3:学食にて
午前中のオリエンテーションが終わり、私はクレアさんと一緒に学食に来た。
後ろからぴょんこぴょんこ歩いていくる様子は可愛かった。
「セレーネさん、あのあたりの席が空いてますね」
「ほんとですね。行きましょうか」
私たちは席をとると、学食のカウンターに向かった。
王国内に2校しかない王立の学園だけあって、学食も気合が入っている。
種類も多いし、なによりも無料でいただける!弱小男爵家の私にとってはありがたい。
私はペスカトーレを、クレアさんはチキンサラダを受け取り、席に戻った。
クレアさんの食べ方はどこか上品だった。
そういえば、さっきの自己紹介はフローリーって名乗ってたわね。
「クレアさんって、もしかして宮廷魔法師のフローリー子爵家の方ですか?」
「あっ、そうです。けど、普通に接してくれていいですよ」
「ほんとにいいんですか?私は男爵家で身分的には下ですけど」
「いいですよ。この学園内なら身分は関係ないですし、それにその、私自身セレーネさんにはタメ口とか気軽に接してもらいたいなぁ、なんて思ったり思わなかったり・・・」
少しモジモジしながらも、クレアさんはそう言ってくれた。
魔法陣の話で懐かれたのかもしれない。
「わかったわ。クレアさんも敬語じゃなくていいわよ」
「あっ、いえ、私のこれは癖と言いますかなんといいますか」
「そう?無理にとは言わないけど」
私たちがのんびりランチを楽しんでいると、ふと羽虫が顔の近くを飛んだ。
学食で羽虫?衛生管理はしっかりしていると思ったけど・・・
羽虫を払うと、ちょうど目線の先にイオーゴ・レスターがいた。
「げっ」
あーはい、そういうことですか。
この羽虫はレスターの魔法でしたか。そうですか。
「これはセレーネ嬢!また目が合いましたね!神の思し召しですね!」
・・・あなたが魔法で私の意識を向けさせたんでしょう。
これだからかまってちゃんは・・・
「この学食にはたくさんの生徒がおります。たまたま目が合うくらい、珍しいことではございません」
「ふふ、わかってますよ。突然に出会いに驚いて照れてるんですよね」
この男何を言ってるんだ?ちゃんと意味理解している?
「再会を祝して、俺と一緒にランチにしましょう。あちらにあなたに相応しいコース料理をご用意しております。食材も最高品質なものばかり取り寄せました。さぁ、行こう!」
レスターが勝手にエスコートのポーズをとって私を誘導しようとした先には、カトラリー類が並べられ、綺麗にセッティングされたテーブルがあった。
窓際で眺めが良さそうではある。
けど、私はあまり肩肘張ったコース料理は好きじゃない。百歩譲って仮に好きだっとしても、レスターとは遠慮したい。エスコートも、体に触られる前にしれっと避けた。
「申し訳ございません。ご覧のように、私はすでに学友と昼食を共にしております」
レスターがちらっとクレアさんをみて、
「チッ、フローリー子爵家のガキか。魔法しか使えないくせに」
ガキと言ってるけど同い年だし、確かにクレアさんは幼く見えるけどそこが可愛いいんじゃない。わかってないなぁ。
騎士の家系と魔法師の家系だから交流があるのかなと思ってクレアさんをチラッと見ると、嫌そうな顔をしていた。私も嫌だ。
となると、どうやってこのかまってちゃんを追い払おうか。
あなたはタイプじゃない、ってはっきり言ってみる?
うーん、けどなー。
「ペスカトーレですでにお腹がいっぱいでして、お誘いに乗ることができません。申し訳ございませんが、側近の方やご学友をお誘いいただけますか?」
「大丈夫ですよ。そうしたら、食後のデザートだけにしましょう!」
違う。そうじゃない。私は断ってるの。
もしかして、表面的な言葉通りの意味に受け取った?
・・・周りの注目も集めてきてしまっている。
さっきの自己紹介でせっかくはっきりいったのに・・・。
ふと、周りの目の中には心配そうにこちらの様子を伺っている目があることに気付いた。
これだ!本人には悪いけど、クラス委員様に早速助けてもらおう。
「ノースブルック様、お待ちしておりました。席はお取りしております。隣にいらっしゃるフェレーラ様もご一緒にいかがですか?同じクラスの学友同士、親交を深めませんか?」
レイモンド・ノースブルックは一瞬驚いた様子も見せるも、すぐに助けにきてくれた。
「ケニルワース嬢、感謝する。同じ文官を志す者同士情報交換をしようと約束していたな。クラス委員の打ち合わせで遅れてしまってすまない。フローリー子爵令嬢も久しぶりだ。旧友を温めようではないか」
機転をきかせてスラスラと言葉をつむぎだした救世主レイ様は、メガネをクイッとするのもお忘れではなかった。
「おい!お前は誰だ!この学園の侯爵家以上は把握しているが、お前は知らない!伯爵家である俺が先に誘ったんだぞ!」
「これは失礼。王宮の文官を取りまとめている家の1つであるノースブルック伯爵家の次男、レイモンドと申します。以後お見知り置きを。それと、この学園内では権力や身分は関係ないぞ」
レイ様はやっぱりノースブルック伯爵家だったのね!
「文官なぞいちいち俺が把握するわけないだろう!何をつけあがっている!俺が先に誘ったんだ!」
「すでにフローリー嬢と昼食を共にしていたようだが?」
「関係ない!もしかして、お前もセレーネ嬢を妻にしようとしているのか!そうなんだろう!渡さないぞ!」
「渡さないも何も君のものではないでしょう。それにそもそも僕にはすでに婚約者がいる」
「それがどうした!」
それがどうした!じゃないでしょう。
前者に対してならちょっと意味がわからないし、後者に対してなら婚約者がいる貴族が堂々と他の女性に言い寄らないでしょう。バカなの?
そこで、フェレーラさんがドンッ!と床を踏み込んだ。
「お前、自分のやってる馬鹿げたことを理解しているのか?ケニ、えーと、そこの彼女はどうみても嫌がってる」
クラス全体の自己紹介一回で全員の名前を覚えきれないよね。わかるわかる。
私が勝手にわかってると、フェレーラさんが魔力を漂わせている。
学食内で喧嘩はよろしくない。さすがに止めないと。
「ひえっ」
私が止めに入る前に、レスターはフェレーラさんの様子に怖気付いたようで、尻餅をついた。
・・・曲がりなりにも騎士の子息でしょうに。
もしかして、口先だけのタイプ?
「おっと、フェレーラさんそこまでだ。レスター、君も自分の席に戻ったらどうだ?」
文化系のはずのレイ様が冷静に仲裁をして、騎士のはずのレスターは怯えながら去っていった。
同じ伯爵家のはずなのに、その差は歴然だった。
「レイ様。助かりました。巻き込んですいません」
「うぅ〜ノースブルック様〜ありがとうございますぅ〜」
私のお礼に続いて、若干涙目のクレアさんもお礼を伝えた。
「大したことはしてない。2人とも災難だったな。それと様はつけなくていいし、かしこまった態度じゃなくていい」
「ほんと?けど、呼び方はレイ様にさせてもらうわ。救世主レイ様。私のことはセレーネでいいわ」
「救世主・・・?わかった、セレーネ・・・呼び方はまぁ好きにしてくれて構わない」
苦笑いのレイ様の次に、フェレーラさんにお礼をいった。
「フェレーラさんもありがとうございました」
「グレイスでいい」
「グレイスありがとう。私はセレーネよ」
グレイスは私のことをじっとみてきた。
「どうかした?」
「なんでさっき力づくで追い払わなかったんだ?」
「どういうこと?」
「セレーネは魔法が使えると思ったんだけど違ったか?それも戦闘経験もあるんじゃないか?」
グレイスの指摘に私は本気で驚いた。
王立第二学園入学のための資金集めに冒険者をやってたけど、まだ説明していなかった。
「そうだけど、なんでわかったの?」
「身のこなし?魔力の感じ?まぁ直感だ」
・・・直感か。そっかー。それはしょうがない。
「えっと、力づくで追い払わなかった理由だっけ?2つあるわ。1つめは、魔法の戦闘経験はあってもそこまで慣れてるわけじゃないから周りを巻き込む可能性があった。2つめは、こっちの方が主な理由だけど、話し合いで解決できるならそっちの方がいいと思う」
「実力行使の方が早いぞ?」
「・・・それはそうだけど、最終手段にしたい。怪我したりしたら問題が大きくなるでしょう?」
「そういうものか。私にはわからないな」
本気で悩んでいる様子のグレイスに、レイ様が声をかけた。
「力ばかり使っていると、相手が納得しない分反発も大きくなりかねない。せっかく人間には自分の頭で考える思考力があるんだ、それを使って問題を解決する方法も知っておいた方がいい。クラスの問題もすべて決闘で解決するわけにもいかないだろう?」
「それはそうだが・・・」
「まぁ少しずつ慣れていこう。学園はそういう場だ」
レイ様とグレイスの様子を見て、ある可能性に思い至った。
もしかして、トーマス先生がグレイスをクラス委員に指名したのは、授業だけではわからないこういうことを学んで欲しかったから?