21:文化祭1日目(後編)
「それでは、今から注文を伺いに参ります」
オープニング演奏が終わり、司会のレイ様の合図と共に、生徒がオーダーをとりに各テーブルを向かった。
用意したテーブルの数は12でそこまで多くない。オープニングこそ一斉にお客さんを入れたけど、ここからは出たり入ったりになると思うし、演奏を聴くだけの立ち見スペースも用意される。
接客側が大丈夫そうなことを確認してから、私はキッチンスペースに向かった。お菓子の本格的な調理は学校の厨房を使うけど、温め直したり、紅茶を入れたりするのは、教室内の一部に仕切りを立てて作ったキッチンスペースで行う。
「クレアさん、調子はどう?」
「ストレート3、オレンジ2、ピーチ1、フローラ1、他には・・・」
クレアさんは忙しそうだったので、私はキッチンスペースをそっとあとにした。
余談ではあるが、クレアはセレーネからフレーバーティーのことを聞いたあと色々と試していた。
オレンジ、ピーチは文字通りオレンジとピーチを加えた紅茶で、フローラというのは、クレアのオリジナルブレンドである。オリジナルなら何か名前をつけた方がいい、ということで、クレアの家名であるフローリーをもじってフローラと命名された。
このオリジナルブレンドのフローラは花のようにふんわりとした上品な味わいで、文化祭で瞬く間に口コミが広がり人気になった。
遠くない将来、フローラ・オブ・ウィッチ、通称 魔女の紅茶として、王都のご婦人を中心に広がる紅茶ブランドの誕生の瞬間であった。
今後、他のオリジナルブレンドも開発されることになるが、初代オリジナルブレンドであり、紅茶ブランドの名称にも入ってるフローラも根強い人気を誇ることになる。
一方、チョコレーヌもこの文化祭を機に話題となり、将来的に広まることとなる。そして、セレーネはというと、「あの時もっと強く名前のことを否定すればよかった」と後悔することになる。
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1日目の夕方、そろそろ終了の時間となるということで、ちらほらお客さんも帰り始めた頃、Ⅰ組の音楽喫茶は慌てた様子に包まれているようだった。セレーネも接客担当の生徒から報告を聞いたようだった。
「えっ?ベラさん、なんと言いました?」
「セレーネさん、アナスタシア王女殿下がお越しになりました。今受付にいますどうしましょう」
キッチンスペースでクレアさんを手伝っていた私は、青い顔をして駆け込んできた接客担当のベラさんからの報告を聞き、思わず天井を見上げた。
私の隣にいたクレアさんが、
「お、お、お、お、王女殿下!?」
と、「お、お、お、お」とオットセイみたいになってる。
「ベラさん、わかりました。他のお客様は?」
「気付いた人は帰ったみたいです。けど、王女殿下は軽く変装しているので、気付いていない一般来場の方々もまだテーブルにいらっしゃいます」
学園内では身分は関係ないことになっているとは、それはあくまでそういうことにする、ということであり、そもそも学園内に限った話だ。
今は外部の人もいるし、普通前触れもなく王族に会ったら、こうなると思う。
「変装しているということは、王女としてではなく学生としてお忍びで来ている感覚でしょう。大掛かりな歓迎は控えます。とりあえず、席にご案内して、メニューをお渡したら、平民出身や下級貴族の生徒は下がって構いません。そのあとは、高位貴族、そうね、伯爵家のミラとレイ様に接客をお願いしましょう。2人はそろそろ厨房から帰ってくると思います。もし帰って来なかったら、その時は私が頑張ります」
「は、はい!」
ベラさんは、きた時と同じように慌てた様子でキッチンスペースを出て行った。
さっきの指示は、平民差別からではなくて、あくまでクラスメイトの心の安寧のためだ。そもそも私も半分農家と公言しているし、貴族という感覚が薄い。
考えてもみてほしい、もしも自分がバイトをしている普通のお店に、日本の天皇家の方がいきなり現れたら接客どころではなくなる。今まさにその状況。
やんごとなきお方は、上流階級の方にお任せしましょう!
適材適所!適材適所!
「ご注文はいかがいたしますか?」
あれ?もう注文とってる?他のお客さん?それとも、ミラとレイ様がもう厨房から帰ってきた?
思わずキッチンスペースから顔を出して外の様子を伺うと、なんと、マリーさんが王女殿下の接客をしていた!あの子すごいわね!
「それでは、フローラとチョコレーネクッキーを1つずついただけるかしら」
「かしこまりました!」
マリーさんがオーダー用紙をもって、キッチンスペースにやってきた。
「はい。よろしく」
「あっ、はい」
「みんなビビりすぎじゃない?」
いえ、あなたがすごいんです。確か平民出身だったよね・・・?
クレアさんの手がガタガタと震えて紅茶とか用意できなさそうだったので、私が代わりに用意していると、またキッチンスペースの外から声が聞こえた。
「・・・何してるんですか。来るなら来ると言ってください、アナス」
「レイ、アナでいいわ」
「はぁ、アナさん。それで何しにきたんですか?」
「1人の学生が自分の学園の文化祭を満喫したらいけないのかしら?」
「そういうわけではありませんけど・・・」
「そうよね、レイ。そうだ、レイとミラも一緒に紅茶飲む?」
「僕は遠慮しておきます」
「私も遠慮します」
「レイはともかく、ミラまで?ミラってシフト中なの?」
「そうではありません・・・」
「それなら問題ないのではなくて?」
「はぁ、アナさん。そういう話ではありません。わかって言ってますよね。それより、ユリアさんはどうしたんですか?」
この声は!今度こそミラとレイ様!
それにしても、王女殿下となんだか親しげね。
さすが王宮の文官をとりまとめている2大伯爵家。面識あったのね。
「彼女はクラスの出し物のシフト中よ」
「ということは、文化祭期間で警備が普段より緩くなっているこの時期に、1人で出歩いていたということですね」
「ミラ、もしかしなくても、今ユリアを呼ぼうと考えてる?」
「もちろんです」
「たまにはいいじゃない。せっかくあの手この手で、わたくしとユリアのシフトの時間をずらせたのにそれはあんまりだわ!」
「計画的犯行ですか・・・トーマス先生も今は不在ですし・・・まさか!」
「女たらしのおじさんに邪魔されたくないわ!」
「そこまで計算ずくですか・・・」
トーマス先生、おじさんっていわれてるけど30代くらいじゃない?
しかも女たらしって・・・王女殿下が口悪いのか、トーマス先生が手を出そうしたしたとか?
というか、紅茶とクッキー準備できたけどどうしよう。
持って行ってもいいけど、今なんかお取り込み中な気がする。
「そろそろ準備できた?」
マリーさんがキッチンスペース覗いてきた。
紅茶のむらし時間がだいたい3分だから、タイミングがわかったのかもしれない。
「準備できてます」
「早く渡して」
私から紅茶とクッキーが乗ったお皿を受け取ったマリーさんが、キッチンスペースを後にした。
そして、王族のお取り込み中なところに突撃していった。
あの子すごいわね!
「ご注文のフローラとチョコレーネクッキーです」
「従業員さん、ありがとう!ミラ、食べ物を粗末にできません。先にこちらをいただきます」
「・・・わかりました」
「この紅茶はオリジナルブレンドでしたっけ?香りもよく、味も調和がとれていますね。チョコレーネも素晴らしい味です。あの苦かったカカオ豆がこのように変貌するとは。ぜひ、考案者にお会いしたいわ」
シェフに会わせて欲しいみたいなノリで、突然の王族からのご指名が入った。
クレアさんは私の隣で頭をブンブン横に振っている。
王女殿下の言葉を受けたレイ様が、キッチンスペースを覗いてきた。クレアさんについては一目見て察し、私には小声で聞いてきた。
「どうする?」
「・・・行った方がいいよね?」
「それはまぁ・・・けど、不在とかにしてもいい」
「・・・行きます」
「助かる」
私はエプロンを外してから、レイ様に連れられてキッチンスペースからでた。
「レイ、こちらが考案者さん?」
「そうです。オリジナルブレンドの考案者は不在ですけど、チョコレーネの考案者のケニルワース嬢です」
「初めまして、ケニルワースさん」
「初めまして。セレーネ・ケニルワースです」
王女殿下にニコッと微笑まれた。
何か言われるかな、と思ったけど、
「ご馳走様でした。美味しかったです。それでは、突然お邪魔して失礼いたしました」
とご丁寧におっしゃり、王女殿下はすぐにお帰りになられた。
ミラは王女殿下を連行、もとい、付き添いとして行ってしまった。
「レイ様」
「どうしたセレーネ」
「アナスタシア王女って縦ロールじゃないのね。足を組んで、扇子をあおぎなら、『オーホッホッホ!下賤の民め!跪きなさい!わたくしの靴をなめさせてあげるわ!』って高笑いするタイプのご令嬢じゃないのね」
「そこか!?いや、確かにそういうタイプではないけど、セレーネのイメージは偏ってないか?」
「そう?そういえば、王族の婚約者の条件って伯爵家以上の上位貴族だっけ?レイ様は候補じゃなかったの?」
「どういえばだ!?」
王女殿下襲来というイベントがありつつも、私たちⅠ組は文化祭1日目を無事に終えた。




