6:クラスの懇親会
コンコンコン
私は女子寮の自分の部屋から出て、同じ階にあるクレアさんの部屋をノックした。
「クレアさーん、そろそろ行きましょう」
返事がない。ただのドアのようだ。
いや、実際ただのドアなんだけど。
「クレアさーん?」
「あっはい!」
急いだ様子で、クレアさんがドアを開けて出てきた。
「すいません、本に夢中になってたようで・・・」
「もう少し読んでても平気よ?」
「いえ、また読み込んじゃいそうなので行きましょう」
クレアさんはちょっと苦笑いしながら、部屋から出てきた。
学園の最初の1週間の授業が終わった今日は、夜にⅠ組の懇親会が予定されている。
普段使いの学食とは違い、ちょっとおしゃれなレストランが会場となっており、私たちは会場に向かった。
しばらく歩いていると、曲がり角に差し掛かったところで、クレアさんが唐突に私の服の袖を引っ張ってきた。
「ちょっと止まってください」
「どうしたの?」
「建物の角からそっと先を覗いてみてください。顔を出しすぎないように注意してください」
どうしたんだろう?と思いながらもクレアさんに言われた通り、そっと建物の角から先をのぞいてみた。
「なんでいるの・・・?」
道の先には、やたらと着飾ったイオーゴ・レスターがいた。
手にはバラまで持っている。どこで買った。
というか、Ⅰ組の懇親会の噂を聞きつけて待ち伏せしていたのだろうか。
私がクレアさんの方を向くと、嫌そうな顔をしたクレアさんが
「待ち伏せてしているのが誰かまではわからなかったんですけど、警戒してよかったです。それにしても、あの人ってⅥ組ですよね。他のクラスの懇親会まで追いかけてくるなんて・・・」
1年生の前半はⅠ〜Ⅵクラスに分かれていて、上から入学試験の成績順だ。
Ⅵは一番下なので、そういうことなのだろう。
「クレアさん、道を変えてもいい?私のせいでごめん・・・」
「セレーネさんのせいではありませんよ。風紀委員会に相談はしないんですか?」
「うーん、相談してもたまたま偶然って言い張られたらそれまでだし、それに私、なんか痛い子みたいにならない?」
「あの人がその、ちょっとあれなだけで・・・。セレーネさんが痛い子にはならないと思いますけど・・・」
私と一緒にいることが多いからか、クレアさんもあのかまってちゃんのかまってちゃんぶりを認識していた。
別の道に方向転換して歩きながら気になったことを聞いてみた。
「クレアさん。さっきのことなんだけど、なんでいるのがわかったの?」
「魔力検知です。学園内では魔法の乱用は規制されてますけど、魔力検知は人が無意識で纏っている魔力を受身的に感じ取ってるだけなので、学園のルールに引っかからないんですよ」
「それは便利ね!」
「よければ教えますよ?」
「いいの?クレアさんの時間がある時でいいからお願い!」
「はい!」
ーーーーーーーーーーーー
ちょっと遠回りしたけど、無事にⅠ組の懇親会が行われる会場についた。
クラス委員のレイ様とグレイスが手配をしてくれていた。ありがたや。
人数が揃ったのを確認しおえたレイ様がみんなの前に出て話し始めた。メガネをかちゃっとするのもお忘れではなかった。
「みなさん、1週間お疲れ様でした。せっかく同じクラスになれた縁を大切に、交流を深めましょう。それでは、グラスをもってください」
少し間をおいて、レイ様が乾杯の音頭をとった。
「私たちの出会いに乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
交流をしやすいようにと、ビュッフェ形式の立食パーティーだった。
話しかけてきてくれたクラスメイトと一通り話し終え、ちょっと疲れたので壁際にあった椅子に座っていたら、初日の自己紹介の時に世渡りが上手そうだなと思っていた女の子に話しかけられた。
「さすが、月のお姫様は人気がありますね。やっと話しかけることが出来ました」
「えっ?私のこと?」
「そうですよ。黒髪と金目が闇夜に浮かぶお月様のように見えますし、容姿もとてもお美しいですから。お召しのストールの紋章も似合っておりますよ。月を羽織った妖精さんですね」
「うちの家紋というか紋章って月が入ってるけど、そう言われたのは初めてだわ。それより、私ってそういう系のあだ名つけられてたの・・・?買い被りすぎだと思うけど・・・」
「ふふふ。冗談です。けれど、月のように美しいと思ってるのは本当ですよ」
「えー」
「申し訳ありません、少々印象に残ることを言おうと思いまして。私は、ミラ・ラズウェルです」
「あっ、えっと。セレーネ・ケニルワースです。ラズウェルというと、ノースブルック家と一緒に2大文官伯爵家と呼ばれているラズウェル伯爵家ですか?失礼しました」
「あたり!けど、普通に接してほしいな。ミラって呼んでね」
貴族っぽい雰囲気から一気にちゃめっ気のある感じになったわね。
落差がすごい。
「わかった。じゃ私のこともセレーネで」
「ありがとう!レイ君がたまにセレーネのことを話してたから、話してみたかったのよ」
レイ君というとレイ様かな?なんか親しげね。
そういえば、婚約者がいるって言ってたけどもしかして。
「もしかして、レイ様の婚約者ってミラ?」
「実はそうな」
「でたらめをいうな」
ミラの言葉を遮りながら、レイ様ご本人が登場した。
「なんで!?私とあなたの仲じゃない?」
ミラが上目遣いでレイ様を見つめて、レイ様は呆れた顔をしている。
えっ、どういう関係?
「はぁ。もうその茶番もしなくてもよくなかったんじゃなかったのか」
「ひどい!弄ぶだけ弄んで、私とは遊びだったのね!あの夜はあんなにも情熱的に、ぐすん」
ミラが涙目になって泣き出してしまった。
レイ様ってもしかして、遊び人?真面目だと思ったのに・・・。
のに・・・?
・・・あれ?レイ様は焦るどころか呆れている?
・・・あれ?よく見るとミラも嘘泣き?
待って、ほんとに2人はどういう関係?
「セレーネが困惑しているし、周りにもあらぬ誤解が生じる。お前がなんとかしろ」
「えー、もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃない?」
ベロをちょっと出して、テヘみたいな感じで、ケロッと元の雰囲気に戻ったミラに、レイ様は無言でジト目を向けていた。
「はぁ、わかったわよ。セレーネ、私はレイ君の婚約者じゃないわ。愛人で」
「おい!」
「冗談冗談!」
一瞬びっくりしたけどそうよね!
ミラに色気があるから一瞬信じかけたけど、冗談よね!
「レイ君の本物の婚約者は私のいとこなの。私って文官の娘だけど伯爵家の娘でもあるでしょ?だから、政略結婚を避けるためにレイ君の恋人ポジションを演じてたのよ。ほら、すでにお手付きされていると思われれば、醜聞になるからあまり婚約の話がこないでしょう?実際は、3分以上2人きりになったこともなければ、手すら触ったことないわね」
「・・・そうなんだ、けどどうしてまたそんなことを・・・?」
疲れた顔のレイ様が私の質問に答えてくれた。
「ミラはこう見えて文官としての能力は高いんだ。遺憾ながら!こう見えても!・・・王国が今あれだ、色々と大変じゃないか。だから、優秀な文官候補を無駄な政略結婚で失わないように、って配慮だな。僕の本物の婚約者も承諾している。第二学園に入学するまで茶番に付き合えばいいって話だったんだけど、さっきはミラが悪ふざけをしたようだ。混乱させてすまない」
王国が色々と大変って、あれね。
レイ様は言葉を濁したけど、裸の王様と言われている現王が色々と無能で国が傾きつつあることね。そろそろ、国王誕生日かな?祝日なのはいいけど、無駄遣いを指摘されてる盛大な祭りを権力を使って強行するのはなぁ・・・。無駄遣い祭って密かに揶揄されてるし。
それはそうと、
「レイ様、第二学園の入学までなの?」
「王宮の文官の登用試験は完全に実力主義だからというのが理由だ。ここからは、文官のポジションは自分の実力で取ってもらわないと。それと、実力主義の王立第二学園で実績を残せば下手な政略結婚くらい断れる」
挑発的な笑みを浮かべたレイ様に、ミラはニコッと微笑んでいた。
言われなくてもわかっている、ということだろうか。
あっけどそうすると、レイ様みたいにクラス委員をやっていた方が課外ポイントとかついたんじゃないかな?
「ミラ。ちょっと聞きたいんだけど、レイ様みたいにクラス委員をやった方が登用試験の時に、課外実績に書けたんじゃない?」
私の質問を受けて、ミラはチラッとグレイスの方をみてから、また私の方を向いた。
「それはそうだけど、ね?」
含みのある笑みをしている。
あっ、これなんか大人の事情っぽい。
「そうよね!試験でいい点出せば関係ないわよね!」
大人の事情に踏み込んでしまったのではないかと少し焦っている私と、ニヤニヤしているミラを、呆れた顔でみていたレイ様に、困り顔のグレイスが近づいてきた。
「レイモンド、少しいいだろうか」
「グレイスか。どうしたんだ?」
「デザートを発注し忘れてしまったようだ。せっかく任せてくれたのに、すまない」
「・・・そうか。やってしまったのは仕方ないな。デザートがなくても懇親会自体はできたんだ、よしとしよう」
グレイスは落ち込んでいるように見える。
あの武術の授業からクラスメイトに少し怖がれてしまっていて、まだ距離があるようだった。
私は、あの時攻撃を受けなかったからかそこまでじゃないし、あの模擬戦のあとも近接戦の注意点とかも教えてくれるから素の性格はいいはずだ。
なんとかこう、グレイスが悪目立ちしないように場を和ませたいけど・・・
デザートを忘れただけで、他はあるってことだよね?
ビュッフェの方を見ると、シェフが遊び心を発揮したのかタコさんウィンナーがあった。
そうだ!
「デザートがなければ、タコさんウィンナーを食べればいいじゃない!」
私はそう言いながら、グレイスの口にタコさんウィンナーを入れようとした。
しかし、私のタコさんウィンナーは空を切った。
「・・・どうした?」
「その・・・場を和ませようとしました」
「そうか・・・。つい避けてしまった」
「こっちこそ急にごめん」
「いやいい。ところで、私たちくらいの年齢ではそういうことは普通なのか?」
日本の中高生なら食べさせ合いっこはするかもしれないけど、この世界はわからない・・・。
私がどうしようかと考えていると、手に持っていたタコさんウィンナーが消えた。消えた先をみると、ミラが美味しそうに食べている。
「うん、美味しいわね!細かいことはさておき、せっかくの懇親会なんだから気楽に楽しましょう!グレイスさんもほら!」
ミラはグレイスの手をひいて、クラスメイトの輪の中に入っていった。
取り残された私とレイ様も、目を見合わせてからクラスメイトとの交流に混ざった。
懇親会の終わりの挨拶はグレイスが行い、その頃にはクラスメイトとの距離も近づきつつあるように思えた。




