けた結果のものである)まみれになりながらも、ぺこりと頭を下げた。

「なにをやってるんだか」

 師が、むっくりと起き上がる。その有様はといえば、アーシェよりもひどかった。砂まみれも砂まみれである。黒いローブも、砂でぐちゃぐちゃになっていた。

 師は顔をぬぐうと(あまり意味がなかったが)ベッドから軽く身を乗り出した。その姿勢のまま、右手で頬杖をついてつぶやく。

「だいぶおさまったな」

 師の言うとおり、本からは小さな石ころや木の枝が時々飛び出してくるだけになっていた。風も弱くなっている。

「何なんですか?」

 疑問の声を上げると、師は「うーん」と唸ってから言った。

「元カノが置いてったもの」

「え?」

「別れた次の日の朝、これが机の上にあったんだけどな、開けたら何かが起きそうな気がしたからそのままにしてた。当たってたな。あいつ、怒って出て行ったから。部屋の半分を壊したから気が済んだかと思ってたよ」

「・・・何でそういうものを取っておくんですか」

「捨てても部屋の中に戻ってくるんだよ。たぶん、あいつがやってたんだろ」

 昔のことだからだろうか、どこか他人事のように話す師に、アーシェは黒いとんがり帽子についた砂を払いつつ言った。

「その『あいつ』が誰なのか知りませんけど、師匠がたぶん悪いんだと思います」

「は?」

「だって、師匠のことをそれだけ好きだったんじゃないでしょうか」

 そこまで言うと、アーシェはベッドから降りた。帽子についた砂はまだ完全にとれていなかったが、今度はローブについた砂を払う。粒子が細かすぎて、うまく取れない。

 師は、数秒沈黙していた。背後から妙な緊張感が伝わってくるのを感じたが、アーシェは無視した。

「・・・お前さ、好きなやつというか彼氏でもできたのか?」

「はあ?」

 無視するつもりだったのが無視できないことを聞かれ、何の冗談かと振り返る。砂を払っていた手も止まる。

「この間、チェルシーに借りた小説の展開に似てたんですよ。主人公の娘が言ったセリフなんです。『それだけ好きだったんじゃないか』って」

「何だよそれ」

 頬杖をついているせいか、師の顔は少し歪んで見えた。

「面白くない」

 付け足された一言は、本当にそう思っているかのような口ぶりだった。アーシェは肩をすくめる。

「彼氏だとか、好きな人だとかここでできたってしょうがないじゃないですか。いつかはみんな出ていくのに」

 師からは、思いっきりため息をつかれたがアーシェは全く気にしなかった。それよりも。

「防御の魔法を教えてください。手も足も出ないのは嫌です」

 そういうもののほうが大切なのだから。


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